フィオナ校長(笑)
ブクマありがとうございます。
「あなた……私に隠しごとをしていますね?」
「隠すもなにも、知らないから……」
……先ほどの、オーク(仮)との戦闘から、いくらか経過した。
俺の隣を歩く少女、シャーロットは、切れ長の目をいっそう細くして、執拗に説明を求めていた。ぶっちゃけダルい。
「あなたが先ほど使った剣……確か、ここより遥か東の地に伝わる武器であったと思いますが……、あなた、東洋の出身なのですか?」
「あー、うん、まあ、そうだけど」
「そうですか……、東洋のことはよく分かりませんが、人の名前は、私たちと同じようなものなのでしょうか?」
「あー、うん、どうだろ」
「……真面目に聞いてませんね?」
ご明察である。
というか俺自身、なぜこんなことになったか、まるで見当がつかないのだから、説明しようがない。
ここで、「素性の分からない人間を、村に通すことはできません」なんて言われたら、少しは身の上話でもしようと思ったが、そんなことも言われる気配がない。
まあ、俺は一応、「この村に教師として派遣されてきた」らしいので、今さらそんなことで入村拒否はされないだろうが。
訊かれない以上は、答えないほうがいい。
どこでボロが出るか分からないからな。
こんな世界だ、命も価値も安そうだし、どこで殺されたりするか分からん。
とにもかくにも、なぜか魔法が使えたり、なぜかオーク(仮)が出てきたり、明らかにファンタジーな世界に迷い込んだことはなんとなく分かった。
おまけに若返ってる(超重要)。
なんか体も軽い気がするし。
「……で、あとどれくらいで村に着くの?」
なおもしつこく俺に問うてくる少女の質問を意図的にスル―して、割り込むように尋ねた。
少女、シャーロットはムッとした表情を見せたが、観念したように俺に告げる。
「もう間もなく着きます。……というか、一度も来たことないんですか? 赴任地ですよ?」
「ああ、その、あっちの方(適当)で色々と立て込んでて」
「あっちって……どこですか?」
「……元いたところ」
「転居前……確か、資料にはアイリスと記載されてましたね」
「マジか」
「マジかって……、あの、ふざけてます?」
……あ、やっべ、しくじった。
俺は慌てて取り直す。
「い、いや、その、俺がどこから来たのか、そんなことも覚えてるなんてスゴイなーって思って! ほら、俺なんか資料とか見てもそこまで読まないし!」
「覚えて当たり前でしょう、そのくらい。なにせ、この村はじめての男性教員ですから。期待くらいはしますよ」
「期待だなんて……そんな」
「まあ今は失望してますけどね」
「デスヨネー」
……まあ、肩の荷が下りたと好意的に解釈しておこう。
ほら、だって、学校で恥かくの嫌じゃん。
しかも教員だよ? 初めから能無しって思われてた方が楽じゃない? ダメ?
そんな益体もないことを考えていると、不意に、視界の先が明るくなっていることに気づいた。
どうやら、森が終わり、いよいよ村の中に入るらしい。
横を歩いていたシャーロットが、光のさす方向を指さし、俺に説明する。
「ご存知かとは思いますが、魔物の多くは森や山などの、人々の目から離れた場所に生息します。なので、ここから先、あるていど平野を歩いた先に村があります。
……と言っても、さほど歩きませんが」
「わりかし平和なんだな」
俺が適当に感想を漏らすと、少女はフッと顔をほころばせた。
「あの村は比較的、作物の実りがよく、食べ物に苦労しません。それに、とても穏やかでのんびりとしています」
「いいところだな」
「ええ」
少女は目を伏せ、コクリとうなずく。
――が。
「……子供たちも、同じくらい穏やかならよかったんですけどね……」
不安にさせるようなこと言うなよぅ。
☆
「よーく来たなー! 待ちかねたぞー!」
そう言って、アルマダの村の校長は鷹揚に挨拶をした。
……したのだが。
「……なあ、シャーロット」
「すみません、言いたいことは山ほどあるでしょうけど堪えてください」
「いや、でも、なあ」
「分かってます。私も最初来たとき、ぶっちゃけハメられたと思いましたから」
「んー、なんの話をしているのだー?」
「いや、だったら正直に訊くべきだろ? どう考えたっておかしいじゃん」
「コラー! 私を無視するなー!」
「え、えと、なにがおかしいんですか、ウィリアムさん?」
「急に笑顔で敬語になるなよ……逆に怖い」
「えー? 私はいつだってこんなキャラですよぅ、失礼しちゃいますねぇ、ぷんぷん!」
「キャラって言ったよね今? いまキャラって言ったよね? もうキャラ作ってるって認めたよね?」
「もしもーし、聞いてますかー?」
「え~? そんなこと言われてもぉ、シャロ分かんなぁ~い」
「怖え! ぶりっ子なのに目が笑ってない! マジ怖え!」
「もういいよ、私、校長やめる!」
「子供かお前は!」
「子供だ!」
「認めた⁉」
……そんなわけで、なんつーか。
俺自身、認めたくないんだけど。
校長は、幼女だった。
☆
校長の外見を一言で表すならば、ヤンチャな8歳児である。
ちょうど、小学校3年生くらいか。
耳にかかる程度のショートカットは、自身の性格を象徴するかのように紅い。
顔は……なんていうか、まあ、幼い。そして女児特有の丸っこさがある。
黒いワンピースみたいなの(後でチュニックと呼ぶんだと知った)の上に、紅いベストを羽織り、第一ボタンを留めていた。
もちろん子供用の。下着はつけているんだろうか。
「校長……あの、機嫌を治してください」
「もういいよ、私なんか……、どうせ見た目で笑われるって分かってんだから」
「そんなこと仰らずに、ほら、彼だって悪気があったわけじゃないんですから……」
「ってゆーかさあ、なに? なんでもうイチャイチャしてんの? 私だけ蚊帳の外? ねえ、ありえなくない?」
「い、イチャイチャだなんて……!」
シャーロットの顔が赤くなった。
どうやら傍若無人(失礼)な彼女も校長にはかなわないようだ。
シャーロットが助けを求めるように俺に目配せするが、見ていて楽しいのでオロオロするフリをして傍観することにした。
「い……、イチャイチャなんてしてません! な、なんでこんな男と……!」
「え~、でもシャロちゃんさあ、昨日までずっと資料の写真を眺めては『ああ……今度村にやってくる教師はどういう方なんでしょう……。きっとこの学校を救ってくださる素敵な方に違いないわ……!』ってずっと言ってたじゃん。
ぶっちゃけ引くわ~」
「か……、彼の前でそういう話はしないでくださいッ!」
……おい、この子、否定しなかったぞ。
っつーか、なにそれ。
この鉄面皮がそんなこと言ってたの?
「うわー、ないわー」
「あ、あなたまでぇ!」
シャーロットが目をぐるぐる巻きにして泣いてる。
口元をわなわなと震わせ、興奮と羞恥で半狂乱になっている。
この学校の校長(幼女)は、なおも俺に昔話(といってもつい最近のだが)をしゃべる。
「この前なんかなー、写真を模写して机に貼ってたからなー、ホンットけっさ――「あわわわあああああわわーああああああーあああああ!!!!!!!!」
シャーロットが力技で校長の口をふさいだ。
彼女の表情を見ると、どうやら事実らしい。
もうね、なんというかね、ヤバい。
すっげー涙目で請い縋るような目で見てくるの。
たぶん俺がドSだったらもっと弄ってたと思う。
……まあ、俺はそこまで鬼畜じゃないし、さすがに可哀想になってきたので、キリのいいところで止めてやる。
「……で、校長、そろそろ自己紹介をしてほしいんですが」
「えー、これからがいいところなのにー」
「人の気持ちを弄んで楽しむのは子供のやることです」
「……あれ、いまサラッと自分のこと棚に上げなかった……?」
校長が困惑の目つきで俺を見たが、隣でおよよとへこたれているシャーロットを見て、「しゃーねえなー」と頭を掻いた。
「まあなー、私はできる女だからなー、この辺で許しといてやろう!」
そうか、できる女だからシャーロットを言葉責め(意味深)をしたのか。なるほど。
それから幼女校長は、椅子の上に立つという明らかにできる大人っぽくない振る舞いで自己紹介を始めた。
「私の名前はフィオナ=テルフォード! この学校の校長だ!」
「はーい自己紹介ができてえらいですねー!」
「えへへーそうでしょーってナめるなよ貴様ァ!」
「へぶしッ!」
フィオナ校長(幼女)は関西人もかくやというほどのノリツッコミで俺にドロップキックをかました。
一瞬、俺の呼吸が止まり、視界がチカチカと点滅した。
それからさらに、フィオナ校長はマウントを取り、詰め寄るように俺に告げた。
「いいか……? 言っとくけど年齢的にも立場的にも私のほうが貴様よりも格上なんだからな……? 覚えとけよ……?」
「分かりました! 分かりましたから退いてってか酒くさ!」
この幼女、真昼間からなに飲んでやがんだ!
……てか、え、なに、この子、俺よりも年上なの?
「……ちなみに、フィオナ校長はおいくつでいらっしゃるのでしょうか……?」
「は? 女に歳聞くとかなに? ナめてんの?」
「今年で28歳でしたっけ、確か」
「おいィ? なにサラッとバラしてるか知りたいんだが?」
「べつだん秘密にするようなことでもないでしょう。というかみんな校長の年齢くらい知ってますよ?」
「え? なんで?」
「だって校長、毎年お誕生日会やってるじゃないですか」
「うわあああああああそうだったあああああああ!」
「なあ、シャーロット、この校長ひょっとして馬鹿なの?」
「ひょっとしなくても馬鹿です」
「もういいよ、もう、フィオナおうちに帰る!」
「帰るのはいいですけどその酒瓶置いてってください」
「後生だから!」
「サボる気満々じゃねえか!」
……そんなこんなで。
赴任一日目は、のっけから波乱万丈だった。
というわけで、いよいよ次回、生徒とご対面です。