第四章 刑事の影
刑事・神谷慎一は、書類の束を机に叩きつけた。
県警捜査一課――雨の日にだけ起きる不可解な不審死事件。
交通事故、転倒死、心不全。どれも公式には「事故」や「自然死」として処理されている。
だが神谷は、どうしても偶然とは思えなかった。
被害者の共通点は三つ。
一、雨の日に亡くなっていること。
二、裏稼業や犯罪歴がある人物であること。
三、遺体や現場に目立った痕跡が残っていないこと。
「……やるな、犯人」
神谷は薄く笑う。
捜査員としてではなく、人間として、その手際の鮮やかさに戦慄すら覚えていた。
だが同時に、これは正義でも義賊でもない。
一線を越えた者は必ず捕らえる――それが神谷の信条だった。
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六月下旬の夜。
再び雨が降る中、神谷は一人で駅前の路地を歩いていた。
濡れた舗道に靴音が重く響く。
そして、ふと視界の隅に映った影に足を止める。
黒いコートの男と、制服姿の少女。
傘も差さず、二人は互いにわずかな距離を保ったまま、言葉を交わしているように見えた。
男は背が高く、顔立ちは整っているが感情の起伏を感じさせない。
少女は、まるで彼に吸い寄せられるように視線を向けていた。
神谷はその光景を覚えておくことにした。
こういう「違和感」が後に鍵になることを、経験から知っている。
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翌日、神谷は被害者の一人――建築事務所の社長の関係者から聞き込みを行った。
証言によれば、死ぬ数時間前、社長は駅前のコンビニで黒いコートの男を見かけたという。
詳細は不明だが、その男が社長をじっと見ていたと。
神谷の脳裏に、昨日の路地裏の男の姿が重なる。
そして、その傍らにいた少女の顔も。
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雨の匂いを帯びた事件は、まだ終わっていない。
むしろこれから、嵐の中心に近づいていくのだと、神谷は直感していた。