03.出会いは唐突に
明けましておめでとうございます。
「はぁはぁはぁ!!」
ヤバいよ、ヤバいでしょ、ヤバすぎる!!
いきなりレベル差があるゴブリンを相手に逃げる選択しか俺にはなかった。
複数の足音が近付いてる。
足の速さも上かよ。何かないのか?
急いでスキル検索で身体強化の一覧を開いた。
慌てているせいか、または走りながらのせいか手がぶれて、上手くスクロール出来ない。
れれれれれ冷静になれ!! 目的は一つだ、落ち着いて探すんだ。
そして探していたスキルはすぐに見つかった。
『俊敏上昇』
『必要SP20』
説明文は見なくていい。
強く念じて、確認の為にステータスを開く。しっかりと『俊敏LV1』が追加されていた。
同時に走る速度が上がっているのが分かる。
すげぇスキルを習得しただけで目に見える位違いが分かるなんて。
これ、もう一つレベル上げたら余裕出るかもしれないぞ。
そう思い、念じながらステータス画面を見ると、『俊敏LV1』が『俊敏LV2』になった。
後ろの足音が遠ざかる。
足は止めずに少し後ろを見るとゴブリン達との距離が少しずつ離れていた。
ゴブリン達はどことなく必死の形相で走っている。
弓を持ったゴブリンは構えてはいるが、走っている為か手元がブレて狙えてなかった。
よかった。これで走ってる間は撃たれる事はなさそうだ。
あとはアイツらが諦めるか俺の体力が尽きるかの根比べだ。
「とっ!!?」
正面に向き直ろうとした時、足が硬い物に当たり躓いて転び、肩を打ち付ける。
勢いもあった為か、そのまま転がって前に進んでから止まった。
「いっ!!」
体が痛いし、少し目が回る。
だけど、急いで走らないとゴブリン達が来る。
立ち上がろうとした時、俺の左太ももに激痛が走る!!
「いってえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
今まで感じたことない痛みに絶叫しのたうち回る。
太ももを見ると矢が刺さってる。
そしてゴブリン達の方を見ると2匹が1メートル以内に迫っていた。
その3メートル後方に弓持ちゴブリンが次の矢を番えていた。
ダメだ。完全に詰んでる。
太ももに矢が刺さって走れない。
戦うとしても、レベル差と数があるし無理か?。
まだだ、なんかスキルは無いのか?
探している間にナイフを持ったゴブリンが1歩1歩近付きながらナイフを逆手に持って振り上げる。
俺は少しでも距離を取ろうと痛みに耐えながら後ずさりする。
そしてゴブリンが俺に向かって飛び込んできた。
それと同時に野球ボール位の黒い玉が俺の顔を横切り、ゴブリンの胸に当たった。
そのままめり込んでいき、肉や骨を裂いて風穴を開けた。
「ギィ……」
口から血を垂らしてゴブリンは倒れた。
2回くらい痙攣して完全に動かなくなった。
残りのゴブリン達も何が起きたのか理解出来ていないのか、唖然としている。
俺も唐突の事に驚くも後ろを振り向く。
遠くの方に大小二つの人影があった。
1人は丸い肩パットに胸当てと腰に剣を携えた婆さんだった。
ただこの婆さん頭に猫のような耳があった。
もう1人はフードとマントを被っていて外見は分からないが、身長から子供だとわかった。
その子が向けている棒、いや先端に水晶みたいな装飾あるし杖かな?
杖の先端に先程飛んできたのと同じ黒い球体があった。
そして黒い球体が放たれ、婆さんが同時に駆ける。
その速さはスキルを付けた俺の比ではなく、黒い球体をすぐに追い抜きそのまま俺を飛び越えて弓持ちゴブリンに迫る。
鞘から剣を抜き上段の構えから一気に振り下ろす。
ゴブリンは棒立ちのまま中心線から綺麗に真っ二つになった。
「ギィ!!」
婆さんに気を取られか仲間を心配してか、後ろを向いてしまったゴブリンの頭に黒い球体が直撃し、貫く。
1分に満たない時間で3匹のゴブリンは倒された。
呆然としている俺に婆さんが近付く。
「命拾いしたね坊や」
「ありがとうございました。ええと…」
「あたしゃライラだよ」
「あっ俺は高町工郎」
そう言ってライラは俺の全身を見回す。
「変わった服装だね。それにタカマチクロウ? あんた貴族かい?」
「へっ?」
貴族? 俺が? 何を言ってんだろ。
「いや普通の一般人だけど?」
「苗字があるのにかい? ならそんな一般人がどうしてこんな田舎道に居るんだい?」
げっ!! 貴族以外は苗字持ってないのか。
しかも多分疑われてるよな……異世界から来ましたなんて言ったら頭を疑われる
な、何かスキルはないか?
口八丁・雄弁・饒舌・口達者・カリスマ・信用・信頼・信用。
とりあえず、今あるスキルをリセットして、上手い言い訳を言えるスキルとそれを信じて貰えそうなスキルを念じる。
調べる時間が無いから適当に念じたけど当たってくれ。
ステータス画面には、カリスマが表示された。これでどうにかなってくれ!!
「えっと、俺の国では貴族じゃなくても苗字があって、そこで平凡な毎日を過ごしてたんだが、いきなり変な奴に襲われて気を失って目が覚めたらゴブリンに襲われて……必死に逃げていたら貴方達に助けられて」
嘘は言ってない。あとは婆さんが信じるかだが……。
「……随分ペラペラと自分の事喋るね。なるほど、桜花国の人間かい。どうりでここらで聞かない名前だと思ったよ。そういやあっちじゃ平民も苗字もちだったね……」
婆さんが顎に手を添えて思い出したように話す。
てか、そんな国あるなら最初から気付いてくれよ。
「おかしな所はあるけど、嘘付いてる感じはしない。とりあえず信じてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
スキルが働いたのか? とりあえず信じてもらえたみたいだ。
婆さんはしゃがみ込むと俺の足に刺さった矢を無理矢理引っこ抜いた。
「いってぇ!? おい婆さんいきなり何すんだ!!」
「喚くんじゃないよ。てか誰が婆さんだって?」
年寄りとは思えない鋭い眼光とドスの利いた声に身を強張らせる。
ヤバいしくじった。ゴブリンを簡単に屠るような婆さんだから怒らせるべきじゃない。
俺が謝るより先に婆さんがウエストバックから瓶を取り出し、傷口の上でひっくり返した。
瓶から黄緑色した液体が零れ、傷口にかかった。
「っ!!」
少し痛いがその感覚がすぐに引いていく太もも見てみると傷痕はうっすらと見えるが、傷自体は治っていた。
立ち上がって左足だけで立ったり、ジャンプしても痛みはない。
俺が首を傾げると婆さんがため息をついた。
「呆れたね。ポーションを知らないのかい?」
「えっ!? いや~俺の地域では特に使わないから知らなかった。ハッハッハッ……」
「物知らないガキだね」
笑って誤魔化そうとしたら、婆さんがめっちゃ憐れんだ目で見てる。
完全に馬鹿だと思われてるよな。
ちくしょう、この世界の常識くらい教えてから転生させろよ女神様!!
「ラ、ライラさん……」
怯えた様な声が聞こえ振り向くとフードを被った子が近くまで来ていた。
声から察するに女の子かな?
女の子は俺を遠ざけながら婆さんに寄り添う。
ま、まぁ警戒されてるな。
「大丈夫だよプリム。馬鹿で怪しい奴だけど、悪い奴じゃなさそうだ」
ひっでぇ言い方だな。
でも今は言わないでおこう。怖いし。
プリムと呼ばれた女の子は婆さんの後ろに隠れながら俺を見ていた。
俺はしゃがんでプリムちゃんと目線の高さを合わせた。
プリムちゃんは目深く被ったフードを少し上げると整った顔立ちに白い肌、目元まで伸びた若紫色の髪の毛とその間から金色の瞳が見えた。
人形の様に可愛らしい女の子。
だけど、その表情は怯えていた。
「こんにちは、俺は高町工郎。最初に助けてくれたのは君だったね。助けてくれてありがとう」
軽く会釈する。
頭を上げるとプリムラちゃんは呆けた顔で俺を見つめて、しばらくしてハッと我に戻ったらしく、婆さんの後ろへ完全に隠れた。
婆さんがため息を吐いて頭を掻いた。
「すまないね。この子は訳があって人と接するのが苦手なんだよ」
「気にしないですよ。そんな子知り合いにいましたから」
「そうかい、そう言ってもらえるならよかったよ。それと敬語じゃなくていいよ」
「い、いえそんな訳には……」
「さっき『おい婆さんいきなり何すんだ!!』って素に戻ってたじゃないか。初対面に敬語なのは良い心掛けだよ。しかし唐突な事で忘れるなんて詰めが甘いだよ」
「うぐっ!」
「最近の若者にしちゃあ礼が出来てたし大目に見てあげるよ。しかし失礼な態度取るんじゃないよ。もし取ったら……」
婆さんが剣の柄に手を添える。
「わ、わかってる!! 気を付けるって!!」
「ならいい。ほらプリムあんたもちゃんと挨拶しな!」
「あうっ!」
婆さんがプリムちゃんを片手で引っ張り出した。
俺の前に出されたプリムちゃんは顔を伏せてもじもじとしていた。
うん可愛らしい。
なんか恥ずかしがって行動に移せない女の子はしばらく傍観していたいが、婆さんが怖いので早く挨拶してほしい。
しばらくしてプリムちゃんがゆっくりと顔を上げた。
「プ…プリムです……よ、よろしく……お願いします……」
緊張からか、まだ怯えている為なのか声は小さく、たどたどしいかったが真っ直ぐに俺の目を見て挨拶をした。
「ああ、よろしくね。えっとプリムちゃんでいいかな?」
プリムラちゃんは小さく頷いて婆さんの後ろに隠れた。
「さて自己紹介が済んだところでクロウ。あんた攫われたらしいけど、行く当てはあるのかい?」
「いや~当てどころか、金もない」
ジャージのポケットを引っ張り出してもプライベートカードくらいしか入ってなかった。
あの女神とことん俺をいじめて楽しんでないか?
「やれやれ、面倒の掛る男だね。付いてきな」
「どこへ?」
「助けた奴が野垂れ死んだら目覚めが悪いからね。あたしの家にしばらく泊まって旅の準備でもしな」
「本当か!? 助かるぜ婆さん!!」
「ただしっ!! あんたには働いてもらうよ。そしてプリムに手ぇ出したら……」
「脅すなってっ!? 言われなくても子供に手は出さないって」
「なら行くよ。プリム、クロウ」
「うん……」
婆さんが歩き出すとプリムちゃんもすぐに追いかけるので、その後ろに付いてった。
やれやれ、ゴブリンに殺されかけたり、怪しい奴だったり馬鹿扱いだったが、どうにか助かった。
婆さんは怖いが泊めてくれるって言うし、しばらくは安心出来そうだ……出来るのか?