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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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羽毛布団

 帰宅して入浴を済ませると、日向は自室のベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 初日とはいえ学校祭の準備という名目で一同の指揮、直後に連絡会への出席と連続した為か、体力的にはあまり動いてないとはいえ、精神的な疲労は誤魔化しようが無かった。


 時計を見ると、時間はまだ九時前。今頃蕾は母親に自室で寝かし付けられているだろう。

 そう考えている時、部屋のドアがコンコンとノックされる音が響いた。

 両親だろうか、と考えて身体を起こした日向の視界に入って来たのは、ドアの隙間から顔を覗かせる蕾だった。


「蕾……? どうしたの、眠れなかったの?」

「うん……」


 日向が言うまでもなく、蕾は既に眠そうな顔をしていたけれど、そのまま日向の顔色を伺う様におずおずとドアを開くと、そのままするりと部屋の中へ身体を滑り込ませた。


「えっとね……きょう、いっしょにねていい?」

「駄目じゃないけど……母さんは?」

「おかーさんは、いいよっていってた」


 戸惑いと共に答える日向を見て、蕾はとりあえず拒絶されなかった事に安心したのか、顔を綻ばせて日向の元へと歩いて来ると、そのまま短い手足を必死に使って「うんしょ……」とベッドへよじ登り、日向の隣にぺたりと座り込む。


「きょう……あそべなかった……から」


 ちょっとだけ非難めいた眼差しに、日向は「あー……」と今朝のやり取りを思い出しながら、天井を仰いだ。

 帰宅した時、蕾は明吏と共に夕食の真っ最中で、日向が加わった時には既に二人とも食事を終えるタイミングだった。

 そして日向が夕食を済ませている間に蕾は明吏と共に入浴し、日向も入れ違いで入浴した為、帰宅してから蕾と過ごす時間がほとんど無くなってしまっていたのだ。

 ならばと、せめて寝る時ぐらいは一緒に居たいと思ってくれた蕾の好意を、日向が無碍にする事は出来る筈が無く。


(九時かぁ、寝るには早過ぎるけど……まぁ、疲れてるのは確かだしなぁ……)


 高校生が寝る時間には健全過ぎるのだけれど、逆に蕾にとっては夜更かしの時間帯となる。

 今、優先すべきがどちらか、そんなものは決まりきった答えだった。


「分かった、いいよ。寝るまで何かお話しよっか」

「うんー!」


 日向の言葉に、蕾は顔を綻ばせて布団を捲ると、一目散に中へと入った。

 そしてそのまま、布団の端を持ち上げて日向に入れと目線で訴えてくる。

 促されるままに日向が布団の中に身を入れると、いつもより温かくなっている寝具が疲れている精神を癒してくれるようだった。


「あったかーい……」

「布団蹴っ飛ばさないでね、朝方に寒くて凍えるから……」

「はーい」


 身体を横たえて蕾と向き合った日向の正面から、蕾が抗議と共に頭を胸元へぶつけてくる。

 その仕草が、帰り道での悠里の様子と似ていて、思わず笑ってしまう。


「おにーちゃん、おまつりじゅんび、たのしー?」

「大変だけどね、楽しい……かな。まだまだ手探りで、これからどんどん忙しくなると思うけど」

「そっかー、おにーちゃんがんばってるもんね、えらいねー」


 ペタペタと、蕾が日向の頬を撫でる。


「金曜日はまた遅くなるだろうけど、それまでは今日より早く帰れるだろうから……」

「うん、だいじょうぶよー、おじいちゃんとおばあちゃんと、おるすばんできるよ!」


 日向に触れているのが楽しいのか、嬉しいのか、蕾はにこにこと笑ったまま日向の傍へと更に寄ってくる。


「おにーちゃん、おまつりのひ、またみんなといっしょにあそべるかなぁ……」


 眠気が強くなって来たのだろう、蕾の瞳が言葉と共に徐々に閉ざされる。そしてまだ話し足りないのか、眠るのを拒む様に懸命に目を開けた。


「ゆーりちゃんとね、ひよりちゃんとね……みやびくんとね、ゆいちゃんとね……あとね、このまえあそんだ、おにーちゃんたちとね……」

「うん……うん」


 蕾の背中を、ゆっくりと叩きながら、その瞼が完全に落ちるのを待つ。


「あしたは……おにーちゃん、むかえにきてくれるんだよね……」

「うん、蕾が、祖母ばあちゃんと祖父じいちゃんと、一緒に御飯食べた後ぐらいに……迎えに行くからね」


 日向の返答に、口元を緩ませた蕾が更に密着してくると、子供の高い体温が伝導してくるのが分かる。

 蕾が寝やすいように、少しだけ体勢を変えてあげると、その拍子に脇腹が僅かな痛みを訴えてきた。


()っつ……」

「おにーちゃん? けが、したの?」


 顔を顰める日向へ蕾が心配そうな表情を浮かべ、手を伸ばす。


「あー……うん、ちょっと帰り際に、悠里を怒らせちゃって……」

「えー! おにーちゃん、ゆーりちゃんになにしたのー!」


 日向を心配する表情から一転し、蕾は呆れ半分叱り半分といった口調になった。


「大丈夫大丈夫、明日ちゃんと謝るからさ……」

「おにーちゃんとゆーりちゃん、けんかするの……いやだよー……」

「蕾は悠里の事、ホント好きだよね。……どうしてそんなに悠里が好きなの?」


 素朴な疑問をぶつけてみる。人見知りのしない妹だけれど、こんなにも誰かに懐く姿は見た事がなかった。

 日向の交友関係で元々、蕾を知っているのは雅と日和の二人だけだ。雅は中学からずっと会っているので慣れてはいるが、異性だからなのか悠里を相手にする時ほどには明け透けな好意を示さない。

 日和に関しても、以前の記憶は蕾が幼過ぎて覚えていないと言っていたけれど、再会してから過ごした時間で数えれば、悠里と然程変わらないのだ。


 日向のそんな疑問に、蕾は特に考え込む事もなくすんなりと答えた。


「えっとね、おにーちゃんをね、わらわせてくれたから」

「………うん? 雅と居る時も、笑う事はあったし……蕾と居る時も一緒に笑ってたよ?」


 蕾の返事に日向がそう返すと、蕾は目を細めて笑った。


「うん、でもね。つぼみはね」


 僅かに開いたカーテンの隙間から、銀色の月が覗き込んでいた。

 今夜は満月らしい、普段よりも明るく部屋に差し込む月の光が蕾の後ろに見えて、蕾の表情すらも大人びて見せてくれる。


「ゆーりちゃんといるときに、おにーちゃんがわらうかおが、すきだもん」


 蕾はそう言いながら再び日向の顔に手を伸ばし、そこに日向が居る事を確かめるように触る。


「ゆーりちゃんがね、おにーちゃんをたくさん、へんなかおにしてくれるの」


 ―――その言葉は、悠里自身が言っていた事にも似ていた。


「おにーちゃんのへんなかおみるとね、つぼみもたのしいー…から」

「………そっか」

「うん、そうだよー」

「だから、蕾は悠里の事が好きなのか」


 もっと単純に、相性が良いからだと思っていた。

 それは半分だけ当たりで、半分だけ違ったのだろう。

 例え相手がどんなに親切で優しくても、蕾にとって重要なのはそこだったのだ。


「でも、つぼみはちゃんとみんなすきだよ!」


 慌てたように蕾が弁明する。他の友人達を蔑ろにしてしまったと思ったのだろう。


「分かってる分かってる、大丈夫だよ。……ちなみに、他の皆はどんな所が好きなの?」


 蕾の視点から見た友人達の評価、というものに若干興味が出てきてしまい、つい訊いてしまう。


「えっとねー、ゆいちゃんはね、よくわからないこといって、みんながわらうからすきー」

「成程……よく分からない事を言う、ってのは物凄く分かる」


 五歳児には決して理解出来ぬセンスを持つ女、恵那唯だった。


「みやびくんはね、おにーちゃんのおにーちゃんみたい」

「……雅が、俺の兄……。え、俺が雅のお兄ちゃんみたいじゃなくて?」

「うん、みやびくんが、おにーちゃん」

「それはもしや、俺が雅より頼りないという事なんでしょうか……ほら、料理だって兄ちゃんの方が断然上手いし、落ち着いてるし……!」


 まさか蕾の中での兄の威厳が崩壊の危機を迎えたのかと、慌てて自分の美点を五歳児に向かって話す十七歳が其処に居た。


「んー、でもおにーちゃんといっしょにいるときのみやびくん、おにーちゃんのおにーちゃんっぽいよー?」

「マジかぁ……いや、分かる気はするけど。なんだろう……これに関してだけは心の底から認めたくない……」


 別に雅を日向が軽視している、という訳では断じて無かった

 むしろ雅には多くの部分を支えて貰ったし、それ相応以上に信頼もしている、信用もしている。

 けれどそれとこれとは話が別なのだ。

 蕾の中で、別の人間が『おにーちゃん』的な扱いを受けている。言語道断である。

 とりあえず蕾の前で、雅相手の言動は特に気を付けようと肝に銘じた。


「それじゃ……日和は?」

「ひよりちゃんは、おにーちゃんのことがだいすき!」

「ぐぁ………」


 蕾の言う『大好き』が恋愛方面を指しているとは思えないが、それでもストレートに言われるのは衝撃が大きかった。

 おそらくは凄く仲が良い、ぐらいの認識なのだろう。


「だからね、おにーちゃんとひよりちゃんがおはなししてるとき、ちょっとさみしい」

「え、そうなの……?」

「ちょっとだけ……」


 蕾はそう言いながら、じりじりと日向に寄り、ぴったりと張り付く。その行動はまるで、寂しさを行動で表そうとしているかに思えた。

 その行動がまるで帰り道での悠里みたいで、思い出してしまう。


「ゆーりちゃんと、なかなおり、してねー……?」


 瞬間、蕾が日向の心中を察したように悠里の名前を口にしたので、驚いて蕾の顔をまじまじと見詰める。


「喧嘩した訳じゃないから、大丈夫大丈夫……明日になればちゃんと話せるよ」


 日向の言葉に安堵したのか、蕾はそのまま目を閉じた。

 ぴったりと寄り添って眠る姿は、母鳥の羽毛の中で眠る小鳥みたいで、つい抱き締めてしまいたくなる。


「……なんか、考えないといけない事が日に日に増えていく気がする」


 それでも今この瞬間だけは、何も考えずに腕の中に温かな感触を抱いて眠りたいと思った。

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