ガンガ
死者は必ず一度聖なるガンジス河にじっくりと浸してから
火をつけられるので、白い灰になるまでに相当時間がかかります。
その間家族は荼毘の周りで祈り続けるのです。白い砂地に見えたのは
数千年に及ぶ死者の灰の集積だったのです。インドの人々は親しみを
こめてガンジス河のことをガンガと呼びます。家族は灰をこのガンガ
に流します。ボートから流れに手を入れてすくってみました。白い粉
が確かに手のひらに残ります。上流まで何箇所もこういう場所がある
のです。きっとこの深いとうとうと流れるガンガの底は、無数の骨と
白い灰とで幾層にも重なっていることでしょう。
ベナレスの町には全国から死者が担ぎこまれてきます。白い布に包ま
れて、色とりどりの花に飾られて、家族総出で担いできます。
ここには、死を待つ人々の無料の館があちこちにあります。死を覚った
老人や不治の病の人たちが家族のもの何人かと数年暮らすのです。
ある晩裏通りに迷い込んだことがありました。何かの祭りの夜でした。
京都の地蔵盆のような子どもの祭りです。じっと見とれていたら、僕の
脇にとても美しい少女が立っていました。黒髪で小麦色の肌、瞳が大き
く澄んでいてびっくりしました。杏子さんにそっくりでした。みんなと
遊ばないのと目で示したら、アチャとか言って可愛く首をかしげるのです。
向こうの家からお母さんらしき人が出てきました。インドサリーのよく
似合う若いお母さんです。中に入れと手招きしています。少女は僕の手
を掴んで引っ張りました。お母さんもにっこり笑ってアチャと首を傾げ
ています。ナマステと言って館の中に入ると、ベッドにおじいさんが横
たわっていました。枕元でおばあさんが編み物をしています。にっこり
と微笑んでくれました。閑散とした部屋にテーブルがひとつ、少女が座
れと合図をします。座ると少女はちょこんと僕の横に座って何かを待っ
ています。やはりミルクティーのチャイとお菓子が運ばれてきました。
少女はとてもうれしそうに僕を見上げます。お母さんの話では、この先
何年でもおじいさんが亡くなるまでここに居るそうです。しごく当然の
ように本人も家族もそれが一番幸せなのだと言ってました。
ガンガには不思議に人の心を癒す魅力があります。ヒマラヤからの
大自然懐に抱かれて、母なるガンガでは安らかに死を迎えることができる、
ベナレスはそんな不思議な聖地でした・・・・・・」