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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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お友達カタログ。

 唯と二人、他愛もない雑談をしながら昼食を摂っている最中。


「新垣君、それって噂の自作弁当でしょ? へぇ、本当に作って来てるんだ」


 クラスの女子が複数名、日向達の机を取り囲むようにして話し掛けて来た。

 その中には何故かバツの悪そうな顔の沙希が混じっている。突然の出来事に何事かと日向は目を瞬かせるが、特に隠す事でもなく。


「あぁ、うん。いつもは夕飯の余りなんだけど、今日はちょっと……妹のご機嫌取りを兼ねた朝食に作ったから、こんな感じに……」


 求められているのか不明だが、とりあえず説明を添えておく。女子から訊かれるのは始めてだが、これまでにも実際には日向の弁当を見て世間話程度に話し掛けてくる男子生徒は他にも居た事がある。

 ただそれらは例外なく、妹に作った食事の、というくだりを話すと妙に白けたというか、なんだか面倒臭い奴だな、という視線を向けられる事が多かった。

 相手も別に日向と仲良くなろうと話し掛けて来た訳ではなく、とりあえず目に付いたから話して来た、という風が多かったのでそれも仕方の無い事だったが。

 そういう意味では、悠里や唯みたいに気楽に受け入れてくれる人の方が稀少だったし、秀平のようにある程度事情を知った友人からはそういった反応を貰う事は無かったので、きっとそういうものだろうなと日向は切り分けている。

 そんな事を思い出しながら、目の前に唯が居る状態……少なくとも、自分の事に心を砕いてくれそうな人物の前では、あまりからかわれる体験はしたくないな、と若干身構えた日向に対し。


「あはは、ほんとだ、食べるの早い! でもいいね、料理出来るって。あんな可愛い妹が居るなら、私も作ってあげたくなっちゃいそうだし」


「はは……うん、ありがとう。こういう物作り向いてるのか、練習してたら楽しくなっちゃって……」


 おおよそ好印象の回答を差し出してきた女子生徒に対し、むしろ戸惑いの方が大きい。

 返事をしながらも、日向は相手の名前を思い出す。名字は新井、残念ながら名前までは暗記していなかった。確か柚香とか、そんな感じの名前であった気はするのだけれど確かではない。席替えをする前の本当に最初の席で、日向の前に座っていた女子だ。


「沙希がさ、学校祭の時に事ある毎に『新垣君のご飯は美味しい!』って何度も言うから気になっちゃって。今度、私のお弁当のおかずと交換しようね!」


 新井がそう言うと、他の女子達も興味深そうに弁当箱を覗き込み、各々がそれなりの感想を述べあい、そこから仲間内での弁当談義が始まり、そして気付けば女子達は去っていた。

 賑やかな一団が移動して静かな場が訪れると、唯は面白くなさそうな顔で『ちっ』と舌打ちをして、その集団……の中に居る沙希を見た。


「あやつめ、洩らしたな……」


「洩らすとは……?」


 もう一から十まで何が起こったのかよく分かっていない日向に、唯は残った弁当をすべて掻き込んでから、十分に咀嚼して「ふぅ……御馳走様でした」と礼儀正しく手を合わせ、改めて日向に向き合った。


「よしよし、落ち着いた。んー……この辺りは女子の世界だから、詳しい事は言えないけれど。まぁ簡単に言うと、新垣君もそろそろカタログに載ったって事でしょうねぇ」


「か、カタログ……?」


「いや、載ったというより載っていて……今までは誰にも気付かれてなかっただけなんだけど」


「一体何のカタログ……」


「そりゃ、かれ……お友達になりたい人リストでしょうよ。人間ってのは第一印象とか、そういうのが大事でしょ? 話せば気が合ったり、印象よりもずっと良い人は居るけれど、基本的に外見とか外から見える振る舞いって重要じゃない。新垣君は、見た感じが既に不潔そうな人と一緒に居たいと思う?」


 言われて納得する。日向自身、人を何かしら差別する人間ではないものの、やはり性格も正直だったり温和な人間の方が付き合い易いし、そういった人は外見も気を遣う事が多いのは確かだ。個性というよりもマナーの話で、相手の事を気遣える人間と付き合いたいというのは、至って普通の事だと思える。

 誰も好んで、我儘で傲慢な相手と付き合いたくはない。


「ま、新垣君の場合、今までは何考えているのか、どんな生活してるかが全く不明だったって事が大きいけどね」


「うん、まぁ、我が身を振り返ると、非常に友達付き合い甲斐の無い奴だった……って事は自覚しています」


「それが今やねぇ、品行方正な悠里と麗美、男女それぞれ顔の広い柳と沙希。このクラス程度なら軽く天下を取れる所帯になったもんよね……」


「恵那さんと雅は?」


「あたしはフリーランス! どの勢力にも属さず、顔の広さはあるが面の皮も厚い、いわばオールマイティーキャラクターだから。まぁ、成瀬も似たようなもん? なんじゃない?」


 拳を握る唯に「それはその単語を言いたかっただけだよね」と即座に反応すると、唯に軽く睨まれた。その流れで話を逸らそうとした訳ではないが、ふと視線を隣に向けると、今も空席になっている雅の席がある。


「そういえば、雅が全然戻ってこないね。飲み物を買いに出ただけなのに」


 日向の言葉に、唯も視線を向けた後に首を傾げてみせた。


「長い方のトイレじゃないの?」


「だから恵那さん、女の子はもう少しだけ慎みを持って……あと食事中の方も居るので」


「えー、大分オブラートに包んだのに!」


 馬鹿な話をしながら、昼休みは終わりを迎える。

 けれど、雅は五時限目が始まっても席に戻って来る事は無かった。

 日向をはじめ、悠里や唯、秀平達が遠巻きに空席を心配そうに眺める中、時間だけが過ぎて放課後を迎える。

 やがて帰り支度の生徒で賑わい始める教室で、相変わらず空席になっている隣を見て、どうしたものかと思案する日向に、周囲から囁くような声が聴こえてきた。


「成瀬が、他クラスの奴と諍いを起こして生徒指導室に連れていかれたらしい」


 思いがけず不穏な内容に、日向は暫く呆然と空いたままの席を離れる事が出来なかった。

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