第2話『エンジニアのひらめき』
「太陽系横断を成し遂げられる宇宙船を、3年で完成させろ」
最初に聞いたときは、冗談じゃないと言い返したくなった。1から開発するにしても、既存モデルのマイナーチェンジだとしても、乗用宇宙船での太陽系横断など、現実的ではない。
アポロンラリーへの参戦。話だけ聞けば夢があって大層素晴らしいことだ。だが、それに付き合わされる身としてはたまったもんじゃない。
私はヴィーナス工業のエンジニアとして働いている。そんな私が、突発的に立ち上がったアポロンラリー参戦プロジェクトの一員に選ばれた。私の担当は機体外装、飛来するデブリに対する装甲などの設計だ。
そのこと自体に文句はない。一人のエンジニアとして、技術的な挑戦には心躍るところがある。
しかし問題はその期限だ。3年以内でマシンを完成させなければならない。
既存モデルを改造し、アポロンラリーの道程を走破するほどの性能を持ったマシンを作り上げるとなれば、ここから先の3年間はまともに休むことはできないと考えた方が良いだろう。
実際プロジェクト開始から、シミュレータとの睨めっこがずっと続いている。既製品からどこをいじれば何が変わるのか。ABテストのように条件を変えて一つずつ検証していく。
私はそれぞれのシミュレーション結果をふまえ、次のテスト条件を指定する。幸いにも、ベースとなる宇宙船の『ステラ』は悪路走破性の高いモデル。根本的な変更を加えなければいけない部分はなさそうだ。
とはいえ改修すべき箇所は、山ほどリストに並んでいる。特にデブリや宇宙線への対策、放熱装置の改善などは、機体重量とのトレードオフだ。
詰め込めば道中の安全性は増すだろうが、重量が増えすぎると加減速、旋回の性能が低下してしまう。
今私が取り組んでいるのは、重量パラメータを変えながら行う加減速シミュレーションだ。
我々が参戦するクラスのレギュレーションでは、安全性の確保を除いて改造は最低限のものに制限されている。推進機の出力を大幅に上げられないルールだからこそ、軽量化による燃料効率の向上がより重要になってくるのだ。
現状では乗組員の安全面で十分なマージンを確保できていない。しかし、十分な安全装備を追加すると今度は出力が不足してしまう。
どうしたものかと考え込んでいるうちに、気が付けば退勤時刻を大幅に過ぎていた。しかし、まだ問題が解決していない以上、帰るわけにもいかない。
ひとまず、私は近くのコンビニに軽食を買いに出かけた。買い物中ににわか雨が降りだしたようで、なるべく濡れないように急ぎ足で会社に戻る。
会社へ戻る最中、通り沿いの家の雨樋から流れて出てくる水がかかり、脚が濡れてしまった。
買ってきた食事を終えた後も、私の足を濡らした雨樋の水がやけに頭から離れなかった。
降ってきた雨が雨樋を通り、地上まで流れていく。そのイメージが何かに活かせそうな気がして、どうにも忘れることができないのだ。
そうして雨水の流れを頭の片隅に置きながら、私はシミュレータに向き直った。画面にはさっきまで行っていたシミュレーションの結果が表示されている。
どうやら、スラスター付近に設置した装甲によって、噴出されるガスの流れが阻害されてしまっているようだ。遮られているのはほんの一部だが、宇宙空間では姿勢制御に致命的な狂いが出てもおかしくない。やり直しだ。
スラスターの推力を阻害しないためには、装甲がスラスターを塞がないだけでなく、その後の流れも遮らないようにしなければならない。
装甲の配置を考え直しているうちに、ふと頭の中で点と点が繋がる感覚がした。先ほど私の足にかかった雨水だ。
流れを塞いだりそのまま通すのではなく、受け流して流れを変えてしまうのはどうだろう。
本来、スラスターの可動域には限りがあり、前後方向の推進には利用できない。
しかし、装甲を利用してガスを前や後ろに受け流すことで、追加の推進力として加減速に利用できるのではないだろうか。
さらに、これはあくまで対デブリ装甲によってガスの流れが変わってしまっているだけ。機体に加えたのは、あくまで「安全装備の追加」だ。レギュレーションにも違反しない……グレーゾーンといったところだろう。少なくとも黒ではない。
馬鹿げた考えだが、試してみる価値はあるだろう。シミュレータを再起動する手には、さっきまでよりも力がこもっていた。
結果が出た。スラスターとの距離が近すぎたようだ。熱が装甲の限界を超えている。距離を変えてもう一回。
今度は十分な推力を得られない。角度を変えてもう一回。
そうして夢中でシミュレーションを繰り返して納得のいく結果を得たのは、日付が変わった後だった。
会社の仮眠スペースで横になってからようやく気づいた。ここまで大掛かりな仕掛けになるんだったら、推進機やソフトウェアの担当との調整は必須になってくる。
まだまだやるべきことは山積みだ。タスクリストは分厚くなったのに、なぜだか私の心は軽やかだった。




