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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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クラスメイトの芹沢さんはリサーチが直球勝負・後編

※昨日の投稿ミスにより、前編が投稿されておりませんでした。

こちらは続けて今日投稿しようと思っていた後編になります。

一挙二話公開なので、前編を読んでない方は前編からどうぞー!(土下座)

 新垣家に辿り着いた日向が悠里を家の中に案内すると、蕾はその横を通り抜けて洗面所に向かった。


「蕾ちゃん偉いね、帰って来たら何も言われなくても手洗いうがい……」


「インフルエンザが幼稚園で出始めてるから、その辺りは徹底しないとね」


「わ、私も勿論洗うよ……?」


 日向から出る言外の圧力により、悠里もいそいそと洗面所へと向かうと、踏み台に両足を乗せて蛇口の下へと手を伸ばす蕾と共に、二人揃って鼻歌交じりに石鹸で手を泡立て始めた。

 仲の良い姉妹のように笑い合いながら二人が用を済ませると、入れ違いで日向がコップを持ってやってきた。


「あれ、うがい用のコップ持って来たけど、要らなかった?」


 もしかして悠里はコップを使わずに両手で掬ってうがいをするタイプなのだろうかと、頭の中でワイルドな悠里を一瞬だけ空想した日向だったが。


「え? 蕾ちゃんが、これ使っていいって言ってたけれど……これが来客用とかじゃ、ない……の?」


「……えっと、それは」


 悠里の手に握られているのは、日向もよく知っているプラスチック製のコップだった。

 向けられた疑問に正直に答えていいのか日向が戸惑っていると、悠里の隣で口を拭いていた蕾が振り向く。


「それ、おにーちゃんの! おともだちなら、いっしょでもだいじょうぶだよね!」


「え」


 蕾の一言に固まったのは悠里で、二秒程動きを止めたかと思うと、手元のコップと日向を高速で見比べ始める。


「……ごめんなさい」


「いやいや、謝るのはむしろこっちの方だから、悠里が気にしないなら俺も気にしないけど……」


 出来るだけ平静を装って答える日向を見て悠里はゆっくり頷いた後、不自然な程にゆっくりと、そのコップを洗面所のフックへと戻す。

 二人のやり取りを見て不安になったのか、蕾は先程までの明るい表情を徐々に曇らせ、不安そうな顔で日向を見た。


「……まちがえちゃった?」


「あ、いいの、いいのよ! 私はあれでも大丈夫だったから、平気平気!」


 慌てて隣で蕾のフォローに入る悠里に、日向も同じく頷いてみせた。


「でも、お客さんが来てる時は、お客さん用のを今度から使って貰おうな。じゃないと、もし誰かが病気になってたりすると、その病気が他の人に遷っちゃう事があるんだ。だから、友達同士でもちゃんと別の物を使った方が、相手の為になったりするんだよ」


「ほー!」


 感心したように蕾が返事をするが、全てを理解してくれているかは分からない。

 病気がどのように感染していくのか、そういった事柄は幼稚園でも手洗いうがいの指導を通じて教えられるのだろうが、その意味を実感していくのはまだまだ先の事だろう。

 今は自分の事をしっかりやれるだけでも、蕾は偉いんだよな、と日向が思っていると。


「でも、ひよりちゃん、まえにいえにきたとき、おにーちゃんのつかってたよ」


 とんでもない爆弾を突っ込んで来た。


「いつ?!」「えっ」


 日向と悠里が同時に反応し、蕾は肩をビクッとさせながら、んー……と天井を見る。


「えっとね、たくさんひとがきたとき」


 恐らくは秀平達が来た時の事だろう。確かに、日和も昔から自身の健康維持の為、外から帰ると必ず手洗いうがいをするタイプだった事を思い出す。

 加えて、新垣家は基本的に物持ちがいいので、日向が使っているプラスチック製のコップも中学の時から変わっていない為、日和ならば選んで使う事も可能だっただろう。


「ひよりちゃんに、つぼみのつかうー? ってきいたけど、これでいいよー、って」


「そ、そうか……うん、まぁ別に、日和がそれでいいならいいんだけど……」


 日和の気持ちを伝えられている日向としては、かなり反応に困る暴露ではあったが、とりあえず可能な限りポーカーフェイスを維持してみる事にしたが。


「全然良くないでしょうがっ! 蕾ちゃん、日和ちゃんにもちゃんと来客用のコップ出さないと駄目だからね!」


「ひよりちゃん、びょうきになっちゃうから?」


「そ、そう! そうよ、だからちゃんと、これからはお客さんにはお客さん用のコップを出しましょうね……!」


「はーい!」


 快活な蕾の返答を聞くと、悠里は納得したのか数度頷いてみせた。



 リビングで悠里が蕾とソファに並んで座ると、悠里はちらちらと部屋の中にある蕾の私物と思われる物に対して視線を向け始めた。


「蕾ちゃん、今は何か好きなアニメとか……キャラクターとか、そういうものってある?」


 悠里の質問に、蕾は目をぱちくりとさせた後、ストンとソファから降りてテレビラックの引き出しを開けた。その手には一枚のDVDケースが握られており、蕾はそれを悠里の前に突き出した。


「いまはねー、これー!」


「……ええっと、『二つ森のメイベルとロラン』……OVAなんだ、どんな話なの?」


「んーと……もりが、ふたつあって……おにいちゃんのろらんと、いもうとのめいべるが、はなれちゃうの」


「ふんふん……兄妹ものなのね。でも離れちゃうんだ、悲しいお話ではないの?」


「うん! さいしょはね、いっしょにくらしてたんだけど、わるいひとにつれていかれちゃって……でもおにいちゃんがむかえにきてくれるの」



 その後も一生懸命に話してくれる蕾の説明はやや拙かったものの、悠里はおおよそのあらすじは理解する事が出来た。

 悠里が蕾と話している間、コーヒー淹れていた日向がお盆に自分と悠里のカップと、蕾のジュースが入ったコップを載せてやって来た。

 リビングのテーブルにそれぞれのコップを置きながら、日向は蕾の手から悠里に渡されたDVDのパッケージを見て「あぁ」と頷く。


「それね、メイベルがロランと暮らしている頃は我儘ばかりで好き嫌いも多くて、悪戯ばかりしていたんだけど……魔女に連れ去られた後、色んな家事を覚えさせられて、ロランが迎えに来た後はそこで覚えた家事で元の家でも頑張る話なんだけど……」


「へぇ、いかにも教育的な構成ね……」


「ところがね、家に戻った後……前まではメイベルにとってなんでも出来た凄かったロランが、実は不器用で手際が悪い事に気付いて、すっかり家事上手になったメイベルに叱られながら暮らすというオチが待っている」


「明後日の方に切ない!?」


「ちなみに蕾の場合、その後半が大好きで何度も観て、それから手洗いうがい、後は時々食器も下げたりしてくれるようになった」


 成長してくれた、という点では嬉しいのだが、あの顛末を見てからヤル気を出した辺りが、日向的には少しだけ引っ掛かるものがあった。


「あぁ、成程ねー……蕾ちゃんにとっても、日向君はロランみたいなお兄ちゃんだもんね」


「なんか変な納得の仕方してない……?」


「そんな事は無いってば。何でも出来る人に対して、私みたいな凡人が『しょうがないわねぇ』って何かしてあげるのって、ちょっと嬉しい気持ちになるの、分かるもの。もっと単純なものなんだよ、それ」


 悠里がそう言いながら蕾に手招きすると、蕾は首を傾げて悠里の傍に寄ってくる。

 すると、悠里はそっと蕾の耳元で何事かを囁くと、蕾はちらりと日向に視線を向けた後に、こくりと小さく頷いた。


「…………何の話?」


 気になって思わず日向が悠里と蕾に問い掛けるものの、蕾は悠里を見てブンブンと首を振る。言うな、という意思表示だろう。


「という事らしいから、私からは何も言えないなー。女の子同士の秘密だもんね?」


「うん、おんなのこどうしの、ひみつ!」


 珍しく蕾からも素っ気無くされ、日向は露骨に肩を落とした。


「まぁ、悠里が相手なら別にいいけれど……。こうやって、段々と兄ちゃんにも秘密が増えていくんだろうなぁ……」


 しつこく追及したい気持ちを抑え、日向が寂しそうにそっぽを向くと、悠里と蕾は顔を見合わせて困ったように笑い合った。



 蕾の相手を悠里に任せ、日向は家の軽い掃除と炊飯機のセットなど簡単な家事を済ませていると、時間はすぐに五時を回った。


「それじゃ、そろそろ私は家に帰るね。二人とも、今日はありがとう」


「あ、待って待って。蕾、ソースが切れてるから、俺達も途中まで悠里を送って買い出ししてこよう」


 まだ五時とはいえ、時期的に辺りは薄暗い。悠里の家に立ち寄った事は無いが、恐らく商店街まで行けば行程の半分を超えた所だろう、そこまででも送る方がいいと思い、日向は蕾にそう声を掛けた。


「いくいくー! ゆーりちゃん、いっしょにいこー!」


「え、うん。……それじゃ、一緒に行こうか?」


 悠里は一瞬だけ、ちらりと日向の顔を見て、しかし何も言わずに蕾の手を取った。



 三人で家の外に出ると、蕾は左右の手で日向と悠里の手、それぞれと繋ぎつつ、ご機嫌で路肩を歩き始める。

 時間的に、通常下校する生徒の姿はおらず、部活動が終わるにも早い時間の為か周りに学生の姿はあまりなく、居たとしても仲の良い友人達と寄り道をしている者達ばかりだった為、三人の姿は然程目立ってはいなかった。


「おにーちゃんたち、もうすぐりょこうだよねー。いいなー」


 日向と悠里の手をぶんぶんと交互に振りながら、蕾が少しだけつまらなそうに言った。

 最近はこの話題で蕾が膨れる事が多かったのだが、今日は悠里が居るお蔭かいつもよりは普通の口調で、日向はそれに心底ほっとするのだった。


「ふふ、そうだねぇ。蕾ちゃんも一緒に居られれば良かったんだけど……そうだ、お土産何がいいかな?」


「かってきてくれるのー!?」


「勿論だよ、北海道のお土産だから、美味しい食べ物とかあるかも。ご当地キャラクターも沢山居た筈だから……」


 修学旅行先のお土産話で盛り上がる二人を横目に、日向もあちらで何を蕾に買ってきてあげようかを考えてみた。

 例のご当地キャラクターはキーホルダーや小物があれば、それを買って来る予定ではあったのだが、今の会話を聞いてふと一つ疑念が浮かぶ。


「……俺と悠里のお土産が被らないように、打ち合わせが必要かもね」


 日向の一言に、悠里は蕾を挟んで隣を歩く日向を見た。

 表情には、完全に「しまった、そういえば」という言葉が浮かんでいる。日向がお土産を買う事なんて当たり前の話でもあったのだが、自分が何を買ってきてあげようか考えるので一杯だったのだろう。


「そっかそっか……そうだよね、出来れば被らないものがいいよね……」


 恐らくは同じキャラクターでも複数の種類が用意されている事だろうが、日向と悠里の選択が被る確率も決して低くはないのだ。

 その確率をゼロにする方法は一つだけ存在するのだが、日向も悠里も、それを言ってしまっていいのか迷い、顔を見合わせたまま黙っていると。


「じゃあ、ふたりでえらんでー!」


 蕾が、二人の手を引っ張りながら言った。


「そのほうが、つぼみもうれしいよ!」


 屈託のない元気な声でそう言われてしまえば、日向も悠里もその言葉に抗うのは不可能だ。

 蕾の為に、という一言があれば、この微妙に空いてしまった間さえ無いも同然になる。


「そうだね、それが一番かな」


「あら、日向君にはご不満?」


「滅相も無い……でも、悠里……時間作れるの? その、確か悠里って班の事で大変なんじゃ……」


 修学旅行の班決めから今まで、悠里が沢山の友人達に囲まれている光景を思い出した。

 あの中から一人だけ、もしくは一緒に蕾のお土産を買いに行ってくれる筆頭の唯と共に抜け出してくるのはかなり難しいのでは、と日向が考えを巡らせていると、悠里はその思考を読んだかのように笑う。


「そうね、多分……まぁ、行って来るねーで済みはしないと思うんだけど。でも……」


 そしてちらっと視線を下げると、悠里は自分を見上げる蕾の顔を見た。


「蕾ちゃんのお土産とあらば、全部振り切ってでも行くぐらいじゃないとね? どっかの、誰かさんみたいに。だから、勝手に一人で買いに行ったりしないでね」


 蕾と繋いだ手を、悠里は日向に見せつけるようにして持ち上げた。

※二日連続で投稿した事でドヤ顔しようと思ってたら、前編が投稿されてない事実。

結果、土下座しながら前後編を挙げるという不思議な事になりました。

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