菓子パンが紡いだ縁。
放課後になり、雅と唯はそれぞれ部活へ向かい、悠里と日向は帰宅の準備を整える。
「そういえば、芹沢さんって部活は入ってないんだっけ?」
思えば放課後に悠里の姿を見掛ける事が多かったが、いつもはどう過ごしているのか少々気になった。
芹沢悠里と言えば、このクラスが誇る才女だ。
文武両道を地で行く彼女が帰宅部というのも少々違和感があるが、部活動をしている素振りを見せた事が無い。
「私?んー、前は入ってたんだけどね、もう辞めちゃった」
悠里はどこか面倒臭そうに言い放つ。
「ごめん、なんか気乗りしない話だった?」
不躾に訊き過ぎたかと日向が悠里をちらりと見ると、悠里は軽く首を横に振る。
「ううん、そういう事じゃないんだけどね、当時の事を思い出しちゃってさ。あんまりいい辞め方じゃないというか、まぁ私の場合は止むを得ずに近いんだけど……。なぁに、私の事が気になるの?」
苦笑いしながらも、言葉の最後にはいつもの悪戯っぽい顔で日向の顔を覗きこむ。
日向には、それがどこか不自然な会話の誘導に思えた。
これ以上は訊かない方がいいのかもしれない。少なくとも、彼女からして楽しい話題ではないだろう。
だから日向も、悠里の軽口に付き合うつもりで応じてみせた。
「そりゃ、美人で気立ても良い女子とお近付きになれたんだから、ちょっとぐらいは気になっちゃうね」
その答えに悠里は少し面食らい、赤面して俯いてしまう。
「つ、蕾ちゃんの事しか考えない新垣君にしては、随分と上手なお世辞ね」
照れ隠しも混じり、ついついそんな憎まれ口を叩いてしまう。
言ってしまってから日向も少し気恥ずかしくなり、鞄を手に取ってドアへ向かう。
「女の子は褒めないと拗ねちゃうからね。五歳児は特に」
「ちょっと?!それって私も蕾ちゃんと同レベルって事なの?!ちょっとー!」
文句を言いながら悠里も日向を追って、教室の外に出た。
そのまま何となしに二人揃って廊下を歩く。
ふと、日向は先程の授業での出来事を思い出す。
「……すっごく今更で、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど」
「んー?」
「芹沢さんってモテるよね」
途端、悠里が咽る。
「っほ、けほっ……。は、はぁ?! 何、いきなりその話題!?」
「という事は学校内ではあまり一緒に居ない方がいいんじゃないかと思って」
「ちょっと唐突に人を褒めたり持ち上げたりしたと思ったら、今度は急にディスる訳? え? 新垣君私の事嫌いなの? 実は害虫みたいに思ってた?」
話題の方向転換に悠里が全く付いて行けず、半泣きになりながら日向を見る。
「いやいやいや、そういう訳じゃなくてさ!」
「じゃあどういう事よ。別に友達と一緒に帰るってぐらい、構わないでしょ?」
「うん、まぁそうなんだけどね。世の中には男女が一緒に居ると友達と思ってくれない人も居るんだよ……」
どう答えたものか、日向は考える。
美術の時に受けた話題をそのまま返してしまうと、それもちょっと危うい。主に望の立場が危うい。
かと言ってこのままの状態を続けると、周囲にあらぬ誤解を招きかねない。
日向が頭を悩ませていると、悠里はつまらなそうな顔で口を尖らせた。
「なによ、難しい顔しちゃって。そんなに私と誤解されるのが嫌なの?」
「俺っていうか、芹沢さんがね。あと、主に芹沢さんのファン達へ申し訳ないという。」
「ファンってそんな、私はアイドルでも何でも無いんだからそんなの考えたって――」
階段を降りて曲がった時だった。
「………先輩」
不意に、近くから声が発せられた。
驚いて声の方に振り向くと、そこには昼休みに話した女子生徒が居た。
松葉杖と一緒に壁にもたれかかっている。
「ようやく会えました」
日向を見て微笑む。
「お昼休み振りだね。こんな所でどうしたの?」
「先輩をお待ちしていました。お昼の代金、払い忘れてたので……。」
そうして松葉杖を取り、数歩こちらへ歩み寄ってくると、日向の後ろに居る悠里を見た。
「あ、御免なさい、お邪魔しちゃいましたね…。い、急ぎますのでお待ち下さい……」
日向一人だとは思って無かったのか、悠里の姿を見ると途端に萎縮してしまった。
それでも目的は忘れないらしく、肩に掛けた鞄から財布と取り出そうとする。
わたわたと松葉杖を支えに鞄を漁る姿は可愛らしいが、少し危うい。
不幸にも財布が鞄の底近くに入ってしまっていたらしく、悪戦苦闘しながらも財布を取り出す事に成功したようだった。
小銭を三枚取り出し、日向へ渡す。
「本当に、助かりました。それと、お金渡すの忘れちゃっててごめんなさい……」
「いや、俺もバタバタと戻ってしまってたし、というか今まで忘れてたぐらいだからさ。わざわざありがとうね」
恥ずかしそうに顔を伏せる女生徒に日向は穏やかに笑い掛ける。
ちらちらと視線を日向へ向けていた女生徒は、ほっとしたように顔を上げて表情を綻ばせた。
「あ、あの、私……一年の牧瀬ひかりです。せ、先輩のお名前を伺っても宜しいですか?」
コロコロと変わる表情は、どこか蕾に似ているなと場違いな感想を日向が抱いていると、女生徒……ひかりは日向を真っ直ぐに見てそう告げた。
「俺は、新垣日向。宜しくね。それとこちらが同じクラスの芹沢悠里さん」
後ろで成り行きを見守っていた悠里をひかりへ紹介する。
突然話を振られた悠里は「えっ!? 私?!」と動転しながらも、ひかりえ軽く会釈をする。
「ど、どうもご紹介に預かりました芹沢です……ええと、ひかりちゃんね、宜しくね」
「初めまして、牧瀬ひかりです。……えと、日向先輩の彼女さんですか?綺麗な方ですね……」
一瞬、悠里に見惚れていたひかりが日向へと視線を戻す。
日向先輩、という単語を聞いた辺りで悠里の眉がピクッと動いたが、気付いた者は本人以外に居なかった。
「あぁ違う違う、ただの友達だよ友達。偶々帰るタイミングが一緒になってさ」
ははは、と笑う日向の隣で悠里の眉が更にピクピクッと二度動いた。
今度はそれに気付いたひかりが、若干引き攣った顔をする。
「あ、そうなんですか、御免なさい……私、てっきり…。お、お二人ともカッコいいし、お綺麗だし、凄くお似合いだなーと思ったんですけど……ってあぁぁ、すみません初対面の方相手にこんな失礼な事を!! わ、私そろそろ失礼しますね!! 先輩方、またですー!」
そう言い切ってひかりは玄関の方へと去って行ってしまう。
松葉杖を器用に扱う姿は手馴れており、彼女が見た目よりも運動に長けている印象を与えた。
「な、なんか昼休みに見た時とはまた印象が違う子だなぁ」
ぽそりと放たれた日向の呟きを悠里は聞き逃さなかった。
「へぇ、さっきあの子も言ってたけど、今日の昼休みにそんな出会いがあったんだ?」
何気ない一言だったが、いつも聞く悠里の声よりもワンオクターブ程高い気がする。
「う、うん。あの子ほら、あの状態だからさ、売店の人混みに入り辛そうにしてて、それでね」
微妙な居心地の悪さを覚えながら悠里へ状況を説明する。
何故だろうか、悪い事をしている訳ではない、むしろ人助けをした筈なのにどこか後ろめたい。
「うんうん。日向先輩はそういう子、放っておけないんだもんねー!」
先程、ひかりが日向の事を名前で呼んでいたのを強調する。
女子は割と知人を名前呼びする事が多いので、日向は特に気にも留めていなかったが、今日が初対面という事を考えると確かに少しばかり恥ずかしい。
「そっかそっか、そりゃー私との事を誤解されちゃ困る訳よねー。まぁ?私と新垣君は?ただの友達だからねー」
半目で日向を睨むように一瞥すると、悠里はスタスタと先行して歩いて行ってしまう。
どうしようか、と日向が迷っていると悠里が振り返り、顎で下駄箱の方をしゃくって見せた。
「さっさと帰るわよ!今更誤解の一つや二つ増えた所で変わらないでしょ!」
初めて見る悠里の気迫に、日向は一刻も早く蕾に逢いたいと願った。
日向君の性格が気付いたらフラグブレイカーのようになってしまって……。






