第二章 再会
翌日、雨は上がり、空はくすんだ灰色のままだった。
朝の通学路は湿った空気が漂い、電線から落ちる雨粒が光を反射する。
水島梨花は、通学バッグを肩に掛けながら歩いていた。
昨日の夜の光景が、頭の奥に焼き付いて離れない。
路地裏で命が途絶える瞬間。
男の冷静すぎる動き。
そして――雨の中で交わった視線。
怖くなかった。
それどころか、全身が脈打つような感覚が心地よくすらあった。
梨花は自分が普通の女子高生ではないことを、その瞬間はっきりと理解していた。
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学校に着くと、教室には既に友人たちの声が満ちていた。
「おはよー、委員長!」
「次の文化祭、梨花に仕切ってもらわないとね」
梨花は笑顔で応じ、机に荷物を置いた。
クラスメイトと談笑しながらも、心の半分は昨日の夜に残っている。
黒瀬透――名前も知らない男の姿が、何度も頭に浮かぶ。
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放課後、梨花は寄り道をした。
目的は一つ、昨日の路地。
雨は降っていないが、あの場所に行けば、何か痕跡が残っているかもしれない。
だが、そこにはただ濡れたコンクリートと、ごみ捨て場の青いネットがあるだけだった。
足跡も血の跡も、何一つない。
まるで最初から何もなかったかのように。
それでも梨花は、あの男が本当に存在したことを確信していた。
――また会える。そう思っていた。
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三日後、予報通り雨が降った。
梨花は傘を差しながら駅前を歩く。
そして、見つけた。
コンビニから出てくる男。
黒の傘を持たず、濡れた髪をかき上げながら歩く姿は、昨日の路地裏と同じだった。
透は一瞬だけ梨花を見やり、目を逸らす。
梨花は足を速め、彼の横に並ぶ。
「昨日……傘、持ってなかったですよね」
「……君、誰だ」
「ただの通りすがりです」
それだけ言うと、梨花は歩き去った。
振り返らなかったが、背中に視線を感じた。
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梨花の心は、雨に濡れたようにひんやりと、そして熱を帯びていた。
彼が何者で、なぜ雨の日だけ現れるのか――その理由を知りたい。
怖さよりも、その謎に惹かれてしまう自分がいた。