公園デート編・2
仁が運転するミニバンに乗り込み駅前で行く車中。
仁はご機嫌でハンドルを握っていた。
助手席には日向が乗り込み、外の景色をぼーっと見ている。
後部座席には娘の蕾と、息子のクラスメイト兼、蕾の友人である悠里が座って楽しそうにお喋りをしている。
蕾と一緒に過ごせないのは残念だったが、こうして蕾を外へ連れ出してくれる人が居るのは父親としても嬉しい出来事だった。
性格良し、器量良し。面倒見も良い上に、何より日向が悠里に対してはイニシアティブを取られているのが仁にとっては面白くて仕方無かった。
「お前、可愛い子には弱いんだな」
前を見据えたまま、仁が笑う。
日向も外の景色を見ながら、うんざりした顔でズルズルとシートに身体を埋めた。
間もなくして車が目的地に辿り着き、駅前のロータリーに停車する。
「おじ様、送って下さってありがとう御座いました」
悠里が蕾の手を取って後部座席から降りながら会釈する。
「いやいや、こんぐらい何でもないよ。御免だけど、この後二人を宜しくね」
仁は手を振りながら笑顔を返す。
そして助手席の日向を呼び止めた。
「日向、ちょっと待ちなさい」
足元に置いてあるバッグの中から財布を出し、日向に一万円札を差し出す。
「昼食代金と服代なら母さんから貰ってるよ、大丈夫。」
今日一日で、この夫婦は一体何度同じ言動を繰り返すのだろうと日向は笑いながら父の手を戻そうとするが。
「お前の服も買ってきなさい。自分の事もしっかりと見なさい。服ぐらい好きなものを買っていいんだ。自分の事が出来て当たり前、それが男だろう?」
仁は財布にお金を戻す事はせず、そのまま日向へ顎をしゃくってみせた。
「それともお前は、蕾が可愛い服を着て歩くその横で、今後もくたびれたシャツで歩くのか?お前の為だけじゃなく、蕾の為だとも思いなさい」
そこまで言われてようやく日向は父から万札を受け取り、財布へ仕舞い込む。
「……分かったよ、ありがとう。俺も何か見繕ってみる」
その言葉に仁は軽く頷き「それじゃなー」とドアが閉まると同時に発車していってしまう。
父の車を見送ると、日向は少し離れた場所で待機している蕾と悠里の元へ急いだ。
先ずは腹ごしらえ、という事もあり三人はレストラン街へ向かう。
ファストフードでもいいのだが、臨時収入の中には昼食代も含まれているのだし、付き添いの悠里への配慮もあった。
チェーン展開されているファミレス『ダウト』に入り、窓際の四人用ボックス席へと案内される。
悠里と蕾は隣り合わせに座り、仲良くメニューを見ていた。
「私は何にしよっかなー、今日は朝方がパンだったから……ご飯系がいいかも」
「つ、つぼみは……こ、これにする、チーズどどりあ」
「ドリアな、どっかの宇宙人の部下みたいな名前になってるけど。蕾、ドリアって何か分かるのか?」
冷静な日向の切り返しに、蕾は視線を泳がせた。
ぷっ、と噴出して隣の悠里が蕾の頭を撫でる。
「蕾ちゃん、ドリアっていうのは、ご飯の上にチーズが乗ってる料理だよ。美味しいけど、ちょっと熱くて食べ辛いかも。食べたかったら私がそれ注文して分けてあげるから、蕾ちゃんはいつも食べてるのにしてみたら?」
そう提案してくれた悠里へ、蕾は「うん、そうする。ハンバーグたべる!」と素直に頷いた。
店員を呼び、キッズサイズのハンバーグプレート、チーズドリアにカルボナーラを注文し、ドリンクバーを三つ頼む。
「カルボナーラもいいわね……」
と悠里が神妙な顔で呟いたので、日向は取り皿を三つ、店員へとお願いした。
注文した料理が届き、会話を弾ませながらそれぞれお腹を満たす。
食後に日向と悠里はアイスコーヒーを、蕾がカルピスを飲んでいる時だった。
日向が何気なく窓から外通路を眺めていると、通行人の一人と目が合った。
「あ」
『あ』
向こうも同じ声を発したのが窓越しでも分かる。
お互いに口をポカーンと開けている事だろう。
日向は何故か背中に冷や汗が流れるのを感じた。
前方を見ると、悠里も気付いたのだろう。窓の外を観て「あ」と声を上げた。
蕾は気にせずカルピスをストローで吸っている、一人だけ平和だった。
通行人……もとい、唯が驚愕の顔で窓に貼り付く。
『え!? え!!? どうなってんのこれ?! 二人一緒にご飯中? えー?! っていうか誰その子!ま、まさか二人の子供?! ええええぇぇ!!』
窓越しでも聞こえてくる唯の叫び声に、通行人の何人かが振り返って唯を見る。
悠里は面倒なのに見つかってしまった、というように手を額に当てていた。
「………とりあえず、これ飲んで外に出るか」
日向も指先で眉間を揉みながら伝票を手に取ったのだった。
「ほーん。悠里は新垣君の妹ちゃん……蕾ちゃんとお友達で、今日は買い物と公園遊びに誘ったと。して新垣君は、その付き添いでここまで来たと?」
モール内の休憩用ベンチに唯を含めて四人と座る。
蕾はファミレスで店員さんから貰ったオモチャをテーブルに走らせて遊んでいる。
日向と悠里は、何故か微妙に肩を狭くしながら座っている。
「いやね、私も二人が最近妙に仲がいいなーとは思ってたんだけど、まさか二人で仲良くご飯食べちゃう間柄までとは思って無かったよ」
「だ、だから私達は別に、あくまで蕾ちゃんを外に連れてってあげようってのが目的であって……いや私が蕾ちゃんに会いたかった、っていうのもあるんだけど……」
居心地悪そうに身を捩る悠里の隣で、日向はとりあえず弁明を悠里に任せている。
「成程なるほど、っていうか別にあたし、責めたりしてる訳じゃないんだからそんなに怖がらないでよー。いやまぁ、ちょっとは水臭いなーと思ったけど? あーゴメンゴメン、別に付き合ってる訳じゃないんだっけ?」
悠里の反応が可笑しかったのか、唯が笑いながら顔の前で手を振る。
「あぁ、俺はあくまで付き添いみたいなものだから、本当にそういう事は無いよ。変な誤解を受けると迷惑になるだろうから、学校では特に言い触らしたりはしていないだけで」
日向は幾分か先程より落ち着いたのか、いつも通りのフラットな調子で答える。
ちらりと悠里がその表情を隣から盗み見ていた。
唯はその悠里の視線に一瞬目を見張ったが「成程ねぇ…」と一言だけ呟く。
そして順繰りに悠里の姿を上から下まで改めて観察してみた。
涼しげな印象のワンピースにハンドバッグ、手に持つ麦わら帽子。
おまけに足元のミュールも真新しい。
(気合入ってんなぁ悠里……)
頭に浮かんだ言葉を、唯は口にしない。
だけれど、違和感は確かにあった。
というか、先程の言動と少しだけ矛盾がある。
悠里は先程『蕾と遊ぶ為に』という目的も添えてここに来た、と言っていた。
だが、子供と遊ぶのに、果たしてワンピースとミュールを履くだろうか?
唯も友人として何度も悠里と外出した事がある。
彼女はどちらかというとカジュアルなパンツタイプや、スニーカー系を着用する事が多いのだ。
これが逆ならば納得がいくのだが、今回のケースだと唯にしてみれば、何がどうなっているのかは丸わかりである。
当然、普段着を把握されている悠里としては唯の考えに気付いているのだろうが、決して口外はしない。
それはそうだろう、そこに言及した途端『私は貴方の為にこの服装で来ました。』と公言するようなものなのだ。
唯は悠里へ『後で詳しく教えなさいよ?』という視線を送る。
悠里もその視線を受け取り『分かった! 分かったから! とりあえずこの場は抑えて!』と慌てた視線を送る。
「ま、そういう事ならあたしはお邪魔にならないように、ここいらで退散するとしますかねー!」
そうして唯が席を立ちあがる。
隣でオモチャを使って遊ぶ蕾の頭を撫でると。
「蕾ちゃん、今度はおねーちゃんとも遊んでね! あたしね、恵那唯っての! 唯ねーちゃんって呼んでね!」
ぐりぐりと頭を撫でられて目を細めていた蕾が、顔を上げて笑顔で「うんっ!」と返事する。
「ゆいおねーちゃんもまたあそぼうね! ゆーりちゃんといっしょに、うちにきてごはんたべていってね!」
ここに来て更に爆弾発言である。
瞬間、悠里が咽た。
日向も目を閉じ、心の中で『南無三……』と唱える。
「へ、へぇ、家にね……ご飯を食べに、ふーん。ま、まぁいいわ……お師さんの御相伴に預かれるというのなら、あたしは他に何も訊かないわ……。それじゃねー!」
と少し食傷気味な表情を残し、去って行った。
唯の姿が人混みに消えた途端、悠里と日向はそのままテーブルへ突っ伏してしまった。
この物語を書き始めて、一つ気付いた事があります。
世の中の男子はもっと能動的に、そしてガシガシと女子を攻めるべきなのだと……。