新垣家の休日。
日曜になり、日向が家で少し遅めの朝食を摂っている時だった。
日向のスマートフォンが鳴り、LINEの着信を知らせるプッシュが表示された。
コーヒーを片手にその表示を指先でスワイプして画面を起動させる。
送信者:芹沢悠里
『蕾ちゃん成分が足りないわ』
マグカップを口に付けたまま、一瞬停止する。
蕾ちゃん成分って何だよ……と思いながら日向は指先で返信を打ち込む。
送信者:新垣日向
『その蕾ちゃんは今、親父と庭で家庭菜園に水を撒いて涼しそうです』
送信者:芹沢悠里
『ずるい、混ぜて』
文章と一緒に拳を地面に打ち付けて悔しがるキャラクターのスタンプが送られてきた。
(親父に嫉妬するって芹沢さん……)
送信者:新垣日向
『混ぜてって、親父達も居るけどまた家に遊びに来る?』
送信者:芹沢悠里
『いえ、流石に一家の団欒にお邪魔する訳にはいかないものね……。そうだ新垣君、蕾ちゃんを連れて駅前の公園に行きましょ。モールも近くにあるし、買い物も出来て一石二鳥よね!』
団欒をお邪魔する訳には、と言いつつ蕾を連れ去ろうという悠里の展望に、日向は戦慄を覚えたが駅前の公園は今日のような天気の良い日には気持ち良さそうだ。
確認してみる、と返信を打ちベランダに居る蕾に声を掛ける。
「蕾、悠里ちゃんが駅前の公園に行かないかーって言ってるけど、行くかー?」
「いくーー!!」
引き戸から顔を出して告げた瞬間、蕾の返事が来た。
隣で瞬殺された父が憎々しげに日向を見ている。
「日向、お前……休日の唯一の楽しみを……父さんと蕾の仲を切り裂こうってのか……」
散水用ノズルのトリガーに手を掛けながら、日向の父である仁が亡霊のような瞳で呟いた。
「いや、俺が、っていうか……俺のクラスメイトがさ。ほら前に話した、蕾を可愛がってくれてる同級生の子だよ。蕾に逢いたくなったらしくて」
「ゆーりちゃん! なかよしなの! つぼみもゆーりちゃんすきー!」
蕾が諸手を挙げて庭をぐるぐると駆け回る。
「あぁ! 噂の子か! 日向のお嫁さん候補の!!」
「女子の名前を聞いただけでお嫁さん候補ってどういう事だよ……。頼むから人前ではそういう冗談は止めてくれよ……」
日向がげんなりすると、仁は快活な笑みを浮かべて蕾に振り返った。
「まーそういう事なら仕方ないわな。流石だなー蕾、お兄ちゃんのキューピットやってるのかー、お前は本当に天使のようだなぁ」
蕾を抱き上げてくるくると庭を回る父の姿は家族団欒の風景として微笑ましいが、脳内の思考回路は全く笑えない。
ともあれ、本人の意向は聞けたのでリビングに戻りスマートフォンを手に取る。
送信者:新垣日向
『蕾、行きたいって。はしゃいで庭を駆け回ってる』
送信者:芹沢悠里
『その光景を思い浮かべるだけで、私はこのトーストをジャムとマーガリン無しでも食べていける気がするわ。それじゃ、集合時間とかはどうする?』
送信者:新垣日向
『こっちはいつでも構わないよ、昼前に出られればと思ってる。多分、蕾の我慢が効かない』
送信者:芹沢悠里
『そっか、ならお昼も一緒に食べちゃう? 先にモールでお昼とお店回って、少し涼しくなったら公園に行きましょうか』
送信者:新垣日向
『うん、分かった。それじゃ、こっち出る頃に連絡するね』
一通り連絡を終えて、微温くなってしまったコーヒーを煽る。
食器を台所に片付けると、母親の明吏がシンク周りと換気扇の掃除をしていた。
「母さん、お昼は蕾と駅前に行くから、そっちで食べてくる。友達と行くんだけど、蕾と遊んでくれるらしくて」
食器を水で濯ぎながら母親へ声を掛けると、明吏はパッと顔を振り向かせ。
「えー! 日向あんた、母さんが休日の楽しみしてた蕾との時間を取っちゃうつもりなの?! ……あら、でもお友達も一緒なのよね。その友達ってまさか、前に話してた蕾と遊んでくれる女の子?」
一瞬、母親の瞳が絶望の色に染まったが、すぐにキラキラと光を放ち始めた気がする。
というか、父親とほぼ同一の反応に二人が夫婦だという事実をまざまざと再確認させられそうだった。
「あ、そういうのいいんで。既に親父に同じ事言われてるから、ネタとして二番煎じなんで。でもとりあえず念を押しておくけど、芹沢さんは、俺の、友達。クラスメイト。はい」
一言一句、区切るように母親に伝えるが、当の母親は。
「うんうん、分かってるわよ、母さんちゃんと分かってる。男の子はそういうの、恥ずかしいんだもんね。そういう事にしておいてあげるから! あーでもお兄ちゃんの恋仲を取りもつなんて、蕾は見掛けに違わずの天使よねー。キューピットだわー……」
と呟いている。
うっとりとした表情でシンクの油汚れを擦る姿に、日向は軽い頭痛を覚えた。
そして更に一時間が過ぎ、現時刻は11時前。
駅前までは徒歩で15分程なので、お昼の時間を考えてもまだ少し余裕があるが、それは男子に限った話。
五歳児と言えど、お出掛けに関しては服装に気を遣うものだ。
先程から蕾が、母と一緒に服を引っ張り出しては二人で姦しくしている。
耳を澄ませてみると、どうやら蕾が服に関してイヤイヤと駄々を捏ねているようだ。
「こっちにしたら?ほら、外で遊ぶかもしれないんでしょ?これなら汚れてもいいから」
「いーやー!こっちにする!こっちがいい!そんなのおとこのこっぽい!」
母が取り出したシャツと短パンに見向きもせず、手に持ったデニムのスカートを掲げる。
明吏は仕方ないという風に溜息を吐いて、それでも蕾の意思を尊重したようだ。
「分かったわ、その代り上着はこれね。モールの中は空調が効いて涼しいから、あんまり薄着だと身体が冷えちゃうのよ」
タンスから半袖のパーカーを用意する。
これには文句が無いらしく、蕾は「わかったー」と頷いた。
一方で日向は、普段着で常用している青系のシャツとハーフパンツタイプのデニムを着ている。
普段と違うのは、女子と一緒に歩く訳だから髪型もいつものように寝癖を落としただけ、という訳にはいかず、整髪料を使って軽く整えてある。
ブルルルッ、とテーブルの上に置いたスマートフォンが振動を上げた。
画面を出すと、LINEの通知が着ている。
発信者は悠里だった。
発信者:芹沢悠里
『待ちきれなくて来ちゃった』
ペロッと舌を出したスタンプが通知音と共に表示され、ほぼ同じくしてピンポーンと来客用のベルが鳴った。
「はーい! 今出ま~す!」
明吏の間延びしたような声が遠ざかりながら、バタバタと玄関へ向かう。
悠里はちょっとした悪戯心で来てみたのだろうが、両親の先程の反応を見ている日向は途端に胃が痛くなってきた。
最近、ちょっとだけですが評価ポイントを入れて下さる方がいて、嬉しい限りです。(ブックマも!)
書き始め当初は誰かに読まれる事、評価される事を想定しておらず……でも実際には評価して下さる方がいるという状態になり
ポイントを入れてくれたりブックマされるのは嬉しいなぁ!と感じるようになって、自分でも色んな小説を読ませて貰い、ポイントを入れていってます(笑)
私としては『小説書いてみたよ!面白いから読んでみて!』なんてとても言えませんが
『小説書いてみたら読むのと同じぐらい面白いよ!書いてみて!』という事を、とても伝えたくなってきました。
もし、自分も書いてみたよ!という方が居たら是非とも教えて下さい。
皆様の作りだす物語を、ほんの少しでも共有させて頂けたらと思います。