エンディングロールと、宣戦布告。
昼時のピークを越え、蕾の衣装替えから端を発した騒動もひと段落した辺りで、日向達前半組はすっかり遅くなってしまった交代を迎える事が出来た。
「なんだかんだで残り一時間半……全部回るのは難しいね」
「とりあえず俺は腹に何か入れてぇ。作ってばっかりで水しか飲んでねえよ……」
手元の学校祭案内のパンフレットに目を通しながら日向が言うと、背後から雅が覗き込みつつ、ぐったりとした声色を出す。
その言葉に同感、とでも言うように、悠里と唯も頷いた。
「ほんと……もう足パンパンだよ……着替えてる時間も勿体ないし、宣伝の為にこのまま歩けって言われるし……」
「栁ってば目の色変えてたもんね。このままなら学年トップ、いや校内トップを狙えるぞ! ……って。まあ当初は全然そんなの意識してなかったけど、あの混雑を見せつけられると、あたしもちょっと思っちゃったしね」
恥ずかしそうにエプロンドレスのフリルを気にしているのは悠里で、唯が困ったように笑いながら応じている。
「唯、髪型戻したんだ?」
「ん? うん、出歩く時はさすがに恥ずかしいしねぇ。見せる相手も居ないし、いいかなーって」
「んー……折角だから、あのままでも良いと思うんだけどなぁ……」
少しだけ残念そうな悠里は、そのまま唯のポニーテールを両手で掬うようにして手慰みのように玩んだ。
「あの……私も御一緒して宜しかったんでしょうか? その、お邪魔にならないかなぁ……って」
日和の隣、若干肩身が狭そうにして日向に声を掛けるのはひかりで、ぴったりと日和に寄り添うようにして佇んでいる。
「そりゃ勿論。あれだけ手伝って貰ったんだから、遠慮しないで。……騒がしくて、落ち着かないと思うから、牧瀬さんがいいのなら、なんだけど」
「私は全然! む、むしろ皆さんと居ると楽しいので! よ、宜しくお願いします……!」
「ひかり、日向先輩に一杯奢って貰おうね。私達、ちゃっかり働かされたんだから」
深々と頭を下げるひかりの耳元で、日向へじとっとした視線を送りながら聞こえよがしに呟く日和の言葉に、日向はこっそりと財布の重さを確認した。
■
それから日向達は、折角だからと日和のクラスでやっているホットドッグを買いに行くと、日和とひかりに店員姿になって貰って記念に写真を撮った。
その他にも、体育館にはアスレチックコーナーという名ばかりの筋トレルームがあり、そこでは何故か日向は雅と懸垂の回数で競い合う事となった。
尚、室内用の鉄棒もあり、逆上がりの回数に応じてお菓子の詰め合わせが貰えるという、参加費と比べると果たして安上がりになるのか甚だ疑問になるコーナーもあり、ここでは以外にもひかりと悠里が活躍する事となった
「ゆうりちゃん、すごいすごい! ひかりちゃんもすごい! じょうず!」
両手を万歳にしてぴょんぴょんと跳ねる蕾の頭には、教室からずっと付けている猫耳のヘアバンドがある。
こちらも悠里達と同様に『帰る時に返してくれればいいから!』というおかしな瞳の色をしたクラスメイト達の熱意により、着用したままの出歩きとなった。
日向としても、蕾が気に入っているようなので断る理由も無かったのだが、如何せん目立つので、人目に付く度に来客達から温かな視線を向けられていた。
そしてその悠里はというと、今は絶賛そのエプロンドレス姿で鉄棒の真っ最中なのだが。
「くそっ……くそっ……何故、何故ジャージなんてものを御丁寧に用意してるんだよ……!」
「そりゃそうでしょ。誰もスカートの中が見えちゃう事を前提で逆上がりなんてしないってば」
ぐるぐると回る悠里とひかりから視線を外した雅が、悔しそうに体育館の床を叩き、唯からの絶対零度の視線に晒されていた。
「ゆうりちゃん、もうちょっと! もうちょっとでいちばんいいおかしもらえるよー!」
「まーかーせーてー!」
打ちひしがれる雅を尻目に、天使からの声援により際限なくやる気を出した悠里は、暫くの間ぐるぐると空中を回転し続けるのだった。
お腹を満たし、運動し、喉が渇いたら飲料系の模擬店をやっているクラスで潤し。
喧噪の中を遊び歩く日向達は、いつの間にか時間を忘れてしまっていた。
午後の三時を回る頃、そのアナウンスは唐突に訪れる。スピーカーから響いたのは、間もなく一般来客の退場時間が訪れる事を告げる放送部員の声だった。
「……もう時間になったのか」
「早いよね。あんなに沢山時間をかけて作ったのに、半日で全部が終わっちゃう」
天井にあるスピーカーを見上げながら呟く日向に、悠里が残念そうな声で答える。
そのまま蕾に視線を向けるが、蕾は何が起こったのかよく分からず、繋いでいる日向の手を眺めた後、日向と目を合わせて来た。
「……もう、おしまいなの?」
汗を掻いて軽く額に前髪が張り付いている蕾が、静かな声で日向に問い掛ける。
その声の奥には、隠しようもない『いやだ』という言葉が透けてみえた。そう思ってしまうのも無理が無いと思う程に、日向も同じ想いを抱いていたのだ。
「うん」
だから、そう短く答える事しか出来なかったのは、日向自身も何を言えばいいのか分からなかったからだろう。
同時に、ぎゅっと強く握られた手が、蕾の内心をはっきりと伝えてくれる。
「つぼみ、かえりたくないな……」
その言葉は、笑顔と共に言われたのなら、恐らくは大成功だったと胸を張れるものだろう。
蕾が楽しんでくれる学校祭にする、その目的を達せられた証明でもあるのだ。
そしてその目的は、今や日向だけではなく……悠里も、唯も、雅も、日和も抱いていた共通の想いでもあった。
だからこそ、日向を含めた五人はそれぞれ蕾に何と声を掛ければいいのか分からずに、ただ校内に流れるBGMのボリュームが段々と下がっていくのを待つしか無かった。
「……写真、撮りましょう!」
沈黙を破ったのは、ひかりの声だった。
「写真、皆で! 先輩達の教室に戻って、皆で撮りましょう! 蕾ちゃんと居られる時間は終わっちゃうけど、写真にしておけば後から楽しかった反省会が出来ます!」
ぐっ、と拳を握るひかりの言葉を理解した日向は、同時にひかりの言葉の矛盾におかしくなって笑いを噴き出してしまった。
「……楽しかった反省会って、初めて聞いた」
「ふ、ふふっ……ひかりって国語の点数悪かったっけ?」
「そ、そうじゃなくってぇ! 他にいい言葉が思い浮かばなかっただけだし!」
日向に乗じて日和がひかりにからかい半分の質問を投げると、ひかりは顔を真っ赤にして両手を振った。その仕草がおかしくて、悠里達も一緒になって笑い出した。
「でもいいね、撮ろうよ! こんな蕾ちゃんの姿見れる時なんて滅多に無いんだろうし!」
声高に叫んだ唯の一言に、反対する者は誰一人として居なかった。
そうして、教室に戻った後。
「それじゃ、いいですかー? いきますよー!」
「おっけー!」「ばっちこーい!」「早くして! 教壇から落ちそう……!」
所用があってどうしても抜けなければいけない数人の生徒を除き、クラスのほぼ全員が団子状態になって黒板の前に居る。
前列の女子はスカートを畳み、体育座りや正座状態でピースサインや隣人と手を合わせて作ったハートマークを。
中列には男女入り混じり、中腰が辛いのか身体がプルプル震えている。
そして後列には、男子が互いに肩を組みながら賑やかに歓声とも取れる雄叫びを上げていた。そんな後列の中央には……。
「たーかーいー! おにーちゃん、たかいたかい!」
「ぐぁぁ蕾ちゃん、重くなったなぁ……!」
「みやびくん、がんばってー! おとしちゃいやだよー!」
日向と雅が、お互いの両手を交差させながら蕾を担ぎ上げる。その光景はさながら祭りの神輿状態で、蕾はいつもよりもずっと高い視線の位置に大興奮している。
「成瀬、女の子になんて事言うのさ! あんたは後夜祭の間、ずっと片付けしてなさいよ!」
「痛ってぇ! 脚は止めろ脚は! っていうか今の状況で蹴りを入れるんじゃねぇよ!」
「蕾ちゃん落ちないで、落ちないでね……!」
「日向先輩方、早く撮っちゃわないと時間が無いんですから、じゃれ合うのは後にして下さい!」
雅の言葉に唯が足技と共に突っ込み、悠里があたふたとフォローに入る。日向がそれを微笑ましくも苦笑いで眺めていると、日和から叱責が飛ぶ。
この状況に至っても、やってる事はいつもと変わらない五人と一人だった。
「後輩ちゃん達は一緒に入らないの? 折角一緒に働いたんだし……」
麗美が穏やかな笑顔で日和達に手招きする。その言動に文句を言う人間は誰一人おらず、男子に至っては可愛い後輩女子の参加を心待ちにしているのか、何度か頷いたり、そそくさと自分の隣のスペースを空ける者まで居る始末だ。
「いいえ、大丈夫です。これは先輩達のクラスの想い出ですから。それに……」
「別口でもう撮ってあるので。此処に来る前に」
日和とひかりは互いに顔を合わせると、にっ、と笑ってスマートフォンを指差した。
■
そして来客が退出する時間が訪れると、予め連絡を入れておいた新垣家の両親が、蕾を引き取りにやって来た。
クラスメイトに深々と頭を下げる母親と、何があったのか廃人のように背中を丸くして縮こまる父親に蕾を預ける。
蕾は先程よりもすんなりと聞き分けてくれたので、母親への引き渡しも殊の外スムーズに行われた。
明吏曰く「楽しかった分、疲れが一気に出たんでしょ」との事だが、心の底から楽しんでくれたのなら、日向も何も言う事はない。
「みんな、ばいばい」
もう一度深く頭を下げる母親と共に、蕾が手を振りながら、にへら、と笑う。
その笑顔に、堪らず何人かの女子生徒からは歓声のようなものが聞こえたが、やがて蕾の姿が見えなくなると、表情を切り替えた。
「さ、後は今の内に着替えを済ませて、後夜祭だな」
秀平が場を取り纏めるように声を掛けると、各々が自分の鞄を持って立ち上がる。
日向もまた同じように鞄を持つと、立ち上がってから一度教室の中を見渡した。そこにあるのは、これまでの時間を費やして出来た努力の結晶と、これからも残る想い出の景色だ。
「なんだか、一瞬で終わっちゃったなぁ……」
僅か半日で役目を終えたそれらに、日向は御礼をするように目を閉じて、心の中で感謝を告げる。
ただの学校祭だった筈の日は、そこに至るまでに多くのものを日向に与えてくれた。その事に対する、感謝の念を。
そして振り向くと、他のクラスメイト達と同様に着替えを行う為、更衣室へと足を向けるのだった。
「……あ」
教室から出る日向の姿を、悠里が視線で捉える。日向の格好は他の男子生徒達と違い、ただ一人だけの衣装だ。
模擬店は終わり、後は最後にクラスメイト達と後夜祭に赴き、軽音楽部や有志が行うライブなんかを観て騒いで、そして帰路に着く。
そうすれば、明日からはいつもと変わらぬ日常が戻ってくる、それが現実だった。
(……それで、いいのかな)
変わらぬ距離、変わらぬ世界、変わらぬ自分。
(日向君は、どんどん変わっていくのに、私はそれでいいのかな)
閉じた世界で、ただ蕾との安寧を過ごす日向は、気付けばもう居ない。
そこに居るのは、新しい世界と新しい自分を受け入れ、変わる事を恐れずに、無くしたものを取り戻そうと歩き出した日向だ。
明日には、今日とは違う顔を見せてくれる、そういう人だ。
ならば、自分もまた置いて行かれないように変わる必要がある。
そして今日の衣装は、そんないつもの微妙に奥手な自分を覆い隠してくれるのに、ぴったりなものではなかったか。
(行こう……行かなきゃ)
でなければ、きっと自分は、この先ずっと後悔し続ける事になる。
不思議とそんな予感があった。
タッ、と自分の脚が軽やかに上がるのを感じる。一歩一歩、最初はゆっくりとした歩調が、段々と速度を上げて、やがてスタッカートを刻むのが分かる。
教室から一歩踏み出すと、足音の響き方が変わった。未だざわめきが鳴り響く中で、タンッ、とリノリウムを踏み鳴らす。
「日向君」
小声が自分の小さな口から漏れ出す。視線の先には、廊下の角を曲がった日向の背中が見えて、消えた。
日向の背中が見えなくなった途端、焦りが生まれる。いつかこんな風に、日向が消えてしまう日が来るのではないかと思うと、心臓が痛みを訴える。だから、走った。
「日向君!」
トントン、と曲がり角で一度減速し、視線を横に向ける。直前の声が届いたのか、日向が一瞬だけ悠里を振り返り、驚いた表情を見せる。
そう、この顔だ。
こんなに話す間柄になる前、教室の中で見た事のある、人が良さそうだけど、どこか能面のようだなと思った日向の表情が、驚きに変わる瞬間の変化が面白かった。面白くて、温かかった。
だからついつい、もっと見たいと思ってしまうのだ、そう思っていたら、こんな所まで来ていたのだ。
微妙に及び腰だった気持ちは隠れ、わくわくとした感覚が身体中を満たす。
次に自分がやる事を日向が目の当たりにして、どんな表情をするだろう、そう思うだけで面白くなってくる。
「悠里―――」
(どうしたの? ってきっと言うの。それ、口癖みたいだよ……)
自然体でこちらを受け入れてくれる日向は、何か用か、なんてぶっきらぼうな言い方はしない。
そんな風に、日向がなんと話し掛けてくれるのかも、予想出来るようになってしまった。
「ストップ、ストップー!」
「ちょ、ちょっと! むしろ悠里がストップして!」
「やだー!」
悠里は駆け寄った勢いのまま、日向の腕にしがみ付く。
子供じみた事をしていると思ったし、人目があるのにどうかしてる、とも思う。自分はこんな事は人前では絶対にしないような人間だったのに、と。
「うわぁぁぁ!」
「捉まえた! 日向君!」
「なに、なに?! また恵那さんの陰謀?!」
自分がこうして勇気を出しているのに、親友とは言え他の女子の名前を出す日向に、悠里は少しだけムッとする。
「違う違う! でもこっち、ちょっと大変なの!」
「え、なんか問題でも起きたの?!」
「そう、大問題! 着替えは後にして、早くこっちに!」
日向の腕を掴んで走り出す悠里を、周囲の生徒達は何が起こったのかと呆けた様子で眺めている。
けれど、今日までは悠里と日向はクラス委員なのだ。きっと何かの対処に向かったと思ってくれるだろう。
「悠里、ちょっとちょっと! その、腕!」
「え、なに?! 腕がどうしたの?!」
「もうちょっと緩くしてくれないと! いや、その……!」
歯切れの悪い日向の言葉も、悠里には届かない。しっかりと抱え込んだ腕は悠里の身体に密着しており、離すつもりは毛頭ないのだ。
やがて人目が少ない、教室より離れた廊下に二人が来ると、悠里はそこでようやく日向の腕を掴む力を緩めた。
片手だけで腕にぶら下げている鞄の中からスマートフォンを取り出し、カメラを起動させる。
「しゃ、写真?!」
「そう、写真! 撮りたいの!」
「それが大問題だったの……?」
コクコクと頷く悠里を見て、今日はよく写真を頼まれる日だなと日向は思ったが、女子の間ではそういうのも普通なのかもしれない。教室の中でも唯からせがまれた事を思い返しながら了承する。
「家族で出掛けた時以外で、こんなに沢山写真を撮った日は無かった気がする」
スマートフォンのカメラアプリを起動する悠里の隣で、日向はぼそりと呟いた。
「……テニスの大会、とか。そういう、大きい行事の時は、あったんじゃない?」
「あぁ、試合の時とかは……そうだね、沢山撮られたかもしれない。けど……ああいうのって、自分一人だけしか写ってないしさ」
友達とは、こんなには。
そう続けようとしたのだろうか、日向は困ったように笑って自分のスマートフォンを取り出した。
そこに詰まっている想い出は、そんなに多くは無いのだろう。恐らくはほとんどが蕾の写真で、家族の写真で……空白の二年間が終わったあの六月からの想い出が、ぽつぽつと入ってるだけなのだ。
「でも、今年は本当に、沢山……沢山撮れて、嬉しいんだ」
日向はインカメラを起動すると、悠里に見せる。
悠里もまた、自分のスマートフォンのインカメラを起動して、二人で頭上に掲げた。
「まだまだこれからも、増えるよ」
すぐ傍で笑う悠里の顔が眩しくて、日向は早々にカメラへと目線を向ける。
気付けば、吐息が掛かりそうな程の近さに悠里が居る。
ふっと、少しだけ悠里の体重が自分に寄り掛かってくるのを感じて、日向は視線を動かそうか迷っている間に、カシャリとお互いの指がシャッター音を鳴らした。
■
後夜祭の会場である体育館は、現在三年生の軽音楽バンドが一昔前のパンクロックを軽快に奏でている。素人目にも上手いと思えるボーカルの声が、日向も聴いた事のある有名な曲を歌いあげていた。
館内に籠る熱気から一度逃れようと、日向が体育館の出入り口から廊下に出てすぐ、日和の姿を見付ける。
日和は、廊下を少し進んだ所にある、中庭へと続く大窓の傍に設置されたベンチに座って缶の紅茶を飲んでいる。
「……こういうのは、苦手?」
「日向先輩?」
声を掛けると、疲れたような表情で日向を見上げてくる。
「音量、大き過ぎて……耳がキーンってします」
「だよね、日和は苦手そうだよなぁ、って思ってた」
日向が笑うと、日和はむっとした表情を見せてくる。けれどすぐに、はぁ……と溜息を吐いて再び紅茶に口を付けた。
「試合とかで集中している時は、音なんて気にならないのに。どうして、そういうのがいつも出せないんでしょうね」
「そもそもテニスコート、騒音御遠慮下さいなんだけどね」
「最近、日向先輩って素直さとか真面目さより、ちょっとだけ意地悪になってません?」
「日和が相手だと調子に乗っちゃうのは認めないとね」
唇を尖らせた日和に日向が冗談交じりに返すと、日和もわざとらしく頬を膨らませ……すぐに破顔した。
「ふふ……そうですね、それは役得と捉えていいのでしょうか。でも、すぐにその調子に乗ってるのを後悔させてあげる事になっちゃいます」
挑発的な日和の視線は、既に試合前のそれになっている。猫科の猛獣を思わせる、妖艶さすら感じさせる瞳は、味方に居る時は大変頼もしいものだった。
「いつにする?」
「いつがいいですか? 私はいつでも」
「なら、次の土曜日にでも」
「へぇ……随分と早いんですね、一週間でアジャスト出来るんですか?」
それは侮っているというより、本当に驚いている様子だった。だがそれも、日向の二年間のブランクを考えれば当然でもある。
「練習はしていると言っていましたけど、競技用のそれじゃないのでは。……試合、してくれるのは嬉しいんですけど、もうちょっと……ちゃんとした状態の日向君と試合がしたいな……」
思わず本音が漏れる時、日和はこうして昔の喋り方に戻ってしまうのだろう。
日和もまた、昔と今と、その二つの間で自分の在り方をまだ完全に決められてはいないのだ。
「大丈夫」
日向自身、日和をそうしてしまったのは自分なのだと自覚している。
だから、この機会を前に手を抜く事は一切しないと誓う。
「万全で行くよ。日和」
上月日和という、もう一つの太陽に本来の輝きを取り戻させる為ならば。
「万全の状態で、掛かっておいで。じゃないと、すぐに終わらせるから」
もう一度、自分自身が彼女に熱を与えなければいけないのだ。
これにて!
学校祭編! おしまい!
三ヶ月掛かりました、すいませんでしたー!!!!
……四ヶ月ですかね?