第八章 崩壊の夜
夜空は厚い鉛色の雲に覆われ、雨は激しく街を打ち続けていた。
街灯の灯りも霞み、路面は光を映しながらもどこか沈んで見える。
黒瀬透は、雨粒が肌を打つのを感じながら、いつもの路地に足を踏み入れた。
今夜は最後の標的だ。
そして、その代償がすぐそこまで迫っていることも知っていた。
背後から微かに足音が近づく。
振り返れば、刑事・神谷が銃を構えていた。
「黒瀬透、動くな!」
その時、濡れた制服の少女が間に割って入る。
「やめてください!」
銃声が鳴り響き、雨音を引き裂いた。
弾丸は彼女の肩をかすめ、赤い染みが白い制服に広がる。
透はその場で止まり、無言で少女を見つめる。
「行け……」
震える声と、どこか静かな覚悟。
黒瀬は濡れた闇の中へ駆け出した。
雨は止む気配もなく、街を洗い流し続けている。
⸻
数日後。
梨花は病院のベッドで目を覚ました。
肩に包帯が巻かれ、窓の外は曇り空だった。
窓辺には雨粒の跡が残り、静かに時が流れている。
彼女の胸には、あの夜に芽生えた感情がまだ残っている。
雨の中で交わした、二人の秘密。
失われたものの重さと、残された希望。
梨花は窓の外を見つめた。
――次の雨も、あの男は現れるのだろうか。
雨は今日も、街を静かに狂わせている。