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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行の前哨戦

 十一月も中旬になる頃、夜の新垣家では小さなイベントが催されていた。

 時間は夜の九時近くになっていたが、ある物がその日に届いてしまったので、満場一致でそれは開催する運びとなったのだ。

 リビングのソファーには、仁と日向が幾分かそわそわしながら、手元のお茶を飲み、煎餅をパリパリと砕いている。やがて、入口のドアからこっそりと明吏が顔を出した。


「準備完了よ、あんた達……夜だから騒がないでね」


 満足気な表情で明吏が親指を立てると、男衆は揃って頷く。平常心を第一に心掛けた。

「いいわよ、入りなさい」と明吏がドアの奥に声を掛けると、少しだけ空いていた隙間が次第に開け放たれる。


「はーい、ちょっと早いけど、お披露目!」


 明吏の一言と共に、蕾がおずおずと二人の前に出てくる。就寝前だけれど、今は普段着のままだ。顔はほんのり笑っているが、恥ずかしいのか、やや伏せがちに。

 その背中には、淡いピンク色のランドセルが背負われていた。


「おお……」

「お、おぉ……」


 仁の声と同時に日向も声を上げる。あまりの衝撃に、二人とも「おぉ……おぉ」と同じ言葉を何度も呟いた。


「あらためて思うけど、あんた達二人とも、旦那と息子と妹って関係知らなかったら、ただの犯罪者みたいだわ」


 そんな二人の光景に、明吏が若干引き気味に感想を漏らした。


「ま、分かるけどねー。私も感動したもの、遂に蕾も小学生かぁ、って」


 しみじみと頷く明吏には目もくれず、日向と仁は席を立つと蕾の傍に寄っていく。

 恥ずかしそうに身を捩る蕾に向けて、日向はスマートフォンを、仁はテーブルに置いてあった一眼レフカメラを構えた。


「お、おにいちゃん……おとうさん……」


 被写体となっている蕾も、左右から挟まれる形でレンズを向けられるのは嫌らしい。

 身を捩るようにして翻すと、今度は背中のランドセルが露わになって、余計に二人のシャッター音は速度を増す。


「いや、いいよ、蕾。凄くいい、似合ってる似合ってる……あぁ、そうか、小学生だもんなぁ……園児服を着るのも後少しかぁ……」


 うんうんと頷きながらも日向はシャッターを切り続ける。隣では仁がカメラを一度下げると、哀愁を漂わせていた。


「子供は大きくなったら、もう小さくならんからなぁ。長男の方も、このぐらいの時は可愛かったもんだが……いつの間にか生意気さが目立つようになってきやがった」


 はぁ、と溜息を吐いて再びカメラを構える。むしろ女の子の方が、思春期辺りで父親は真っ先に嫌われる筆頭なのでは、と日向は懸念したものの、蕾に限ってそんな事にはならないと信じる事にした。父親で駄目なら、兄である自分も危ういのだ、真っ直ぐに育って欲しいと心から思う。


「もー! おにいちゃんも、おとうさんも、おしまい!」


 蕾の我慢が限界を迎えたのか、頬を膨らませて自室へと引っ込んでしまった。


「あ、ちょっと最後にポージングを決めて欲しかったのに!」


「日向が無理にカメラ向けるからだろ、可哀想になぁ」


「あんた達二人とも、親子だわ……」


 その後、蕾は暫く天岩戸状態となり、最終的に夜半だけれど特別だよ、というフレーズ付きのアイスクリームに釣られるまで籠りっぱなしとなった。




「え、キモい」


 翌日の教室にて、珍しく寝不足の日向から昼休みにその理由を聞いていた唯は、話の内容を一撃の元に粉砕した。


「容赦ないね……?」


「家族じゃなかったら確実に事案の状況よね、それ。私が蕾ちゃんの立場だったら三日は口きかない自信あるわ」


「で、でもさ、女の子って写真撮られるの好きじゃない?」


 頬杖を突いて白けた視線を向ける唯に、日向は狼狽した。


「いや、そりゃ人によるでしょ。蕾ちゃんだって小学生になるんでしょ? もうそろそろ、ちゃんとした女の子として扱ってあげないと。撮られたい時と、撮られたくない時もあるのよ」


「ランドセルのお披露目なら、撮って貰いたい状況かなと」


「そりゃあ、入学式とか、そういう時でしょ。夜でしかも寝る前で、ちょっと見せたいなって思ってた所を、アホみたいにガシガシ撮られて喜ぶのとは違うでしょ……」


「そういうものなのか……」


 唯の的確な一言に、日向は何も言い返せないまま弁当箱を取り出して机に乗せる。

 昨夜、蕾は結果的に部屋から出てきてくれたものの、今朝もまだ少しだけ不機嫌そうではあったのだ。


「お兄ちゃんとしての新垣君は良い感じだけど、男子としての新垣君は落第ね」


「ぐ……」


「良い感じだと言ったけど、やっぱりさっきのはキモいと思うね」


「二度も刺した」


 憂鬱さに拍車を掛けられ、沈んだ気持ちのまま弁当箱の蓋を開ける。すると視界に飛び込んでくるのは、一面の黄色と赤いラインだ。


「お、オムライス弁当だ……オムライス弁当を自作してくる男子が居る!」


「朝から蕾の要望に応えた結果、弁当もこうなりました」


 実際、チキンライスさえ作ってしまえば後は卵を焼くだけなので非常に楽だったのだが。

 これで蕾の機嫌も若干良くなり、一挙両得なのである。


「それに、男子だからと言ってオムライスを弁当にしてはいけない、なんて事も無いからね。割と皆持ってくると思うよ」


「あ、それを高校入って暫くぼっちだった新垣君が言うんだ、説得力あるわ」


「…………すみませんでした」


 一般論を答えてみたら、即座に論破され、ちびちびと日向はオムライスにスプーンを刺した。

 一口分を掬って口に運ぼうとした所、何故か目の前で唯がオムライスを凝視している事に気付く。そし掬った分、空いた弁当箱のスペースに何故か唐揚げを放り込まれた。


「おや、恵那さんが弁当だ……というか、これは?」


「あたしの料理、前に食べてから大分時間経ってるからねぇ、そろそろお師匠様に上達の程を見て貰わないと、って思ってねん」


 そういえば、唯の手料理を最後に食べたのはいつだっただろうか、と記憶を探りながら、唐揚げを口の中に放り込んで咀嚼する。少し濃い目の醤油味が広がった。


「うん、美味しい。冷めても大丈夫なように濃い目の味付け、基本だけどきっちり抑えてある……」


 呑み込んでから素直な感想を述べると、唯は照れ臭そうに「ふへへ」と笑顔を向けた。


「ま、このぐらいは序の口だからね。はい、それじゃ、あーんあーん」


 目の前で唯が口をあんぐりと開けた。流石にこの意味は日向にも分かる、分かるのだが、やれと言われてやれるだけの度胸があるかは別の話だ。


「いやいやいや……お返しするのはいいけれど、それは勘弁して欲しい」


 周りの視線が気になるし、現に今も数名がちらちらと日向の方を向いている。

 と、辺りを見回している内にとある一角で視線が止まった。


「悠里がこっちに来ない、というか恵那さんと一緒に昼食を摂らないのは珍しい」


 先程から悠里は、他の女子と机を囲んでいるのだ。

 日向の疑問に、唯が疲れたような溜息を零す。


「あぁ、あれねー……来ないというか、来られないというか、捕まってる……って言った方が正解じゃないかなぁ」


「捕まってるって、なんでまた」


「そりゃ、これからの予定に備えてね。悠里ってほら、誰とでも仲いいし、男子より女子に人気あるのよ。居るだけで華があるから」


 これからの予定、というものに日向は思い至る。それと共に、悠里を取り巻く光景の理由に合点がいった。


「あぁ、成程……つまり、皆で揃って悠里を勧誘している、と」


 日向の回答に唯は「正解」と言いながら、日向の手に持っているスプーンを奪い取った。


「そういう事。修学旅行の班決めね、女子って結構大変なんだから……あーむ。んー……美味しい。玉葱が甘い……」


「……あのね、恵那さんはもうちょっと慎み深く生きようね」


 返されたスプーンを眺めつつ、日向はここでウェットティッシュを出すのは女子に対して失礼にあたらないか、それを真剣に考えた。

こっそりと。

なんとレビューを書いて頂きました、ありがとう御座います!

周りの人がレビュー書いて貰った報告沢山ある中「い、いや別に私は気にしないけどね?」と思いっきり気にしていたので、素直に嬉しいです(笑)


本編は大分書き易い展開となったので、ダッシュ掛けられそうな予感。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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