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呑んだくれ幼女と不愉快な仲間たち

シャーロットのイメージイラストって需要ありますか?

「……」


 シャーロットは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 羞恥に染まった顔面を両手で覆い隠し、なにやら小声で呪詛を吐いている。

 教師としてそれはどーなのよ、と思ったが、あんまりにも深刻そうな雰囲気で、正直、いたたまれなかった。


 結局。

 今日は休校となり、児童たちは三々五々、好きなように帰っていった。

 児童たちの会話を小耳に挟んだところ、学校の校庭で遊ぶ子がいれば、家の農地を耕す子もいたりと、事情は様々だった。

 ちなみに、例のパイに関してだが、どうやら裕福な家の少女が大量に生クリームを持ってきて、それに群がった児童たちが突発的に作り始め、せめてそのまま食べてくれればいいものを、わざわざ投げつけるために大量生産したらしい。

 その行動力を1ミリでも学業に使ってくれればいいのに、とはシャーロットの談。

 俺もそう思う。

 ……で、肝心のシャーロットは、というと。


「あー、その、シャーロットさん? とりあえず落ち着きません?」

「えぐ……ひっく……」


 ご覧のありさまである。

 なんかもう、その、ドンマイって感じだった。


 シャーロットは顔を拭き、衣服に付いたクリームを落としたが、どうにも脂分が多く、シミがあちこちに目立った。

 仕方なく、それまで着ていたブレザーを脱ぎ、ついでにスカートとストッキングも脱ぎ、毛布にくるまって気分を落ち着かせ、そして現在に至る。


 ある程度たって、落ち着いて来たのか、シャーロットは息を吹き返した。

 俺は、その辺にあったコーヒー豆を挽き、手ごろな二つのカップにお湯と共に入れ、少量のミルクと砂糖を入れ、シャーロットに渡してやった。


「……ありがとう、ございます」


 少女は両手で受け取り、大事そうにチビチビと口にした。

 温かいコーヒーが喉から胃に流れ、体全体にぬくもりを与える。


「……ほっ」


 と、少女は一息ついた。

 機を見計らって、俺はシャーロットに尋ねる。


「いつもあんなんなのか?」

「悪ガキという意味ではそうですが……。……今日は度が過ぎています。

 貴重な生クリームを惜しげもなく悪戯に使って……」


 やはり、ああいった乳製品は高価なのか。

 どうにもこの世界の物価が掴めないが、学校給食の存亡に関わるほどの大打撃……というわけではないらしい。

 なんだろう、世界が全体的に豊かになってる中世もしくは近世みたいな感じ?

 こんなことならもっとファンタジー小説読んどくんだった。


「すみません、取り乱してしまって……」


 シャーロットは深々と俺に謝った。

 ……と、言われましても。

 彼女を見捨てるわけではないが、俺だって、特別なにかをしたわけではない。

 ただ、傍観していただけだ。

 彼女の痴態を。

 いやまあ、その、けっこうエロかったんですよ、クリームまみれのシャーロット。

 もちろん口が裂けても言えないけどさ。


 時間が硬直する。

 大仰な、縦長の振り子時計が、生を主張するかのようにコチコチと時を刻んでいた。

 コーヒーカップから揺らめく湯気も、だんだんとその勢いを失っていった。

 俺もシャーロットも、口を閉ざす。

 彼女になんて言葉をかけるか、考えあぐねていた矢先に、「奴」が来た。


「おーっす、元気かー?」

「……なあ、お前さ、この状況見てそういう言葉かける? フツー」

「おうおうせっかく来たのに酷い言いぐさだなー」

「あいにくですが校長、私たちはたいへん沈んでおります。なにせ学校の未来を真剣に憂いているのですから」

「シャーロット、お前もか」


 まるで古くからの仲間に裏切られたような顔をしているが、このバ――校長に、果たして仲間はいるのだろうか。

 しかし、校長はまったく懲りない、悪びれない。

 そりゃもう放送事故すらもネタにしてやるっていうくらいの横暴さで、「チッチッチ」と指を振った。


「ノリが悪いなー、そんなんじゃお前ら恋人できないぞー?」

「あ、校長、シャーロット(こいつ)は彼氏いるみたいだぞ」

「マジでッ⁉」


 校長が露骨にのけぞった。

 ついでにシャーロットも「ブッ」とせき込んだ。

 口から噴き出たコーヒーが毛布にシミを作る。

 ……あれ、なんで驚くの?


 羞恥と喉の痛みで呼吸困難に陥ったシャーロットが、ゲホゲホとむせつつも、俺に突っ込む。


「な、ななな、なに言ってるんですか⁉」

「シャーロット……、貴様、校長に内緒で彼氏なんてえ!」

「いや、別に校長に彼氏できたよーって報告する義務なくね?」

「いいや、ある! 校長は教師のすべてを知る権利があるのだ!」

「ウッソだー! じゃあシャーロットの3サイズ答えてみろよー!」

「そんなの朝飯前だ! 上からはちじゅう「シャラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアップ!!!!!!!!!!!」


 シャーロットが鬼のような形相でフィオナ校長の顔を殴った。

 いわゆる男女平等パンチというやつである。

 っつーか「バキッ」って音したけど大丈夫? いろいろ。

 フィオナ校長は涙目で頬をさすった。


「な、なにをするのだシャーロット! これは事案だぞ!」

「わ、私の3サイズを平然と答えようとする人に言われたくありません!

 というかそもそも、私に彼氏はいません!」

「あれ、そうなの?」


 俺は頭を掻いてシャーロットに尋ねる。

「さっき言ってたじゃん、彼氏に見せるために勝負し「あーあーあーああああーああああー!!!!!!!!」


 毛布を体に巻いたシャーロットが、慌てて俺の口をつぐむ。

 具体的に言うと顔をぐわしっとつかまれた。

 あらん限りの力をこめてギチギチと握ってくる。

 なんかもう頭蓋骨を粉砕しそうな勢いである。


「や、やめろシャーロット! 痛いから!」

「……黒い下着(あれ)のこと、黙ってくれますか?」


 シャーロットが、顔を近づけ凄んでくる。

 やばい、この子。目が座ってる。

 彼女の女性的な芳香というか、いい香りが漂ってきて、一瞬ほがらかな気持ちに包まれるが、脳の痛みが否応なく俺を現実へと引き戻す。


「分かったから、黙るからやめいつたたたたったああああああああ!」


 俺の頭蓋骨の耐久度が限界に差し掛かったところで、やっとシャーロットは手を離してくれた。

 そして、ふくれっ面でソファにどっかりと座る。

 俺とシャーロットの醜い争いを見ていた校長が、あからさまに「ヤレヤレ」といった感じで諦観する。


「……はあ、子は親に似るっていうけど、生徒は教師に似るんだねえ」

「「お前に言われたくねえッ‼」」


 なに第三者面してやがんだ、この幼女。

 しかし、幼女校長はキョトンと俺たちを見た。

 コイツ……素で分からないって顔をしてやがる……!

 フィオナは手をパンパンと叩き、上から目線で俺たちに告げた。


「はーいはい、じゃれあうのはそこまでよー」

「なんでしょう……これ、すごく腑に落ちないんですが……」

「奇遇だな、俺もだ。言ってることが正しいのがよけいにムカつく」

「とにかく!」


 フィオナ校長は、両手を腰にあて、駄々っ子をたしなめるように場を収めようとする。


「今日の反省を踏まえ、明日までに対策を練り、教室の環境改善に励むように!」

「うっわー前向きに検討しているように見えて丸投げしてるぞこのクソ校長ー」

「あの……校長には、具体的な改善案とかあるんですか?」

「よーし、じゃあ今日は早めに帰って英気を養うかー!」

「おいコラ呑んだくれ幼女」

「あんまりな呼び名ですね……」


 だって仕方ないじゃん、事実だし。

 むしろフィオナ校長という存在を端的に表したナイスな表現だと思うが。

 フィオナ校長は手をヒラヒラと振り、いそいそと休憩室から出て行ってしまった。

 その右手にワイン瓶が握られているのを、俺は見逃さなかった。


 後に残される、俺とシャーロット。

 俺たちはものも言えずにその場に立ち尽くした。

 ……とりあえず、現在の状況を三行でまとめると。


 目が覚めたら、知らない場所に迷い込んでいて。

 いつの間にか、教師という役職に就いていて。

 そして現在、早くも学級崩壊に立ち会っている。


 ……うん、現状を整理したつもりだがさらにわけの分からないことになってしまった。


「……はあ~……」


 俺は肩を落とし、深いため息をついた。

 どうすんだよ、これ。

 のっけからわけわかんねーぞこれ。

 俺の意気消沈したようすを見たシャーロットが、珍しく心配げな顔で声をかけてくる。


「どうです、理想と現実のギャップに絶望してます?」

「まあ……うん」


 そもそもこんな理想を抱いた記憶すらないんだけど。

 それはさすがに禁句だよね、うん。

 あまりにも醜悪な言い訳だ。


「今日のところは……、どうです、ひとまず帰りますか?」

「ああ、そうしたい……」


 ただでさえ二日酔いみたいなテンションだったのに、さらに立て続けにトラブルに遭っているのだ。

 少しでも気を抜けばぶっ倒れそうなくらい、心身ともに疲労している。

 本音を言えば、この場で寝てしまいたいくらいなのだが、さすがにそれは見苦しいのでなんとか堪えた。

 とりあえず、俺はシャーロットに尋ねる。


「なあ、シャーロット」

「シャロでいいです」

「ああ……、シャロ」

「……なんです、ウィル?」


 ウィル?

 ……ああ、俺の名前か。

 ウィリアムだから、ウィル。

 いわゆる愛称ってやつだ。

 つーか、すっかり忘れてたよ、自分の名前。そういえばそんな名前だった。

 いや、本当は倉知孝弘って名前なんだけどさ。

 もしかしたら記憶を失っているだけで、実は偽名でこの地域に潜入しているという可能性も、コンマ数パーセントくらいはあるかもしれないので、ここはウィリアムということにしとこう。

 思いっきり日本人顔だからさすがに気づくと思うんだけど。


「シャロ、俺の家ってどこ?」

「……ウィリアムさん?」


 うっわー、すごい軽蔑の眼差しを向けられたわー。

 まあでも俺がシャロの立場だったらたぶん同じことを思うんだろうな。

 ようするにおあいこですね(?)。


「……はあ、もういいです。こうなったらとことん、あなたのお遊びに付き合ってあげましょう」

「うん、なんか……もう、そういうことでいいや」


 俺は伸びをし、軋むからだをなんとか奮い起こす。

 せめて、家に着くまでは、体力が持ちますように。


「じゃあ、行こうか、シャロ」

「はい、すぐに準備するので、外で待っていてください」

「えー、早く行こうよー」


 いや、ホント、マジで倒れそうなんです。

 このままだと廊下で待ってる間に気絶するまである。


「だ、大丈夫です、すぐに向かいますから!」

「いいじゃん、ほら!」

「――あっ」


 俺はむりやり、シャーロットが体に巻いている毛布を剥いだ。

 瞬間。


「……」

「……」


 ……なんつーか、その。

 正直言うと、忘れてたんだけど……さ。


 黒く、煽情的なブラと、おパンティが、俺の目に焼き付いて……。


「……」

「……」

「……なにか、言い残すことは?」

「ごちそうさまでした」

「死ねッ!!!!!!!!!!!!!!」


 下着姿の美少女に、みぞおちを喰らわされた。

 ゆるやかにフェードアウトしてく、俺の意識。

 このまま日本に帰れねえかなあ(切実)。


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