幸せの形、未来の形。
※以前の128話ではありません、127話及び128話は書き直してあります。
ご注意下さい……(申し訳なさ)
日和の問い掛けに、日向は迷う事無く頷いた。
「あるよ。あるに決まってる」
誰かに価値を付ける、そんな事は傲慢かもしれないと思いつつ。もしも、もう一度どちらかを選べと言われたら、迷わずどちらにも手を差し伸べる、そう即断出来る程に。
日向の一言に、日和は安堵したように笑顔を見せた。
「ふふ……面と向かって言われると恥ずかしいですね、勇気出るなぁ」
言って、再び左手を日向に差し出した。
「多分、まだ私の知らない事も、話せば出てくるものもあると思いますが、今はこれで大丈夫です」
呆けている日向の手を、日和は自ら掴むと、ぎゅっと握手した。そのまま手を離さず、日和は日向を先導するように歩き出した。
「自分の事、酷い奴だなぁ、って思いますけれど……日向先輩の色んなものと引き換えに出来るぐらい、私には日向先輩にとって価値があったんだなって、それは凄く嬉しいなって。でもね、でも……やっぱり、ごめんなさい」
ちらりと振り返り、微かに顔を伏せる日和に日向が首を振って答える。
「日和が謝る必要が、どこにあるのさ。大体にして、俺が思い詰め過ぎてたって話だし、あの頃に戻ればきっと、もっと冷静になれよ、って呆れると思う」
「えぇ、それはもう、今の話を聞きながらずっと思っていました。日向先輩、ちょっと思い詰め過ぎです。そりゃあ状況が状況だったから、仕方ないと思いますし。きっとそういう時って、視野が狭くなっちゃうんでしょうね……」
問題が分かってしまえば解決方法は簡単でも、実際にそれに気付けるかは別の問題でもある。
三次元の存在は二次元を知覚出来るが、二次元の存在は三次元を知覚出来ないのだ。
「もし、あの時に芹沢先輩達が居たら、どうなってたんでしょう」
不意にそう聞かれ、日向は想像してみる。もしも中学の時代、彼女達が日向達と共にあったなら。
「多分、もの凄い叱られていたんじゃないかな、俺も日和も」
きっと、二人とも正座させられて、悠里が腰に手を当てて二人に絶え間ない説教をして、唯は傍で面白いものを見たとケタケタ笑い、雅は疲れた表情で佇んでいる事だろう。
最後には、蕾が悠里の言葉を復唱するように真似して、全員で笑うのだ。
あったかもしれない可能性の話。
「けど、きっとそんな想像が出来るのは、今を知っているから、だ」
「うん、そうですね」
日向と日和、そして蕾を交えた三人の物語があったからこそ、あの時間は今に続いている。そして今に続いているのなら、過去を省みる事はあっても後悔する必要は無いだろう。
「あ、そうだ。聞き忘れてましたけど」
くるりと日和が振り返ると、その髪の毛がふわりと舞う。首を傾げた拍子にか、前髪が日和の片目を覆い隠してしまい、隙間から覗く猫みたいな瞳が日向を捉えている。
「ん……?」
「もし、つっつの事が無かったら、日向先輩はなんて答えてくれてたんですか?」
尋ねられて、口籠ってしまう。後ろめたい訳ではなく、今度は気恥ずかしさから。
「やっぱり、そこ訊きますか、そうですか……」
「そりゃあ、ずっと訊きたかった事の一つですからねぇ。もう新しい告白しちゃってるから、昔のは時効ですけれど……参考までに、お聞かせ願えたらと思ったんですが。……なんか、その必要も無さそうですね」
意地の悪そうな笑みを浮かべた日和は、日向の表情を見てからにやにやと笑う。
周囲の風景は既に暗く、しかしすっかり見慣れた景色になっている。
「ここで大丈夫です」
駅前を超えた辺りで、日和が手を離す。街灯も人通りも多いとはいえ、夜の時間帯に入った街中だ。
「暗いから、送っていくよ」
「いいえ、少し一人で歩きたいのもありますし……遠回りし過ぎたら、つっつに怒られますよ。大丈夫です、部活帰りだって一人で歩いてますし、私の足の速さ、知ってるでしょ? 走ったらそう簡単に追いつける人は居ませんよ」
そこまで言われると、日向としてもしつこく食い下がる事は出来ない。
それに加え、日和の言う通り、考えを纏める時間もお互いに必要だろうと納得した。
「分かった。それじゃ、また。今日は色んな事話せて……こう言っていいのか分からないけど、良かった。もっと早くにこうするべきだったなって思う」
「はい、私もそう思いました。というか、あの試合が無かったら、私ってずっとこの話を聞かされないままだったんですか……?」
「ど、どうだろう……話せる時が来たら、と思っていたんだけど、話す事が日和にとっていい事なのか分からなかったし……話す事で、俺が楽になるだけなのかな、とも」
頬を膨らませて詰め寄る日和に、日向は狼狽えながらも答える。
日向の言葉を聞いた日和は、残念なものを見るような視線で日向を見ると、盛大に溜息を吐いた。
そして、ぐいっと一歩大きく踏み出すと、日向の頬を両手で摘まんだ。
「ひはひ……」
抗議の声を上げるも、日和は手放さずにそのままぐりぐりと日向の頬を上下左右に引っ張り、眉を思いっきり寄せて不機嫌な顔を隠さずに捲し立てた。
「もう、ほんっとに! 色々考え過ぎです、もうちょっと肩の力抜くっていうか、簡単に生きて下さい! 今からそんな心配毎ばかりでどうするんですか、老けますよ!」
「ふ、老け……?!」
「ただでさえ、若さが足りない生活してるんですから。ここ最近は皆さんのお陰で、大分柔らかくなったと思ったけど、まだまだじゃないですか、もう!」
パンッ、と最後に頬を軽く挟まれるように叩かれて、ようやく解放される。
「弱虫、臆病者、へたれ、頑固、妹思い……いえ、シスコン! えーとそれから……」
「罵詈雑言の雨あられ……いえ、謹んで受け入れます……」
「これからは、小さな事でも相談して下さい。一人で悩まないで、私をもっと頼って下さい。私だけじゃなく、皆さんにも。一人で背負い込める事には、限度があるんです。それを超えると、心が壊れちゃったり、分からなくなったりするんです」
小柄な身体を精一杯に伸ばし、日和は日向と出来るだけ視線の高さを合わせて言い含める。無理をしない方が、と言いそうになるも、言ったら鉄拳制裁されそうなので、日向は素直に頷いた。
「うん、この半年ぐらいで、沢山学んだつもりだったけど……まだまだ、だった」
「そうです。日向先輩の場合、外面だけは言動で大人びていますけれど、中身はまだまだ私達と同じ子供なんですから」
「と言いますが日和さん、日和さんも、我が校には夢より現実を見据えて入学したのでは」
ちょっとぐらい反撃してもいいだろう、と日和と再会した当初の会話を思い出しながら言うと、日和は「へぇ、そういう事を言いますかぁ」とじっとりとした視線を寄越してくる。
「先輩、耳を拝借しますね」
「え、嫌だよ。抓られそう……」
「しませんから、ほら早く」
ちょいちょい、と手招きされて、止む無く日向は少し屈む。日和がすぐに耳元に口を寄せてくるので、以前の中庭の事を思い出して日向は少し赤面する。
「あれ、嘘ですよ。私、先輩の事を追って来たんですから」
「……え?」
「それぐらい、もうそろそろ気付いて欲しかったんですけど。まぁ、日向先輩ですからね。仕方ないので、許してあげます」
問い直そうとすると、日和はすぐに身を翻して数歩下がった。
「はい、日向先輩が色々お話してくれたお礼に、私も一つ秘密を暴露です。それじゃ、私は先に帰りますからね!」
くるりとステップを踏むよう、トントンと日和が日向から離れていく。
そのまま日和は戻って来る事なく、最後に手を軽く振って走り出してしまった。
後ろ姿を見送りながら、日向は苦笑いを浮かべる。
「……なんか、ここ最近ずっと翻弄されている気がする」
それでも、胸のつかえは幾つか取れたのは、間違いなく日和のお陰だろう。
日和の姿が完全に見えなくなった後、日向は家族が待つ家に向かって歩き始めた。
走りながら、日和は考えていた。
「私、ずっとやり方を間違えてたんだ……」
日向と一緒に居たい一心で、自分の気持ちを伝えて、日向の気を引こうと努力した。
けれど、心の何処かに付き纏う不安は消えなかった。
「芹沢先輩は、分かってたんだ……」
悠里は日向を好きなのだろう、そう断言出来るだけの確信がある。
けれど、悠里自身は自分程には日向へアプローチを掛けていない。日和は最初、その事に対して、悠里は日向と特別な仲にならずとも良い、そう思っているのかと考えた。けれど違った。
(芹沢先輩は……日向先輩と一緒に居る事を、一番に考えてはいないんだ。あの人が望んでいるのは、自分の事じゃない……きっと、日向先輩とつっつが、いつまでも一緒に居られる事、二人が二人で居る事……二人の幸せ)
思えば、最初に出会った時から、悠里は蕾の事を日向と同じぐらい気に掛けていた。
日向が傍に居られない時には日向の代わりに。それ以外の時では、友達として。
きっと悠里にとっては、日向と蕾が一緒に居る光景が一つの答えの形だったのだ。
(私がつっつに覚えられてなくて、芹沢先輩が懐かれているのも当然だよね。私は二人を見ているようで、日向先輩を見てた。つっつの事を日向先輩の妹としか見ていなかった)
日向の望む未来は、蕾の未来の先にある。
ならば、蕾の幸せを本気で願えなくて、どうして日向への想いを貫けるだろう。
守られるだけの存在じゃない、自分も誰かを守る存在になりたい。
日和は今日、心からそう思った。
※この辺りの解釈について、後で活動報告辺りで触れるかもしれません。
需要は無いと思いますが、なんかこう……言い訳として……(笑)