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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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能ある鷹の爪隠し。

 それからの一週間は、実に穏やかな日々が過ぎた。

 週が明け、教室や校内の片付けを行い、二週間掛けて作られた学校祭の痕跡は全て綺麗さっぱりと消え失せた。

教室のコルクボードに貼られている一枚の写真だけが、その出来事が実際にあった事の証明書であるかのようにすら思える。


 教室内の話題も試験と学校祭から、次の行事である修学旅行へと移り変わり、十月の終わりはすぐ目の前までやってきていた。


「今日の夕飯は何にしようかねぇ」


「なーにーにーしようかねー」


 行きつけの御近所スーパーマーケット『はとや』の中で、日向が押すカートと一緒に蕾が食品棚を覗き込みながら歩く。

 どういう心境の変化か、蕾は最近になって子供用のデザインカートに乗らなくなった。理由を尋ねても、特に何も言わずに「いらなーい」としか言ってくれない。


(成長、しているって事なんだろうか。まぁ、もう六歳になるし……小学校だもんなぁ)


 ここ一年で背丈も伸び、言葉も大分流暢になっている。日向が蕾と居るようになった三歳の頃は、まだ言葉も稚拙ではっきりと聞き取れる単語と、そうではない単語が混ざり合っていた。


「蕾もすっかり大人になってきちゃって……」


 うーん、と唸りながら袋に入ったピーマンを両手に持ち、何やら品定めみたいな事をしている蕾の後ろ姿を見ながら感傷的な気分に浸る。恐らく、日向か明吏の真似事をしているのだろう。


「おにーちゃん、こっちがいいとおもうよ!」


 んっ、とピーマンの袋を差し出して来る蕾へ、日向は笑いながら答えた。


「ピーマン、ちゃんと食べれるの?」


 歳の割に好き嫌いの無い蕾だが、苦手意識があるものは多い。ピーマンもその一つだ。

 蕾が嫌いな食材筆頭はセロリであるが、実は日向も苦手としている為に、セロリ自体は食卓に並ぶ事はほとんどない。


「た……たべる……」


「なら、今日はピーマンの肉詰めにでもしようか」


 一瞬だけ怖気づいた蕾の手からピーマンを受け取り、買い物籠へと入れる。ちゃんと食べれたら、食後にデザートでも出してあげようか。そんな風に思って、前方にあるデザートコーナーへと足を向けた。



「そういえば飲み物も麦茶ぐらいしか無いね、なんかジュースでも買って行く?」


「かってくー!」


 日向の一言で、蕾が好きな飲み物を買って貰おうと棚に駆け寄る。

 そのまま吟味する事およそ一分、戻って来た蕾が重そうに持っていたのは、青いラベルの張られたボトルだった。


「これ、蕾が飲むの?」


「ううん、ちがうよー!」


 ガゴッ、と音を鳴らしながら蕾が籠へとそのボトルを入れると、一仕事終えたとばかりに「ふー!」と息を吐く。二リットルのボトルは少々辛かったのだろう。


「おにーちゃん、のむでしょー。 いっぱいれんしゅうするときに。れいぞうこにあるの、すくなかったから……」


 そんな事まで覚えていたのかと、最近は本当に驚く事が多い。

 日向が蕾に気を配っていると同時に、蕾もまた、日向へとしっかり時を配っている。


 ―――俺達も、そんな風になれますか。

 お互いを強く想い合って、支え合える兄妹に。


 その答えは、こうした日々の積み重ねの先に必ずあるのだ。



「あふ……っ」


 そして金曜日、授業が終わった日向が欠伸を噛み殺しながら教科書を鞄に仕舞い込んでいると、唯の元へとやってきた悠里に声を掛けられた。


「日向君、眠そうだね。珍しい」


 そう言われ、日向は目元を擦りながら曖昧に笑って頷いてみせる。


「ちょっと、最近身体を動かすようにしてたから、どうしてもね」


「そんなに疲れるぐらい運動してるの? 大丈夫?」


「うん。ほんの二時間ぐらいなんだけど、なかなかハードでね……」


 言いながら身体の凝りを解すように首を回す。序盤には大分あった筋肉痛も、今はすっかりと消えてきている。身体が馴染んできてくれたのだろう。


「へぇ……確かに、なんかちょっと引き締まった感じがするかも」


 ちょんちょん、と指先で二の腕を触られる。そしてそのまま、むにむにとお腹の辺りも突かれる。

 くすぐったさにやや身体を捩るものの、今度はその反応を面白がって悠里が一歩前に詰めてくる。

 気のせいかもしれないのだが、最近になって悠里がこんな風に日向へとスキンシップを取る回数が劇的に増えたのだ。


「ふふ、日向君は意外と脇腹が弱いんだね」


「勘弁して下さい……」


 悪戯っぽい視線を飛ばしながら笑う悠里に、両手を身体に回して防御の姿勢を取る日向が弱々しい声で懇願していると、すぐ傍から平坦な声が飛んできた。


「はいはい、いちゃこらすんのは人目に付かない所でやってよね、ほんっと」


 後ろの席から唯がジト目で日向を見ていた。だが、すぐに好奇心旺盛な表情に戻ると、何を思ったのか唯までもが手を伸ばし、そのまま脇腹を掴まれた。


「ういっ……ちょっと……止めて止めて……」


「ほー、こりゃいい腹筋ですわぁ……年頃の女子にはちょっとばかり刺激が強いかもねぇ。どれどれ、今度は二の腕から胸板を……」


「うひぃ!」


 手をわきわきとさせる唯に戦慄し、日向が後ずさりながら鞄を持ち、教室の外へと逃げ出す。


「逃げられると追いたくなっちゃうのよねー!」


「え、ちょ、唯! 待ってよー!」


 すかさず追跡を始める唯の後ろを、更に悠里が急いで追い駆ける。

 そして、一瞬にして居なくなった三人の姿を見送りつつ、最後の一人である雅はゆっくりと立ち上がった。


「……え、俺放置? さすがにそれは寂しくない?」


 捨てられた大型犬のように眉尻を下げながら、雅は日向達の後を追って教室を出た。

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