先生、刑事に会う
「先生、よくテレビを見ながら書けますね」
そう声をかけてきたのは私の担当、浅葱 義彦さんだ。
「静かすぎると集中できないんですよ。まぁ、音楽でも良いんですけど、テレビの方が面白いですから」
私の名前は高峰 紗織。「如月 透日」という名前で小説家として活動して5年。3年ほど前から小説だけで食べていけるようになり、これ幸いと引きこもり生活をしている28歳の干物女である。
『続いてのニュースです。昨夜未明、東京都新宿区にて男性の遺体が発見されました。男性は金城出版社員の桜庭洋介さんとみられており・・・』
「浅葱さん、金城出版ってうちの出版社の事ですよね?」
「はっ、え、そ、そうだと思います」
同じように近くでニュースを見ながら固まっていた浅葱さんに声を確認のために声をかけた戸惑いながらもそう返事が返ってきた。
「じゃあ、この桜庭さんってあの桜庭さんですか?」
「おそらくは・・・」
「知ってる人がこういう形でニュースになるなんて初めてです」
「ほとんどの人が経験ないと思いますよ。えっと、それより感想はそれだけですか?」
「いや、いくら同じ出版社の人間とはほとんど関わりありませんでしたからね。驚かないと言えば嘘になりますけど、それほど思うことはないですね」
「そうですか」
「そう言う浅葱さんはどうなんです?」
「流石に先生よりは驚いていますよ。でもまぁ、正直私は桜庭さんの事は苦手でしたから悲しいとは思わないですね」
「亡くなった人を悪く言いたくはないですけど、正直あの人あんまり性格良く無さそうでしたからね」
ピンポーン
ニュースの話しから次第にそれてただの世間話に変わった頃にチャイムの音が響いた。
「ん?誰だろう?」
「ああ、いいですよ。私が出ますから」
「そうですか?じゃあ、お願いします」
「はい」
そう言って立ち上がり玄関に向かう浅葱さんを横目に私はまたパソコンに向かい始めた。
「あの、先生・・・」
「あ、誰でした?」
「えっと、警察の方なんですけど」
「え?警察ですか?」
「はい。先生にお伺いしたいことがあると」
「え、ああ、もしかして桜庭さんの事ですかね?でも、何で私?まぁ、一先ず中に入ってもらってください」
「分かりました」
そして浅葱さんが中に案内してきたのは二人の男女だった。
「初めまして。高峰紗織さんですね?警視庁捜査一課の神崎です」
警察手帳を見せながらそう名乗った神崎刑事はワイルド系のイケメンでただそこにいるだけでお姉さま方が寄ってきそうな感じだ。
「・・・」
もう一人の女性の刑事さんは何故かこちらを見て驚いて固まったままだ。
「おい、春川」
「はっ、す、すみません。春川です。よろしくお願いします」
神崎刑事に声をかけられてそう名乗った春川刑事は、少し茶髪ぎみのショートヘアに二重で大きめの目の可愛い感じの女性だ。
それにしても警視庁の捜査一課は美形でなければなれないのだろうか?そんなはずはないと分かっていてもこの二人を見ているとついそう思わずにいられない。
「あ、あの」
私がそんなことを考えていると春川刑事が恐る恐る声をかけてきた。
「ああ、私に聞きたいことがあるんでしたね。一先ずお座りください。飲み物はコーヒーでかまいませんか?」
「いえ、お気遣い無く」
「そういうわけにもいきませんから。浅葱さんお願いできますか?」
「はい」
「それで私に聞きたい事って何でしょうか?」
「さく」
「あ、あの!」
「どうしました?」
神崎刑事が話し出そうとしたのをキラキラと効果音すらつきそうなほど目を輝かせている春川刑事が遮った。
「高峰さんがあの『如月 透日』先生なんですよね?」
「春川」
「す、すみません。でも、私如月先生の大ファンなので、気になってつい」
「ああ、私の作品を読んでくださっているんですね。ありがとうございます。仰る通り私が如月透日ですよ」
「わああ、本物だ!握手していただいてもいいですか」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。ど、どうしよう、もう、手を洗いたくない」
今まで一切顔を出した事はなく、ファンと直接関わる事のなかった私にとって、初めてのファンとの交流と言える状況に内心喜びで溢れていた。そんな喜びに浸っている様な状況だった私達二人は「コホン」と一つ咳払いの音が聞こえてきて漸く今の状況を思い出した。
「そろそろ本題に入っても構いませんよね?」
「すみません、神崎さん」
春川刑事は先ほどの様子から一変し、まるで怒られた犬の様にシュンとしてしまった。感情豊かでしかもそれがはっきりと言動に現れているあたり随分と素直な人の様だ。逆に神崎刑事は先ほどからほとんど表情が変わらない。随分対照的な二人だ。
「昨夜、桜庭洋介さんが亡くなった事はご存じですか?」
「ええ、さっきニュースで見ました」
「そうですか。実は先ほど出版社の方に伺ったさい、あなたと桜庭さんがもめていたとういう話を聞いたんですが」
「もめる程関わった事なんかありませんよ」
「なら、もめていたという話しは嘘だとおっしゃるんですね?」
「えー、ちょっと待って下さいよ。もめた、もめたね・・・。ああ、もしかしてあれかな?」
「何か心当たりがあるんですね?」
「小説が売れるようになってから桜庭さんに口説かれるようになりました」
「は?」
「桜庭さんは容姿が良かったですし、収入もそこそこ高くて、口も上手かったですから結構モテてたみたいなんですよね」
「それは、こちらでも調べがついていますが・・・」
「つまり、きさら、じゃなくて高峰さんは桜庭さんと男女の関係に有り、その事でもめていたという事ですか?」
今まで黙っていた春川刑事が目を輝かせながら質問してきた。これはもしかして私の恋愛事情に興味が有るって事なのだろうか?
「いえ、ですから桜庭さんとはそれ程親しくは無いんです」
「え?じゃあ、いったい・・・」
目の輝きが一瞬で消えた。これは私の恋愛事情に興味有りって事で確定だな。
「いや、まあ、要するにモテる自覚のある桜庭さんは売れ始めた私を口説いて貢がせようとしてたんですよね。そんな相手なんで話しかけられてもかなり雑な対応してまして。それで桜庭さんが怒った事も何度かありましたからそれがもめているように見えたんだと思います」
「なるほど。ですがそれならあなたは桜庭さんに対してあまり良い感情は抱いてなかったのではないですか?」
「いやー、桜庭さんは好き嫌い以前に興味が無いって感じなんですよね。まぁ、口説かれている間は鬱陶しいと思ってましたけど」
肩をすくめる動作をしながら私がそう言えば、神崎刑事は疑わしげな表情で、春川刑事は微妙そうな表情をした。まぁ、私も他の誰かが言ってれば疑いたくなるからしょうがないけど。
「そうですか。ちなみにこれは関係者全員に聞いてる事なんですが、昨日の夜12時から1時30分ごろはどうされてましたか?」
「えーと、昨日の夜12時から1時30分ですよね?うーん、浅葱さーん」
私が座っているソファーの後ろに控えて話を聞いていた浅葱さんに顔だけを向けながら呼びかけた。
「はい、何ですか?」
「浅葱さんがここに来たのって12時頃でしたよね?」
「ええ、先生に昼食を届けるために来ましたからね」
「ええっと、じゃあ、浅葱さんが来る5時間前に起きたはずで、8時間でアラームはセットしてるから・・・。1時頃に寝て、その前までは執筆してました。自宅で1人でしたから証明はできませんけどね」
「そうですか」
「お話がこれで終わりでしたらお帰り願いますか?私もそろそろ仕事に戻りたいですから」
少し納得のいかない様子だったけど別に私の発言に深い意味はない。正直に話しているし、仕事に戻りたいから帰ってほしいのも本当だ。
「・・・分かりました。ありがとうございました。またお伺いすることもあるかと思いますがその時はよろしくお願いします」
「分かりました。その時は喜んでご協力させていただきますよ。浅葱さん、刑事さん達をお見送りしてください」
「はい」
「ありがとうございました。失礼します」
「ご苦労様でした」
刑事さん達の姿が見えなくなってから体の力を抜いてソファーにもたれかかった。
「はぁ、まさか事情聴取をされる日が来るなんてね。しかも疑われてるっぽいし」
よりにもよって殺人犯じゃないかって疑われるなんて。まぁ、少し疲れたけど珍しい経験できたから良いって事にしておこう。
私は今後の事に少し不安を抱きつつもパソコンに向かいまた続きを書き始めたのだった。