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アイギスの匣  作者: すくあ
第1章 第一の匣
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1-3 逢着の確信

 逢着の確信


「さあ君たち! 自己紹介の一つでもしてみたらどうだい?」

 そう切り出したのは、自分の中で今まで口に出さずとも髭と勝手に名付けていた、行動を共にする二小隊を指揮する人物だ。

 名も知らぬ退廃した街で、突如巻きこまれた餓狼種との戦闘を無事に終え、隊列を組み最寄りの拠点に向かう軍の最後尾に付いて歩いていた。そのさらに後ろ、殿を務めるのが髭だった。

 その髭は、三人の顔色を窺いながら──窺っていても本当に窺えているかはまた別の話──自己紹介を勧めてきたが、なにか閃いたように発する。

「あ、そうか……! 私もまだ名乗っていなかったな……! 私の名はグランツ・ヘルトだ! 改めて……、まあ、君たちの小隊員がしっかりと決まるまでの短い間となるだろうがよろしく頼むぞ」

「よ……、宜しくお願いします」

 その言葉に、三人は名乗らずにそう返すと、髭改めてグランツは一人一人に名前を尋ねていく。

「よし、先ずは君だ!」

 いつの間にか退廃した地での戦闘時とは様相を変化させ、姿形を隠すフードにマントという常套衣装から、自身の持つ装備を包み隠さず表に露出させた格好になっていた赤髪というなかなか目にしない外見の男に声が掛かった。

「俺はフェムト・ライト、気軽にフェムトって呼んでくれればいいぜ? この赤い髪があるから覚えやすいだろ?」

 嫌味のない溌剌とした喋りで、顔にシワを作りながら歯を見せて微笑みかける赤髪の男、フェムト。

「あっ、はい! フェムトさん宜しくお願いします……!」

 そう言うのは、三人の中で唯一の女性の攻略者だ。

「よし、次は君だな」

 鼻息を荒らげて、得意げに場を仕切り出すグランツは、次にその女性に視線を浴びせて、自己紹介を促す。

「ええっと……、私はエア・キャルセスといいます。エアでもキャルセスでも、どちらでも呼んでもらっていいですよ……!」

 か細くとも真のある声で、少し恥じらいながら言う。

 そんな彼女だが、先ほどの戦闘のせいだろうかか、円形に近いメガネのレンズは右目側だけ目に見えて分かるひびを持たせ、彼女自身そのひびが気になるようで視線は何度かそこへ向いたのがレンズ越しに見て取れた。

 その点にグランツも気づいたようで。

「そのレンズでちゃんと見えるのか、エア?」

「これくらいのヒビだったらまだ見えます。 どうしても視界に入ってくるので少し気になりはしますけど、修理できるあてもないので慣れるまではしょうがないですね……」

「そうだなぁ……。しかしそれでは今後に支障が出るかもしれん。私の知り合いのところで修理ができないか頼んでみよう」

「本当ですか!? ありがとうございます、グランツ隊長」

 グランツの提案に、食い気味に反応して喜びを露わにする。

「しかし、なかなかその形の眼鏡は目にしたことがないからな。聞いて見ないとわからない、過度な期待はしないでおいてくれると助かるな!」

 そう言って責任逃れをしようとも、エアのキラつく目の輝きは留まるところを知らず揺れていた。

「よし、自己紹介の続きだ! 最後は君だな」

 グランツの視線がこちらを向く。

「俺は……」

 一瞬声を詰まらせ、続ける。

「フィル……だ。田舎で生まれたからラストネームは無いんだ」

「そうか、宜しくなフィル」

「宜しくお願いします!」

 二人の勢いに軽く気圧されつつも、挨拶を返す。

「こちらこそよろしく」

「よし、とにかくだ! 君らはこれから多くを共にすることになる。お互いのことはよく知っておいた方がいいからな! おじさんは暇でも頂くとするよ」

 三人の仲を持った後、仕事をせねばならないのだと言う雰囲気をだし、颯爽と隊列の先頭に向かって小走りで駆けていく。

「そんなに気を使わなくても」

「そうですよね……。陽気で面白い方なのに」

 その後は、お互い出身も育ちも性格も三者三葉であることも働いてか、距離が縮まるまでにそう時間はかからなかった。自身の過去の話もすれば、何故この攻略戦に参加したのかや、フェムトの壮大な夢など話は多岐に渡るものだった。アイスブレイク、まさに心を覆う氷は溶けて、お互いの壁が取り払われた。

 話の盛り上がりもあり、加えて、必然的に殿という重要な役割をグランツに変わり務めていたせいか前からの視線をしばしば感じてはいた。しかし、拠点につくまでの長旅は、魔獣に襲われたりもしたが、もっと時間が欲しいと感じるほどの有意義な時間だ。


「如何せん遠かった」

 それが、街の鉄製の両開き格子扉の門を潜ったあとの第一声だった。

「本当だよ……! 至る所に作られたとは言っても、やっぱり大きさが大きさだし、中に人も住んでるわけだから数は限られてくるよね……」

 共感する意を発するエアの顔を見れば、「元いたところの近くにこれがあれば……」と物欲しそうな感情がよく見て取れる。

「そうだな。こんなものが近くにあれば真っ先に来たってーのに……」

 一年という時の流れは人の感覚を研ぎ澄まさせていた。街に様相に対する感想よりも、一年間味わった苦痛からくる心象が先行し、その言葉を口にさせてしまうくらいには。

「これだけ広ければ、いろんなものは揃ってるだろうし、これだけ厚い壁に多種多様な兵士が街を守ってるんなら安全だろうし……、軍の持ってる力はほかとは段違いだな」

 広い街。具体的には、中心にシンボルとして建てられた城から半径が約二から三キロメートル程の円に近い形をした街だ。それだけの広さは、今まで別個に集落を作り暮らしていた人々が一堂に会するような想定をされ、また、魔獣の襲来にも広く対応できるような様々な仕掛け、工夫を為すためのスペースを確保するためのものだ。

「グランツ隊長は眼鏡が修理できるかどうか過度な期待はするなって言ってたけど、これだけの広さがあれば、一軒くらいは対応できるような眼鏡屋があってもおかしくないんじゃないか?」

「うん、そうだね。なんか少し安心したよ」

 未だ隊列に付いたまま街の奥に進む。

 通行しているのが大通りなせいか、人通りも多く、活気に溢れた昔の街を思い出す。人目に付く看板は、肉屋や八百屋と言った食品類から雑貨屋家具まで一年以上前の一般的な生活水準まで戻っている。

「おーい! 君たち!」

 前方で上下に比較的大きめの身体を揺らせながら手を振るグランツ隊長がいる。

 隊列から外れ、早足でグランツの元へ向かうと、彼がいたのは街の中でも攻略者が集まる、いわゆる情報板が設置されているカウンターの前だった。

「早速だが、小隊を組んでしまおう。とりあえず四人。この辺りから外へ出るなら餓狼種以上の強敵は出てこないからな、あれだけの度胸と技量があれば一先ず死なずには済む」

「随分古ぼけた情報板ですね」

 色褪せてはいないが、何故か傷だらけの情報板が気になり、思わず口に出す。

「ああ……、しかし、貼られている情報は、常に最新のものだぞぅ? カウンターの中のお姉さんたちが、ちゃんと貼り替えてくれる」

 内心、このおっさん大丈夫かと思いつつ、どうしても四人以上にしたい彼の意見を汲むべく掲示された情報に目を向ける。

「ホントだわ。日付がどれも最近」

「というより……、なんか今日は一日視線が痛いですよ……」

「なんで攻略者なのに酒場に溜まるんだ」

「まあ、そう言わないでやってくれ。ただ闇雲に探しても、自身では対処できないような魔獣と対峙してしまえば命を失いかねないからな。情報なしに外へ出るのを嫌う開放者も多いんだ」

 情報板が設置されている奥には、扉の設置されていないオープンな広くは無い酒場が併設されており、そこから多くの人がこちらをチラチラと脇目に視線を送るのがよく分かる。

「あの人達がここに貼られてる紙の人達ですよね?」

「きっとそうやろうなぁ。毎日紙ばっか新品使っても、背中だか腰だか、吊るしてる剣は錆びてるんじゃないだろうな」

「フェムト随分辛辣だな」

「ん? ああ……。どうも一年も外で暮らしてたせいか温さが逆に辛くなるようになったわ」

「そうね……。温いのは私もだめになった」

 三人の会話に背後から口を出す女性の声。

 三人は咄嗟に振り返ると、振り返りざまフェムトの側頭部を張り手の如くその見ず知らずの女性が叩くと、情報板に後頭部から衝突する。

「お前……なにを」

 フィルは時を移さず剣を引き抜こうとすると、鞘に収まったまま抜くことすら許されず間を詰められる。

「別に剣を交えるつもりは無いよ?」

 そう言って、肩に手を乗せられた後、腹部に強烈な衝撃を感じ、後方へ下がらせられる。

「ね? お姉さん」

 標的がエアに向いた。しかし。

「またか、お前は!」

 という怒鳴り声は、グランツのもの。

 何分、その光景を見て、またかと呆れるように放っておいた彼だが、遂に彼女に口火を切ったように怒り始める。

「何度言ったらわかる! ここで、開放者を、突然襲うな!」

 常習犯だったのか。

「ちょっとそれは難しいよ?」

「何が難しいだ! また、この情報板をボロボロにする気か!」

「既にボロボロ──」

「わかってるわ!」

 最後のやり取りは少し理不尽な気もしたが、この情報板に無数の傷がつけられて古ぼけた印象を持たせていたのはこの女のせいだったのだ。それを知っていたからこそ、フィルが「古ぼけた」と発した時一瞬声を詰まらせたのだ。

「それにしても、メンバーを探しているのかい? 見たところ三人しかいないようだし」

「あ、ああそうだよ。我々の呼びかけに集まってくれたのだが、運悪く人数が欠けてしまってな、ここに来て人探しをした方が効率がいいし」

「情報も得られるし……か。私一人に押し負けてるようだと、すぐ空高く見えないところに行きそうだけど?」

「そういう事を言うな! そもそも、既にこの辺の餓狼種には既に手を焼かずに対処できるようになったほどの上達ぶりだ。最低でも四人。それさえ満たせば今すぐに発っても問題は無い程だよ」

 先程からの「最低でも四人」という人数制限にどこからの根拠があるのだろうかと疑問に思えど、それを口にはできなかった。

「案外グランツの肝煎りだったんだ。そうやって前みたいに捨てたりしないでよ?」

「人聞きの悪いことを」

 グランツが否定の言葉を発し終わる前に、情報板の奥から「ガタン」という何かが倒れたような音がする。

 音に釣られ、酒場にちらりと視線を送ると、椅子を倒した当人がこちらへスタスタ歩いてくる。

 右側頭部で耳を出すようにリボンを付け、歩くたびに黒の長髪を左右に揺らし、周囲同様攻略者然としたプレートを装備したその女性は、まだかなり距離がある段階でステップを踏み、一気に情報板をボロボロにした女の元へ体当たりのごとく突っ込む。

「え?」

 知らず識らずのうちに声を漏らしていたフィルだが、彼女の右手が剣に伸びていたことを、視界の端で捉えると、二人を結ぶラインに割って入り、納刀されたままの状態から引き抜けないよう手で抑え、身を呈してその勢いを殺させる。

「フィル……!」

 背後からのエアの声に耳は貸さず。

「ここは街中だぞ……?」

 脳的な行動か、衝動的な行動か。フィルの言葉にこちらに視線を向けた彼女と至近距離で見つめ合うと、視線を切られたかと思えば、そのまま鞘ごと抜いた剣は自身の手を挟み身体へと衝撃を与えた。

 体勢という劣勢点はあれど、力負けしたフィルは脳内で悔しさを感じながらも静止を続けるべく迫る。

 後目では人を怒らせた女がニヤリと笑みを浮かべたかと思えば、静止させているこちらへと自ら距離を詰める。

「でも、事実でしょ?」

 黒髪の女の唇に人差し指を当て、煽るように笑いながら発する。

 気づけば辺りは人が集まり、見世物のようになっている。

「おい……!」

 その口を閉じろとばかりに、そちらに向いて他に聞こえないようにと芯の無い声で発する。

 再び、その彼女と視線が交差したかと思うと、

「ごめんね……」

と口の形だけ示す。

「どういう……」

 意味もわからず尋ねようとするが、その暇は与えてくれなかった。

「また、こうやって……!」

 情報板を傷だらけにする女は、それで得た地力なのか黒髪の女の胸倉を掴むと、彼女を制止していたフィル諸共宙に浮かせ投げ飛ばす。

「ぐあっ」「うっ……」

 呻き声など気にもせず。

「負けて、拾われて、捨てられるって言っているんだ」

 言葉を続けたその女は、蔑むような視線を突き刺したあと、グランツの背中をひと叩きして、街の中心地へと、人混みの中へ消えていった。

「………………!」

 今にも泣き出しそうな、悔しさで唇を噛み俯く女は、石畳の地面に掌外沿を叩きつけて、こちらは通りの正反対へと向かって人混みに紛れていった。

「何なんだ……」

「大丈夫か……!?」

 呆気に取られているフィルにフェムトが声をかける。

「ありがとう。大丈夫なことは大丈夫だよ。背中から落とされたのは驚いたけどな」

「私もまさか君諸共投げ飛ばすとは思わなかった。私からも謝らせてもらうよ」

 大丈夫ですと言葉を発させる前に手を出し制止させる。

 まさか先に口の形で表した「ごめんね」が、「これから後ろの女諸共投げ飛ばすから許して」だと誰が思うのか。そもそも、彼女が言った「負けて、拾われて、捨てられる」とはどういう意味なのか。

 その答えは、名前も知らない人物を思い浮かべても当然思い付かず諦める。

「彼女は……、この情報版を傷だらけにする彼女は、エミル・クロークと言ってな。私の知り合いでもあるんだが、新しくこの街に来た攻略者によくちょっかいを出すんだ。悪気はないんだ、あまり恨まないでやってくれないか?」

「ええ。大丈夫ですよ、気にしないで下さい」

 という社交辞令を上っ面で口にしておき、

「むしろ、後にさっていた彼女の方が気になるんですが……?」

そう交換条件に取って代わる雰囲気を醸し出す。

「そうだな……その話はあまり人のいないところでしてやろう。ここだと彼女に関わりを持つ人物に辿られてしまうと厄介だからな」

主人公の名前がやっと出てきました。

戦いのシーンを全く入れないお話を入れたいのですが、すぐ戦わせてしまいます。

感想や誤字脱字、誤用などなど、感想欄やtwitter(@square_la)でお待ちしております。

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