クラスメイトの芹沢さんはリサーチが直球勝負・前編
半年の時間を通じ、悠里と日和の仲がかなり縮まったとは感じていたが、二人が直接頻繁にやり取りするというのは日向にとっては予想外だった。
「悠里と日和が密に連絡を取り合ってたなんて、驚いた……」
「そう? キャンプから今まで、結構一緒に色んな所に行ったもの。ちゃんと連絡ぐらいするよ? 日向君だって、成瀬君とは普段から連絡取り合ってるんじゃないの?」
「いや、たまに一言二言あるぐらいで、連日やり取りする事ってほとんど無いよ?」
なんでもない事のように話す悠里へ日向がそう返すと、悠里は数秒程、日向の顔を見て何かを考えた後、納得したように頷いた。
「あぁ、うん、男子同士って確かにあんまり密な連絡はしてなさそうなイメージ……それに日向君って、あんまり自分から世間話的な話題とか振ってこないもんね!」
「何故そこで少し不満そうにしますか……」
最初の方は普通の口調だったが、最後は不貞腐れたように言う悠里の視線に晒された日向が身体を反らすと、悠里は黙ってスマートフォンを操作して、とある画面を開いてみせた。
「この前の私と日向君のやり取り、日向君からの最後のメッセージは『うん、そうだね』で終わってるでしょ?」
「よく今の今まで覚えてたよねその場面!?」
それは数日前に悠里から来た他愛ない話題に、日向が応答した際のメッセージログだった。
そして悠里は、その日向の反応にも不満があったらしく、分かり易く頬を膨らませてみせる。
「一週間も経ってない事だもん、覚えてるってば! 日向君、頭いいのにそういう事だけは覚えてくれないよねぇ……」
「も、申し訳ないです……」
腰に手を当てて下から見上げてくる悠里の迫力に、日向が全面降伏を訴えるように両手を挙げると、悠里は再び指先でスイスイとスマートフォンの画面を動かした。
「そういう話題をね、最近日和ちゃんと話す事多いんだよ。どっかの誰かが話題を振っても『そうなんだ』とか淡白な返事しかしないよね、って」
自分の知らない場所で自分の事を話題にされるというのは、現役プレイヤーであった頃は慣れている日向だったが、知人の女子二人……それも自分の事を家族と同じぐらいに知る人物と、懇意にしてくれるクラスメイトが相手では酷く肩身が狭かった。
「あ、でも日向君が反応いい時もちゃんとあるんだよね」
「だよね、いつもそんな淡白な反応ばかりしてた記憶は無いから……」
「主に蕾ちゃんの話題になった時だけね」
「あ、はい……そうですね……」
強烈なカウンターを貰い、日向は一瞬だけ解き放たれた重圧に再び肩を狭くした。
「もう……まぁ、いいんだけどね。それが日向君の個性だし……私も蕾ちゃんの話は楽しいし。それで、日和ちゃんから聞いたって話の方だけど、誕生日の事。来月の二十六日、でしょ?」
すっかり小さくなってしまった日向を見て溜飲を下げた悠里が、改めて話題を切り替える。
十二月の二十六日。クリスマスから少しだけ遅れた、蕾の誕生日。例年、新垣家では、その日だけは母親は仕事を休み、父も早く帰宅する日。
「それ、私達も一緒にお祝いしてあげたいんだけど、いいかなって話をしていたの。どうかな?」
クリスマスを過ぎれば、高校も冬季休暇に入る。部活動も早い所では年始まで休暇になる所が多く、年の瀬を超えるまではゆっくりと過ごせる時期でもある。
「うん、蕾も喜ぶと思うけれど……いいの?」
「勿論! それでね、私達から何か一つプレゼントをあげたいなぁ、って思っているんだけど、クリスマスも近いから、一つより二つかなぁ、とか。でも何をあげたら喜ぶかなぁ……って、さすがにこれは日和ちゃんでも分からないらしくて」
「蕾の欲しい物かぁ……」
「心当たりある?」
「うー……ん」
日向の目から見ても、蕾は基本的に我儘を言わない子で、与えられた物を大事に扱うので今も年少の時に買って貰った玩具等で満足して遊んでいる。
加えて、小学校に上がる為の文房具やランドセル等は祖父母が購入してくれたので、そちらも一式が揃っているし、その他に必要そうな物も日向が大概揃えてしまっていた。
そうすると、それ以外の所で蕾が欲しそうなもの、という事になるのだが。
「変な物、かな……」
「変な物……?」
「そう。ご当地ゆるキャラとか、こう……デパートにガチャガチャがあるじゃない? 蕾の場合、そういうのを見た時に、可愛い女の子向けのグッズよりも、スライムとか玉子焼きとか、一風変わったものに釘付けになる事が多い」
「えっ、でも蕾ちゃん、普通の女の子向けのものを見て喜んでる所あったと思うけれど……」
「うん、勿論そういうのも好きだよ。でもなんだろう、反応が違うというか……ああいう女の子向けの場合、可愛い可愛いって騒いで笑うけど、変な物グッズを見た時は真逆で、素の顔でずうっと観察してる事があるんだ」
それはまるで、蕾の中にある好奇心が顔を覗かせているようで、口をポカンと開けて目を大きくする蕾を眺めるのは、日向の密かな楽しみでもあった。
「そっか……ゆるキャラ、変なもの……どういう傾向がいいのかなぁ」
「蕾の中のブームは結構頻繁に変動するから、今は何がマイブームになっているかは俺も知らないかも……はぁ」
「な、なんでそこで溜息吐いて肩を落とすの?」
「蕾が最近、少しだけ俺に隠し事をするようになってきたのを思い出して……」
あのランドセルが家に着た辺りから蕾は何故か急にやる気を出し始め、最近は絵を描いていたりする所を日向が覗いてみても隠されたり、蕾のやる事に対して日向が手伝おうをすると機嫌を損ねる事が多い。
「遂に親離れが始まったのかと思うと、憂鬱でね……」
「久し振りに間近でその反応を見た気がするけれど、蕾ちゃんの事だけは露骨に態度変わるよね、日向君……」
笑顔だが若干口元を引き攣らせている悠里は、背中に重い物を背負っているように歩く日向を眺めつつ、ポンと手を打った。
「なら、それとなくリサーチしましょう」
☆
「ゆーりちゃーん!!」
ガラッと開いた新垣家祖父母宅の玄関口から、蕾は顔を出すと共に飛び出した。
「よし来なさい! 今度こそ完全に受け止めてあげる!」
玄関から祖父母宅の門までおよそ数メートル、その距離を最速で駆けてくる蕾に向かって、僅かな猶予の合間に悠里は鞄を地面に下ろし、ついでに腰も少し落として両手を広げた。
声を上げたまま恐らくはニコニコと笑顔で突っ込んでいく蕾とは対照的に、不敵に笑う悠里を日向は玄関からトントンと靴を履きつつ見守っている。
程無くして、二人の距離はゼロになり。
「どーん!」
「……ふっ! ……ごっふっ!」
蕾の掛け声と共に、悠里の肺から一気に空気が漏れた声がして、直後に悠里は痛々しい表情を対面に居る日向へと向けた。
「半年あれば、子供は急成長するからね」
「は、早く言ってよ……」
成長期、それは子供の質量が増加する時期。質量と速度が破壊力を生み出すという方程式を、悠里は改めて学習した。
横隔膜へのダメージが残る中、必死に表情を取り繕う悠里へ蕾が顔を向けると、その大きな双眸を輝かせていつもの満面の笑みを浮かべる。
「ゆーりちゃん、きてくれたの! いっしょにおうちいくの?!」
「え!? あ、えっと、久し振りに蕾ちゃんと話したくて、こっちまで来ちゃったけれど……」
期待を膨らませる蕾に、悠里が視線を泳がせてから日向を見ると、日向も気付いたように悠里と目を合わせた。
「俺もてっきり、そのつもりなのかと思ってたけれど……あれ、すぐ帰るつもりだった?」
「やー……寄らせて貰えれば嬉しいかなぁ、って考えたけど、厚かましいかなぁとも思っちゃって……さっき、それ訊きそびれてたから……」
悠里が小声で窺うような表情をすると、日向は一瞬だけきょとんとした後、プッと軽く噴き出した。
「厚かましいって、最初に悠里がウチに来た時の事を思えば、このぐらいの事はなんでもないと思うけど」
「あ、まだその話題を持ち出すの?! もう、そろそろアレは忘れてってば……」
腰元にぶらぶらと垂れ下がるようにしがみつく蕾を宥めながら、悠里は弱ったような声を出す。
「蕾の事になると後先考えないのは、悠里も一緒だよね」
「う……ぐっ……」
先程の意趣返しとばかりに日向が得意気に肩を竦めると、悔しそうに歯を食い縛る悠里だったが、自分を見上げる蕾の笑顔を確認すると、やがて諦めたように脱力した。
このエピソード、昨日投稿した筈なんですが……あれぇ?
※という事で前後編、一挙に投稿致します。