第六章 交錯
朝の喫茶店。
雨上がりの光が窓から差し込み、テーブルのコーヒーを鈍く照らしていた。
透は、出勤前の静かな時間を過ごすつもりでいた――そのはずだった。
「黒瀬透さん、ですよね」
声に顔を上げると、スーツ姿の男が立っていた。
四十代半ば、切れ長の目。
刑事であることを告げる前から、その鋭さが空気を変えていた。
「県警捜査一課の神谷です。少しお話、いいですか」
透はコーヒーを一口飲み、無言で頷く。
神谷は椅子に腰掛けると、雨の日に起きた一連の死亡事件の話を持ち出した。
事故や病死として処理されたものばかりだが、彼はそこに“意志”を感じているらしい。
「……黒瀬さん、あなた、雨の日は何をしてますか?」
「仕事です」
「そうですか。誰かと一緒に?」
一瞬、梨花の顔が脳裏をよぎる。
透は視線を伏せた。
⸻
その日の放課後。
梨花は駅前で傘を差しながら待っていた。
ふと肩を叩かれ、振り向くと――そこに立っていたのは神谷だった。
「君、黒瀬透さんと知り合いだよね」
「……誰ですか、あなた」
「刑事だ。彼について少し聞きたいだけだ」
梨花は笑みを浮かべ、神谷をまっすぐ見返す。
「何も知りません」
「本当に?」
「本当です。でも……あなた、危ないですよ」
その言葉に、神谷の眉がわずかに動いた。
梨花は傘を傾け、彼の視界からゆっくりと消えていった。
⸻
夜。
透はマンションのベランダから街を見下ろしていた。
雨は降っていないが、胸の奥に妙な湿り気が残っている。
梨花が神谷と接触したことは、何も言わなくても分かっていた。
そして――神谷もまた、透が梨花に依存していることを感じ取り始めていた。
三人の視線が、雨の匂いを媒介に、確かに交錯し始めていた。