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委員長のゆううつ。  作者: 香澄かざな
STAGE 1 委員長の受難。
13/20

STAGE 1 委員長の受難。 -その12-

 季節は三月。終業式も終えて教室を後にして。

「あの。連絡があって来たんですけど」

 いつもは帰路について終わりだけど。今日だけはいつもとちょっと違う。

「はい。高木様ですね」

 お店の販売員が笑顔で対応してくれる。うなずくと少しお待ち下さいと店員さんはカウンターの奧に姿を消した。

 書類はお母さんに書いてもらった。近くの販売店で気に入ったものを見つけて予約してもらって。

「これで間違いないですか」

 差し出されたのは携帯電話。薄い水色でよく見ると花の模様が印刷されている。ちなみに万が一のことを考えて防水加工済のものを選んだ。

「間違いないです」

「では袋にお入れますのでしばらくお待ち下さい」

 携帯ショップで品定めをして予約して、連絡があって今日に至る。期日にして二週間、待ち遠しかった携帯電話がようやく手元に届いた。本当はもっと時間をかけて選びたかったけれど場合が場合なので致し方ない。それに自宅に帰ってさっそく色々試したいところだけど悲しいかな、今回は先にやることがある。

 制服のポケットから取り出したのは財布じゃなくてストラップ。正確には先輩からもらったストラップを改良したもので、白と緑と黄緑の石に薄いガラス体が加わった。ガラスって言っても陽の当たり具合によって色が変わって見えるし普通のお店じゃ売ってないことは明らかだ。ちなみに今は深い青を呈している。

 ストラップの紐を携帯のはしにくくりつけて。あらかじめ聞いてあった番号を登録して、そのまま通話ボタンを押す。呼び出し音の後、玉を転がすような声が耳に届いた。

『もしもし、しーちゃん?』

 鈴じゃなくて玉。音色が美しく澄んでる様だったら前者をさすけどこの場合音色が美しく明るく澄んでるので後者になる。あとで辞書で調べたらそう書いてあった。

「言われたとおりつけました。聞こえますか?」

『ばっちり。地球の文化ってすごいんだね。進んでるなー』

 水の中でも生活できているあなた達の文化の方がよっぽど進んでると思いますが。ましてやストラップを一つ付け替えただけで異世界通信ができる文明ってどれだけですか。

 そう返したいけど時間の無駄なので無難な回答をしておく。

「地球と言うよりも日本企業のすごさです。それよりもあの。しーちゃんって」

『シホだからしーちゃん。可愛いでしょ』

 明るく弾んだ声。確かに美しいと呼ぶより明るく元気な様は後者にふさわしい。澄んでるかどうかは別だけど。

「可愛くなくていいから呼び方何とかしてもらえませんか」

『えーっ? こっちのほうが絶対いいよ。叔母さんなんだしそれくらいいいでしょ』

 これって姪と叔母の会話になるのかしら。想像してたものとは全然違うけど。補足だけど母に叔母さんはいない。叔父さんなら一人いるらしいけど母親自体が家を出てきたからほぼ疎遠状態。祖父と祖母にはお正月とお盆の二回、年に会うだけでそれ以外の接触はまずない。これでも昔に比べたらましだというから母親の少女時代がひどかったということが容易に想像できる。あたしの家もなかなか波瀾万丈だ。

『詩帆ちゃんいるの? ぼくも代わるかわる』

 黙っていると携帯から男子の声が漏れた。しかも語尾に音符記号がついててもおかしくなさそうな勢いで。

『違うよ。シホちゃんじゃなくてしーちゃん。そっちの方が可愛いでしょ』

『そう? そのままでも充分可愛いと思うけど。響きとか』

 携帯の向こうで会話が繰り広げられていく。それにしても可愛いのは名前の響きなんですね。

『せーちゃんはフェミニストさんだよね』

 確かにそうですね。きっと地球でも異世界でももてもてなんでしょうね。

『そりゃあもちろん。どんな女の子にも男は優しくなくっちゃ』

 ありがとうございます。『どんな』という言葉が『女の子』の前につかなければもっと嬉しいですけど。

『そんなに慌てなくてもちゃんと戻ってきますよ』

 落ち着いた、もう一人の男子の声。違います。戻ってくるじゃなくて強制連行されるんです。

『カリンくんは詩帆ちゃんの声聞きたくない?』

『あなたほどは』

『あーっ、カリンくんひどい! もしかして女の子よりも男が好きだとか?』

『変な言いがかりはよしてください!』

 このあたりで心の中の反論も限界を迎えた。

「……隣に先輩達がいるんですね」

『聞こえちゃった?』

 聞こえないでか。あと人をネタに変な世界を繰り広げるのもやめてください。

 携帯電話のむこうのやりとりはしばらく続き、『準備はできた?』のリズさんの声でようやく一段落した。

「できたから、こうして電話してるんです」

 異世界から地球にもどされて今日に至るまで約一ヶ月。親をときふせ準備をするまでどれだけ大変だったことか。特に二月の月末から三月のはじめにかけては大変だった。期末テストでそれなりの成績をとるまで大慌てで勉強したんだから。無茶をいいはるにはそれなりの成果を見せなければならない。おかげでクラスで三番という好成績をおさめることができ異世界進出を手助けする要因に一役買った。不本意だけど。

『お母さん心配してなかった?』

 気遣わしげな声にため息ひとつ。

「『娘をどうかよろしくお願いします』って」

 苦笑混じりに言うと受話器口からそうだよねという声がもれた。

 春休みの二週間を自由に使うことを許可する。ただし電話を必ず入れること。万が一にも見つけることができたら今までの恨みつらみを込めた母娘二人分の拳をおみまいすること。それが今回の条件だ。正直、この一回の小旅行で父親が見つかるなんて甘い期待はてんでない。それでも強引にだったが約束はしたし、たまには今までと違う経験をしてみるのもいいだろう。

 そう。これは修学旅行のやりなおしなのだ。雪山が海中に、スキーが海中散歩に変わっただけのこと。春休み中こんな馬鹿げた――もとい、不可思議な事態がずっと続くなんて、こんなこと経験したくてもできるもんじゃない。

 そう考えないとこの先やっていけない。

「あのー」

『なーに?』

 脳天気な声にごくごく一般的な質問をする。

「なんで異世界と電話ができてるんでしょう」

 おかしいじゃないか。同じ国や世界ならともかく電波が異世界まで届くなんて。そう思って訊いたのに。

「わたしの能力」

 にべもなく回答された。こっちとしてはそうですかと返すしかない。しばらくして後で教えてあげると笑われた。

『叔母さんと姪同士、仲良くやってこうね。しーちゃん』

「だから、しーちゃんじゃありませんってば」

『まって。せーちゃんがしーちゃんとお話したいだって』

 強引に『しーちゃん』で押し通されてしまった。そして叔母さんは先輩のこと『せーちゃん』って呼んでるんですね。仲がよろしいことで。

『もしもし、しーちゃん?』

 時間をおくことなく、今度は聞き慣れた声が耳に届いた。

「しーちゃんじゃありません」

『えー。リズっちだって言ってたじゃん。しーちゃんって』

「そんな柄じゃないです。馴れ馴れしく呼ばないでください」

 そして先輩は『リズっち』ですか。本当に仲いいんですね。

『じゃあ詩帆ちゃんで妥協しとく。ぼくもせーちゃんって呼んでいいから』

「呼びません」

『詩帆ちゃんのいけず』

「殴りますよ」

『ここからじゃ殴れないじゃん』

 あげ足をとられた。まったくもってその通りなのでちょっと悔しい。

『学校ではお世話になったからね。約束はちゃんと守るよ』

 言葉を継げないでいると今度は明るく声をかけられた。飄々としてると思いきや、笑顔で辛辣なことを言ってのけて。かと思ったら真面目なことを耳元でささやかれたり。この人のいうことは今ひとつわからない。

 だけど。

「期待してませんけど。初心者なのでお手柔らかにお願いします」

『了解。これで詩帆ちゃんと愉快な仲間達結成だ』

「私を核にしないでください」

『じゃあ、リズっちと愉快な仲間達で』 それもどうかと思う。『霧海ムカイで待ってるからね。委員長』

 最後まで元気な声でしめくくられた後電話が切られた。そういえばこっち(地球)からは携帯電話で話をしてるとして。むこう(霧海)からはどうやって話をしてるのかしら。そんな単純な疑問が浮かぶ。そのうち聞いてみよう。不本意だけど時間はこれからたくさんあるのだから。

 携帯を折りたたんで鞄にしまう。半分流れに流されてしまったけれど。乗りかかった船にはしっかり乗らなきゃ。

「委員長ですからね」

 頼まれたからには引き受けないわけにはいかないでしょう。

 携帯を閉じて帰路に向かう。


 旅立ちの空は青かった。

そんなわけで。ようやくこの章も終わりました。

以前は週一で書けてたんですけどね。文章を書き続けられる人ってすごいなあ。


のろのろではありますが、これからもおつきあいしていただけると幸いです。

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