第七章 飽和
七月の空は、途切れることなく雨を降らせ続けていた。
朝も昼も夜も、街は水音に支配されている。
道路は川のように濁り、ガードレールには水滴が絶えず伝って落ちていた。
透の胸の奥で、何かが膨れ上がっていた。
雨は彼を呼び覚まし、静かな日常を崩す。
ターゲットの顔はもう何人も浮かんでいる。
その中には、梨花を睨んだ教師の顔もあった。
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「最近……怖い顔してますよ」
梨花は透の部屋で、カーテンの隙間から雨空を見上げた。
その声は、心配というより甘美な挑発のように響いた。
「雨が続くと……俺は止まれなくなる」
「止まらなくていいじゃないですか」
「お前……」
透は言葉を飲み込む。
梨花の瞳は、あの日と同じ――殺しを目撃した時の、光と影を混ぜた色をしていた。
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一方、神谷は捜査本部で資料を睨んでいた。
地図には赤いピンが無数に刺さっている。
全て雨の日に死者が出た場所だ。
その中心近くに、透の住むマンションがある。
「……やはりお前か」
神谷は低く呟く。
だが証拠はない。
それどころか、最近はあの制服姿の少女も、透と行動を共にしている。
「女子高生を巻き込んでいるのか……」
胸の奥に小さな焦りが芽生える。
刑事としての理性と、人間としての感情が、互いに濁った水の中でぶつかり合っていた。
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夜。
透は傘も差さずに街を歩く。
背後を神谷が追っていることは分かっていた。
そのさらに遠くで、梨花が二人を見つめていることも――。
三つの影は、雨音にかき消されながらも、少しずつ近づいていく。
その距離はもう、決壊まであとわずかだった。