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パストシールズ① 禍具の使い手 第一稿 AR001 S№0001

作者: 木本葵

著者

木本葵きもとあおい

昭和40年(1965年)広島市生まれ。

被爆二世のクリスチャン。熱狂的な広島東洋カープファン!


小学1年生まで父の転勤で呉→忠海→広島市中区と点々とし廿日市市を拠点に結婚まで過ごす。

結婚後人生の半分以上を広島市で過ごしている。


県立大竹高等学校普通科卒

私立大阪芸術大学映像学科卒


大学2年の時に課題で書いたシナリオを期に、当時学科長であった脚本家の依田義賢先生に個人的にシナリオを約2年半指導して頂いた。

その後、広島に帰り30年のブランクを経て病気の為ほぼ寝たきりになっていた所を映画監督で盟友の岡秀樹氏に生きがいになるから書けと言われて脚本に復帰。

同人誌でもいつか出そうかと(笑)


正直完成度は低いのですが、気に入って頂けたら幸いです。

出来るだけ月1位のペースで約2時間物等の脚本を書けたらと思っています。

もしコミック原作や小説原作に使って頂けるならご連絡下さい。

(ないでしょうが(^^;))


ではお楽しみ頂けたら幸いです。

よろしくお願い致します(o*。_。)oペコッ


尚、著作権は全て木本葵にありますので、無許可の転載等はご遠慮下さい。


注:これは小説ではなく脚本です。いわゆるシナリオです。

  映画用のシナリオとして製作されました。

パストシールズ①

禍具の使い手 第一稿 AR001 S№0001

                 木本葵



■3月上旬のチェコ・プラハ

昼のプラハ全景。

通りを路面電車が走り、車や人が行きかっている。


■同・通りに面したアパート

 殺風景で生活感のないアパートの一室。

 ジャック・トーマス(36)がダンボールを2個重ねて、その上に狙撃銃H&K・PSG1を置き構えている。

 トーマスの覗くPSG1のスコープには、向かいのアパートの出入り口が捉えられている。

 かぐや(25)がそのアパートの入り口に大きなトランクを軽々と持って出てくる。

 スコープ内の照準がかぐやの額に合わせられる。

 引き金を引くトーマス。銃声がする。


■同・かぐやが出てきたアパートの入り口。

 かぐやが右手をトーマスのいるアパートの窓に向ける。右手の前で銃弾が宙で止まっている。

 かぐやが右手の平を軽く縦に振ると銃弾がトーマスに向けて一気に返る。


■同・トーマスの部屋

 返って来た銃弾が後ろの平たい部分からトーマスの眉間に穴を穿つ。

 息絶え撃たれた反動で後ろへと倒れ込むトーマス。


■同・通り

 かぐやが再び歩き出し、やってきた路面電車に乗り込む。


■タイトル

 『禍具の使い手』


■島根県仁多郡奥出雲町・仏山北側・忌部(いんべ)神社へ続く石段

 晴れ渡った昼前に山深い神社へ続く長い石段を登る笠を被った隣町の広島県庄原市にある真言宗法(ほう)善寺(ぜんじ)住職の長村(おさむら)空蝉(うつせみ)(62)。


■忌部神社・境内

 空蝉は石造りの大きな鳥居の前で一礼すると、鳥居の右側 をくぐり、そのまま境内の参道の右側を拝殿に向かって歩いて行く。

 境内では、数人の小学生の男女が缶蹴りをして遊んでいる。

 一旦立ち止まり、その情景を微笑ましく眺め再び歩き出す空蝉。


■同・拝殿左側

 拝殿の左側の御簾は開けられており、そこにあぐらをかいて、煙草を左手にワンカップ酒を右手に持った巫女姿の忌部結(いんべゆ)()(23)が座っている。

結衣の前で空蝉が立ち止まる。

 結衣の側で黒猫のキヨヒナガがあくびをし、毛繕いを始める。

結衣「(境内で遊ぶ子供たちを見ながら)うるそうて、日曜日の朝じゃというのに寝ておれもせんな」

空蝉「何をしている? 仕事もせんで」

結衣「ご覧の通り、煙草を吸い酒を呑んでいる。何用か? 空蝉の御坊」

空蝉「日曜日じゃけぇ、神社仏閣は稼ぎ時じゃろうに」

結衣「こんなさびれた神社に来るのは、遊びに来る子供位のもんじゃろう。それに御坊の法善寺じゃて稼ぎ時に変わりのうないか? 何しに来たんじゃ?」

空蝉「今、結衣は何をしなくてはならんか知っておるじゃろう」

結衣「まだその時ではないさ、御坊」

 ワンカップをあおる結衣。

 拝殿の端に腰掛ける空蝉。立派な境内を眺める。

 隠れていた子が缶を蹴飛ばす。

空蝉「この忌部神社の役目はなんじゃ?」

結衣「法善寺の空蝉和尚と同じ。くくる事じゃな」

空蝉「じゃあ、何故くくらん? 異界から、また冥界から多くの者がこちらに来始めておるのは知っておるじゃろうに」

結衣「綾乃(あやの)からの依頼もないし、くくる作業は各国のSCITがやっている。彼らが手におえんなったら、嫌でもウチがやらにゃならんさ。依頼がないならまだ出番じゃない」

空蝉「悠長な事を…… ワシはこれから比婆山(ひばやま)へ行く。イザナミの墓を法力で囲っておこうと思ってな」

結衣「では東出雲の黄泉(よもつ)平坂(ひらさか)もついでに囲っておいてくれんかいね」

空蝉「それはイースト・エイジアの仕事じゃろうが」

結衣「その呼び名は好かん。アメリカのウエスト・グラウンドが勝手にそう呼ぶだけじゃけぇ。それにウチがくくるんは時期尚早じゃろう。まだ始まりに過ぎん。くくるなら纏めてくくらねば意味がない」

空蝉「頑固じゃの。まぁ、準備だけは頼むわ」

結衣「それは承知した。これでもSCITの一員じゃけぇ、時がくれば、何があろうがくくって見せよう」

 空蝉は立ち上がり、参道を引き返す。

 その姿を見ながら、煙草をふかし酒をあおる結衣。

結衣「空海殿も気が早い……」


■広島市中区富士見町・八代組(やしろぐみ)構成員の高橋(たかはし)の部屋

ワンルームマンションの一室のドアは開かれ、完全防備の鑑識課員と捜査員で室内室外がごったがえしている。

腕組みしてドア越しに部屋の内部を覗いている石原(いしはら)(とも)()(27)。傍らには中村(なかむら)巡査部長(51)。

部屋中血の海であちこちに肉片が引っかかり垂れている。

中村「警部補。大丈夫ですか? 」

智香「吐きそうだけど何とか堪えてるわ」

中村「でしょうね。ワシでも吐きそうじゃけぇ」

鑑識課員「ちょっと通してよ~」

鑑識課員数名が何かをボックスに入れて二人の脇を通り過ぎて部屋の外に出て行く。

壁に鋭い三角形の血の跡がまるでそれが獣の足跡かのように天井の隅まで続いている。

智香「あれ何?」

中村「やっぱり気が付きましたか。獣の足跡のようですけど、あんな獣はおらんでしょ」

智香「壁を垂直に上がるような動物の足跡じゃないわね。ヤモリともまるっきり違うし。侵入経路はどうなってるん?」

中村「ここは八代組の寮になっとりますけぇ、あちこちにカメラが仕掛けられとりますが、何も映っとらんかったようですね。鍵も内側からかかっとってチェーンもしてあったそうですし、窓ははめ殺しの防弾ガラスですけぇ」

智香「密室じゃった訳ね」

中村「ですねぇ。ただこの肉片が高橋のもんかはまだ分からんですし、DNA鑑定になりますけぇ、身元がはっきりするのも数日後でしょうね」

智香「カメラの映像の徹底解析頼んどいてもらえます?」

深いため息を吐く智香。


■広島東署

 広島県警広島東署外観。


■広島東署捜査本部

 多くの長机が並び捜査員に埋め尽くされている部屋。彼らの前には数名の警察幹部が座っている。

坂田(さかた)監理官(41)「被害者の特定には至ってないが血液型から指定暴力団八代組の高橋(たかはし)行信(ゆきのぶ)二十九歳である可能性が高い。遺体は見つかっていないが室内の血液量や身体の一部と思われる断片からほぼ死亡していると思われる。という訳で暴力団同士の抗争の線が濃いが、他の線も捨てずに捜査に尽力して貰いたい。捜査一課と組織犯罪対策課と東署でしっかりと協力し一日も早い解決を願いたい。後で捜査の割り振りを各課の課長から通達する。以上だが何かあるか? 無いようなら以上だ」

 動き出す捜査員達。

会議室の中程に座っていた智香に中村が小声で話しかける。

中村「ワシ等二人はどうせ組対と協力でしょ?」

智香「いつもの事でしょ」

坂田「おい、石原警部補と中村巡査長は前に」

智香「ほら来た」

 各課課長の方にばらける捜査員達をぬう様に坂田の前に来る二人。

 立ち上がった坂田の隣に柳田(やなぎだ)(りょう)(すけ)(26)が立っている。

坂田「こちらは急遽公安調査庁から派遣されて来られた柳田亮介調査官だ。二人に同行してもらう事になった」

智香「公安調査庁?」

坂田「そうだ。何か問題でも?」

智香「いえ。ですが坂田監理官。何故公安が?」

柳田「私もびっくりしています。広島に駐在しているのですが、今朝急に命令が下りまして私にもさっぱりなんですよ」

 爽やかな笑みで答える柳田。

智香「ですが、おそらくこれはチンケなヤクザ同士の抗争ですよ」

坂田「こらこら警部補。さっきも言ったじゃろう。そんな風に決めつけるな」

智香「はぁ」

坂田「それじゃあ、お兄さんによろしく伝えておいてくれな」

智香「やっぱり……」

 ため息をつく智香を面白そうに眺める坂田と中村。


■広島市南区マツダズームズームスタジアム広島付近

 マツダズームズームスタジアム広島の前を通り過ぎてカープ通りを左折するタクシー。さらに左折する。


■第二今村ビル

 タクシーが止まり、降りてくる智香と中村と柳田。

 古びた十階建ての雑居ビル。第二今村(いまむら)ビルと書いてある。一階には喫茶店。二階の窓には『石原興業』と書いてある。

 出入り口付近に黒のマツダCX―5が止まっておりアーリア・ワシントン(36・アフリカ系)とユージン・ドレイファス(26・ユダヤ系)が何かをビルに運び込んでいる。

 ビルに入って階段を上がるとそこに鉄の扉があり、『石原興業』と書かれた紙がセロテープで張り付けてある。


■石原興業室内

 扉を開けるとすぐにカウンター兼スチール製の戸棚がある。そこに石原組の構成員の一人(24)がすでに立ってにこやかに笑いかけて来ている。

構成員「姐さん、おかえりなさい」

智香「(うんざりした表情で)兄さん、おる?」

構成員「呼んできますんで、応接室で待っとってください」

 勝手知った場所の様に案内なしで応接に向かう智香と二人。入れ替わるように事務所から出て行く先程の構成員。応接室に行くまでの間、事務所に残った数人の構成員が立ち上がり直立不動で智香に挨拶して来るが智香は何も反応せずさっさと応接室のドアを開ける。


■石原興業応接室

 コンクリート打ちっぱなしで何かの抽象画が一枚掛かっている以外ぼろぼろの木製の机を挟んだソファ二脚しかない応接室。

 下座に座る智香達三人の前にコーヒーが置かれている。ドアが開き立ち上がろうとする彼らを手を上げて制して、向かいに座わる石原(いしはら)圭一(けいいち)(37)。智香の兄で石原組若頭の圭一はワイシャツにスラックスにスリッパ。白衣を羽織っているがどれもいつ洗濯したのか分からないようにヨレヨレである。

 智香のコーヒーを取って一口飲む圭一。

智香「このビルって国際色豊かなんじゃね。さっき下で黒人女性と白人男性を見たわ」

圭一「ああっ、大家んとこの使用人じゃろう。もうすぐプロ野球開幕じゃけぇ、大家が移住準備始めたんじゃね。異常な程のカープファンでシーズン中はこの上の別宅で暮しとる。もうそういう時期来たんじゃのぉ」

智香「大家って会うた事ないけど、かなりの金持ちじゃって?」

圭一「あちこちにビル持っとるし、あの多国籍大企業リーフの筆頭株主じゃけぇな。じゃけどここは安う貸してもろうとる。それより智、今日は八代さんとこの高橋の件で来たんじゃろ?」

智香「そうなんじゃけど、何か聞いとらん?」

圭一「相変わらずせっかちというかアホというか・昨日の今日で分かるかぁ」

智香「じゃ、何か分かったら連絡して」

 立ち上がろうとする智香を手で制する圭一。

智香「何ぃ?」

圭一「久しぶりにおうたんじゃけぇ、兄さん、研究の方はいかがですかとか聞けぇや」

智香「跡継ぎなんてやらんと医者になっとけば良かったじゃろうに。ウチはアレルギーの研究なんて興味ないし、今日は仕事で来とるんじゃけぇ」

 コーヒーをまた一口すする圭一。だが急に鋭い視線に変わる。

圭一「すごい現場じゃったらしいな」

 息を飲む智香。中村も気圧される。

圭一「かわいい妹に忠告しとくわ。これにゃあ関わらん方がええ気がする。嫌な予感がするけぇやめとけ」

智香「やめとけって…… 仕事なんじゃけぇ出来る訳ないじゃん」

 またコーヒーを一口すすりながら柳田をちらっと見る圭一。

圭一「(柳田に向かって)お前、公安調査庁じゃろ? なんでおるんなら」

柳田「(爽やかな笑顔を崩さず)嫌ですよぉ、お兄さん。私はただのお手伝いで、私自身もこの事件に何で駆り出されたのか分からないような単なる若輩者ですから」

圭一「(柳田に)妹に何かあったら、お前、宇品に沈めちゃるけぇの。そのつもりでおれよ」

智香「兄さん! 警察脅したらウチが許さんけぇね! 何かあったら連絡して」

圭一「(不服そうだが柳田をにらんだまま)分かった。うちの若えしも使うて調べたる。ムリすなや。困ったら連絡せぇよ」

 立ち上がり部屋を出て行こうとする智香達。

圭一「そうじゃ、智」

 智香だけを呼び止める圭一。

智香「(中村達に)先に行ってて」

 智香を置いて出て行く中村と柳田。

智香「(立ったまま)何?」

圭一「あいつ柳田言うんじゃろ? 何度か見かけたし、あまりええ噂聞かん。油断すなや。何かあったら組上げて助けるけぇ、ホンマにすぐに連絡するんで」

 真剣そうな兄の表情を見て智香の表情が強張る。そして何も言わずに応接室を出る。


■第二今村ビル前

 小雨が降り始めている中、智香を待っていた中村と柳田。

 智香が合流する。

中村「どした? 何か言われたんかね?」

智香「何でもない……」

柳田「実家がこれじゃあ、東大法学部卒のキャリアでも出世出来ない訳ですねぇ」

 柳田を睨む中村。何故それを知っているという驚きの表情の智香。

柳田「(漂々と)次はどこ行きます?」

 三人に割り込むように黒いキャップに黒いトレンチコートといった黒づくめの今村(いまむら)綾乃(あやの)(24)が智香にぶつかり通り過ぎる。

智香「何あれ?」

柳田「スリだったりして」

 振り返り女性の姿を探す智香。

 すでに綾乃の姿はない。

 智香、ポケットを探る。

中村「財布は?」

智香「バッグの中にあるから大丈夫じゃけど……」

 ポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出して中村に見せる智香。

智香「ウチのじゃない……」

 いきなり携帯電話が鳴り始める。

 いぶかしそうに携帯電話を開き耳に当てる智香。

智香「もしもし」


■マツダズームズームスタジアム広島付近

 折りたたみ式の携帯電話を耳に当てて歩く綾乃。

綾乃「この件はあんたの手に負える(もん)じゃない。死にたくなければ手を引け」

 携帯電話をオフにすると折りたたみ部分を二つに逆折りにして壊す綾乃。歩きながら何事もなかったように近くにあった自販機の空き缶用ゴミ箱にそれ投げ入れる。

 近くに止まっていた黒のアテンザの助手席に乗る綾乃。


■今村邸

 低い山の頂に建つ豪邸。

 庭園のベンチに座り葉巻を吹かしながら対岸の宮島厳島神社とその大鳥居を眺めている綾乃。ゆっくりと煙を吐く。彼女の眼下には畑があり安部(あべ)(しょう)()(31)が作業をしている。

 春の日差しに煌めく瀬戸内海。対岸の宮島まで行き来するフェリーが見える。

翔太「綾乃、じゃがいもも植えます?」

 笑顔で頷く綾乃。

 庭園を通って近づくアラン・バッシ(57・アイルランド系)。

綾乃「アラン、アーリアは?」

アラン「今日もユージンと松原町に準備に行ってます」

綾乃「もうすぐ開幕ですもんね」

アラン「ええ。はたして二十二年振りに優勝するんですかねぇ?」

綾乃「するよ!」

アラン「それ毎年言ってますね。何か賭けます?」

綾乃「じゃがいもでどう?」

アラン「あれは翔太が育てるのでは?」

 煙を吐く綾乃。

アラン「あっ、そうそう。ギダ君から連絡貰いましたよ。事件発覚から五日経っても警察はまったく何も掴めてないようですね」

綾乃「そう」

アラン「確信に迫るような事でもあればギダくんがミスリードするそうですが、まぁその心配もないでしょう」

綾乃「この件ではもう誰も死んだりさせちゃいけない。警察官であってもね」

アラン「命ある者は尊き者ですからね」

綾乃「情報が欲しいね。ユージンの準備が整うのはいつになるか聞いてる?」

アラン「今日中にはウィズダム接続も完了するとか」

綾乃「そう。じゃあ今週中には移動出来そうね」

 再び煙を燻らせる綾乃。

 煌めく瀬戸内の海。


■崇徳院大学

 校門にかかれた「崇徳院大学」の文字。


■同・考古学研究室

 河田(かわだ)教授(65)が座っている前にある机に異形のスフィンクスのような2対の石像(頭が牛で胴体が羽根を広げたワシ、下半身が蛇になっている。蛇の尻尾の先がやや平たい)が置かれ、その反対側に小倉(おぐら)(まい)(36)が座っている。

河田「あんたさんとこの雑誌に載せて貰えるなら、ええ話じゃと思う。ワシも信じられんでな。学会も頭を抱えて、どう否定するかを思案中で、まず否定ありきじゃけぇ、どこにも発表の場がないもんでね」

舞「これがスフィンクスなんですか?」

河田「まぁ、そんな所。そのスフィンクスは原初の形だと思うとる。聖なる獣達を合わせた物だと思うよ。最古とも言われる文献や言い伝えの中にもある聖獣の合体形じゃのぉ。地を守るベヒモスはカバだとされてるけど実は牛で、胴体は空を守る聖獣ジズ。魚だとされてる海を守るレヴィアタン、つまりリヴァイアサンは実は海蛇だと。その三聖獣はとてつもなく巨大で実在し、それらが大洪水後に生き残った人類によって別々に神格化して各部族毎にそれぞれ崇拝されのたと。牛信仰、鳥信仰、蛇信仰にね。日本では鳥信仰と言えば八咫烏に変わっとるようじゃがのぉ。ワシの自論では、その三聖獣の下に五聖獣が実在した。今で言えば青竜、白虎、玄武、朱雀、そして麒麟……」

舞「これが庄原市の(あし)嶽山(たけやま)古墳から出土したと……」

河田「近年のNASAの衛星による重力異常個所調査で見つかった遺跡なんじゃが、何かの縮尺模型の様な遺跡じゃろうね。重力異常言うんは、何かが埋まっとったらそこだけ全体の平均値より重くなるじゃろう。近年じゃとアトランティスの遺跡の可能性のあるもんもスペインのアンダルシア地方に埋まっておるんが発表されとるな。(スフィンクスを持って)高さ5メートルのピラミッド前の通路の両端にこれが置かれとった。まぁ、最初は広大との共同発掘しとったんじゃが、四角錐のピラミッドが出土した時点で、学会も見放すじゃろうって手を引いてしもうてね」

 舞にスフィンクスを渡す河田。

 しげしげとスフィンクスを手に取って見る舞。

舞「是非、うちで記事にさせて貰います。世間で賛否両論が出て、先生にもご迷惑がかかると思いますが、良いですね?」

河田「構わんよ。そろそろ大学との契約も切れる頃じゃし、そん時は隠居するよ」


■中区平和公園深夜

 雨降る深夜の平和公園を脅えながら走る西川(にしかわ)(たか)(ひろ)(47)。何かに追われるように何度も振り返りながら息も荒くただ走り続けている。

 再び振り返った時、柵にぶつかり勢いで乗り越えて元安川に落ちてしまう西川。

 川面から顔を出して護岸に向かって泳ぐ西川。

 西川が泳ぎ着いた時、彼の後ろの川面から水しぶきを上げて何か大きな影が現れる。

 悲鳴を上げる西川。


■中区平和公園北相生橋

 ブルーシートで覆われた護岸の一部を中心に完全防備の鑑識課員や捜査員が大勢行きかっている。その後ろには原爆ドームが見える。

中村「嫌なもん見ちゃいましたね」

顔色が悪い智香。

中村「トイレならあっちにありますよ」

智香「ガイ者の身元は?」

中村「(メモを見ながら)西川貴裕、四十七歳と思われます。鷹野(たかの)(ばし)の西川会計事務所の所長ですね。何せ顔が潰されてるんで持ち物からの情報ですが」

智香「こないだは血だらけ部屋で高橋が死んで、昨日は同じ手口で崇徳院大学の河田教授らしき破片と血の海が見つかって、今度は今度で護岸に頭がめり込んでるなんて、まったく広島はどうなってるの」

中村「まぁ、あっちのヤマのガイ者の身元が高橋と確認されましたし、こっちは顔以外はホトケがありますんで指紋とかですぐ判明するでしょう」

智香「高橋の件とこちらは別件扱いでの捜査になるのかしら。河田教授の事件は高橋の件と類似点があるから同一犯という事になりそうだけど」

中村「まぁ、今の所は先の二件とも、西川の件とは接点ないですし、中央署に別働隊が捜査本部立ち上げるでしょ。ワシらは高橋の方で何とか成果を上げないとですね。天下の一係さんが出張って来られたら、一係さんに申し訳ないですけぇ、ワシら八係だけで何とかせにゃならんでしょ」

智香「柳田さんは?」

中村「今日は本業の方で用事みたいですが、午後から合流するそうです」

智香「で、午後からどうする? 誰もまったく手がかりない状態が六日も続いて監理官がイライラしてるから本部には戻りたくないしね」

中村「そう言やぁ、五日市のタテハンとこ行ってみますか? 専門外でしょうが何か掴んでるかも」

智香「タテハンは盗品売買情報専門でしょう」

中村「何も無くても元々。何かあればめっけもんですよ」


■アメリカ・バージニア州 CIA本部

 雪景色のCIA本部の全景。


■CIA本部 食堂

 空いた食堂で資料を見ているジェイ・スタンリー(58)。

 スタンリーの前に無造作に書類が投げ置かれる。

 目を上げるスタンリーの前に立つラミロ・ジャクソン(56・アフリカ系)。

ジャクソン「スタンリー、説明して欲しいな」

 投げ置かれた資料を開くスタンリー。最初に男の写真が入っている。プラハで撃たれたジャック・トーマスの写真だ。

スタンリー「ジャック・トーマスか。CIAを辞めて二年になるかな?」

ジャクソン「お前さんが雇っただろ」

スタンリー「さぁ、知らんが。彼がどうした?」

ジャクソン「プラハで殺されたよ。不思議な事に彼の撃った銃弾が彼の頭の中に尻から入ってた。いったい誰を狙った?」

スタンリー「ジャクソン、私はこの二年以上彼に会ってもいないし連絡も取ってない」

ジャクソン「知らんじゃすまんよ、スタンリー。今、うちの課員総出であんたを調べてる」

スタンリー「なぁ、何を調べても構わんが、変なところとつるむのは辞めろ。碌な事にならんぞ。うちはただその悪しきつながりを断ってやろうとしているだけだ」

ジャクソン「うちがどこと関わっていると言う気だ」

スタンリー「ジャクソン。あんたの口座に毎月一万ドルの大金が入金されているのは何故だ? 振り込み名義人のバベルって誰だ? あのバベルじゃないよな」

ジャクソン「うちの作戦の一環だ。その作戦名がたまたまあのバベルと被っただけだ。勝手に調査するのは止めろ」

スタンリー「トーマスの件を忘れるなら考えるよ」

 憮然とスタンリーを睨みつけるジャクソン。おもむろにさっきスタンリーに渡したファイルを奪い取り踵を返す。


■山本邸応接間

 和室で開けられた襖から日本庭園が見える。

 綾乃と柳田が並び座り、向かいに着流し姿の山本五郎(さんもとごろう)()衛門(えもん)(49)が座る。たばこに火をつける山本。

山本「ティンダロスの猟犬ですか…… 地球外生命体ですのぉ」

綾乃「まだおそらくだけどね。だけどあの足跡は以前見た気がするんですよ」

山本「まぁ、お嬢のしょぼい記憶力じゃとなぁ……」

柳田「写真あります」

 スーツの内ポケットから数枚の現場写真を取り出し山本に渡す柳田。

柳田「山本五郎左衛門さん程の方なら分かるかと」

山本「たしかに…… たしかにそう見えるのぉ。おそらくじゃが間違いはないじゃろう。クトゥルフらが日本に来とるとはの」

綾乃「山本さん、いつものように調べてもらえんですか?」

山本「リスク高そうじゃのぉ。まぁ、お嬢の頼みなら仕方あるまいて」

綾乃「いつも悪いね」

 三回手を叩く山本。庭の石の上にカラスが止まる。カラスは足が三本あり額にもう一つ赤い目がある八咫(やた)(がらす)だ。

山本「(八咫烏に)うちのシマでよそ(もん)が動いとる。皆で探れ」

 一鳴きして飛び立つ八咫烏。


■東区山本邸の外

 立派な門から出てくる綾乃と柳田。

柳田「山本さんなら何か手がかりが得られるかもですね」

綾乃「だと良いんだけど…… 時々あてにならないから……」

柳田「(にやつき)中四国の妖怪頭ですよ。そんな事聞かれたらマズいですよ」

綾乃「付き合い長いから大丈夫」

 歩き続ける二人。


■東区の裏通り

 歩いている綾乃と柳田。

綾乃「山本さんの八咫烏ネットワークは広いから期待はしてる。恐らく九州の大老様も動いてくれるけぇ、日本中の妖怪頭みんなも動いてくれるじゃろう。ただ相手は妖怪じゃないから、どこまで分かるかじゃね」

 彼らの前に同じ年頃の八人の男が現れ前をふさぐ。二人の前に先程の八咫烏らしき死骸を投げるリーダー(34)らしき男。男達の目全体が黒く染まる。

綾乃「あら下級悪魔さん直々のお出ましですか」

リーダー「困るんだよ。我々はただ守印(しゅいん)を探しているだけなんだが、こんな表沙汰の事件で探られるのは気にいらん」

綾乃「この事件はあんたらが関係してるのね」

リーダー「我々ではない。我々ではないが、守印探しのじゃまになると、我が主が憤慨しておられる」

綾乃「あら、そんな事で山本さんの大切な八咫烏を殺しておいて、後がどうなっても知りませんよ」

リーダー「日本の一地域の妖怪共が我らサタンの子に何が出来ると言うのかな」

 展開し始める悪魔達。

綾乃「ギダ君は下がってて」

 襲いかかる悪魔をかわし腕を取って投げる綾乃。背後から来るもう一人に回転しながら一歩強く踏み込んで喉に肘を入れる。横から来た悪魔を軽く避け脛に一撃の蹴りを入れて骨を折る。何度も遠くに飛ばされながらも襲い来る悪魔達を事もなげに倒していく綾乃。次々に倒れる悪魔達。最後の一人を突き倒して脇のガンホルダーからコルトパイソン8インチバレルを瞬時に抜いて、その悪魔の額に突きつける。

柳田「お嬢! 魂!」

綾乃「分かってる。(悪魔達に)全知全能なる我が主たるエルの名において、また我を守護するイエル、ウリイエルの名において、汝らを赦す。そして命ずる。去れ!」

 悪魔達はいきなり地面に黒いタールのような物を大量に吐きだす。その黒い液体は地面に吸い込まれるように消える。

 彼らの閉じた目を開けて調べる綾乃。

柳田「どうです? 」

綾乃「大丈夫。みんな中から抜けてる。救急車呼んどいて」


■佐伯区五日市コイン通り付近 中崎建具店前

 コイン通りを歩いてくる智香と中村。

中村「駅から結構歩きますね。この歳になるとしんどいですわ」

智香「(半笑いで)定年前じゃあるまいし」

 中崎建具店に入る二人。


■中崎建具店内

 障子や襖が並ぶ店内で作業をしている中崎半(なかざきはん)次郎(じろう)(73)。手を止めずに横目で入ってきた智香と中村を見る。

半次郎「旦那かい」

中村「久しぶり、タテハン」

半次郎「今日は嬢ちゃんも一緒かいね。という事は例の宝石店強盗の件かいね」

智香「残念ながら別件。富士見町の殺人事件と崇徳院大学教授殺害事件」

半次郎「冗談じゃろ。ワシは窃盗品売買専門の情報屋ですよ」

中村「やっぱり情報はないか……」

半次郎「と言いたい所じゃけど、その件で変な電話があっての」

智香「変な電話?」

半次郎「ああ、嬢ちゃんや旦那が来るかもしれんけぇ、二人にはもうこの件を探るんは止めとけって伝えてくれと。変な電話ですわぁ」

智香「その電話の主は女?」

半次郎「若い女ですわ」

智香「電話に履歴残っとる?」

半次郎「いや、非通知じゃったし、どこかの公衆電話からのようでしたわ」

智香「(中村に)NTTに連絡して履歴を取り寄せて」

中村「ムリじゃと思いますよ。前の黒づくめの女の時も違法携帯じゃったし、それもゴミ箱の中で壊れとったけぇ。プロの仕業と思いますよ」

智香「とにかく調べよう。(半次郎に)ありがとう。何か分かったら連絡貰える?」

半次郎「ええですよ」

 店を出て行く智香と中村をじっと見つめる半次郎、やがて作業に戻る。


■広島県警広島中央署 

広島中央署外観。


■広島中央署・合同捜査本部

坂田「富士見町八代組構成員殺害事件と崇徳院大学教授殺害事件、及び平和公園会計士殺害事件に共通点が見つかった為、ここからここを本部にして合同で捜査を開始する。またこれからは捜査一課の第一係第二係も合流する。まずは整理したい。2班」

捜査員A「高橋は殺害された三月二日当日、広島駅で若い女と接触。タクシーでその女を安佐南区の沼田付近で降ろして自宅マンションに戻っています。その後すぐに殺害されたものと思われます。駅校内の防犯カメラに二人が映っており、タクシー運転手からも裏が取れました」

坂田「5班」

捜査員B「警視庁の協力で、その女は山原(やまはら)(ゆみ)()という名前でチェコのプラハから入国している事が判明しています。ですが該当する山原弓枝は二年前から消息不明で家族から捜索願いが出ていました。写真等から別人である事が確認されました」

坂田「3班」

捜査員C「平和公園に設置されたカメラ画像に犯行時頃にその自称山原弓枝と同一人物と思われる女が映っていました。両事案にはこの女が共通点として上がってきています」

坂田「七班」

捜査員C「崇徳大学の現場、考古学研究室でも同じような足跡と思われる物が見つかっています。ですがどんな動物なのかはまったく見当がついていません。河田教授と思われる組織片についてはDNA鑑定待ちですが、現場から右中指が見つかっており、河田教授の指紋と一致しました。高橋殺害の時とは違い教授が集めていた葦嶽山遺跡の資料や出土品が全て紛失していますが目撃者はまだありません」

坂田「鑑識班」

鑑識員A「平和公園の事案ですがガイ者の潰された頭部付近に鉱物の破片と思しき遺留物が多数発見されております。その遺留物なんですが、えっと(メモを見て)玄武岩でありまして、マグネシウムに対しての鉄の比率が少なく、揮発性元素や水の含有量がほとんど無く、反対にヘリウム3という特殊な物質まで検出されまして、産地特定なんですが……」

坂田「どうした?」

鑑識員A「問題はヘリウム3なんですが、まだこの地球上では発見されていない物質でして……」

坂田「地球上で見つかってない?」

鑑識員A「えっと申し上げにくいのですがその玄武岩は月の石であるとの鑑定結果でして……」

 どよめく捜査員達。

坂田「何かの間違いだろう。再度の鑑定を科捜研に依頼。別の大学の専門家にも依頼するように」

鑑識員A「分かりました」

坂田「とにかく捜査一課と所轄は全力でこの山原という女を探せ。組織対策課はそのまま暴力団同士の抗争の線で捜査続行してくれ。各自資料に良く目を通すように。以上だ」

 動き出す捜査員達。

 席についたままの智香と中村・柳田。

智香「もう一度、兄の所に行ってみようか」

中村「すんません警部補。ワシぁ、ちょっと探りたい所があるんで今日は別行動で」

智香「分かった。じゃあ柳田さん、行くよ」

 立ち上がる三人。


■石原興業応接室。

 向かい合って座る圭一と智香・柳田。

圭一「これはヤクザ同士の抗争じゃないな、智」

智香「月の石なんて間違いだからそこで判断せんとって」

圭一「いや、そこじゃない。普通に考えてみぃや、智。この三件の事件での殺害方法はあまりにも異様じゃ。ヤクザ同士の抗争ならこんな手の込んだ事はせん」

智香「たしかに…… じゃけど警察の威信がかかっとるけぇお蔵にする訳にいかんのよ。何か情報なかったん?」

圭一「こっちはさっぱりじゃ。最後に頼るとすると……」

 急に柳田が立ち上がるとシグザウエル220を抜き二人に突きつける。

圭一「何ならっ!」

柳田「そこまでにしてもらいます。警察にもうちの上から圧力かけて捜査を中止して貰います。でないとこれ以上やると警察官にも死人が出ますから」

智香「どういうつもりか説明してもらえます」

柳田「これは一般人が関わって良い事件じゃないんですよ、警部補」

智香「ウチは一般人じゃない。警察官よ」

柳田「こんな事案においては警官も一般人です。公安調査庁のうちの課も組織上は存在しません。その位マズい事案なんですよ。みなさんには手を引いて貰います。捜査はしたという事実だけで迷宮入りしたと世間も納得してくれるはずです。お願いですからもう忘れて下さい。後はうちがこの事案を処理しますから」

智香「出来る訳ないでしょ!」

柳田「本当にこれ以上一般人が捜査したら大量の死者が出ます。これは大きな戦争前のホンの始まりにしか過ぎません」

圭一「どう言うことじゃ」

柳田「詳しくは言えません。始まりはこの広島ですが、世界規模の闇の大戦争になるんです。僕達の仕事はそれを止める事なんです。圭一さん、あなた今このビルのオーナーに連絡しようとしたでしょう? 大切な妹さんを殺したいんですか? あなたも薄々気が付いているはずです。これは人間が関わってはならない戦争の一端なんだという事を」

 圭一を見る智香。

 厳しい表情でうつむく圭一。

柳田「もうここまでで警察としての世間体は良いでしょう。引いてください」

智香「嫌だ! 例えウチ一人になってもそんな大事(おおごと)で多くの人の命が危険に晒されてるなら最後まで食らいつく!」

柳田「撃たせないでください!」

智香「撃ちんさいや! そんな大事はウチが止めるけぇ!」

圭一「ギダ君、もうええじゃろ。ワシからも頼むわ。智は昔から一度言い出したら聞かん。母親を抗争で亡くしてからは人一倍命に関わる事に執着しとる」

 黙ったまま銃をかまえる柳田。

外を走る車の音が部屋の中に響く程の静寂。

銃を下す柳田。

柳田「覚悟はあるんですね。生活が一変しますよ。兄妹二人して酔狂ですね。いいでしょう。ここからは後悔しても遅いですからね。もう一度聞きます。僕は止めました。それでもこの先に行くつもりなんですか?」

智香「やる! 引く気はない!」

柳田「(銃を仕舞ながら)仕方ない人だ……」

圭一「先日お嬢がこのビルに移って来とる。連絡しとくけぇ二人で行ってきんさい。ただし妹を出来るだけ守って欲しい。守れんでもそれまでと諦める。その時に宇品に沈めるなんてせんけぇ、ワシからも頼む」

柳田「本気で沈める気だったんですか圭さん。良いでしょう。圭さんはここまでで組員を撤収させて手を引いてくれますね?」

圭一「分かった、ギダ君。そうしよう。ワシも部下の命は失いとうないけぇのぉ。くれぐれも智を頼むで」

智香「二人共知り合いだったんだ……」


■第二今村ビル内 今村の別宅

 豪奢な応接間。すでにソファに座っている柳田。低い棚の上に飾られている変わった置物を見ている智香。置物は古そうな像で頭が牛で胴体が羽根を広げたワシ、下半身が蛇になっている。蛇の尻尾の先がやや平たい。

綾乃「それは原初のスフィンクスよ」

 部屋に入ってくる綾乃とアラン・翔太・ユージン・アーリア。綾乃の脇にはコルトパイソン8インチがぶら下がり、他のメンバーの腰の裏側にはシグザウエル220が装備されている。

智香「銃刀法違反ですね」

綾乃「逮捕してもいいよ。すぐに釈放で県警は公安調査庁にしぼられるけど」

智香「柳田さんの身内ですか」

 綾乃は智香をソファに座る様に即した。そして綾乃は智香達の前に座り、その後ろにメンバーが立ち並ぶ。

綾乃「日本の神社の屋根の端にに交差して突き出してるのは牛の角の象徴。末広がりの屋根は羽根の象徴。注連縄(しめなわ)は蛇の象徴。そう私には思えてならない。つまり神社はスフィンクスを現しているんじゃないかと。だから真のピラミッドという物が日本にあるのかもなんて穿った見方もしてしまうけどね」

 綾乃は少し間を置いた。

綾乃「(柳田に目を向け)しかし、ギダ君がついていながらこの事態は何?」

柳田「独断ですみません。彼女は戦力になると判断したものですから」

綾乃「彼女を庇ってるつもり? とんだ計算違いだし、このお嬢さんの命は風前の灯よ」

智香「失礼ですが、私より多分年下ですよね。お嬢さん扱いですか?」

綾乃「年下だから何? この世界はそんな事で左右される物じゃない。忠告したはずよ、関わるなって」

智香「あんたでしたか、電話の相手は」

綾乃「今村綾乃」

智香「今村さんって言うんですね。私は……」

綾乃「広島県警捜査一課八係警部補石原智香。東大法学部主席卒業。在学中に司法試験一発合格の才女。2010年に警察庁入庁も実家が指定暴力団石原組の為に警部昇進試験はことごとく落とされて、すぐに広島県警に飛ばされた悲しいキャリア」

智香「なっ! …… 何でも知ってるんですね」

綾乃「戦うには情報戦を制しないと勝てないからね。最後のチャンスをあげる。何も聞かず手を引いてここから帰るか? 戦いに巻き込まれて死ぬか? 良く考えて答えてね」

智香「ヤな奴……」

綾乃「こっちは生半可じゃやれないのよ。一人でも命を救わなきゃならない。人を殺すのは簡単でも命を救うのは至難の業。その時の感情だけで動かれたら困るのよ。今のあなたのようにね」

智香「ウチも本気じゃけぇ!」

綾乃「ほらそこよ。すぐ感情的になる。広島弁丸出しに戻ってるでしょ。あなたが死んだら圭ちゃんやあなたのお父さんが悲しむだけじゃない。こちらの足手まといになるのよ。もう忘れて帰りなさい」

智香「…… 帰りません。あなたと戦います。これでもヤクザの娘です。家族も覚悟は出来てるでしょう。私も命が救いたくて警察に入った。決して実家に対抗して警察官になった訳じゃない。警察官になった時に私も覚悟はしています。命を守りたい想いはあなた方に負けるつもりはない」

 アランが綾乃の肩に手をかける。

 綾乃はアランを見て再び視線を前に戻す。

綾乃「困った人ですね。では一つだけ約束してもらえます?」

智香「何でしょう?」

綾乃「生き残ってください。死ぬ気で助けるなんて考えは捨ててください。死ぬ気では誰も救えません。人を救うには自分も絶対生き残るという想いの強さが必要です。自分の命を諦めない事出来ますか?」

智香「分かりました。生き残ります」

綾乃「相手するのは人外ですよ」

智香「人外? 化物ですか?」

綾乃「化物ばかりじゃないですが、まぁそんなところです」

智香「約束します。生き残ります」

 アラン達に向かって頷く綾乃。アラン以外のメンバーが部屋を出て行く。

綾乃「石原さん」

智香「智香でいいです」

綾乃「それじゃあ、ウチの事も綾乃でええよ。ギダ君は続けて中村の動向を教えて」

智香「中村さん?」

綾乃「まだ疑いだけじゃけど、人外の可能性のある者のリストに上がってるの」

柳田「じゃあ、僕はここで……」

綾乃「気を付けてね」

柳田「あい~」

 柳田退室。

智香「警察内部に、その人外とかいうのが……」

綾乃「人外はどこにでもいる。街中にもね。誰も気が付かないだけ。悪い人外だけじゃない。良い人外もいる。反対に警察内部だろうがどこだろうが、ウチらの仲間も沢山いる」

智香「組織なんですね」

綾乃「国連非公式部隊で特殊事案捜査班と呼ばれてる。ユナイテッド・ネイション・インフォーマル・フォース・スペシャル・ケース・インバスティゲーション・チーム(United Nations Informal Unit Special Case Investigation Team)。通称はSCIT。全ての国や地域に潜伏して特殊な事案に目を光らせてる。日本では公安調査庁が管轄してるけど、部隊員のほとんどは自衛隊の特殊部隊経験者で組織されてるの。それだけ危険な任務という事ね。ウチらはそこの中四国支部守備隊のコアメンバー。ガーディアンとも呼ばれてる。今回の件も守印を巡っての前哨戦だと思われるの」

智香「しゅいん?」

綾乃「そう。守る印と書いて守印と呼ばれてる。どこにいるかは定かじゃないけど広島にいるらしいという噂が昔からあってね。各組織が守印という人物を探してる。うちもそうだけどね」

智香「で、その守印というのは何でみんなが探してるの?」

綾乃「古くからの言い伝えでは、まだここが広島とか安芸とか呼ばれる遥か前からいるらしいんだけど、守印は人の手に触れてはならない物、例えばモーセの十戒を収めた聖櫃とか聖杯とかエクスキャリバーやらの類から邪悪な物、不老不死の薬や賢者の石、魔道書なんかを保管する秘密の場所を守ったり新たにそういう物を見つけたら収めたりしているらしくて、守印しかその場所をしらない。多くの人外組織はそのお宝狙いでその場所、通称真のピラミッドがどこにあるかを知りたくて守印を探してるのね。うちとしてはそういう輩から守印を守らなくてはならないって訳だからガーディアンね」

智香「だから広島で戦争が始まると」

綾乃「実際問題として広島で始まるかエルサレムで始まるかワシントンDCで始まるか、それとも他の所かは諸説あるんだけどね」

智香「各地に守印がいる訳ね」

綾乃「いや、守印はここだけ。他の所でも戦争の火種があるって事」

智香「どこまで分かってるの」

綾乃「アラン」

アラン「守印は誰か? 実在するのかどうかさえ分かっていない。今回の事案も自称山原は何者かは分かってない。高橋と河田殺害の件の主犯も」

智香「何もつかめてないんですね」

綾乃「そうでもない。高橋と河田を殺したのは現場の状況から見てティンダロスの猟犬」

智香「えっ? クトゥルー神話の?」

綾乃「クトゥルフは知ってるんだ。そう、その現場に残された足跡が過去の事案での足跡と一致した」

智香「あれはアメリカの作家達の創作じゃ?」

綾乃「だから言ったでしょ。ウチらが扱ってるのは人外。神話も創作も実は思ってるのとは違う事が多い。煙の立つ所に何とやらよ」

智香「ここにいる方々がガーディアン?」

綾乃「そう。後ろの彼は防衛担当でまとめ役のアラン・バッシ。さっきいた日本人は整備及び防衛担当の安部翔太。エチオピア系アメリカ人女性は防衛担当のアーリア・ワシントン。ユダヤ系アメリカ人のユージン・ドレイファスは各所への通信とウィズダムと共同でネット等から情報を得る内勤担当ね」

智香「ウィズダム?」

綾乃「高度な自立式AI。その他にも支局には多くの特殊部隊員やサポートがいる。さて、智香は今からウチらと一緒にやって貰う訳だけど、あなたはこのまま警察に残って情報収集して貰いたいの。ただ、今日は一緒に情報収集に付き合って。アラン、智香のSCITの新規情報員としての登録は今日中に済ませておいて。それとユージン達と智香を含めた新体制を詰めておいて」

智香「分かった。今後ともよろしく」

綾乃「こちらこそ。では行きましょう」


■安佐北区加部 廃工場

 タクシーを降り廃工場の壊れた金網の隙間から中に入る中村。

 錆びた扉まで歩いてくると周りを見渡して中に入る。


■廃工場内

 壊れ錆びた機械類が散乱している中を歩く中村。

 葦嶽山遺跡の資料や出土品が乱雑に置かれている。

中村「いるんだろう。出てこい」

 後ろに現れる小倉舞。中村振り返る。

舞「何か用? 従兄さん」

中村「お前には確か守印を探せとは言ったが、戦争を始めろとは言ってないはずだが……」

舞「守印の手がかりは掴んだ。葦嶽山遺跡はおそらく真のピラミッドがある場所のミニチュアよ。きっと真のピラミッドはその近くにそのミニチュアを元にして建造されたはず。守印は多分庄原にいるわ」

中村「おそらくとか、多分とか…… まったく確証はないと言うのに、発掘を進めていた教授まで殺したら意味がないだろう。そこからどうやって調べるつもりだ」

舞「それはあのジジィがこっちに不信感を抱いて、資料全てを隠そうとしたからよ」

中村「お前はどうしてそんなに短気なんだ! もっと考えて行動しないか!」

舞「人間ごときに、なんでそこまでしなきゃならないの! それにバベルの件だって、最初に手を出して来たのは奴らじゃない!」

中村「それはチェコでの事だろう。それにうちの手下が先走ってバベルのメンバーを始末しようとしたからだ。私はそんな命令を出した覚えはない」

舞「スタンリーに命じたのは私よ」

中村「何故いつもそんな勝手な事をする」

舞「我が主を目覚めさせるには銀の鍵がどうしても必要なんでしょ。先に守印を見つけられて銀の鍵を取り返されたら主は目覚めない」

中村「たしかにそうだが、他の組織でさえ何者か計り兼ねているバベル相手に手を出すのは早計だろう」

舞「バベルなんて所詮死人使いなだけじゃない。何を恐れる必要がある? 我々の敵はハスター一派だけでしょ」

中村「表ざたの事件を起こしたんだ。SCITも動くぞ」

舞「(高笑いして)だから人間ごときに何が出来ると言うの?」

中村「あなどるな。我々とて地球人と同じ他の星の生命体でしかない」

舞「同じじゃない。奴らは軟弱で知識も科学力もない。精神科学なんてまったく進んでない。物欲だけで腕力や能力だってない」

中村「SCITのバックにはイエルがいると言う噂だ」

舞「イエルだろうがダイモーンだろうが実体を持たない者はこの物質世界には直接関与出来ないじゃない。恐れる事はないわ」

中村「そう噂されてるだけで実証はないだろう。実際にダイモーンやイエル達を見たという報告もある。イエルを侮るな。もうチリに帰れ。そこで主の宮殿を守れ。銀の鍵は私がどうにかする」

舞「ルルイエを浮上させるのに従兄さんだけで銀の鍵を探す? 笑止」

中村「マイノグーラ! 主の宮殿を呼び捨てにするな! そして私の力を侮るな! 我れナイアルラトテップの名にかけてお前に命じる! チリに帰れ!」

 舞の姿が急激に変化し正体を現す。

舞「我が夫シュブ=ニグラスの名に寄りて我が従兄であるナイアルラトテップの命を拒否する!」

中村「……」

 にやりと笑う舞。

中村「勝手にしろ……」

 廃工場を出て行く中村。


■第八今村ビル

 ビルの表にはベーカリーとコンビニが入っている。

 綾乃を先頭に智香がその前を通り過ぎビルの裏手に回る。裏手には鉄の扉があり、そこを開けると階段がある。階段を上る二人。その先には再び鉄の扉。小さく「NO NAME」と洒落た文字が書かれている。

 綾乃は扉の横にあったパネルに手を置くとパネルが光る。パネルの上方にあるカメラらしき物に両眼を近づける。

綾乃「今村綾乃。SCIT」

 扉の鍵が開く音。

 綾乃が扉のノブを回して開くと広いバーが見える。


■バーNO NAME内

 カウンターに向かう綾乃と智香。

綾乃「(ウェイターに)ママおる?」

 頷くウェイター(27)

恵子「いるわよぉ~」

ウェイターの後ろから現れる石坂(いしざか)恵子(けいこ)(54)。

恵子「新人さん?」

綾乃「こちらここのオーナーの石坂恵子さん」

智香「ども」

恵子「鈴木ちゃん以来の新人さんね」

綾乃「(智香に)ギダ君の事ね。柳田は偽名」

 恵子はコードのついたパネルとゴーグル状の物を出す。

恵子「はい、これかけて手はこの上に」

 指示に従う智香。

恵子「名前と所属階級を言って」

智香「石原智香。広島県警察捜査一課警部補」

恵子「(綾乃に)この娘もSCIT?」

 頷く綾乃。

恵子「じゃあ、それも備考に入れて。はい、OK。外して良いよ」

智香「これでいつでもお嬢が入って来た時と同じようにすればここに入れるよ。見てたでしょ」

智香「ええ」

綾乃「ルールはウチから伝えるから、上等のウォッカ二本お願い」

 横にいたウェイターがすぐに二本のウォッカをカウンターに置く。

綾乃「ウチでつけといて」

恵子「ボリスさんなら、あっち(とバーの一角を指さす)」

 二本の瓶を持って智香と並んで歩き出す綾乃。

綾乃「ウォッカはボリスご用達だからね。ここは中立地帯。敵も味方もいるけどここでは争いは禁止。情報料はその人の好きな酒を一瓶。二人で聞くから今日は二瓶。相手が酒を受け取ったら交渉成立。くれぐれも冷静で。争い起こしたら智香の命は終わるから」

 飲んでいるボリス・ブラトフ(45)の前に立つ綾乃達。

 目を上げて二人を確認すると顎で座るように即すボリス。

綾乃「こちらロシアのウニーベルサーニ社の広島支社で副支社長をしているボリス・ブラトフさん。こっちは広島県警捜査一課の石原智香警部補」

智香「よろしく」

ボリス「美女は歓迎だよ。お嬢は長い間新人連れて来なかったのに、ここ数年で二人もかい。ペース上げたのは世間が騒々しくなったせいかな?」

綾乃「鈴木は顔見世。彼は一人でここには来てないでしょ。彼は前線には出ないから」

ボリス「イギリスの情報部員と日本の情報部員の血を引く彼なら使えると思うがな」

綾乃「だから大事にしたいの」

ボリス「智香も顔見世か? にしてはウォッカが二本とは」

綾乃「ティンダロスの猟犬と月の石殺人の情報が欲しいの」

 じっと綾乃を見るボリス。

ボリス「大した情報はないが、これは貰っておこう」

 ウォッカの瓶二つを手元に引き寄せるボリス。

ボリス「まず、はっきりとこれだけは言わせて貰おう。今回の件ではうちは関係していない」

智香「うち?」

ボリス「うちは通称バアル教団。各堕天使達を主としたレギオンの集団だ」

智香「悪魔!」

ボリス「おいおい、サタンところのダイモーンと一緒にするな。ダイモーン、つまり悪魔と我々が混同されたのは長い時間と権力者どもの勘違いさ。もちろんこの身体に入っている魂は別人だ。本物のボリスの魂はイエル、つまり天使の事だが、二番目に地に落とされた堕天使様が作った神話の神々の宮殿ヴァルハラで来るべき日に向けて鍛えられている。私は彼の代わりにヴァルハラからこの身体にアザゼル様によって復活させられて働いている。レギオンは知っているだろう」

智香「名前だけは」

ボリス「名前じゃない。軍団という意味だ。聖書も読んだ事ないのか?」

智香「家は浄土真宗だから」

 高笑いするボリス。

ボリス「お嬢は面白い娘を連れてきたな。いいかい智香。守印の事は聞いたか?」

智香「一応」

ボリス「その守印が守っている真のピラミッドはこの広島にあると言われている。だから多くの者が守印を探している。真のプラミッドの場所はエル…… つまり神とその神にそこを守るように試練を与えられた守印しか知らないと言われているからね」

綾乃「あなた達が関係してないとすると、オデッサか? もしくはバベル? アトランティヌス?」

智香「ウチにも分かるように……」

ボリス「オデッサはサタン達ダイモーンの組織でアトランティヌスは元アトランティスで作られたAIが暴走して人類を破滅に追い込もうとした機械帝国のようなもの。バベルはその正体がまったく分からん。バベルは死人還しという技を使って手下共を使役するが、そこの幹部にはテュポーンとアポローンがいるというのは分かってるが、彼らの黒幕はどの組織の奴も分かっていない。もちろんバベルに使えてる者も知らないと言う」

綾乃「どこが関係しているか予想はつく?」

ボリス「ウチの情報員を各組織に潜り込ませているが、アトランティヌスにもオデッサにも目立った動きはない。バベルに送り込んだ奴はすでに殺されてしまったよ」

綾乃「では、やっぱりバベルなのね」

ボリス「新興勢力もあるから、一概にはそうとは言い切れないが、今回はクトゥルフの一味とバベルの小ぜり合いの可能性が一番高いな」

綾乃「バベルなら誰を蘇らせたと?」

ボリス「お嬢、何も奴らは死人還しだけじゃない。多くの魑魅魍魎とも手を組んでいる」

 周りを見渡して顔を二人に近づけるボリス。

ボリス「多くの魂を天界や冥界・地獄から奪った奴らがいる。エルやサタンのセキュリティも甘いな。リリトの作ったハデスもだ。ケルベロスは寝てたのか? それはテュポーンの仕業だと言う噂だが奴にそんな力はない。しかしだ、うちのアスタロトのレギオンがこの広島でかぐやを見かけたと報告を上げてたぞ」

綾乃「かぐや!」

智香「かぐやって、あの竹取物語の?」

ボリス「そうだ。月読の娘で大罪人として父の元で幽閉されていたはずのかぐやだよ。別名禍具の使い手のかぐや。いや災いをもたらす道具を禍具と呼ぶきっかけを作ったのが、そのかぐやだ」

智香「でもかぐやは、大筒木(おおつつき)(たれ)()(のみこ)の娘の迦具夜比売(かぐやひめの)(みこと)がモデルでは?」

綾乃「それは七世紀に紀貫之(きのつらゆき)が創作した事で、本来、あの事件があったのは紀元前に遡るの。第十一代垂(すい)(にん)天皇(てんのう)は四世紀後半とされているけど、本当は垂仁天皇は紀元前後およそ百年統治した天皇。竹取物語の本来の原型は紀元前十二年の出来事だったの。まだ日本には竹が無かった時代の事件よ」

ボリス「警察のお嬢さん、良く思い返してみろよ。あの物語は美貌で多くの悲劇を食い物にした女の話であって美談ではない。最後には不老不死の禍具まで残して去った。後世に美談的に書き換えられているが、当時多くの者がかぐやの作った流行り病で死んだ。ひどり有様だったと聞く。また竹取物語では5人の貴族がその美貌に惑わされて一人が死に、一人は錯乱したとあるが、実際はそんなもんじゃなかった。垂仁天皇はかぐやが月に帰るのを阻止しようなんてしなかった。むしろ何度も兵を出して殺そうとしたんだ。かぐやは決して美談にされてはならない要注意人物なんだよ。私の方で分かっている情報はその位だ」

綾乃「ありがとう。随分助かったわ。相手がかぐやだとすると、かなりマズいね。あなたも気を付けて」

ボリス「ああ、神のご加護あれ」

綾乃「この事はママには言ってないわよね」

ボリス「恵子にか? 言える訳がないだろう」

智香「ここのママと何か関係でも?」

ボリス「彼女は不老不死の薬を飲んで紀元前から生きている」

智香「それって……」

綾乃「そう。彼女がかぐやの育ての母親。この事は彼女には内密に」

ボリス「隠していてもいずれバレるがな。奥出雲の姫にくくる準備をさせた方が良いかもしれんぞ」

綾乃「そうね。とにかくありがとう」

 ウォッカの入ったグラスを掲げるボリス。

 立ち上がる綾乃と智香。


■同・外に出る階段

 階段を下りる綾乃と智香。

智香「奥出雲の姫って?」

 思わず嫌そうな顔をする綾乃。

綾乃「ああ、庄原とその隣の奥出雲にもガーディアンがいるの。出来れば会いたくないけど…… 苦手なのよ、結衣って言う巫女なんだけどね」

 外へのドアを開ける綾乃。


■第八今村ビル前

 陽が落ちた裏路地から出てくる綾乃と智香。雨になっている。外で待っているアラン。

綾乃「どうかしたの?」

アラン「山原と思われる女と数人の男が乗ったトレーラーが発見されて警察が追ってる」

 止まっている黒のアテンザを見る綾乃。翔太が運転席に乗っている。

綾乃「ユージンとアーリアは?」

アラン「アーリアは岩国基地のSCIT支部のヘリでもう追ってる。ユージンはコンピュータールームで指示をSCITの特殊部隊に……」

綾乃「分かった。山原と思われる女はかぐやよ」

アラン「何だって!」

綾乃「だからみんな気を付けて。かぐやはおそらくバベルとつるんでる。何が出るか分からない。智香はアラン達と一緒に車で追って」

 綾乃はアランからヘルメットを受け取ってアテンザの後ろに止まっていた黒のホンダCBR1100RRSP2へ向かう。


■広島市街カーチェイス

 渋滞の一般車両を弾き飛ばしながら中央通りを北上する平ボディのトレーラー。運転しているのはかぐや。荷台はシートで覆われ中身は見えないが、三人の男、アベル(32)・織田(おだ)信長(のぶなが)(45)、安倍(あべの)(せい)(めい)(29)が乗っている。

 トレーラーに飛ばされ宙を舞う一般車両が繁華街のショーウィンドウや他の車の屋根等に衝突している。

 トレーラーを追うパトカー数十台。

 上空には警察のヘリが彼らを追走している。

 その後ろから黒塗で側面にPSIAの文字が白抜きされたUH―60ブラックホーク2機が現れる

県警ヘリパイロット「後続の不明機に告ぐ。所属はどこか?」

SCITヘリパイロット「こちらは公安調査庁。すぐにパトカーをどかしてくれ。被害が拡大する恐れがある」

 そのヘリに同乗していたアーシアが無線で状況を伝える。

 アーシア「お嬢! 目標は中央通りを北上中」

 バイクで追う綾乃。

綾乃「今、白島通りを南下中。もうすぐ見える」

 トレーラー急ブレーキ。追走するパトカーが数台、その後ろにぶつかり吹き飛ぶ。再びスピードを上げるトレーラー。後ろの三人はシートを支えるロープに捕まってアサルトライフルステアーAUGをパトカー群に乱射している。次々の道を反れるパトカーが電柱やアーケードの市中や店に突っ込んでいく。

SCITヘリパイロット「早く警察は引け! 役には立たない! 足手まといだ! 我々に任せろ! 繰り返す……」


■広島中央署合同捜査本部

坂田「(無線に向かって)パトカーをどかせろ! これじゃあ被害が大きすぎる。追うのは止めろ! 命令だ! すぐに引け!」


■広島市街カーチェイス

 追走を止めるパトカー群。警察ヘリも引き返す。

 トレーラーは八丁堀交差点を左折して渋滞の車を跳ね飛ばしながら爆走を続ける。

 八丁堀交差点を右折する綾乃のバイクと翔太のアテンザ。

綾乃「見えた!」

アラン「こちらも目視。軌道敷内を行く」

 バイクとアテンザは路面電車の軌道敷内に入って路面電車を次々と避けながらトレーラーを追う。


■第二今村ビル内今村別邸コンピュータールーム

ユージン「警察は排除した。第三第四ヘリ部隊は紙屋町交差点で兵員を降ろし封鎖せよ」


■広島市街カーチェイス

 綾乃のバイクが軌道敷内から道路を走るトレーラーに追いつき並走する。

 左手を離し器用に左脇のコートの内側からコルトパイソンを出す綾乃。トレーラーの前輪を狙う。

アラン「お嬢、前!」

 電停に止まっている路面電車を辛うじて右軌道敷内にバイクを急角度にバンクさせ移動する綾乃だが電車に銃が触れて後ろに銃が飛ばされる。

右軌道敷前方から電車。電車と電車のすれ違う直前に辛くも左に避ける綾乃。

アラン「翔太寄せて!」

 右軌道敷を走りアテンザとすれ違う路面電車。

助手席側のドアを開くアランが身体を傾け綾乃の銃をさっと拾い上げる。

迫る停車中の路面電車。

翔太がアランを左手で引き上げると同時に止まっている路面電車にアテンザのドアがぶつかりドアが吹き飛ぶ。

翔太「(平然と)あ~あ、僕がきちんと整備してるのに……」

アラン「すまん」

 アテンザの中では車に掴るのに必死になっている智香。

智香「平気なの?」

翔太「今後は、こんな程度じゃすみませんよ」

 一般車両を吹き飛ばしながら軌道敷内に入ってくるトレーラー。

 トレーラー後部の三人はライフルで智香達を狙ってくる。銃弾の雨を避けながら追う綾乃。アテンザのフロントガラスに銃弾のヒビが入る。悲鳴を上げる智香。

翔太「大丈夫…… 防弾だから……」

智香「そういう問題なの!」

トレーラーが路面電車にぶつかり電車がひっくり返る。

翔太「無茶するなぁ……」

智香「だから、そんな問題じゃないでしょ!」

 アテンザ内の無線が紙屋町交差点封鎖を告げる。

緊急停車している路面電車から乗客が逃げ出す。停車中の車や歩道の人々も逃げまどいパニックになっている。

 また一両の路面電車を破壊して進むトレーラーの前に第三第四部隊のヘリが二機が道をふさいでいる。

 アサルトスーツを着込んだ特殊部隊がヘリの前に見える。

 後ろから追っていた第一第二部隊のヘリ二機に向かって信長がロケットランチャーを発射。

第二部隊のヘリが被弾してビルに突っ込み炎上。

ヘリの破片が降り注ぐ中、逃げまどう人々。

SCITヘリパイロット「こちらも破片でやられた! 不時着する! つかまって!」

 墜落し破片をまき散らしながら転がる第一部隊のヘリ。

ローターの一部が逃げているサラリーマンの目の前のビルの外壁に突き刺さり、そのサラリーマンが腰を抜かして倒れこむ。

止まったヘリの扉を開けて出てくるアーリア。

アーリア「みんな生きてる?」

乗員A「何とか。怪我人もいますが、とりあえず全員生きてます」

アーリア「出られる?」

乗員A「何とかしますからアーリアさんは行ってください」

 走り出すアーリア。

 大量の銃弾を浴びながらも紙屋町交差点の封鎖を突破するトレーラー。もはやフロントガラスはない。

封鎖中の駐機している第三第四部隊のヘリ二機を吹き飛ばすトレーラーから後部の三人が飛び降りる。

通って来た道はどこもひどい惨状になっている。封鎖点を抜けて行く綾乃のバイク。


■紙屋町交差点

 交差点の手前で止まるアテンザ。

 目の前でアサルトライフルを捨てて、暴れ回るアベルと信長と清明。特殊部隊がなすすべもなくなぎ倒されていく。

アラン「あいつ…… (無線に向かって)ユージン、特殊部隊じゃ敵わん。撤退させてくれ」


■今村別邸コンピュータールーム

ユージン「了解。各SCIT特殊部隊に指令。撤退せよ。被害甚大。撤退せよ」


■紙屋町交差点

 交差点に着いて止まるアテンザ。

 傷ついた仲間をつれて引き始める特殊部隊。

アベル「智香。ここにいろ」

 アテンザを降りるアランと翔太に合流するアーリア。

前にはアベルと信長と清明。彼らに近づくアラン達。

アベル「やぁ、カイン兄さん」

アラン「お前が蘇らされるとはな」

アベル「今度殺されるのはカイン、お前だ」

信長「(翔太に)またお前か、頼光。いや光秀か? 天海と呼ぼうか?」

翔太「僕は君を何て呼べばいい? 信長? 酒呑童子? 小角? いやいつも第六天魔王って言ってたっけ?」

信長「機械野郎が!」

翔太「鬼に言われたくないね」

清明「ほう、人外同士でしたか。じゃあ、私のお相手は美しき人外のお嬢さんにしますかね。元々人外退治は私の仕事でしたしね」

アーリア「ほざくなよ、お前も狐の化物じゃないか」

 アテンザの中で会話を聞いて驚愕の表情で恐る恐る後部座席に隠れながら前を覗く智香。

 夜の街の光に照らし出されて、にらみ合う三人対三人。いきなり雨粒が激しく落ちてくる。それが更に豪雨となったのを合図にぶつかり合う三人対三人。


■市街カーチェイス

 豪雨の中、元安川側道を車をはじき飛ばしながら南下するトレーラー。それを追う綾乃のバイク。平和大通りを信号を無視して右折するトレーラーがバスにぶつかる。

横倒しになるバスを避けて右折する綾乃のバイク。破壊されたり止まっている車を避け、時には歩道に上がりながらもトレーラーを追う綾乃のバイク。

 かぐやが懐から小さい木箱を取り出し運転席から投げる。木箱は道路に落ちた途端に煙が上がり巨大な龍が現れる。急ブレーキをかける綾乃。雨でタイヤを取られて転倒する。煙が薄れると同時に龍も薄れ消えて行く。

遠ざかるトレーラーのテールランプを見ながら立ち上がり、くやしそうにヘルメットを地面に叩きつける綾乃。


■市街戦

 三人三様に市街肉弾戦を繰り広げるアランと翔太とアーリア。肉弾戦を繰り広げるアランとアベル。宙から日本刀を呼び出した信長に対抗して両手首の付け根から剣が伸びる翔太。毛深く狼と人面が合わさった様な姿に変化して鋭い爪を振りかざし、人狼吸血鬼の本性を現したアーリアに対して魔封じの呪詛を繰り出す清明。

信長「(戦いながら)お前らは魂に刻まれた印を消す為に赦しを乞う者だろう。魂を持つ者を殺していいのか?」

翔太「後の二人は誰だか知りませんが、僕は最初の大戦の遺物のアンドロイド。印を付けられるような魂なんてありませんよ。それにあなただってリリトが作った化物。魂なんてあったんですか」

信長「ないな。あの黒人とやりおうておる清明もわしもリリトの作った化物。魂なぞない」

翔太「黒人って、相変わらず差別主義者ですか。彼女もリリトの創造物ですよ」

信長「じゃあ魂あるのはカインとアベルだけか。カインにはアベルは殺せないがアベルはやるぞ。これで我々は互いに殺し合えるな」

翔太「第六天魔王。何度蘇っても僕が殺して差し上げますよ」

 超人的な市街戦を3か所で繰り広げる六人。

清明「おや? 仲間は逃げ切ったようですね。撤退命令出ましたよ」

アーリア「逃がすかぁ!」

 清明が何かの呪詛を唱える。姿が消えて行く清明。信長も消えていく。

アベル「まだだぁ! こいつを殺させてくれ~」

 アベルも消える。

 それぞれの場所で雨に打たれながら立ち尽くすアランとアーリアと翔太。

翔太の剣が両手首に収まる。


■広島中央署合同捜査本部

 座っている坂田の前に立つ柳田。

坂田「やってくれたな。広島は町中がまるで戦場のようだ」

柳田「事実、戦場でしたよ」

坂田「おそらく死傷者多数。建物や車両の被害甚大。復旧目途もつくまい。どう公安調査庁は責任を取るんだ」

柳田「うちが参戦する前に戦争始めたのは警察でしょう」

坂田「マスコミに叩かれるだろうし、世間からも非難が大量に来るだろう。そうなれば県警の電話回線はパンク状態だ。一県警ではどうにもならん。ハリウッド映画でもこんなシーンは作れんだろうよ」

柳田「一応、上には連絡済んでますから、お(かみ)にまかせましょ。私達じゃどうにもなりませんし」

坂田「国はどう説明する気だ?」

柳田「さぁ? そこは私達が心配する事じゃないでしょ」

 深いため息をつきぐったりと折りたたみ椅子に座り直す坂田。


■国会議事堂記者会見場

官房長官「ご遺族や関係者の方々に哀悼の意を表すと共に、怪我をされた方・被害に合われた方々には一日も早いご回復と復旧を……」


■広島県警・本部長室

 テレビに映る官房長官会見

官房長官「と願っております。なお復旧や賠償等につきましては早急に検討し自衛隊災害派遣の検討や第三者機関に寄ります検証等を速やかに……」

 切られるテレビ。リモコンを自分の机に投げ出す三上(みかみ)県警本部長(58)。

 三上の前には直立不動の佐々(ささき)刑事部長(55)と坂田。

三上「今朝、公安調査庁から連絡があったよ。向こうで何とかするそうだ。首はつながったようだが懲戒処分は逃れられんだろう。私達三人共、退官まで出世はなさそうだな」

佐々木「申し訳ありません」

 深く頭を下げる佐々木と坂田。

三上「こんな事になるなんてな…… で坂田君。捜査はどうするね」

坂田「はっ。公安調査庁から派遣されて来ている柳田君の話では公安調査庁が引き継ぐと……」

三上「それがいいかもしれんね。この失態で世間の風当りは強くなっている。県警としては表だって動かん方がいい」

佐々木「では捜査本部を解散させるという事で?」

三上「馬鹿言っちゃいかんよ、佐々木君。形だけでも継続して捜査していますという姿勢を見せておかないといかん。以後はそのなんだ? 柳田か? 彼の指示に従ってだな、支援として動いてくれ」

佐々木・坂田「はっ」

 佐々木と坂田が深く最敬礼する。


■愛知県警捜査一課六係室

 ボーっとアンパンをかじっている香川(かがわ)鞍馬(くらま)警部補(27)。

目の前の机の上にスマフォと1リットルの牛乳パックが置いてある。そのスマフォが鳴り出す。着信音は火曜サスペンス劇場のテーマ曲だ。

 スマフォに出る鞍馬。

鞍馬「智ちん、おひさ~」


■広島県警・女子寮・智香の部屋

 ベッドに寝転がりスマフォを耳につけている智香。

智香「鞍馬ちゃん、元気だった?」


■愛知県警捜査一課第六係室


鞍馬「アンパン食べとるよ」

智香『はぁ?』

鞍馬「刑事と言えば、アンパンと牛乳でしょ」


■広島県警・女子寮・智香の部屋

智香「相変わらずで安心したわ。仲間外れにされてない?」

鞍馬『なんでぇ?』

智香「鞍馬ちゃんって天然だから……」


■愛知県捜査一課第六係室

鞍馬「オレは天然じゃねぇって」

 一斉に驚きの表情で鞍馬を見る刑事たち。

 係長はふぅと深いため息をつく。

鞍馬「それよりさ智ちん、広島は大変だったね。大丈夫だった?」


■広島県警・女子寮・智香の部屋

智香「うん。大変だったけど後は上の問題だから。ちょっと落ち込んでたんだけど、鞍馬ちゃんの声聞いたら安心したわ」

鞍馬『で、例の件、考えてくれた?』

智香「例の件?」


■愛知県警捜査一課六係室

鞍馬「オレとの結婚の事」

 それを聞いて飲んでいた茶を噴き出す中年刑事。

智香『ええっ? なんでぇぇぇ!』

鞍馬「オレ、智ちん愛してるもん」

 机に突っ伏せる係長。

 部屋中の刑事全員、思いっきりだらけ状態になっている。


■広島県警・女子寮・智香の部屋

智香「好きってのはうれしいけど、どこから出てきたのよ、そんな事。ただの大学からの同級生じゃないの。結婚なんてありえません!」


■愛知県警捜査一課六係室

鞍馬「え~ 何なら広島県警に移っちゃおうかなぁ~」

 係長含め刑事全員が黙って万歳三唱している。

 1リットルの牛乳パックから中身を一口飲む鞍馬。口の上に白い髭が出来ている。

鞍馬「今日は非番なの?」

智香『話題変わりすぎ!』


■広島県警・女子寮・智香の部屋

 ベッドの上で笑い転げている智香。


■今村別邸コンピュータールーム

ウィズダム『(声だけ)廃棄されていたトレーラーからは元安川殺人現場にあった玄武岩と同じ玄武岩の痕跡があったようです。この間の追走での情報がネットに溢れていますが、どれも論理的合理的な判断に欠ける物ばかりで役立つ物は見つかりません。ただし現場(げんじょう)を映した画像や動画は携帯電話等含め全て削除しました。』

綾乃「そもそも我々は写真やビデオには映らないし、アーリアに至っては鏡にも映らない。そこは例え漏れてもごまかせるでしょう。ウィズダム、そのまま監視して」

ウィズダム『了解しました』

智香「ウィズダムってAIだよね」

ユージン「大昔の誰かがどこかに作ったらしいんだけど、本体はどこにあるのか誰も知らない。世界中のSCITがその前身時代から使ってる。ウィズダムはネットも監視と操作してるけど人工衛星やら監視カメラやら独自のネットワークまで監視してくれて合理的な結論情報を伝えてくれてるんだ」

智香「大昔って、アランはカインだし、みんな何者なの? カインって聖書読んでみたけどアダムとイブの息子のカインなの?」

アラン「そうだ。私が弟アベルを殺したカインだ」

智香「神に与えられたという印があるの?」

アラン「エルの印は、大罪を犯した者全てにある。魂に刻み込まれているから外からじゃ分からんがね。エルの仕事を終わらせて赦されるまで死ぬ事が出来ないんだ」

智香「みんなそうなの?」

ユージン「みんなじゃない。ここにいる翔太やアーリアには魂はないしね。俺はユダ。イスカリオテのユダ」

智香「ユダ? あのキリストを裏切ったユダって自殺したんでしょ」

ユージン「死ぬ事が赦されなかったんだ。世界中に印を持った罪人がいて各国のSCITで動いてる。あの皇帝ネロもサンジェルマンと名乗って生きて欧州のSCITでベリアル探しの任務についてる。ただ印を持っていても必ずしもSCITではない者も少数いるよ。バアル教団のソロモンもそうだ」

智香「ソロモンって、あのソロモン王?」

ユージン「そうだね。堕天使たちを統率してる。堕天使は悪魔と勘違いされてるけどね。オデッサのダイモーンというのは、エル…… つまり神に作られた者でもなく、リリトに作られた神話の神々でもなく、本来は何故か生まれた土着の神々だったりさ。全部じゃないよ。もちろん汚れて天昇出来なくなった悪霊もいる。それらを総じてダイモーン、つまり悪魔と呼んでる。彼らをまとめているのが、神によって作られ、人々の信仰心を試す存在だったはずのサタンだ。彼は今やエルを裏切りオデッサを作った。近い所では魔女裁判や十字軍の遠征での虐殺、ナチス支援に戦犯の逃亡まで手助けしたというあのオデッサだよ。ヒトラーも今はオデッサで生きている。印を刻まれてね」

アーリア「あたしはイエル…… つまり天使だったリリトの実験で作られた最初の吸血鬼で人狼。シュメール文明時代はアヌと呼ばれてた。多くの吸血鬼やライカンスロープ、つまり人狼を作り出した彼らの祖ね。罪深いけど魂はないから救済もない」

アラン「いつか正しい事をしていれば救済されるさ」

アーリア「気にしてない。このあんまりしゃべらない翔太は一万二千年前の大戦で作られた戦闘アンドロイドの一人」

翔太「一人ではなく一体」

アーリア「いいのよ」

智香「一万二千年前? シュメール文明前じゃない」

アーリア「大体人類は80万年前からいたしぃ」

智香「80万年って! 人類って20万年前からじゃ?」

アラン「80万年前からいたよ。聖書読んだんだろ? 私は罪を犯して追放された時、誰を恐れた?」

智香「他の人達……」

アラン「人類最初の祖である私の両親から生まれた兄弟は六人。内一人は私が殺してしまった。じゃあ、私が恐れた人々というのはどこから沸いた?」

智香「……」

綾乃「彼らはリリンと呼ばれてる。イエルの一人でアダムの最初の妻だったリリトはアダムの素晴らしさに驚嘆して自分でも人間を作ろうとした。しかし最初は失敗ばかりで多くの神話の神々や人外・巨人なんかを作ってしまった。やっと成功したと思ったのに、リリンには魂がなかった。だから戦いを好み慈悲もなかった。だけど神は彼らを憐れんで、赦して魂をリリンにも与えられた」

アラン「我々とリリンは混ざり合い今の人類が出来たんだが、戦いの血脈は魂を得て理性を持ってからも消えなかった」

アーリア「まるで魂がないあたし達に理性がないみたい」

翔太「僕には理性なんて必要ない。論理的で合理的であればいい」

アラン「一万2千年前にムフゥ環太平洋連合と人類は合理的ではなく地球には罪悪でしかないと判断した機械帝国アトランティヌス、つまりアトランティスとの間に戦争となった」

翔太「僕はムフゥ連合に作られた。今で言うムーだけど大陸じゃなかった。島の集まりだった」

アラン「しかしそれに嘆かれたと言われるエルは全てを清算する為に多くのイエルを使わされて大量の雨を降らせてしかも氷河期の終わりも相まって大洪水が起きた」

智香「ノアの方舟……」

アラン「ノアは選ばれた一人にすぎない。多くの選ばれた者が船に多くの動物の遺伝子を乗せて助かり、大洪水が引いた後に遺伝子から動物を再生したんだ」

アーリア「それでも多くの者が死んだ。人外も例外じゃなくね。生き残ったのはホントに少数。そこから再出発したのよ」

アラン「洪水前の人類が増えたのはリリトに寄る部分が大きいが……」

智香「さっきからリリトリリトって言ってるけど、リリスの事?」

アラン「そうだ。元イエルでルシフェルに次いで大罪者として二番目に地に落とされたリリス。正しくはリリトイエルだ。今は例えばガブリエルだとかウリエルだとかミカエルだとかラファエルだとか、天使にはエルが付いているだろう。例外もあるがな。彼らも本来はガブリイエル・ウリイエル・ミカイエル・ラファイエル。堕天使で有名なアザゼルやアスタロトも本来はアザゼイエルにアスタリイエル」

ユージン「リリトはリリンや我ら人類に知識は与えていない。彼らの科学力が異常な程急速に進んだのは地球外生命体、所謂(いわゆる)宇宙人や誰に作られたか分からない神の一人アポローンのせいだと言われてる。恐らく異世界人や地底人も関係してるんじゃないかな?バベルのアポローンも神話の神だけど、リリトの実験で生まれた神じゃない。テュポーンやアポローン同様、多くの神とか怪物とされている者は誰に作られたかさえ分かっていない」

智香「綾乃は何なの」

アーリア「お嬢は記憶がない。お嬢の記憶はもって五十年だ」

綾乃「私にも自分が誰か分からない。ただとんでもなくひどい大悪人だったんでしょうね。だから自分で記憶を封印しているのかも。耐えられないから……」

アラン「お嬢本人だけじゃなくお嬢が誰か、誰も知らないんだ。まぁ今日はこの位にして、明日からの本番に備えて、全員少し休もう」


■CIA本部

 建物を出て駐車場に向かうスタンリー。自分の車を開けて乗り、エンジンをかけようとするがかからない。再度エンジンをかけようとするスタンリー。

途端にスタンリーを乗せた車が爆発炎上する。


■県警本部長室

 ノックする音。

三上「入りなさい」

智香『失礼します』

 部屋に入ってくる智香。

三上「ドアは閉めて」

智香「はい」

 ドアを閉め三上の前まで来る智香。

三上「警察内で何か困った事はないかね?」

智香「特に今のところは」

三上「そうか。私もSCITの潜入工作員だ。君の事はお嬢からもよろしくと言われている」

驚く智香。

三上「何も驚く程じゃない。君も聞いているだろうが、SCITはどこにでもいる。もちろん敵さん達もな」

智香「はい」

三上「十分注意してくれ。佐々木刑事部長も仲間だから。彼にも相談するといい。ただし私や刑事部長がSCITだという事は内密に」

智香「はい」

三上「気負わずにな。頼んだぞ」

 敬礼して部屋を出る智香。その背中を気遣う様に見送る三上。


■中崎建具店内

 作業を続ける半次郎の前に智香・中村・柳田。

半次郎「(作業の手を止めず)あんたらの欲しい情報が入ったよ」

中村「盗品以外の情報も取れるんだな」

半次郎「ワシをバカにしちゃいけん」

智香「で?」

半次郎「こないだの街中の大騒ぎ起こした女じゃが、安佐南区のどこかの石材店に入るのを見かけたもんがおる。沼田の方じゃと言っとったけど、場所まではこないだの騒ぎの大きさにビビったんか、そこは話そうとせんかったわ」

智香「沼田の石材店…… ありがとう」

中村「ちょっとタテハンに聞きたい事があるんで、二人は先に出といてください」

 頷く智香と柳田。


■中崎石材店前

 先に出ている智香と柳田。

柳田「後はこっちでやりますんで、警部補はお嬢と相談してください。中村さんや警察の方々には情報だけを。決して勝手に動かないように坂田さんには私から伝えます」

智香「分かった」


■中崎建具店内

中村「言いたい事があるようじゃのぉ」

半次郎「ナイアルラトテップさんよぉ。あんたの従妹はまたやらかしたみたいじゃのぉ」

中村「知っている。そっちは私が抑えるよ。わざわざルシフエイエルのレギオンごときに心配される事じゃない」

半次郎「そうかい」

中村「くれぐれも自分の身の心配をしておく事だ。ルシフエイエルにもよろしく伝えてくれ」

半次郎「そうしよう」

 踵を返す中村。


■中崎建具店前

 店から出てくる中村。

智香「どうしたの?」

中村「まだ何か隠してないか問い詰めてました」

智香「何か出た?」

中村「あれで全部みたいですね」

智香「そう」

 歩き出す三人。


■海水浴場・ベイサイド坂

 小雨降る駐車場に止まるアテンザ。降りるアラン。誰もいない季節外れのビーチに向かう。そこに海を見つめるアベル。

アラン「わざわざの呼び出しか」

アベル「あんたをどうしても許せなくてね」

アラン「バベルの上の奴らは知ってるのか?」

アベル「これは私怨だ。バベルには関係ない」

アラン「わざわざ恨みを忘れて天界にいたお前を引き戻したのはバベルだろ」

アベル「恨みもそれで取り戻した」

アラン「恨みは何も生み出さない。許してはくれないか?」

アベル「兄さん。何故俺を殺した?」

アラン「神に選ばれたお前が妬ましかった…… 人を殺すという事がどういう事なのか分かってなかった」

アベル「俺は俺なりに一生懸命育てた作物だったんだ。カイン、お前の育てた羊にも負けない様にと育てた作物だったんだ! 俺が死んだ後に畑がどうなったと思う? 全部枯れて全滅したんだ! 畑は荒野へと返ったんだ!」

アラン「悪かったと心から反省しながら80万年過ごしてるよ」

アベル「ここでその苦しみから解放してやるよ。エルの赦しなく死んで地獄に落ちろ! カイン、お前には天界に行く資格はない!」

 殴りかかるアベル。カインはただ殴られ続ける。

アベル「何故やり返さない!」

アラン「お前の言う通りだ、アベル。私には地獄に行くべきなんだろうな」

アベル「ふざけるな!」

 さらに倒れたアランを泣きながら殴り続けるアベル。

アベル「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」

しかし段々とカインを殴るアベルの腕が止まる。

アベル「ふざけるな……」

 天を仰ぎ叫び泣き続けるアベル。そんなアベルをきつく抱きかかえるアラン。

アラン「苦しかったな。すまん……」


■ビーチ

 小雨の中暮れて行く海を並んで座って見つめるアランとアベル。二人の間を潮風が吹き抜ける。

アベル「(海を見て)きれいだ…… 生きていた時は内陸にいたから、海は初めてだ。こんなに綺麗なものだったとは……」

アラン「これからどうするんだ」

アベル「天界にいたとは言え、汚された魂だ。もう戻れん」

アラン「バベルに戻るのか? うちに来ないか?」

アベル「バベルに戻るさ。兄さんの仲間になったらすぐにバレる。そうしたらバベルは俺の死人還しを解く。今度は俺が地獄行きさ。それに飯を買う金もないしな」

 アラン、少し笑う。

アベル「バベルの目的も誰が作ったのかも末端の俺だけじゃなく、幹部も知らんらしい。ただ何かに動かされてる。兄さんも気を付けろよ」

アラン「お前もな」

アベル「次に出会った時は戦いたくないなぁ」

アラン「お前とはな。途中で飯でも食って帰るか。おごるぞ」

 照れたようにはにかむアベル。

 二人は立ち上がりビーチを駐車場に向けて歩き出す。


■石原興業応接室

 窓の外は夜になって本降りになっている。向かい合って座り紅茶を飲んでいる圭一と智香。

智香「この事件に関わってから、この世界が現実か虚構か分からなくなってきてる」

圭一「離人症か? みんなそうだよ」

智香「今までね、現実だと思ってた世界がさ、神話やおとぎ話だと思ってた世界と混ざって、何が本当なのか分からなくて」

圭一「この世界が現実か虚構かを証明出来たらノーベル賞さ。誰にも分かるかい。強いのでも呑むか?」

智香「うん」


■今村別邸リビング

 こちらも向かい合って座る綾乃と顔を腫らしたアラン。すでに二人はブランデーを傾けて互いに葉巻を吸っている。

綾乃「すごい顔ね」

アラン「転んだ」

綾乃「そういう事にしとくわ。海外のSCITに進展は?」

アラン「欧州、特にイスラエルとヴァチカンはベリアルを探してる。まだこの反キリストは見つかっていない。生まれていないかもしれない。サタン一派だから彼らの(しもべ)からでも情報を集めようとしてるけど進展なし。他のヨーロッパ各部署はグリモアール探しと守印の協力者を探してるがグリモアールで守印の協力者を釣るにしても肝心のグリモアール探しが難航中」

綾乃「アメリカ方面は?」

アラン「北米南米各部署ともロシアや中国と連携して異界の扉を探して破壊する作業。だが潰しても潰してもどれだけ扉があるのかも分かっていない。ウエスト・グラウンドもくくって回ってるみたいだが…… マルチバース各所からの生物体の流入は相変わらず止まってない。それにアメリカとロシア・中国については内部に各組織のスパイが大量にいると思われ、そちらを探すのにも手がかかってて中々異界の扉くくりの作業が進んでない。そんな中でロシアとアルゼンチンは数年前にナチスの残党組織の痕跡を南極や南米で発見。それも追跡中」

綾乃「どこもてんやわんやね」

アラン「(にやつき)日本の各支局も遺構追跡やらで手間取ってるし、葦嶽山遺跡発掘責任者の河田教授も殺され、守印探しも難航中だから人の事は言えないね」

綾乃「そうね……」

 窓の外を眺める綾乃。

綾乃「嵐が来そうね」

アラン「ああ、嵐は来るよ。それも今まで人類が経験した事のないような嵐がね……」


■広島空港管制室

管制官A「これは何だ」

 集まってレーダーを覗き込む他の管制官。レーダーには大量の光点が映し出されている。

管制官A「東から西に十八機。北から広島市方向に十二機進んでいる。すごい速さだ」

管制官B「大きいのじゃないか?」

管制官A「JAL207、そちらの真下を十八機の不明機が通過中。何か見えないか」


■日航機貨物輸送207便

 機長と副長が外を見回す。

副長「機長、あれは?」

 副長が指さした方向を見る機長。眼下の厚い雲の上に巨大な数個のサメの背びれが突き出して見える。背びれの下には100メートルはあるかというサメの影さえ見える。

無線の声『(管制官A)どうか?』

機長「(焦った様に)JAL207より広島管制へ。当機からは何も確認出来ない」

 機長を見る副長。

無線の声『(管制官A)報告するか?』

機長「ほっ…… 報告する事は何もない」

無線の声「(管制官A)念の為、高度をもう五千フィート上げてください」

機長「了解しました」


■自衛隊築城基地

 待機室に入電指令が響く。

指令「広島市上空に北方と東方から合わせて三十機の国籍不明機が接近中。第六飛行隊にスクランブル要請」

 廊下を走る飛行隊員達。

 格納庫から次々と出されるF―2支援戦闘機。

整備士「急げ!」

 F―2に乗り込むパイロット。

 次々と滑走路に出て発進するF―2支援戦闘機。

 

■広島市北部上空

 厚い雲の上を十二の船(まるでクフ王のピラミッド横で発見された太陽の船のような古代船)が金色に輝き飛んでいる。


■忌部神社・拝殿内

 空蝉と結衣が向かい合い、あぐらを組んで酒を酌み交わしている。

空蝉「とうとう月の門まで開いたぞ。くくらんのか?」

結衣「まだ。しかし太平洋で開いた異界の扉をくくったバカが、その中から十八匹の飛び鮫を逃がすとは…… 何がウエスト・グラウンドよ……」

 結衣は傍らに置いてあったスマフォを見つめる。待ち受け画面にはキリスト教聖職者姿で笑顔でピースサインを出しているフロイド・ブラウン神父(29・アフリカ系)が映っている。

 そんな結衣を杯を止めて見つめる空蝉。

空蝉「イエルとリリトの神では、恋は成就せんぞ」

結衣「(真っ赤になって)フロイドとって! 恋なんてする訳ないじゃん! (くう)ちゃん、バッカじゃない!」

 にやつく空蝉。

空蝉「ブラウン神父がこないだ来た時はまんざらでもなかったぞ。イースト・エイジアとウエスト・グラウンドは中々お似合いじゃった。じゃけど、イエルとククリではのぉ」

結衣「だからぁ! エロ空海ジジィ! ボケが進んだんじゃない! 恋とかしとらんけぇ! ホンマバッカじゃない! ホンマバッカじゃない!」

 二人は雨の音に耳を澄まし、場を整える様に杯を傾ける。

空蝉「月の王の軍勢も来た。もうすぐ一旦災いが去るだろう。さて、酒で身も清めたし、そろそろワシは寺に帰ってくくる準備を始めるとするか。忌部結衣よ。お前もそろそろ準備せんとな」

結衣「言われんでも分かっとる。空蝉和尚も気を付けて。共にくくろう。災いの後で……」

 互いの杯を一気に傾け、中の酒を呑み干す二人。


■西風新都線 県警封鎖地点

 昼であるにも関わらず大雨で暗い。時折稲光と共に雷鳴が轟く。多くのパトカーが道路を封鎖し、渋滞の車から時折クラクションが響く。

坂田「本当に間違いはないのか?」

柳田「ええ、タクシー運転手がかぐやを降ろした地点から一番近い石材店で、近くの住民も、かぐやらしき人物の出入りがあったと証言しています」

坂田「住宅密集地だぞ! そこで戦争おっぱじめる気か?」

柳田「住民の避難はうちで内密に終了させてますし、石材店も包囲しています」

坂田「何とかエディオンスタジアムに誘い込めんのか?」

柳田「そこまで誘い込んでも、その間での地域の被害は甚大でしょう。同じなら一か所で被害を食い止めた方がいい」

坂田「また叩かれるな…… 今度はクビかもな……」

柳田「上手く(うえ)がやってくれますよ」

 急に雨が降り始める。


川本(かわもと)石材店周辺

 多くのSCIT特殊部隊員が周囲を包囲している。大型装甲戦闘車両等で周囲を固め、大型車両が逃走出来ないようにしている。石材店入口には軍用トレーラーから降ろされた10式戦車三台が石材店に砲身を向けている。

アラン「まさに戦争だ」

アーリア「日本のSCITは公安調査庁管轄になってるけど、隊員のほとんどが自衛官だからね。借りて来たんでしょ」

隊員A(36)「(綾乃に)配置終わりました。県警からの連絡で道路封鎖も完了との事です」

綾乃「始めようか」

 頷きどこかに連絡する隊員A。

隊長(41)「(拡声器で)かぐや以下バベルはすぐに武装を解いて投降せよ。周囲は完全に包囲した。お前達に勝ち目はない。川本夫妻を解放しすぐに投降せよ」

 石材店の大型の扉が開き、中からアベル・信長・清明と共にトラックに乗ったさくやが現れる。トラックには大量の大小の木箱が乗っている。トラックから降りるかぐや。

かぐや「こちらもいいわ。これだけ禍具を出したら、いずれ守印も姿を現わさざる得ないでしょう。川本さん? じゃまだから中で死んでるよ」

 かぐやが掌を開くと上に小さな木箱が現れる。それを前に投げるかぐや。木箱が割れる。

隊員A「(綾乃に)狙撃出来ます」

綾乃「まって、何か変……」

かぐや「さぁ、撃ちなさい」

 雷で不敵な笑いを浮かべるかぐやの顔が照らし出される。

綾乃「撃っちゃいけん! 全員火器使用禁止!」

 隊員Aが無線で火器使用禁止を全員に伝える。

アラン「私達で行くか」

綾乃「(隊員Aに)特殊部隊は全員包囲のみ。身の危険があれば後退。ここはウチらでやる」

隊員A「了解しました」

 再び無線に向かう隊員A。

 雷鳴轟く中を石材店内に歩き入る綾乃・アラン・翔太・アーリア。

ユージン「俺らに出来る事はない。下がるよ」

 頷く智香。二人は黒のCX―5に乗り込みバックを始める。

 さらに雨の強さが増し、雷鳴も大きくなる中、石材店敷地内で対峙する綾乃達とかぐや達。

かぐや「(上空に顔を向け)もうすぐ異界の扉を通って来た怪物達が来る。ここは血の海になるわ。何て素敵なの」

綾乃「狂ってるわね。生憎(あいにく)だけどあなたのお父さんにも連絡したから上空であなたが呼んだ怪物達は何も出来ない」

アラン「自衛隊もスクランブルかけてるだろうしな」

かぐや「なるほど~ (クスクスと笑う)じゃあ、ここにいる者だけで殺し合う訳だけど、私には魂がある。殺せないでしょ。神様が赦してくれないからねぇ」

翔太「僕なら殺せる……」

アーリア「あたしもね」

かぐや「あなた達じゃ役不足だわ。その前にする事がある」

 かぐやの後ろに女が現れる。下半身が蛇だ。

綾乃「エキドナ!」

エキドナ「我らに仇名す者達よ。我が夫テュポーンの名において心変わりし者を無に帰す」

 手をアベルに向けるエキドナ。

 苦しみ始めるアベル。

アベル「カイン兄さん」

アラン「アベル!」

 アベルの身は剥がれ骨となり塵となって消える。

かぐや「心が定まらぬ者はバベルにはいらぬ。裏切り者が」

アラン「きさまっ!」

 高笑いする、かぐや。

アラン「よくもアベルを地獄に落としたな」

かぐや「あいつは地獄にも行ってない」

エキドナ「我らは全てを無に帰す。あやつは魂も何もかもが無となった。もはや存在はせん」

アーリア「聞いた事がある。真のピラミッドの中にしまわれた物の中に無の卵というのがあると。目的はそれでしょう」

 今度はエキドナの隣に男が現れた。

スサノオ(32)「ご名答」

アラン「スサノオ! いつからバベルに落ちた! お前の姉が泣くぞ!」

スサノオ「アベルの代わりにお前の殺しを任された。無の卵は実在する。あれがあれば神の作ったこの宇宙だけでなく全ての宇宙も何もかもが混沌と化した後に無となる」

アーリア「あんたらのボスの意向? あんたら自身、ボスの正体も目的も知らないんだよね」

エキドナ「我は知らず。しかしだ。例え知っていたとしても死に逝く者達に教えてもせんなかろう。我がバベルの名において全員を抹殺しようぞ」

 俯いて黙っていた綾乃の身体がわなわなと揺れる。

綾乃「(低い声で)エキドナよ、いつからお前はそんなに偉くなった……」

 全員が綾乃を見る。綾乃がゆっくりと顔を上げた。目が金色に光輝いている。

エキドナ「何者か? この狂気は? 強き力は? 覚えがある!」

 焦った風に揺らぎ逃げ消えるエキドナ。

同時に清明が呪符をばらまく。それぞれの呪符が式鬼となって背後に現れる。

かぐやは再び木箱を取り出し投げると両手に爪のついた鎧を纏う。

信長の身体が変化して本来の鬼の姿を現す。

かぐや「女よ、何者かは知らんが、多勢に無勢だな。それに私には魂がある」

月読(58)「そうでもない」

 綾乃の後ろにいつの間にか月読と月の軍勢がいる。

月読「お前の呼んだサメどもは蹴散らしたわ。上を見るがいい」

 天を見上げるかぐや。

雲の中に金色に輝く古代船がいくつも見える。

月読「お前を幽閉しても、そのバベルとやらにまた出されるだろう。娘だがここで父の手によって、父の責任において、冥府に送ろうぞ」

かぐや「優位に立ったつもりか父上。来い! 我が最高傑作の禍具よ!」

 かぐやが手を上げて合図する。

 石材店の壁を壊し石で出来た5メートルはある像が現れる。

かぐや「月の石、玄武岩のゴーレムよ。なぎ倒せ! 破壊せよ!」

綾乃「そんな石の塊で優位になったと? 己の本当を知れ! 弱さを知れ!」

 綾乃の背中に天使のような翼が現れたかと思うと、身体中が赤く光る鎧に包まれた。右手には巨大な剣を軽々と持っている。

リリト「我が名はリリトイエル。イエル最強の一柱にして、宇宙最強の堕天使の一柱なり」

 驚きを隠せない一同。

 両軍の間に強い風雨が吹き抜け、雷鳴が轟く。

 一気にゴーレムに襲いかかるリリト。それを皮切りに両軍がぶつかり合う。

激しい戦闘に次々に倒れる月の兵や式鬼達。

肉弾戦のアランとスサノオ。

第六天魔王酒呑童子と化した信長と剣で火花を散らす翔太。

吸血鬼アーリアと狐の本性を顔に表した清明が超人的な戦いを繰り広げ、月読の剣とかぐやの爪が火花を散らす。

そこに割って入ろうとした式鬼や月の兵はことごとく吹き飛ばされる。

ゴーレムの重いパンチを事もなく避け又は軽々とその拳を受け止めるリリト。

石材店は崩壊し、周囲の住宅等も倒壊し始める。止めてあった車が宙に舞う。

特殊部隊は後退するが、次々巻き込まれる。銃も使えず成す術がない。

10式戦車が一台逃げ切れずゴーレムのはずしたパンチを食らい飛ばされる。

隊長「全車全隊員は至急後退! 安全な場所に移動! どうにもならん。至急後退せよ!」

 何もせずただゴーレムの攻撃を避けていたリリトが一気に飛び上がり剣を縦に振る。ゴーレムは縦に真二つになるが、再び結合する。

リリト「ふっ…… どこかに心臓部があるか……」

 リリトは踵を返すと、潰れたトラック周辺に散乱した木箱に向かう。

追うゴーレムの拳を背を向けて軽々と避け進むリリト。

 ついにアーリアが清明の顔を掴み心臓をえぐる。塵となる清明。

リリト「(アーリアに)探し物がある。アヌよ、代わりに相手しておけ」

アーリア「ええっ! あたし?」

リリト「不満か?」

アーリア「いいえ、創造主様の命とあれば。(がっくりとつぶやく)がんばります……」

 ゴーレムに吹き飛ばされるアーリア。

アーリア「(牙をむいて)痛いだろっ!」

 超人的にゴーレムの攻撃をかわしながら隙をついて爪で傷をつけていくアーリア。大したダメージになっていない。

 金色だった目の部分が紫に光だし、散乱した木箱をぐるりと眺め続けるリリト。

 スサノオに馬乗りになられたアランは防戦を強いられているが、そこに翔太の腕から飛び出したブーメランが来て、スサノオの右腕を付け根から切り落とす。

その隙をついて酒呑童子の振るう剣が翔太の後ろで振り上げられる。しかし動きが止まる。

翔太の腕の剣が酒呑童子の胸を貫いている。

酒呑童子「またもか…… また会おう、頼光」

 塵となる酒呑童子。

腕を落とされたスサノオはアランの蹴りを浴び後ろに後退する。

スサノオ「歩が悪いな」

 霧のように逃げ消えるスサノオ。

アラン「逃がしたか!」

 アランが振り返ると月読が倒れ劣性になっている。

傷ついた月読を抱き起し、かぐやと対峙するアランと翔太。

翔太「アランはアーリアを手伝って。魂がない者が相手の方がいいでしょ」

 アランはすぐにゴーレムに向かって走る。

ゴーレムのパンチを真面に食らいそうなアーリアの前でそのパンチを受け止めるアラン。

足が少し後ろに滑るが堪えるアラン。

アーリア「あら、アラン。素敵よ」

アラン「ふざけてる場合か」

 リリトがふと瓦礫の傍に落ちている木箱に目をやる。

かぐやの爪を月読に肩を貸して剣で防ぎ続ける翔太。

ゴーレムの首にまたがり、後ろに反らそうとするアーリア。

連続で繰り出されるパンチを何度も受け止めるアラン。

それぞれの限界が近づく。

 リリトが瓦礫の間で見つけた木箱を剣で突き破壊した。

動きが止まりバラバラになって崩れるゴーレム。

リリトの目の色が再び金色に戻る。

リリト「あやつの心臓部は、あやつの体内ではないと思うたのは正解だったな」

 翔太の剣がかぐらの掌を斬った。

かぐらの鎧の爪が離れて地に落ちる。

下がるかぐら。

月読「これで終わりだ、娘よ」

かぐや「私が何日もただここにいたとでも? 市街地に隠していたゴーレムを、ここに運んだだけだったとでも?」

 不敵に笑うかぐら。その後ろから地を割いて20メートルを越すゴーレムが現れた。

かぐや「地球製のゴーレムよ。しかも今度は私自身がこいつの心臓部。例えリリトでも私は殺せないわよね。大罪人で赦しを乞う身だもの」

翔太「俺が殺る」

かぐや「父上は傷つき戦闘不能。月の兵士も式鬼との戦いで残った者も戦う余力はない。私は強い。あんたやそこの女が二人で相手しても勝てるかしら?」

アーリア「何とかなるわよ」

 再びかぐらと戦いを始めるアーリアと翔太。アランは月読を安全な場所まで連れていく。残った10式戦車の内の一台が巨大ゴーレムに向けて発砲。しかし同時に戦車が爆発する。

アラン「発砲するなと言っただろう! 発砲するな!」

リリト「(天を仰ぎ)来いっ! 我が僕! 青竜よ!」

 強い稲光と共に空から巨大な青竜が現れる。

青竜はゴーレムと対峙して戦い出す。

はげしい戦闘で再び住宅街が破壊される。

巨大ゴーレムに巻きついて、岩の巨人の動きを止めようとする青竜。

アーリアや翔太を抑え、かぐらの前に立ちはだかるリリト。

リリト「(かぐらに)もう止めにしないか、かぐや」

かぐら「気を散らす作戦? くだらない」

リリト「我れはお前を赦す。エルもお前を赦される。お前も魂を持つ者。赦されたいのだろう」

かぐら「私はバベルに忠誠を捧げた。二千年も幽閉されたのだぞ。この恨みは神に返す。全て無になるならそれで良い」

リリト「いくらバベルがお前達の主であってもエルには勝てん。恨みは悲しいだけだ。自分を辛く追い込むだけだ。赦すから許せ」

かぐや「神を出せば何でもありか? 神の前では誰も勝てない。何でもありならばな。では聞くが、神は本当にいるのか? 宇宙全体に広がる苦難をどうして神は見逃す。本当にいるならどうして多くの生命を苦難から救い赦さない? それ以前にこの世界は現実なのか? 神とやらに作られた虚構ではないのか? お前は落ちたとは言えイエルだ。神にお前は会った事があるのか? 」

リリト「ない。だが我は信じる。信じればそれが現実で良いではないか。例え虚構であろうが、そこで生きる者ならばそれが現実で良いではないか。我々や人類の拙い知能では神のお考えは計れない。計れると思うならそれは傲慢でしかない」

かぐら「ふっ、たわけた事を!」

 リリトに向かって来るかぐら。

かぐら「それこそ神の傲慢。神よ、全てに対極があると知れ!  神が光ならば闇ありき。形なきものが最強か? そうだろう。愛も恨みも最強だ。しかし形あるものも無いものも対極であるならどちらも最強だ」

リリト「何故両極端にしか物を見ない。黒と白の間には無限の色があると言うのに」

かぐら「ならば証拠を見せろ!」

リリト「何故に形あるものにこだわるのか?」

かぐら「私が形あるものの象徴、禍具の使い手だからだ」

リリト「淋しい者よ……」

かぐら「憐れむか? 憐れの極致のお前が憐れむか? ふざけるな! お前から殺す。イエルだろうが関係ない! 刺し違えてもお前を殺す! お前の傲慢な神の贄となれ!」

恵子「待ちなさい、かぐや!」

 かぐらがリリトに襲いかかろうとしたその時、彼女の動きが止まる。

 声のした方を向くかぐや。

 バー『NO NAME』のママである石坂恵子が石材店の門の側に立っている。

かぐや「まさか…… かあさま…… なんで……」

恵子「お前の残したものが災いの薬であれ、愛する我が子の残した物。お父様は飲まずに富士山に捨てたけど、私には出来なかった」

かぐや「そんなつもりで渡したんじゃ……」

恵子「たしかに死ぬるより生きるのは辛かった。だけど、生きるのもまた勇気じゃし、ええ事も沢山あった。私はかぐやに感謝して生きてきたんよ。じゃけぇもうやめんさい。また一緒に生きよう、かぐや。(みんなに)どうかホンマにこの子を許してやってください。私も償い続けますけぇ、どうかこの子を責めんとってください」

かぐや「か…… かあさま……」

 かぐやの頬に涙が伝い始める。かぐやの鎧が消えて行く。

 一歩、恵子に近づくかぐや。恵子もかぐやに近づいて行く。

 いきなり血を吐くかぐや。歩みが止まる。

 驚く一同。

 ゆっくりと自分の胸を見るかぐや。胸から鋭い何かが飛び出している。

ゆっくりと振り返るかぐや。

かぐやの背後から触手を伸ばして背中を貫いているマイノグーラ。その前には鋭角で作られた犬のようなライオンほどもあるティンダロスの猟犬がいる。

マイノグーラ「私の勝ちね、かぐや。うちの潜入員を殺した罰よ」

かぐや「マイノグーラ……」

 崩れ落ちるかぐや。

 かぐやに走り寄る恵子。月読も辛い身体を引きずってかぐやとマイノグーラの間に立ちふさがる。

崩れ去る巨大ゴーレム。

天に一鳴きして飛び去る青竜。

マイノグーラ「これだけの事がこの広島で起こった。この広島が第一の戦場決定ね。まさか聖地じゃなくてアルマゲドンがこんなアジアの東の果てで始まるとはね」

リリト「マイノグーラよ。お前達を率いるナイアルラトテップに伝えよ。我れは負けぬと。ラゲイナロッカは止める」

マイノグーラ「アルマゲドン…… ラグナロクはもう始まったのよ」

 霧のように消えるマイノグーラとティンダロスの猟犬。

 悲しげに俯くリリト。雨がリリトに当たり、彼女は俯くのを止めて天を仰ぐ。

かぐらの躯の上に雨が降り注ぐ。

やがてその羽根を伸ばして空に舞い上がり雲の中へと消えるリリト。

その姿を呆然と眺めるSCITのメンバーや隊員達。

倒れ息絶えているかぐやの横で座りうなだれている月読と恵子。

雷は止み、ただ雨が夕暮れの中を振り続けている。

月読「また逢いましたね。今は?」

恵子「石坂恵子と名乗っています」

月読「かぐやは連れて帰って弔います。良いですね」

 頷く恵子。そのままかぐやに倒れ込むように抱き崩れ泣き続ける恵子。

隊長「(拡声器で)回収班は禍具の回収を急げ」

 門の中に黄色い宇宙服のような防護服を着た十数名の回収班が入ってくる。

 他の者達は、泣き続ける恵子と傍でがっくりと膝をついている月読とかぐやの亡骸が雨に濡れるのを、ただただ無言で見ている。


■庄原市法善寺

 寺社の中で空を見上げている空蝉。薄くなった雨雲の下を金色の古代船が十二隻、雲を通してほのかに明かりが見える月の方向へ進むのが見える。

空蝉「さて、船が消えたら月をくくるかの……」


■忌部神社・拝殿

 昼の晴れた忌部神社の拝殿の御簾を上げて、巫女姿の結衣があぐらをかいて左手に煙草を持ち、右手にもったワンカップ酒をあおっている。

 参道を歩いてくる空蝉。拝殿の端に腰掛ける。

空蝉「結衣よ、お前、昨日の夜にくくったか?」

結衣「船が月の門の中に入ってから、くくったよ」

空蝉「ホントじゃろうな? 何かワシの法力以外の力を感じなんだんじゃが……」

結衣「御坊も人が悪い。ウチだってSCITの一員じゃけぇ、やることはやる。第一、菊理媛(くくり)たるウチがくくらんでどうする?」

空蝉「そりゃそうじゃ」

 結衣は煙草をふかす。遠くでウグイスの声がする。

 黒猫のキヨヒナガが結衣の後ろで、首の辺りを後ろ足で掻いている。

空蝉「ところでワシの法力占いでいらん啓示が出た」

結衣「ほう。またくくるか?」

空蝉「じゃのぉ。しかし今度はウエスト・グラウンドも呼んだ方がええ。今度扉が開いて来るのは、ガルーダにキメラにヒュドラ、それにダイモーンの誰かじゃと出た」

結衣「ガルーダが来るなら、あ奴も来るな…… まぁ、その時が来たら、綾乃だけじゃ難しかろうけぇ、ウチらも広島に行くか?」

空蝉「じゃのう…… さて、ええ酒を檀家から貰うたけぇ、呑むか?」

結衣「ええねぇ、大事の前にはええ酒で清めんと。アテは裂きイカでええかいね?」

 強い谷風が拝殿に吹き込んでくる。

結衣「次の風はもっと大きそうじゃね……」


■真のピラミッド

 果てしなく広大な地下洞窟に神殿が広がる。

両脇に等間隔に輝くオベリスクが立ち並ぶピラミッドへの道。

継ぎ目のない虹色に輝くクフ王のピラミッドの何倍もあろうかという巨大な真のピラミッド。

 その通路をかぐやの木箱をいくつも浮かせて歩く守印。その姿は大きな頭巾付の黒いローブに包まれ、性別や年齢さえ分からない。長いローブの裾は引きずられ足も見えず、唯一見えているのは、多くの木箱を浮かせている右腕だけ。しかしその右腕も黒い長袖に地肌を見せない黒い手袋をしている。ただ手袋の甲にはアンク(エジプト十字)が白く刻印されている。

ピラミッド前の両脇に鎮座した巨大な原始のスフィンクスの間を抜け、出入り口のないピラミッドの壁をすり抜けて中に消える守印。


■マツダズームズームスタジアム広島・ホームベンチ上の年間指定席

 2013年の開幕戦を観戦している綾乃と智香・アラン・アーリア。

綾乃「打てぇぇぇ!」

 カープの帽子やユニフォームに身を包みカンフーバットを持って応援に熱狂する綾乃とアーリア。

アラン「毎年ですよ。毎年年間でここを買ってる。お嬢とアーリアは異常な程のカープファンですからね」

智香「万年Bクラスなのに……」

 振り返る綾乃。

綾乃「今年こそ優勝するんじゃけぇ!」

 また前を向く綾乃。

アラン「毎年言ってます」

 笑うアランと智香。

智香「でもいいの? ここユージンの席でしょ」

アラン「ユージンはコンピューターの専門家ですが、我が家の料理人でもあるんです。だから今日は新しく東京から進出して来た新店の食べ歩き調査してますよ。そんな事が時々あるんです。毎年何度も一席空くんで良く圭さんにも来てもらってます」

智香「兄さんに?」

アラン「はい。今度は智香も時々来てください」

智香「うん、ありがとう。でも翔太さんは?」

アラン「彼は野球に興味無くて、今日も本宅に帰って畑仕事と車や本宅の整備ですよ。彼の趣味なんです。機械だから命は神秘だとかで畑仕事に精出してます。会話しなくて楽なんだとか。智香も今回は大変でしたね。大丈夫ですか?」

智香「何とかね。人生観が見事に変わっちゃったけど…… これからもっと大変なんでしょ」

アラン「そうですね。あの沼田の事件の後にSCITに回収されたかぐやの木箱ですが、二日後に保管庫から綺麗に消えてしまったと聞いています。たぶん守印の仕業でしょう。つまり守印は実在している可能性が高まったという事です。これは大収穫ですよ。お嬢は、リリトの間の事は記憶にないようで、話して聞かせても数分で忘れてる。恐らく主人格のリリトがそうさせてるんでしょうね」

智香「どうしても広島で戦争が始まるのね……」

アラン「いや、ヴァチカンとイスラエルの支部がベリアルらしき人物を発見したらしく裏を取ってる最中ですから、そこから始まるかもですよ。まぁ、十中八九間違いだとは思いますがね。以前にも何度も同じ報告があったし、その都度、調べたらベリアルではなかったという報告も……」

 カープの選手が打ってランナーが戻る。

綾乃・アーリア「やったぁぁぁ! 逆転行くぞぉぉぉ!」

 カンフーバットで周囲とハイタッチして応援歌「宮島さん」を歌い万歳三唱する綾乃とアーリア。アランも智香も立ち上がる。

アラン「智香は野球は?」

智香「もちろん広島生まれの広島育ちじゃけぇカープファンですよ」

 空を見上げる智香。照明で星は見えにくいが晴れ渡っている。

智香「(つぶやき)生きる…… か……」


■忌部神社・境内

 参道を歩いてくる空蝉。

結衣「(声だけ)空蝉坊が屁をこいたっ!(中国地方のだるまさんが転んだである『坊さんが屁をこいた』のアレンジ)」

 声の方を見る空蝉。

 少し開花した桜の木の下で、子供たちと結衣がだるまさんが転んだに興じている。


■同・拝殿横

 カップ酒を右手に煙草を左手にした結衣があぐらをかいて座り、その膝には黒猫のキヨヒナガが丸まって眠っている。

子供A「(桜の木に目をふせて)空蝉坊が屁をこいたっ!」

 縁側に座る空蝉が苦笑する。

空蝉「寄りによって、なんでワシなんじゃ?」

結衣「御坊でも屁はこくじゃろう」

空蝉「おぬしでもな」

結衣「(真っ赤になって)ウチはこかん! 乙女が屁などこく訳がなかろう! 若い娘に失礼じゃぞ!」

空蝉「(にやつき)若いねぇ~」

結衣「しかし驚いたな、御坊。綾乃が我らの創造主のリリトじゃとはのぉ」

空蝉「お嬢とか綾乃と呼んでおったが、かかさまにでもするかの?」

結衣「今更変える気はないわ」

空蝉「それはそうと例の占いの件はそのお嬢に伝えたぞ。来週にでも二人で来て欲しいそうじゃ」

結衣「(嫌そうに)綾乃が迎えに来るんか?」

空蝉「いや、別のもんを送るそうじゃ。ヌシは荷物が多かろう。一旦法善寺に来とくかのぉ」

結衣「そうじゃのう。ここも庄原も居酒屋が少のうていかん。三次で呑んで待っておるのもええかもしれんのぉ」

 空蝉、ため息をつく。

 蜂が飛んできて目を覚ましたキヨヒナガがあくび一つして追いかけだす。

 境内では、子供たちがだるまさんが転んだに興じている。


■広島県警刑事部長室

 電話をしている佐々木刑事部長。

佐々木「はい。三上も石原も疑っていません。このままSCITの監視を続けます。守印はまだ分かりません。こちらの工作員には真のピラミッド探しを急がせます。えっ? 次の作戦ではアシュラ様自ら広島に? はい、大丈夫です。また情報がありましたら報告致します。我らバベルの為に」

 電話を置く佐々木。


■今村邸・コンピュータールーム

ウィズダム『リリトの居場所は分かった。あなたはそのまま守印を探していてください』

翔太「はい」

ウィズダム『守印が発見され、真のピラミッドの場所が特定されたら、そちらに兵団を送ります。後は即刻リリト達を消去してください。それまで論理的合理的に彼らの仲間として行動してください』

翔太「了解しました。アトランティヌス様」


■エンドタイトル

                        了

あとがき

え~ いかがでしたでしょうか?

えっ? 登場人物多くて整理できてない。その通りでございます。

これが30年のブランクを経て再開した1作目でございますよ(^^;)


原案はその30年前の大学在学時代に思いついた話で、すっごく長い大河物の中程前夜的位置にあります。

本来は今から1万2千年前から始まり西暦8000年後に終わる壮大すぎる話でして、大学当時盟友たちに「クジラに無謀にも噛みついたようだ」と漏らしたものです。


広島編→過去の因縁(事の始まり)編→紀元前後編→世界編→終末編→決戦編と全て何をどうするか大体決まっていますが、広島編でも何話になるやら(^^;)

頭の中にガイドシートを作って大体の全体の流れだけは把握してますし、決戦編の結末も考えてます。

ただキャラが多いのでキャラ表だけは書いてます。


パストシールズシリーズの第二話「EAST ASIA」は、忌部結衣が主人公になります。今書き出している純文系脚本(復帰3作目)を書き終わったら取りかかろうかと思っていますが、岡秀樹から誰も観た事のない特撮ヒーロー物を読みたいと言われて考え中なので、そちらが出来ていたら先にそちらを書こうかとも(^^;)


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しかし、ちゃんと書けたらチェックしてるつもりなんです。

誤字脱字のチェックや加筆・削除・校正してるんですよ(^^;)

なのにUPしたら誤字脱字残ってるは、シーンとシーンの間行抜けてるだけならまだしも■で区切ったシーン名も書き忘れてるし、その他もろもろ……

そんなところを発見しても、生暖かい目で「ああ、見落としてるなぁ」って、想像力で補って下さいませm(_ _)m

私はボケているので、皆様の想像力が頼りです(^^;)


尚、第一稿と題名の後に書かれているのは、第一稿だからで完成形ではないという事です。

本来脚本は何度も書き直し練り直して完成稿にする訳ですが、多くの方との打ち合わせがあってこその第二稿~完成稿ですから、私が一人でやれるのは第一稿までなんですね。

つまりそれ以降は多くの指摘やご意見を参考に作らなくてはならないのです。もちろん書くのは脚本家ですが、第一稿と完成稿を見比べるとまったく違った物になるのが普通ですね。

しかも完成稿であっても撮影現場のキャスト様やスタッフ様の意見でその場で変わる事も。

脚本とは小説と違って部品なんですね(^^)


また題名の横についている「ARナンバー」は復帰後書いた作品順のナンバーです。

「S№」は構想した順番のナンバーですね。

1作書く間に数作の構想が浮かぶので全部は書ききれませんが(^^;)


今のように好きに書けてる内が華。

プロの方になると上からのお達しに沿って書かなきゃならないから好きには書けない。

製作会社様や監督やスポンサーの意向もあるし、予算・時間等の制約もある。

嫌な物や書いた経験のないジャンルであろうがプロは書かなきゃならない。

(実は学生時代は純文系専門だったので、復帰第1作目・2作目のようなホラーアクションやSFアクションなどは書いた事なかったんですけど、これから様々なジャンルに挑戦して自分のスキルを上げて行く所存であります)

素人だから好きに書ける訳で、今が私の華の時期www


と言う訳で、読んで頂いた皆様、本当に稚拙な物に時間を割いて頂き感謝の言葉もありません。ありがとうございました。

そしてほぼ寝たきり老人の私に生きがいをくれた岡へ。

ありがとう。

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