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委員長のゆううつ。  作者: 香澄かざな
STAGE 1 委員長の受難。
5/20

STAGE 1 委員長の受難。 -その4-

 六時間の授業も無事終わり、放課後。

「なんでここにいるんですか」

「君が言ったんじゃないか。ジュギョウを受けてきたらこの世界を案内してくれるって」

 昨日と同じ学校の裏庭。教室と売店との中間地点で。シルバーブロンドの男子は昨日と同じく腕を枕代わりにして寝そべっていた。

「だからって同じ格好で寝てなくても」

 ちなみに昼休みも同じ格好だった。よっぽどこの場所と体勢が好きなんだろう。

「先に言っときますけど。私が案内できるのは世界じゃなくて学校です。世界のことが知りたいなら地図帳や歴史の教科書でものぞいてください」

 社会の成績は五教科で一番悪い。理由は地図が読めないから。方向音痴というわけじゃないけれど、苦手意識がつくとうまくいない。このままじゃ大学で文系でも専攻しない限り、社会科の勉強は高校生で終わりそうだ。

「連れてけるのは体育館とか売店とか、そういったとこです。それでもいいですか?」

 一年や三年の教室も、二年のそれとほとんど変わらないからパスしていいだろう。図書館とか運動場とか、部室とか見て回れば満足してもらえるかな。そう思って声をかけたけれど、男子からの返事はない。

「先輩、聞いてます?」

「そう、それ!」

 もう一度呼びかけると、先輩は顔を輝かせてしゃべりだした。

「その響きっていいね。新鮮だ」

 あたしにとっては新鮮でもなんでもないけれど。それとも外国じゃあ先輩後輩って間柄はないんだろうか。生まれてこのかた十六年と少し。日本生まれかつ日本育ちのあたしには全く理解できない。

「じゃあ、さっそくお願いしますよ。センパイ」

 思いもよらないことを告げられたのは、そんなことを考えていた時で。今度はあたしがまばたきをする番になった。

「私がですか?」

「ここについてはぼくより詳しいんでしょ?」

 そう言って片目をつぶる。確かに案内すると公言したのはあたしだし、授業を受けてくださいとお願いしたのもあたしだ。もっとも後者は普通にうけてもらいたいけど。

「じゃあ着いてきて下さい。後輩」

 先輩にならってそう言うと、寝そべっていた彼を半強制的に起こし、同じく半強制的に裏庭から近くの売店に移動する。途中で痛いよという声が聞こえたけど気にしない。世の中レディーファーストだ。

「ここが売店」

 ほどなくしてたどり着いたのは、中庭にある小さな建物。

「筆記用具やちょっとした菓子パンが売ってあります。小腹が空いた時はここで勝手に買っちゃってください」

 隣を見ると、銀色の髪がふむふむとうなずいている。なかなか熱心な後輩だ。

「ちなみに食堂はありません。お弁当を持ってきてない時は、朝の10時までにここの注文用紙に欲しいものを書いてください。店員の中村さんがまとめて頼んでくれますから」

 補足説明すれば、中村さんは28歳のお姉さん。あたしとはちょっとした顔見知りだ。さらに補足すれば、学校から歩いて五分のところにコンビニがあるからそっちで買ってきた方が早いけれど。

そのお姉さんと後輩はというと。

「おねーさん初めまして。これからよろしくね」

「はいはい。みのりさんって呼んでくれると嬉しいな」

「じゃあ、みのり姉さん」

「よろしい」

 二人笑顔でハイタッチ。しかも下の名前までちゃっかり聞き出してる。これじゃ紹介したあたしが馬鹿みたいだ。

「詩帆ちゃんも隅に置けないわねー。こんな彼氏なんか連れてきたりして。しかも外人さん?」

 美人なのに言動と動作がかみ合ってない。今だって右手をぱたぱたさせて、これじゃあまるで中年のおばさんみたいだ。

「おばさんじみた発言はやめてください」

 思ったことをそのまま口にすると中村さんの表情に別のものが宿った。

「誰がおばさん?」

「……おねえさんです」

 笑顔の威圧に慌てて訂正すると、わかればよろしいとお姉さんは表情を元に戻す。この店員さん、普段は人畜無害だけど、なまじ知り合いだけに怒らせると怖くてしょうがない。もっとも売店を使うここの生徒のほぼ全員が顔見知りなんだろうけど。

「それで。今日は何か買ってくれるの?」

 みのりさんに声をかけられて慌てて咳払いをひとつ。

「シャープペンとノート。あとジュースを二つください」

「320円ね」

 持ってきた財布から五百円玉を手渡す。しばらくしてお釣りと一緒に小ぶりの紙袋が手渡される。

「なんか別のも入ってるみたいですけど」

「サービス。その代わり次はちゃんと買ってね」

 怒らせると怖いけど、なまじ知り合いだけに親しくしてるとこういうサービスをしてくれる。片目をつぶるみのりさんに頭を下げると、銀色の後輩――面倒だから、『先輩』でいいや、をつれて売店を後にした。

 次に寄ったのは図書館、その次に寄ったのは体育館。部室は全部まわるのは大変だったから一階にあるところだけちょこっとのぞいて。

「これであらかた終わりです」

 一通りの案内が終わったのは売店を後にしてかれこれ30分後のことだった。

「他にみたいところってあります?」

 時計の時刻は五時半。そろそろ切り上げようと問いかけると、先輩はぴっと指をさす。

「あそこ行きたい」

 指の先にある場所。それは一年棟の教室だった。

「二年の教室と同じですよ。それでもいいんですか」

 学年が違うだけで中身はほとんど同じだし、興味をそそられるものはないはずなのに。そう思って声をかけると真顔でうなずかれる。

 希望があるのなら仕方ない。靴箱で上履きに履きかえて階段を上って。ほどなくして二階のとある教室にたどりつく。

「私のクラスです。ここで一休みしましょう」

 黒板消しにチョーク、クラス全員分の机。どこの学校にでもある普通の教室。二年棟と違うのは窓から見える風景くらいだろう。

 教室の片隅で紙パックのジュースを取り出す。ストローをさして手渡すとありがとという声が返ってきた。ついでにと自分の鞄の中からあるものを取り出す。

「それは?」

「私の自前です。お近づきのしるしってことで」

 出てきたのは売店でもらった時と同じくらいの大きさの紙袋。その中からさらに出てきた菓子パンを先輩に手渡す。

「もしかして手作り?」

「正確には親のですけど」

 もっと正確には、余ったから処分しろと半ば強制におしつけられたものだけど。そのへんのことは口外しないでおく。人間、黙っていたほうがいいことはたくさんある。シンプルなピザパン。たっぷりのチーズの上にベーコンとコーンがのっている。もちろんカロリーもたっぷりだから食べあぐねていたのだ。ここはカロリー消費量の多い男子に処理してもらおう。

 手渡されたパンを先輩はじっと見つめていた。菓子パンが初めてってことはさすがにないよね。それともこっちも本当に初めてなのかしら。

 しばらくすると、先輩はそれを二つにちぎってあたしの方に放る。

「半分こしよ」

 確かにカロリーは半分になった。でも太るのは間違いない。かといって、押しつけたままも気がひけるし。受け取ったパンを口に入れると玉ねぎとチーズの味が広がった。冷えてもおいしいとは今度作り方教わっとこう。

 先輩の感想はどうだろう。ふと視線を向けると青の瞳がもの言いたげにこっちを見ているのに気づく。かといって何か話すわけでもなく。もぐもぐとパンを口に入れたまま、こっちをじっと見つめている。正直やめてほしい。そんなに見られる容姿でもないし、異性に見つめられてどぎまぎしない人はあんまりいない。それとも外国人ってこんなものなのか。

 ごっくんと飲み込む音が聞こえた後、先輩はにっと笑った。

「君ってさ、人がいいよね」

 言われている意味がわからない。眉根を寄せると先輩は続けて話す。

「見ず知らずの人間に二つ返事で道案内するなんてさ。おまけに食べ物までくれちゃって。場所が場所なら襲われかねない」

 襲われるってこのご時世にいつどこで。思わずつっこみそうになったのを我慢する。言ってることに違和感はない。けれども台詞の裏に何か違う感情が見え隠れしている。これってひょっとすると。

「馬鹿にしてます?」

「ほめてるんだよ。ここの世界の人間ってみんなそうなのかい?」

 そうは言いつつも、先輩の言動や瞳からはやっぱり別の意図がみてとれる。ような気がする。うまくは言えないけど。

「そんなの当然ですよ。だって私は」

「私は?」

 おうむ返しに尋ねる先輩に胸をはって応酬する。

「委員長ですから」

 転校生の道案内は経験済みだし、これくらいのことはたいしたことじゃない。いわば職業病なのだ。

 もれなく内申点もあがるし。という本音は心の奥にしまっておく。

「じゃあそれもイインチョウだから?」

「は?」

 眉根を寄せると先輩はぴっと指先をあたしの顔に向ける。正式には目のあたり。あたしの鼻の上には薄ピンクの縁なしメガネがのっている。

「委員長だからです」

 そんなわけあるか。内意をもらす代わりにわざとらしくフレームをあげてみせる。メガネをかけているのは単に視力が悪いのとコンタクトが合わなかったから。かけはじめたのは小学校の高学年からで、加えるなら髪型もずっとこのままだ。

「メガネは委員長の専売特許なんです」

 そのへんを詳しく説明するのもめんどうだから曖昧に言葉をにごす。なんだったら三つ編みもそうだと言ってやろうかしら。なんてことを考えてると、先輩は思案顔をした。

「大変なんだなぁ。イインチョウって」

「大変です」

 委員長と聞こえはいいものの、結局のところはしがない中間管理職。それでも任されたからにはやるしかない。先生に呼び出されては雑用を手伝い、行事があればみんなを一つにまとめていく。転校生がきたら嫌な顔ひとつせず――というわけにはいかないけど、それなりに学校を案内してあげ、必要に応じては相談事にものる。今回のことだってそう。成り行きとはいえ、口に出してしまったからには仕方ない。

 そう。あたしは委員長。何があっても動じることはない。たぶん。

 そんな話をいるうちに時計の針が六時をまわる。そろそろ切り上げないとまた帰りが遅くなっちゃうな。

「案内はここまでです。あとは自分で調べて下さい」

 空になった紙袋をゴミ箱に入れて。通学鞄を手にとる。

「付き合ってくれてありがとう。近いうちにまた埋め合わせするよ」

「いりませんから。明日もちゃんと授業受けて下さい」

「じゃあまたね。委員長」

 あたしの提案はしっかり無視して。昨日とまったく同じ仕草で手をふると、さっさと教室からいなくなる。「委員長、か」

 幾度となく口にしてきた呼称を唇にのせる。そう。あたしは委員長。何があっても動じることはない。たぶん。たとえ相手が異世界からの住人であったとしても。……たぶん。


 気づけばよかった。

 この時点ですでに、大いなる災難の渦中に片足を突っ込んでいたということに。


 六時間の授業も無事終わり、放課後。

「なんでここにいるんですか」

「君が言ったんじゃないか。ジュギョウを受けてきたらこの世界を案内してくれるって」

 昨日と同じ学校の裏庭。教室と売店との中間地点で。シルバーブロンドの男子は昨日と同じく腕を枕代わりにして寝そべっていた。

「だからって同じ格好で寝てなくても」

 ちなみに昼休みも同じ格好だった。よっぽどこの場所と体勢が好きなんだろう。

「先に言っときますけど。私が案内できるのは世界じゃなくて学校です。世界のことが知りたいなら地図帳や歴史の教科書でものぞいてください」

 社会の成績は五教科で一番悪い。理由は地図が読めないから。方向音痴というわけじゃないけれど、苦手意識がつくとうまくいない。このままじゃ大学で文系でも専攻しない限り、社会科の勉強は高校生で終わりそうだ。

「連れてけるのは体育館とか売店とか、そういったとこです。それでもいいですか?」

 一年や三年の教室も、二年のそれとほとんど変わらないからパスしていいだろう。図書館とか運動場とか、部室とか見て回れば満足してもらえるかな。そう思って声をかけたけれど、男子からの返事はない。

「先輩、聞いてます?」

「そう、それ!」

 もう一度呼びかけると、先輩は顔を輝かせてしゃべりだした。

「その響きっていいね。新鮮だ」

 あたしにとっては新鮮でもなんでもないけれど。それとも外国じゃあ先輩後輩って間柄はないんだろうか。生まれてこのかた十六年と少し。日本生まれかつ日本育ちのあたしには全く理解できない。

「じゃあ、さっそくお願いしますよ。センパイ」

 思いもよらないことを告げられたのは、そんなことを考えていた時で。今度はあたしがまばたきをする番になった。

「私がですか?」

「ここについてはぼくより詳しいんでしょ?」

 そう言って片目をつぶる。確かに案内すると公言したのはあたしだし、授業を受けてくださいとお願いしたのもあたしだ。もっとも後者は普通にうけてもらいたいけど。

「じゃあ着いてきて下さい。後輩」

 先輩にならってそう言うと、寝そべっていた彼を半強制的に起こし、同じく半強制的に裏庭から近くの売店に移動する。途中で痛いよという声が聞こえたけど気にしない。世の中レディーファーストだ。

「ここが売店」

 ほどなくしてたどり着いたのは、中庭にある小さな建物。

「筆記用具やちょっとした菓子パンが売ってあります。小腹が空いた時はここで勝手に買っちゃってください」

 隣を見ると、銀色の髪がふむふむとうなずいている。なかなか熱心な後輩だ。

「ちなみに食堂はありません。お弁当を持ってきてない時は、朝の10時までにここの注文用紙に欲しいものを書いてください。店員の中村さんがまとめて頼んでくれますから」

 補足説明すれば、中村さんは28歳のお姉さん。あたしとはちょっとした顔見知りだ。さらに補足すれば、学校から歩いて五分のところにコンビニがあるからそっちで買ってきた方が早いけれど。

そのお姉さんと後輩はというと。

「おねーさん初めまして。これからよろしくね」

「はいはい。みのりさんって呼んでくれると嬉しいな」

「じゃあ、みのり姉さん」

「よろしい」

 二人笑顔でハイタッチ。しかも下の名前までちゃっかり聞き出してる。これじゃ紹介したあたしが馬鹿みたいだ。

「詩帆ちゃんも隅に置けないわねー。こんな彼氏なんか連れてきたりして。しかも外人さん?」

 美人なのに言動と動作がかみ合ってない。今だって右手をぱたぱたさせて、これじゃあまるで中年のおばさんみたいだ。

「おばさんじみた発言はやめてください」

 思ったことをそのまま口にすると中村さんの表情に別のものが宿った。

「誰がおばさん?」

「……おねえさんです」

 笑顔の威圧に慌てて訂正すると、わかればよろしいとお姉さんは表情を元に戻す。この店員さん、普段は人畜無害だけど、なまじ知り合いだけに怒らせると怖くてしょうがない。もっとも売店を使うここの生徒のほぼ全員が顔見知りなんだろうけど。

「それで。今日は何か買ってくれるの?」

 みのりさんに声をかけられて慌てて咳払いをひとつ。

「シャープペンとノート。あとジュースを二つください」

「320円ね」

 持ってきた財布から五百円玉を手渡す。しばらくしてお釣りと一緒に小ぶりの紙袋が手渡される。

「なんか別のも入ってるみたいですけど」

「サービス。その代わり次はちゃんと買ってね」

 怒らせると怖いけど、なまじ知り合いだけに親しくしてるとこういうサービスをしてくれる。片目をつぶるみのりさんに頭を下げると、銀色の後輩――面倒だから、『先輩』でいいや、をつれて売店を後にした。

 次に寄ったのは図書館、その次に寄ったのは体育館。部室は全部まわるのは大変だったから一階にあるところだけちょこっとのぞいて。

「これであらかた終わりです」

 一通りの案内が終わったのは売店を後にしてかれこれ30分後のことだった。

「他にみたいところってあります?」

 時計の時刻は五時半。そろそろ切り上げようと問いかけると、先輩はぴっと指をさす。

「あそこ行きたい」

 指の先にある場所。それは一年棟の教室だった。

「二年の教室と同じですよ。それでもいいんですか」

 学年が違うだけで中身はほとんど同じだし、興味をそそられるものはないはずなのに。そう思って声をかけると真顔でうなずかれる。

 希望があるのなら仕方ない。靴箱で上履きに履きかえて階段を上って。ほどなくして二階のとある教室にたどりつく。

「私のクラスです。ここで一休みしましょう」

 黒板消しにチョーク、クラス全員分の机。どこの学校にでもある普通の教室。二年棟と違うのは窓から見える風景くらいだろう。

 教室の片隅で紙パックのジュースを取り出す。ストローをさして手渡すとありがとという声が返ってきた。ついでにと自分の鞄の中からあるものを取り出す。

「それは?」

「私の自前です。お近づきのしるしってことで」

 出てきたのは売店でもらった時と同じくらいの大きさの紙袋。その中からさらに出てきた菓子パンを先輩に手渡す。

「もしかして手作り?」

「正確には親のですけど」

 もっと正確には、余ったから処分しろと半ば強制におしつけられたものだけど。そのへんのことは口外しないでおく。人間、黙っていたほうがいいことはたくさんある。シンプルなピザパン。たっぷりのチーズの上にベーコンとコーンがのっている。もちろんカロリーもたっぷりだから食べあぐねていたのだ。ここはカロリー消費量の多い男子に処理してもらおう。

 手渡されたパンを先輩はじっと見つめていた。菓子パンが初めてってことはさすがにないよね。それともこっちも本当に初めてなのかしら。

 しばらくすると、先輩はそれを二つにちぎってあたしの方に放る。

「半分こしよ」

 確かにカロリーは半分になった。でも太るのは間違いない。かといって、押しつけたままも気がひけるし。受け取ったパンを口に入れると玉ねぎとチーズの味が広がった。冷えてもおいしいとは今度作り方教わっとこう。

 先輩の感想はどうだろう。ふと視線を向けると青の瞳がもの言いたげにこっちを見ているのに気づく。かといって何か話すわけでもなく。もぐもぐとパンを口に入れたまま、こっちをじっと見つめている。正直やめてほしい。そんなに見られる容姿でもないし、異性に見つめられてどぎまぎしない人はあんまりいない。それとも外国人ってこんなものなのか。

 ごっくんと飲み込む音が聞こえた後、先輩はにっと笑った。

「君ってさ、人がいいよね」

 言われている意味がわからない。眉根を寄せると先輩は続けて話す。

「見ず知らずの人間に二つ返事で道案内するなんてさ。おまけに食べ物までくれちゃって。場所が場所なら襲われかねない」

 襲われるってこのご時世にいつどこで。思わずつっこみそうになったのを我慢する。言ってることに違和感はない。けれども台詞の裏に何か違う感情が見え隠れしている。これってひょっとすると。

「馬鹿にしてます?」

「ほめてるんだよ。ここの世界の人間ってみんなそうなのかい?」

 そうは言いつつも、先輩の言動や瞳からはやっぱり別の意図がみてとれる。ような気がする。うまくは言えないけど。

「そんなの当然ですよ。だって私は」

「私は?」

 おうむ返しに尋ねる先輩に胸をはって応酬する。

「委員長ですから」

 転校生の道案内は経験済みだし、これくらいのことはたいしたことじゃない。いわば職業病なのだ。

 もれなく内申点もあがるし。という本音は心の奥にしまっておく。

「じゃあそれもイインチョウだから?」

「は?」

 眉根を寄せると先輩はぴっと指先をあたしの顔に向ける。正式には目のあたり。あたしの鼻の上には薄ピンクの縁なしメガネがのっている。

「委員長だからです」

 そんなわけあるか。内意をもらす代わりにわざとらしくフレームをあげてみせる。メガネをかけているのは単に視力が悪いのとコンタクトが合わなかったから。かけはじめたのは小学校の高学年からで、加えるなら髪型もずっとこのままだ。

「メガネは委員長の専売特許なんです」

 そのへんを詳しく説明するのもめんどうだから曖昧に言葉をにごす。なんだったら三つ編みもそうだと言ってやろうかしら。なんてことを考えてると、先輩は思案顔をした。

「大変なんだなぁ。イインチョウって」

「大変です」

 委員長と聞こえはいいものの、結局のところはしがない中間管理職。それでも任されたからにはやるしかない。先生に呼び出されては雑用を手伝い、行事があればみんなを一つにまとめていく。転校生がきたら嫌な顔ひとつせず――というわけにはいかないけど、それなりに学校を案内してあげ、必要に応じては相談事にものる。今回のことだってそう。成り行きとはいえ、口に出してしまったからには仕方ない。

 そう。あたしは委員長。何があっても動じることはない。たぶん。

 そんな話をいるうちに時計の針が六時をまわる。そろそろ切り上げないとまた帰りが遅くなっちゃうな。

「案内はここまでです。あとは自分で調べて下さい」

 空になった紙袋をゴミ箱に入れて。通学鞄を手にとる。

「付き合ってくれてありがとう。近いうちにまた埋め合わせするよ」

「いりませんから。明日もちゃんと授業受けて下さい」

「じゃあまたね。委員長」

 あたしの提案はしっかり無視して。昨日とまったく同じ仕草で手をふると、さっさと教室からいなくなる。

「委員長、か」

 幾度となく口にしてきた呼称を唇にのせる。そう。あたしは委員長。何があっても動じることはない。たぶん。たとえ相手が異世界からの住人であったとしても。……たぶん。


 気づけばよかった。

 この時点ですでに、大いなる災難の渦中に片足を突っ込んでいたということに。


今週もなんとか更新できました。実際、委員長やってる人はすごいと思います。生徒会やってる人もすごいけど。

40人近くもいる同世代の意見をまとめるってすごいなあ。

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