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委員長のゆううつ。  作者: 香澄かざな
STAGE 1 委員長の受難。
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STAGE 1 委員長の受難。 -その1-

 あたしだって好きでこうなったわけじゃない。

 なんて言うけど、やっぱり好きでこうなっちゃのかなあ。

 正確にはそうならざるをえなかったのだ。状況が状況だったのだ。つもりつもってああなった、ってところ。

 因果応報いんがおうほう。よい行いをした人には良い報い、悪い行いをした人には悪い報いがある。その四文字熟語に異論を唱えるつなりはないし、まったくもってその通りだと思う。


 でも神様。いくらなんでもこの仕打ちはあんまりじゃありませんか……?


 目の前に広がるのは真っ白な霧だった。

 霧。

 霧。

 霧だらけ。本当になんにも見えない。

「人間の深層心理? って、んなことあるか」

 自分で一人のりつっこみを入れる。空しい。

 本当に真っ白。自分の姿以外、何も見えない。

「誰かいますかーーー!!」

 声をあげてみる。返事はなかった。ならば。

「隣の客はよく柿食う客だ! 隣の客はよく柿食う客だ! 隣の客はよく柿食う客だ!!」

 早口言葉をとなえてみる。ちゃんと三回言ったのがみそだ。でも返ってきたのは自分の声の反射と、その後に続く、しん、とした静寂。

 やっぱり空しい。誰もいなくてよかった。

 右手をのばして握ったり開いたりしてみる。手のひらにはしっとりとした感触。かといってじっとりと汗ばんでいるわけでもなく。ここが亜熱帯地域というわけではなさそうだ。

 状況を確認するために、自分の格好をまじまじと見つめる。紺色のブレザーにプリーツスカート。毎朝、自宅から電車通勤している学校指定の制服だ。ということは、通学もしくは学校行事の途中に何かが起ったってことか。

 次に、周囲を見回してみる。右を見ても左を見ても誰もいない。というよりも見えない。

「……ん?」

 違う。右側の奥の方。かすかにだけど灯りが見える。

 わけのわからない場所で立ち止まっているわけにはいかない。両手で自分のほおを軽くたたくと光のさす方へ歩き出した。

 運動神経は人並み。でも体力にはちょっとだけ自信がある。スカートの下には三分丈のスパッツをはいてるから走っても人に見られる心配はない。

 歩いてみてわかったことがある。あたしの周りにある場所が水辺にあるということ。足下が全く見えなかったから、さっき左足を水辺につっこんでしまった。両手ですくうと水が光って見える。水面を見ると、真っ白だと思っていたのがうっすら青い発光体だということがわかった。水辺は青い発光体で、周囲には同じく青くて小さな花がたくさん咲いている。その先にあるのは黄色の発光体。

 黄色の光を目指して走る。腕時計に目をやると、時間は8時20分を指していた。携帯電話でも持っていれば連絡もつきそうなもんだけど。お小遣いが乏しいため、あいにくまだ手元には持ち合わせていない。こういう時は死活問題だ。帰ったら親にすぐ頼もう。

 とにかく走る。ひたすら走る。だんだん足が重くなってきても走る。いい加減、疲れてきたけど光が消えるとも限らないし。手がかりが少ない以上、そこへ行ってみるしかない。

 靴下を水に濡らしてまで走ったその先にあったもの。それは、小さな一軒家だった。

 ドアを開けると視界に広がったのはさっきまでの霧じゃなく、クリーム色のベッドと白いテーブルとイス。ベッドには無地だけど清潔そうなシーツがはってあって。テーブルにはサンドイッチののったお皿がのっている。

 なんで、どうして。はたまた何の理由でこんなところにこんなものが用意されているかはわからない。でも休める場所があるんだ。ここは四の五の言わずに休むしかない。

 靴下を脱いでイスにかけておく。左足は水につかっちゃったからびしょ濡れもいいところ。しぼって干せば乾くんだろうけど、今はその動作もおしい。タオルがあれば万々歳なんだけど、休む場所があるだけまだましだ。

 床にしみできちゃうかな。このイスもベッドもあたしじゃない誰かのものなんだろうけど、満身創痍となった今は知ったことじゃない。後でちゃんとおわびしとこう。

 髪をほどくのももどかしい。ベッドにうつぶせになって枕をにぎり、瞳を閉じて。そのまま睡魔に身をゆだねようとしたのだけれど。悲しいかな、ことはそううまくはいかなかった。

 とんとん、と遠慮がちに扉をたたく音。少しすると、ためらいがちに人が入ってきた。

「気がつきました?」

 長身の男の人。160センチのあたしより頭二つぶん高い。これだけ高いとクラスにも、もしかしたらあたしの学年にもいないかもしれない。黒い髪に緑の瞳。黒に緑といってもそんじょそこらの黒と緑じゃない。黒は黒でも漆黒で、緑は緑でも宝石の色で。そう。まるでエメラルドを模したかのような色。

 肌も白くてたとえるなら男装版の白雪姫。うん。普通にカッコいい。ピンチの時は、ぜひこんな人に助けてもらいたい。

「スープです。体が温まりますよ」

 声とともに差し出されたのは小さなマグカップ。中には茶色の液体にパセリみたいなのが浮いてる。

 カップから白い湯気がたちのぼる。鼻を近づけると、磯の香りが広がった。と同時に、ぐううう、とお腹の音がなる。うう。恥ずかしい。いつもらしからぬ失態だ。よりによってこんな、カッコいい人の前でやってしまうなんて。

「冷めないうちに食べて下さい」

 聞こえてないはずはないのに、そう言ってにこやかに笑う。目の前の彼には見た目だけではなく優しさも兼ね備えているようだ。

 正直はずかしいけれど、食べなかったらお腹はもっと自己主張しそうだ。けどやっぱり恥ずかしいような。

 三秒ほど迷って。でも食欲には勝てなくて。促されるままカップに口をつける。

「おいしい」

 素直に感想を口にすると男の人は笑みを深くした。

「お口にあったみたいでよかったです。おかわりもありますから遠慮無く言ってくださいね」

 テーブルに置いてあったサンドイッチを差し出される。焼かれたパンの間に緑の葉っぱと卵が挟まれている。お皿の上に同じものが三つ。女の子が食べるには量が多いけど、これまたおいしそうな香りが食欲をそそる。

 遠慮無くお皿をうけとりパンをほおばる。磯の代わりに今度は卵とレタスの絶妙なハーモニーが口の中で広がる。お腹がすいていたものだから、一気に二つとも食べてしまった。そういえば寝坊したから朝はぬいてたんだっけ。朝食の時間をはぶいたから電車に乗り遅れることはなくてすんだんだけど。どうりでお腹がなったはずだ。朝ご飯をぬくと体にも頭にもよくないってテレビで言ってた。今度からは目覚ましを早めにセットしよう。

 三つ目を食べようと手を伸ばそうとして 。

「よく食べるねぇ。君」

 これまでとは別の声に阻まれてしまった。

「現状わかってないんじゃないの?」

 手を伸ばそうとした時はまだ口の中に食べ物が残っていて。それを飲み込む直前に声がかかってきたものだから思いっきりむせてしまう。胸をたたいて、残りのスープを飲み干して。

 えーと。

 うん。うすうす気づいてはいたけれど。食欲には勝てなかった。人間、何をするにも腹ごしらえは必要だ。

 口の中のものを全部飲み込むと、黒髪の彼に疑問をぶつける。

「あの。ここってどこなんでしょう?」

 右も左も真っ白な霧の場所って、少なくともあたしの住んでた町にはない。夢なら夢で早く覚めてほしい。

「本当はすぐにお話しようと思ってたんです。でも失礼ですが、お腹がすいていたようでしたので」

 スープとサンドイッチを差し出してくれたのは長身で黒髪の男の人で。

「とってもおいしかったです。ごちそうさまでした」

 ベッドの上で頭を下げる。また欲しかったら言って下さいねと笑顔で返された。うん。あたしが男だったらぜひお嫁さんにほしい。一方、背後から声をかけた人はというと。

「心細くて泣いてるかと思いきや、盛大に腹の音ならしてんだもの。君って度胸あるよね」

 銀色の髪に青の瞳。

 茶目っ気というよりは、なんとなく斜にかまえたような感じで。あたしより背が少し高くて細身の体躯。両腕のそでからは白い布が見え隠れしていた。

 白い腕が、残されたサンドイッチをひょいとつまむ。うう。まだ食べたかったのに。恨みがましい視線を向けると『そんなに食い意地はってたの?』って視線返しされた。『お腹すいてたんです』という視線をおくると今度は『残念。また今度ね』と言わんばかりにサンドイッチを食べ始めた。

 なんてやつ。食べ物の恨みは怖いんだから。

 って。

「あの」

 あたしはこの人を知ってる。だって、つい四ヶ月前まで同じ学校で同じ高校生活をおくっていたんだから。

「もしかしなくても、なんですが」

 紺色のブレザーに同じ色のスラックス。県立楠木高校の制服を着て、売店でジュースを買って。成り行きで一緒にパンを食べたんだから。

 なんで彼がこんなところにいるかはわからない。けれども、あたしの記憶の中で目の人物に当てはまるのは一人しかいない。

「せん……ぱい?」

「うん、そう。ぼくって先輩なの。ここではね」

 そう言って彼は――先輩は。

 肩をすくめた後、残ったサンドイッチを全部飲み込んだ。

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