夢
救急車のサイレンの音。
走る救急車内の音。
(隊員の声)「背骨が痛いといって倒れたそうです。どうぞ」
(無線の声)「意識はありますか?どうぞ」
(杏子)「(苦しそうに)はあ、はあ、」
(父と母)「・・・・きょうこ」
サイレンの音遠ざかり消えていく。
診察室の音。
(医師)「ふむ」
椅子の回転音。
(医師)「急性貧血ですぐ退院できますよ。看病疲れかな?」
(母)「ごめんね杏子。私のために」
(杏子)「いいのよお母さん。すぐ良くなるから。
私のほうこそ、ごめんなさい」
椅子の回転音。
(医師)「あ、念のため検査で3日間入院していただきます。
そのあとすぐ退院、間違いありません。じゃ、お大事に」
(若林のN)「杏子は予定どうり3日で退院した。
この間杏子は次のような夢を見ている。
”白衣を着た若林医師が駆け込んでくる。杏子のベッドで
ひざまずき目をつむって眠っている杏子の手をとり必死で、
『悲観的になってはいけない!君は必ず助かる。すぐ元気に
なって退院できるから頑張るんだ杏子!』
そこで杏子は目を開けて笑いながら思い切り抱きつく。
唖然としている若林医師。"
という夢だ。楽しそうな字で日記に書かれていた。この頃か?
杏子が、自分が抱えるとげの正体を本能的に自覚し始めたのは。
その後二人とも多忙になった。12月に入って出発日が確定し
手紙を出したが、その返事もきちんと書かれていた。教育実習
も卒論も終了し、後は登町小学校の採用通知を待つだけだと書
いてあった。・・・・・・・何故出さなかったんだろう?
日記を見てみた」
(杏子のN)「12月になるとひょっとしたらと思っていた
ところへ、若林さんからの手紙が届いていました。私には
直感で分かるのです。えいって指を鳴らすとポストに手紙が
入ってて輝いていたんですよ」
(若林のN)「その1週間後」
(杏子のN)「もう手紙は出さないことに決めました。
若林さんは返事を期待していない。住所も不安定。3年間も
旅に出るなんてもってのほかだわ。さっさと忘れて私も頑張ろう」
(若林のN)「その後の日記は最後の真新しいノートになっていた。
杏子は心機一転、新生活の戦いを開始したのだ」