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委員長のゆううつ。  作者: 香澄かざな
STAGE 1 委員長の受難。
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STAGE 1 委員長の受難。 -その11-

 玄関を開けるとお母さんが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。楽しかった?」

「疲れた」

 開口一番そう言った後、荷物ごと玄関の前にへたりこむ。大げさねという声がかかってきたけど気にしない。嘘や冗談なんかじゃなく、本当に疲れたんだから。ここがベッドだったらあたし、間違いなく爆睡できる。

「本当に疲れてるみたいね。そんなに動いたの?」

 返事をするのもおっくうになって、うなずきだけかえす。確かに動きまわった。スキー場じゃなくて異世界だったけど。

「お風呂わいてるから入って寝なさい」

「うん。そうする」

 日常会話のなんと懐かしいことか。期日的にはそんなにたってないはずなのに実質一週間分くらい費やした気がする。

「修学旅行大変だったみたいね」

「ちょっとね。色々あって」

 本当に色々あった。

「色々?」

「色々」

 質問に同じ答えで返す。本当の本当に、色々あったのだ。


 特別サービスしたげる。その代わり、用事が済んだら戻ってきてね。


 気がついたら霧だらけのへんなところにいて。元の世界にもどしてくれる代わりに父親探しを手伝うことを強いられて。

 あれってどこからどうみても立派な脅迫だ。けれども首を縦にふらなければ地球には戻れなかったわけで。リズさんのチカラとやらで帰ってきたあたし。気がつけば、今度は雪の中にいた。詳細はややこしいので後日語ることにする。

 霧の中でも海の中でもなく雪の中。また変な場所に迷い込んだのかと思いきや、自分を呼ぶクラスメートの声で自分が元の世界にもどってきたということを確信した。異世界で過ごしたのは一泊二日。でも地球時間ではわずか一時間。朝食の時間になっても姿を見せない委員長をクラスメートのみんなは慌てて捜したそうだ。誰かに黙っていなくなる人じゃないし、先生に連絡するのはもう少し待っておこう。そう言ってる矢先にあたしが見つかったってわけだ。大事にしないで捜してくれた友人達には本当に感謝する。

 雪の中から突如として出てきたあたし。周りには散歩をしていたら道に迷った、体が冷えたからスキーは休むとだけ伝えた。冷えたのと肉体的にも精神的にも限界だったのもあって、旅行中の残りは宿の中で過ごすことに。おかげで三泊四日の修学旅行は一回もすべることなく幕を閉じてしまった。


 お風呂上がりにオレンジジュースを飲む。ここが温泉ならコーヒー牛乳なんだろうけど、あいにく自宅なので在庫がない。

 冷たいのどごしがほてった体にきもちいい。一気に飲みほすと、コップをテーブルの上に置いて母親に向きなおった。

「お母さん。携帯電話買ってもいい?」

 さっき述べたように、ただで自宅に帰されたわけじゃない。かねてからの要望を口にするとお母さんは眉間にしわを寄せた。

「お金は?」

 無言で封筒を差し出す。中に入っているのは家の手伝いとバイトでためた金額しめて五万円なり。

「これだけあれば足りるよね」

「受信料はどうするの」

「出世払いで」

 ぱん、と両手を合わせて。加えて頭も深々と下げる。

「それともう一つ」

「今度は何?」

 ただでさえ険しい顔なのに、これを言ったらもっと険しくなるんだろうな。とは思ったけれど。約束は約束だから守らないといけない。

「春休みの間、家を留守にします」

 

「あんた何問題起こしたの」

 目をつり上げるのも仕方ない。お小遣いを前借りしたあげく、家出しますと言ってるようなものだから。

「何も起こしてません」

「じゃあどうして」

 お父さんを捜しに行ってきますって正直に話したら許してくれるとは思えない。ここはあたりさわりのないことを告げるしかないだろう。そう考えて口を開いたけど。

「友達の家に遊びに」

「二週間も入り浸りで?」

 あっけなく却下された。確かに理由もなく長期間そんなことをする女子高生はいない。

「学校に呼び出されるような悪いことをした」

「してません」

 今度はあたしが母親の言葉を却下する。自慢じゃないけどこれまでずっと委員長をやってきたんだ。ほめられこそすれ人様に怒られるような失態をおかしたことは一度もない。たぶん。

 このまま押し問答をしていてもらちがあかない。何よりも睡眠時間がおしい。

「お父さんの手がかりを知ってる人を見かけたの」

 だから事実の一部を伏せて正直に話す。

「修学旅行先で知り合ったの。お父さんの妹さんですって」

 正しくは修学旅行先を径由した異世界でだけど。

「叔母さんに言われたの。自分も兄を捜してるか一緒に着いてこないかって」

 あくまでも自称で見た目はあたしとほとんど同じだけど。

「社会勉強がてら、旅してみたいと思って」

 半強制的だけど。了承しなければあのまま異世界に取り残されるところだったけど。

 台詞の後に心の中でたくさんの補足をしつつ一気に話す。沈黙することたっぷり五分。

「あんたにしては大胆なことするのね」

 目の前で深々と嘆息された。うん。自分でもそう思う。

「お父さんのこと、詳しく聞いたことなかったから」

 物心ついた時からというよりも、父親の顔はまったくこれっぽっちも記憶になくて。正確にはあたしがお母さんのお腹の中にいる頃にはすでに行方をくらましていたそうだ。これだけでも最低な男だし、いい印象はない。それでも若い頃の写真の一枚くらい残っててもよさそうだけど、それすらも見せてもらったことはない。

「そりゃそうよ。話してなかったから」

 あっさり首肯すると、お母さんはあたしをじっと見つめる。教えるべきか教えざるべきか決めあぐねてるような、そんな表情。だからあたしもじっと見つめかえす。

 つややかな墨色の黒髪に同じ瞳。絵に描いたようなキャリアウーマンというわけではないけれど、若い頃はきりっとした美人だったと思う。あたしの髪も母親と同じ色だけど、なぜか髪だけはきれいねって周りからよくほめられてた。

 たっぷり五分ほど見つめあって。先に行動をとったのはお母さんだった。

 新しいコップに自分の分のジュースを注ぐ。ごくごくと飲み干して、コップをテーブルに置いてひとこと。

「父親があんたがお腹の中にいる時に失踪したって話、あれ嘘だから」

「聞いてないんですけど!?」

「言ってないもの」

 爆弾発言をさらっとすると、お母さんはふうっと息をついた。

「ふらっと現れたのよね。あいつ」

 説明によるとこうだ。両親と喧嘩して気のみ気のままで家を出た少女。故郷からずっと遠くに行こうと駅で電車を待っている時に、とある男の人とばったり出くわした。

 決して格好いいわけではなく、でも人を惹きつける魅力があった変わった出で立ちの彼に興味をもった彼女。声をかけてみれば電車に乗りたいけど小銭がなくて困っているとのこと。仕方なくお金を貸して、そのまま同じ電車に乗って。その後会話がはずんでその後も顔を合わせるようになって、そこから逢瀬がはじまったとか。それが現在のあたしの母親と父親だ。

「でも、やっぱりふらっといなくなっちゃったのよね」

 本当に前ぶれもなく。別れの挨拶もないままふらっといなくなったらしい。口約束すらもろくにしてなかったから半分は仕方ないけれど。それでも半分はショックで。

「そんな時だったのよ。あんたがあたしの中にいるってわかったのは」

 正直どう反応していいかわからない。三十半ばをすぎたオバサンの恋愛話は女子高生のそれとは全然違うし、ましてやそれが自分の母親ならなおさらだ。

 つまりはその男の人は、あたしという存在を知ることなく父親になってしまったということになる。これじゃあ自称叔母さんの言ってることを否定できない。なんだか頭痛くなってきた。

「お母さんは、あたしがお腹の中にいるって知ってどう思った?」

「嬉しかったのと、とまどいと半々かな」

 でも苦笑する様は母親と呼ぶよりも恋する乙女だった。

「これで、あいつとの繋がりができたってね。あんたがいれば、帰ってきたときに思い出してくれるんじゃないかって。でも女手一つで育てるのはなかなか大変だったから。周りの人に頭下げて。死にものぐるいで働いた」

 こっぴどくやられたものの里帰りと仲直りができたから、少しはよかったかもねと続けられ、ますますどう答えていいかわからない。あたしの人生がめずらしくないなら、お母さんの人生は滅多にない人生だ。

「お母さんは、あたしを生んでよかった?」

「当然でしょ。一人はさみしいからね。みんなと繋がっていられるのもあんたのおかげよ」

 満面の笑みで公言されてちょっとだけ嬉しくなった。

「だけど。あいつはまだ一人なのかもね」

 横顔は乙女のままで。どちらかというと、いつもはがさつな部類に入るお母さん。でも最後の最後では人の良さが出てしまう。あたしはお母さんのこういうところは嫌いじゃない。

「あんたは全うにやってきてくれたからね。二週間だけ多めに見てあげるわよ。ただし電話はちゃんと入れること。それと」

「それと?」

 真面目な顔にごくりと唾をのむ。再び見つめあうこと五分。片目をつぶって今度はふたこと告げる。

「お父さんに会ったら二発ぶんなぐってきなさい。私の分と、あんた自身の分ね」

 母親の依頼に、あたしは一も二もなくうなずいた。


本当は前に執筆していたのですが、こちらで公表するのは遅くなってしまいました。ようやくあと1話でこの章も終わりです。

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