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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
127/172

糧とする為に。

※以前の127話と128話は一旦引っ込めて、新たに127話を書き直しております。

 なので、直前の以前の最新話の続きではないです、申し訳ありません。

 詳細は活動報告にて。

 一連を語り終えた日向の横顔を、日和はそっと覗き見る。

 今は凪いでいるその表情だが、当時は取り乱しもしたのだろう。今でこそ手際よく蕾の世話をする事が出来る日向だが、それはこの二年で積み重ねた経験があるからだ。


「ここに居て……」


 最後に語られた蕾の言葉を、日和はなぞった。

 蕾がどんな気持ちでその言葉を発したのか、ほんの少しだが、日和にも分かる気がした。


「私、よく日向先輩の家に行ってたじゃないですか。小学校の頃が一番多くて、中学に入ったら頻度は減っちゃいましたけど……」


「うん。よく一緒にご飯食べて練習に行ったりしてたね」


「当時って、まだおばさんのお腹の中につっつが居て……産まれた頃には私達も中学生に上がってて、段々と練習時間も多くなって。考えてみたら、つっつが私の事を覚えてなかったのも、不思議じゃなかったんですよね……」


 それはファミレスで日向と蕾が、日和と再会した時の事。

 あの時、蕾が日和を見る視線の意味を、日和はここに至ってようやく理解する事が出来た。


「多分、全く覚えて無かった訳じゃない。きっと、つっつにとって私は、時々来ては大好きなお兄ちゃんを連れて行ってしまう、悪い女の人だったんじゃないかな、って」


「でも、日和は日和で、うちに来た時は蕾と遊んでくれた事もあったし……」


 日向の言葉に、日和は首を横に振った。


「幼いつっつにとって、遊んでくれる人というのは沢山居たんです。おじさんやおばさん、それに……今の話だと、日向先輩もつっつが小さい頃はよく遊んであげていたんでしょう? お祖父さんやお祖母さんだってそうです。近所の方々も、声を掛けてくれるでしょう。なら、偶に来る私は、つっつにとって遊んでくれる人よりも、もっと強い印象があったんです。それが……」


 それが、日和の言う所の、兄を連れて行ってしまう人なのだと。


「そして、今の日向先輩の話が切欠となって……つっつは、大好きなお兄ちゃんを取り戻した。でも不安で不安で、だから……此処に居て、ってお願いしたんですよ」


 そこまでを言った後、日和は日向の手を離し、一歩後ろに下がった。

 ここまで聞かされれば、もう日和の中で当時の日向に起こった出来事、そして日和自身が知りたかった事の一端が見えてくる。


「きっと、日向先輩にも、つっつがどんな気持ちでその言葉を言ったのか、理解していた筈です。そして、そんな事があった直後……」


 言いながら、日和は胸の奥で疼く感情を抑え込んだ。


「私は、日向先輩に告白したんですね……」


 時系列を整理する必要も無く見えてくる現実に、日和はこの瞬間だけは目を閉じた。

 雅が言い淀む筈で、日向がこれまでずっと日和に対して黙っていた事実を受け止める為に。


「はぁ……こうして改めて考えると、最初に私が告白したタイミング、最悪じゃないですか」


 日和が冗談交じりの言葉でそう言うと、日向はバツの悪そうな顔になる。それを見た日和が、少しだけ意地の悪そうな笑みで日向を覗き込んだ。


「何を言ったらいいか分からない、って顔していますよ、日向先輩」


 おどけた一言は、この場の空気を弛緩させる為だろう。ぎこちない笑みが日向を気遣ったものである事ぐらいは、簡単に判別出来る。

 どんな言葉を言っても、それは日和に対しての慰めにはならないし、日向にとっての言い訳にしかならない。


「お互い様です。私だって、今何を言えばいいのか分かりません……でも、どっちが悪かったとか、そういう問題じゃないし、したくない……」


 微かに首を振った後、日和は日向の目を直視しながら口を開く。


「私は、先輩が必死に答えを探そうとしてくれている時に、自分から去ってしまったんです」


「それは、俺が……」


 反射的に日向が否定しようとするが、日和はもう一度首を横に振った。


「いいえ、それは動かしようのない事実です。きっと、私達は話し合うべきでした。だけど、私が弱くて……答えを待つ間が怖くて、逃げ出したんです。その結果……」


 一歩前に出た日和が、日向の右手を掴んだ。両手で包み込むようにすると、そっと胸元に引き寄せる。


「私は、日向先輩からもテニスを奪ってしまった」


「違う……俺がテニスを辞めたのは、学費の事とか……そういう事で、俺が考え過ぎてしまった結果だよ」


「違いません、というのは私の自意識過剰ですか?」


「…………それは」


 哀し気に目を細める日和の言葉に、日向は答えられない。

 それは、日和に背負わせる責任ではないと思っていたからこそ、この話を今まで日和に伏せていたのだ。


「分かりますよ。私と日向先輩が、どれだけ一緒に居たと思ってるんですか。私が日向先輩の立場だったら、そうします」


 お互いの事が分かるからこそ、一筋のヒントだけで答えには辿り着ける。

 お互いの事が分かり過ぎていたからこそ、答えが見えなくなると恐怖に囚われた。

 言葉を交わせば、すぐに理解出来る事が沢山ある中で、二人はお互いの好意にだけは、酷く臆病になっていた。


「大事なものを一つ選べと言われて、片方を選んだら……それに相応しい対価を差し出さないといけない。そう……思いませんでしたか?」


 日和との繋がりを選べなかったから。

 他の全てをかなぐり捨ててでも、もう片方に全てを捧げた。

 そうでなければ、割に合わないと思ったから。


「誰よりも、日向先輩自身が……自分にそれを許さなかったんです。……違いますか?」


 それはかつて、あの魔女が指摘した事そのものだ。

 自身の望みを口にする事が、蕾への愛情を否定する事に繋がる、その強迫観念めいた歪な在り方。


「建前ですよね、学費が高かったから……なんて。例え、そう思った事があったとしても……ううん、きっと日向先輩の事だから、本気で考えたんでしょう。自分に使うお金すら、妹に使って欲しい、って。でも、日向先輩の事だから、気付いていた筈なんです。そんな事をするよりも、ただ一言……ありがとう、って感謝して、報いる事の方がずっと親孝行になるって」


 語り続ける日和の口調は、既に推測を述べるものではなくなっている。


「なら、その気持ちを蹴ってまで、ラケットを手放して……夢を手放した。その原因が私であると、私は思いたいです。いいえ、私にも背負わせて下さい」


 毅然とした態度で、日和が日向を見つめる。


「日向先輩にとって、私はそれだけの価値がありましたか?」


 日和がずっと、日向に訊きたかった言葉はそれだけだった。

 過去を知り、失敗を知り、それでも前を向いて歩く為に。


お待たせしました。物凄く悩みましたが、固まりました。

彼等の行く道は、振り返りこそすれ、力強く踏み出す方が似合ってる。

そういう方向で進むと思います。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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