第一話『プロローグ』
スーパー遅筆ですが、よろしくお願いします。
「第83回アポロン・スペースラリー・グランプリがいま、始まろうとしています!」
ラジオから聞こえるアナウンサーの声に耳を傾けながら、意識を研ぎ澄ませる。コックピットの空気は張り詰め、ラジオのノイズと空調のファンがやたらうるさく聞こえる。
「今回の注目機体として挙げられるのはやはり優勝候補、ペガサスレーシングのトーマス・ジョンソンが操るペガサス120でしょう。」
他のチームやドライバーの紹介を聞き流しながら、計器類や各機器の最終点検を進めていく。不備があってはならない。ただでさえ完走が難しい、過酷な旅路になるのだから。
「そして目が離せないのは68大会ぶりの再参戦となるヴィーナス工業です。以前は競技専用マシンのグレード1で参戦していました。
しかし今回はグレード3、民間モデルのステラに改造を施しての参戦となります。かつてアポロンラリーの支配者といわれた古豪の再参戦、期待を寄せているファンも少なくないでしょう」
自分たちの名前が呼ばれる。注目されているという実感が、緊張と集中を高めていく。操縦桿を握る手には、汗がにじみ始めている。
隣を見ると、新井とニコラス、2人のコパイロットと目が合う。二人とも覚悟を決めたような眼をしていて、俺は少し笑ってしまった。死にに行くわけでもあるまいし、そんな大げさな顔をしなくてもいいだろう。
メカニックの太田も船内の点検を終えてコックピット戻ってきた。こいつは割と能天気な奴だから、緊張もしていないようだ。
即席で作られたようなチームだが、これまで繰り返してきたテスト航行で、ある程度の信頼関係は築けていると思う。
元は市販機のテストパイロットだった俺が競技に引っ張り出されるなんて、1年前には考えてもいなかったことだが、こうして操縦席に座ってしまえば受け入れるしかない。
「最初のマシンがスタートしました!宇宙一過酷なロケットスポーツ、アポロンラリー。およそ6カ月にわたる長い旅が今、始まりました」
じきに順番が来る。機体に異常はない。この半年を共にするマシンとクルー達だ。信じて進むしかない。
ヴィーナス再参戦の発端は、3年前の本社会議にさかのぼる。
会議室の中には経営陣の顔が並んでいた。雰囲気は決して明るいものではない。
各々の手元にある決算資料には、思わしくない数字が並んでいたためである。
「それで、今期までで4期連続赤字なわけだが。なぜこうなっていると思う?」
口を開いたのはヴィーナス工業の会長、金田。創業者の祖父と父親から会社を継いだ3代目だ。町工場叩き上げの祖父と父親とは違い、技術面には疎い。
「近頃は開拓用宇宙船の需要も低迷しています。我々に来るのは既存顧客からの修理やメンテナンス依頼程度。それに加えて、乗用モデルの売れ行きも伸び悩んでいるのが現状です」
取締役が苦い表情で述べる。
人類が太陽系外惑星への開拓と入植を始めた「宇宙開拓時代」において、ヴィーナス工業は時代の雄となった。
政府機関や開拓系企業向けに発売された開拓用宇宙船はデブリ衝突や宇宙線被曝に対する高い耐性を持ち、未開拓の長距離航路を行く者には重宝された。
しかし人類の居住惑星が増え、人口密度の過密化も解消された現代において、新宙域の開拓を行う必要性は減少傾向にある。
それに伴い開拓用宇宙船の需要も低下、ヴィーナス工業の売上は縮小している。
「開拓用宇宙船の売上が低下している以上、乗用モデルの売上をのばしていくほかあるまい。その目論見はあるのか?」
金田からの問いに、再び沈黙が広がる。
一般層が購入する乗用宇宙船は、基本的に惑星間での移動が主な用途である。
惑星同士を繋ぐバイパスではデブリも除去されているため、高いデブリ耐性などは一般乗用モデルにとってアピールポイントにならない。
実際、インターネットにおけるヴィーナス工業製乗用モデルの評判は厳しい。
「未整備航路を行くならまだしも、惑星間の整備済み航路を通るだけなら完全にオーバースペック」
「乗り心地も良いとは言えない」
「こんな宇宙船を買うのは、金を余らせた骨董品マニアだけだ」
こうした声が大半を占めており、ヴィーナス工業製の宇宙船は、多くの人にとって購入候補にすら入らない。
ヴィーナス工業の宇宙船は今や完全に趣味用であり、日常的な使用には向かない。それは自らの手で宇宙船を作っている社員たちも理解していることである。
しかし、宇宙船の収集や改造を好む“船好き”たちの間ですら、ヴィーナスの名は忘れられかけていた。
「私は、まずは船好き層を中心とした認知拡大に努めるべきかと思います。わが社の宇宙船が日常使いに向かない以上は、ゼロから日常使いに適したモデルを開発するよりも、趣味用の船として既存モデルに魅力を感じさせた方がコストとしても抑えられるはずです」
役員の一人が発言する。
「新たに開発コストを掛けなくて済むのは良いが、実際にどうやって認知拡大を進めるつもりだ?広告を打つにしても、惑星規模でも費用は馬鹿にならんはずだ」
金田の言葉に、場はまた静まり返った。
十数秒後、その沈黙を破ったのは役員の一人、川野だった。
「ロケットスポーツは、どうでしょうか」
「モータースポーツだと?論外だろう、そんなもの。新型の開発費を抑えるという目的で、なぜレース用の船を開発するなんて本末転倒でしかない。
それにドライバーやメカニック、チーム運営にかかる金を、今の我々では数シーズンでも払いきれんだろう。出場したところで、結果が出せなければ資金の無駄になってしまう」
金田の言葉は厳しいが、事実でもある。しかし、川野は引き下がらない。
「アポロンラリーであれば、市販モデル限定のクラスがあります。単独の大会でもあり、シーズンを通しての参戦よりも費用は抑えられます」
川野は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「70年ほど前、ヴィーナスはアポロンラリーに出場していました。その頃は毎年上位入賞、数年連続での優勝を果たしたこともあります。古豪のヴィーナスが70年越しに再参戦となれば、船好きからの注目は十分に集まるでしょう」
川野の熱弁に押され、金田は口を開く。
「お前の言いたいことは分かった。あとで企画書を作って持って来い。決めるのはそれからだ」
後日、ヴィーナス工業はモータースポーツチーム『ヴィーナス・レーシング』の活動再開と、アポロン・スペースラリーへの参戦を発表した。




