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対決!

「ほう、剣術の名門、厳山寺で剣の修業をされておられるのか。すると、高名な愛濫和尚のお弟子さんかな?」

「はい、昨年に和尚から武者修行に出るよう言い渡されまして、諸国を渡り歩き修行を続けております。こちらの道場の御高名を伺い、ご挨拶に参りました」

「ふむ、立派な心掛けであるな。厳山寺のような名門と言えど、外に出ずに中でばかり修行しておっては井の中の蛙となるやも知れぬ。寺から出て一人で修業してこそ得られるものもあろう。さすがは愛濫和尚、名門流派を率いられるだけのことはありますな」

「は、ありがとうございます。つきましては、よろしければ稽古をつけていただけませんでしょうか」

「うむ、こちらこそ願ってもないこと、と言いたいところじゃが、わし自身は見てのとおり老体での、今は腰痛に悩まされておって直にお相手をすることができぬ。それに、今、当道場は門下生が少なくての。おぬしに相応しいけいこ相手となると……」


「でしたら、ワタクシがお相手を仕りましょうか?」


 いつの間にか師匠のそばに控えていたルリ姉が、そっとケンタさんに流し目をくれる。

 ややうつむき加減で微笑み、一見、おしとやかに見えるが、スバルは見た!ルリ姉の口元からよだれが!ズズッ。


「ルリ、お前、何年も前に勝手にこの道場を飛び出したくせに、まだ門下生のつもりでおったんか」

「あら、私もケンタさんと同じで、師匠に言われて武者修行に出ておりましたのよ?お忘れになりました?嫌ですわねえ、年を取ると物忘れがひどくて」

「また適当なことを言いおって。しかしまあ、ルリなら何とか相手が務まるかの」

「ルリさんも門下生でいらっしゃいましたか。宜しければ私とお相手願えますでしょうか」

「私とお相手……ズズ(よだれ)。もちろんでございますわ。こちらこそよろしくお願いしますね。フフフヒヒヒヒィ」


 スバルはルリ姉の目つきを見て鳥肌が立った。あれは獲物を見るメスの目だ!アブナイ!気を付けて、ケンタさん!


「ぐぉほん、では、稽古じゃから双方とも防具を付けて、得物は竹刀でよいな?」

「生ぬるいですわ!防具なし、得物は木刀で!ふひひひひ!」

「では、防具はなしで、得物については、私は竹刀でやります」

「ふっ、女だからと言って手加減はご無用でしてよ?」

「無論のこと。ルリさんが並みの剣士でないことくらい、立ち居振る舞いを見ただけでもわかります」

「あら、うれしいことを。でも、ワタクシは竹刀のような腑抜けた得物はきらいですので、木刀でいかさせてもらいますわよ?」

「結構です」

「ふふ、随分と自信がおなりですのね。ますます楽しくなってきましたわ。スバル、あなたの木刀を借りるわよ」


 ルリ姉はそういうと、俺から古びた木刀を取り上げて、道場の真ん中でケンタさんと向かい合った。


「ぐぁほん!それでは、立会稽古を始める。双方、礼。向かい合って。構え。始め!」


 途端にルリ姉が踏み込み、木刀を正面から振り下ろす。

 ケンタさんはこれを竹刀で受け流して右に回り込む。

 しかし、ルリ姉は鋭い足さばきで追撃し、ケンタさんの腕,胴、頭を狙って次々と打ち込んでいき、ケンタさんの反撃を許さない。


「キエエエエエ!」


 ルリ姉が怪鳥音を発して鋭い突きを繰り出す。

 胴を狙ったその突きを、ケンタさんは体をかわしながら竹刀で叩き落とし、ルリ姉の開いたわき腹に竹刀を叩きこもうとする。

 しかし、ルリ姉も飛びずさって何とかかわし、いったん引いてケンタさんから距離を取る。


「さすがに簡単には一本取らせてくださいませんわね」


 ルリ姉の目は吊り上がり、頬を上気させ、まるで発情期のメスの獣のような表情になってきている。

 一方のケンタさんは開始から全く表情が変わらず、呼吸にも乱れがない。

 しかし、その無表情がかえって凄みを感じさせる。


「では、今度はこちらから参ります」


 そう言うと、ケンタさんは先ほどのルリ姉と同じように正眼に構えた竹刀を振り上げ、静かな足さばきで鋭く踏み込み、ルリ姉の頭を狙って竹刀を振り下ろした。

 ルリ姉は、得物の強みを生かしてこれをはじき返そうとしたが、ガシン!と抑え込まれてつばぜり合いとなる。

 しばらく押し合いになり、ルリ姉が押されて一歩引くタイミングで、ケンタさんはルリ姉を押して自らも下がりつつ、離れ際にもう一度ルリ姉の頭部を狙う。

 ルリ姉が何とか踏みとどまってケンタさんの一撃を木刀で防ぐ。

 一歩下がって距離を取ったケンタさんはそこから前に出つつ猛攻を開始した。

 目で追うのがやっとという素早い振りでケンタさんが次々とルリ姉めがけて竹刀を打ち込む。

 ルリ姉も、下がりながら必死に防戦し、何とか木刀で防いでいる。

 しかし、ルリ姉は壁際まで追い込まれ、道場の壁に背をぶつけて止まる。

 そこへケンタさんがルリ姉の胸元めがけて竹刀の突きを放つが、ルリ姉は左に横転しながらよけ、四つん這いの状態になって、上目遣いにケンタさんを睨み付けた。


「はあはあ、ふひひひひひひ!いいわあ、とってもいいわあ。久しぶりの強い男──ズズ(よだれ)、と──ってもいいわあ。ふひひひひひひ。」


 四つん這いになったルリ姉の周りにドス黒い靄が立ち込める。危ない!痴女の瘴気が漏れている!ケンタさん、近寄ったらだめだ!痴女がうつるよ!


「む?ルリさん自身もさることながら、その木刀、何やら邪悪な気配を感じますね。」

「ぐおほん、まあの、あまりろくでもない由来の代物じゃからの」

「ふひひひひ、はあはあ、次は手加減なしでイカサセテもらいますわよ!」


 そういうと、ルリ姉は四つん這いの状態から、一気にケンタさんに飛びかかり、下から突き上げるようにのど元めがけて木刀で突きを放つ。

 ルリ姉の持つ木刀はどす黒い瘴気をまとっており、ケンタさんが竹刀で防ごうとするや、その竹刀ごとケンタさんの体を弾き飛ばした!

 さらに、ルリ姉はドン!と力強く踏み込んでケンタさんに飛びかかり、頭めがけて木刀を叩きつける。

 ケンタさんは、1撃、2撃と竹刀で防いだが、受け流しきれず、木刀の力強い1撃を竹刀でまともに受けたため、ついにケンタさんの木刀が折れて弾き飛ばされてしまった!


「ウギャアアアアアアアアアア!」


 釣り目を血走らせたルリ姉は、得物をなくしたケンタさんに更なる追撃をかける。


「こりゃ、ルリ、待たんか!」


 師匠が止めようとするも、魔獣化したルリ姉には人語が通じず、ルリ姉はよだれと汗をほとばしらせながらケンタさんに迫っていく。


「むむっ、これがルリさんの本気か?それともあの木刀の呪いか?こうなっては加減はできん、うりゃ!」


 ケンタさんは折れた竹刀を投げ捨て、前後左右への見事な足さばきでルリ姉の打ち込む木刀をかわしつつ、すきを見てルリ姉のお腹に鋭い蹴りを入れた。


「ウギャ!」


 蹴られて吹き飛ぶルリ姉。

 その隙に、ケンタさんは道場備え付けの稽古用の木刀を手にした。

 再び両者の打ち合いが始まった。

 足さばき、体さばき、打ち込みの速度はケンタさんの方が上に見えるが、ルリ姉の一撃は見るからに重く、ケンタさんが手にした稽古用の木刀がルリ姉の一撃を受けるたびに削れて破片をまき散らす。

 このままでは、ケンタさんの木刀がもたないだろう。

 ケンタさんは一度ルリ姉から距離を取ると、木刀を静かに正眼に構え


「ぅぅぅううううううおおおおおおおおおおおおお!」


 と気合を上げる。

 すると、ケンタさんの全身が輝くような白い闘気をまといだした!ナニコレスゴイ!


「うりゃああああ!」


 ケンタさんが闘気をまとった木刀でルリ姉に打ち込むと、ルリ姉は瘴気をまとった木刀で受けるも弾き飛ばされ、ドスン!と激しく道場の壁に激突した。

 決まったか?と思われたが、ルリ姉は


「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


 と狂った笑い声をあげながら、直ぐに立ち上がってケンタさんに飛びかかった。

 2人は、激しく打ち合い、その都度お互いを弾き飛ばし、壁に二人の体や木刀が激しくあたり、道場が激しく揺れたり壁に穴が開いたりした。


「こりゃ、二人ともやめんか!道場を壊す気か!」


 しかし、最早、二人に声は届かず、お互いをにらみ合ってひたすら激しい打ち込みを続ける。

 俺も巻き込まれそうになり、道場から出て外から出入り口越しに中の様子を見学した。


「スバル、いったいどうしたの?」


 騒ぎを聞きつけてテンちゃんが隣の家からやってきた。


「大変だ!ルリ姉が魔獣化して、ケンタさんと打ち合ってる!このままでは道場が壊れてしまう!」

「?????」


 テンちゃんは意味が分からないようで、自分で道場の中を覗き、ルリ姉たちの様子を見て呆然としていた。

 そこへ、ふらふらとした足取りの女性が来て、激しい戦闘の続く道場の中へそのままフラフラと入って行った。


「あ、だめお母さん、中は危ないわ!」


 その女性は、テンちゃんとルリ姉のお母さんである、まどかおばさんだった。熱出して寝込んでたんじゃなかったっけ?


「うあああああああ、血が、血が私を呼んでいるううううう。くくくくく。はああ、久しぶりに私を呼んでくれるのねええええぇ、ふふふふふ」


 ダメだ、こいつも狂ってる。


「おばさん、近寄ったら危ないよ!」


 俺も止めようとしたが、まどかおばさんはふらふらとしたまま道場の中に入って行き、激しく打ち合う二人の間に立つと、両側から打ち込んできた二人の木刀を素手ではじき返した!


「うげ、お母さん、何してるの、家で寝てたんじゃないの」

「ふふふふふ、なんか楽しそうな気配がして、じっとしていられなくなったのよ。あら、これは私の可愛い木刀、首切り丸じゃないの。まあ懐かしい!お前が私を呼んでくれたのね。さあルリ、っその木刀をよこしなさい。今宵の獲物はお前かしら?それともこっちの男?」


 まだ昼間ですよ、まどかおばさん。


「お母さん止めて!今は私が楽しんでるんだから!人の獲物を取らないで!」

「ふふふふふ、お前じゃあこの人を仕留められそうにないでしょ?ルリもまだまだね。さあ、おとなしくその木刀を渡しなさい」


 ルリ姉は抵抗しようとしたが、まどかおばさんが木刀を軽く掴んで引っ張ると、木刀が自らの意志で持ち主を選ぶかのようにするっとルリ姉の手を離れた。

 まどかおばさんは、右手に持った木刀を、ゆっくりと上に振り上げる。

 すると、急にあたりが暗くなり、とどろく雷鳴とともに、血の痕で黒いしみを付けた古びた木刀が、鮮血のようなぬめりを帯びた赤に色を変え、おばさんの全身から真っ赤な闘気が吹き上がった。

 その闘気の激しい吹き上がりに、ルリ姉が吹き飛ばされる。

 ついでに師匠も吹き飛ばされて俺たちのところに転がってきた。


「まずい、まどかが妖刀首切り丸を手にしてしまった!これで血を見ずには済まされなくなったぞい」


 師匠が焦っている。俺の木刀がとうとう妖刀になった。


「アチュォァァァァアアアアアアアアア!」


 まどかおばさんの口から真正怪鳥音が放たれる!赤い闘気をまとったまどかおばさんはまるで燃えているようだ。


「あ~ん、こんなのテンのお母さんじゃない~」

「ああなったまどかは手が付けられんからの」


 まどかおばさんは赤い闘気をまとった木刀でケンタさんに攻めかかった。


 カン!

 カン!

 カン!


 まどかおばさんの鋭い打ち込みに、ケンタさんは防戦一方となる。


「む、これは何と苛烈な!」


 ケンタさんが苦しそうに顔をゆがめる。


「アチョ、アチョ、アチョ、アチュァァアアアアアアアアアア!」


 まどかおばさんが上段からの激しい連撃から、防戦一方になって腕が上がってきたケンタさんののど元に激しい突きを放った!

 ケンタさんは何とか急所を外すも、まどかおばさんの突きを右肩に受けてしまい、道場の壁に激しくたたきつけられた!


「助太刀いたす!お母さん、お覚悟!」


 ルリ姉が道場の木刀でまどかおばさんの背後から打ち込む。

 しかし、まどかおばさんは片手に持った木刀を背中側に回し、ルリ姉が打ち込んできた木刀を軽く弾き飛ばす。


「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャア───!」


 まどかおばさんは、顔を真っ赤に上気させ、白目をむいた状態で踊るように木刀を振り回し、ルリ姉に打ち掛かる。

 立ち上がったケンタさんがまどかおばさんの後ろから打ち掛かり、ケンタさんとルリ姉とでまどかおばさんを挟み撃ちにするが、まどかおばさんはコマのように回転しながらケンタさんとルリ姉の木刀を弾き飛ばした。

 ケンタさんとルリ姉はそれぞれ反対方向にぶっ飛ばされ、道場の壁に激しくぶつかって倒れ込む。


「ぐぐ、これほどまでとは……」

「おのれ、この剣はいまだ母には及ばぬか……」

「クヒヒヒヒヒヒ、キュィェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 まどかおばさんが天高く飛び上がり、道場の天井を蹴ってルリ姉に向かって急降下しながら剣と突きだす。


「む、あれはまどかの秘技『流星剣』じゃ!娘に向かって必殺の件を繰り出すとは、狂ったかまどか!」


 師匠が叫ぶ!その時


「やめろ!」


 道場に飛び込んだ大柄でマッチョな男がルリ姉をかばってまどかおばさんの前に立ちはだかる。


「あ、お父さん!」


 テンちゃんが叫ぶ。テンちゃんのお父さんのトシロウおじさんだった。

 でもトシロウおじさん、そこに立つと危ないよ?


「アチュォァァァァアアアアアアアアアアアアア」


 まどかおばさんの鋭い突きがトシロウおじさんの胸元に突き刺さる。

 トシロウおじさんは弾き飛ばされ、道場の壁を破って外に飛び出してきた!

 トシロウおじさんは過ぎに立ち上がるも、口から血があふれている。


「ぐうううう、まどかあああああああああああ」


 トシロウおじさんがよろよろと道場内に入り、まどかおばさんに抱きつこうとする。

 まどかおばさんは


「アチャ?」


 と言ってすっとよけ、トシロウおじさんがその場に倒れ込む。


「まどかああああ、やめなさいいいいいい、もうその木刀は持たないとあれほどおおおおおお」


 トシロウおじさんのうめき声を聞いたまどかおばさんの真っ赤な闘気が薄れていき、白目に黒目が戻ってきた。


「アチャ?アレ?あ、あ、あ?あー!あなた、ダーリン、どうしたの、そんなところに倒れて、誰にやられたの?いったい誰がダーリンにこんなむごい仕打ちを!きっと私がかたきを!」


 いやいや、それ自分でやったんだし。

 どうやら、まどかおばさんは、トシロウおじさんの真実の愛の前に邪気を払い、正気に戻ったようだ。

 テンちゃんが涙をこぼしながら両親のところに飛んで行く。


「あ~ん、お母さ~ん、よかった~、やっといつものお母さんに戻ってくれたんだね、ぐすん」


 あ、テンちゃん、トシロウおじさんを踏んでるよ?


「あ~あ、せっかくのケンタさんとの稽古が中途半端になっちゃったじゃない」

「いえ、今日の稽古は大変勉強になりました。ルリさんの剣もお見事でしたが、お母さんの剣はすさまじいですね」

「まあの、まどかは子供ができて引退するまでは、この道場の師範代をやらせておったからの」

「そうだったんですか、いや、引退されているとは思えぬ生々しくて素晴らしい闘気でした。あれを見られただけでも来たかいがありました」


 その後、イチャイチャしていたまどかおばさんとトシロウおじさんを師匠が叱り飛ばし、みんなで壊れた道場を修理しました。




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