第一章 目撃
夜九時過ぎ。
駅前の喧騒はすでに引き、路地裏には人影がまばらになっていた。
街灯が雨に滲み、舗道の水たまりがぼんやりと光る。
標的は、闇金まがいの金貸しだった。
何度も脅迫を受けたという女性からの依頼――透は「正義」だと自分に言い聞かせはしない。ただ、雨が選んだ相手だと信じていた。
男がタバコを吸いながら暗い路地に入る。
透は足音を殺し、背後へ。
懐から細いワイヤーを取り出すと、呼吸を一度整えた。
手のひらが少しだけ熱を帯び、視界の輪郭がはっきりする。
――一瞬で首にかけ、力を込める。
男が驚いたように息を呑む。
もがく音は、雨が全て飲み込んだ。
透は目を逸らさず、その瞬間を見届ける。
命が抜ける時のわずかな痙攣、血の匂いに混じるタバコの煙――それら全てが、透にとっては儀式の一部だった。
やがて力が抜け、男はずるりと地面に崩れた。
透は体を横たえ、水たまりに沈めるように置く。
この雨なら、血痕も足跡も消える。
その時だった。
「……見てた?」
雨音を割って届いた声。
透は振り向き、そこに立つ少女を見た。
制服姿。肩まで濡れた髪が頬に張り付き、唇はわずかに開いている。
目は大きく、だが怯えてはいなかった。
代わりに、不可解な輝き――好奇心と興奮が入り混じった光が、そこにあった。
透は一瞬、紐を握り直す。
しかし少女は逃げなかった。
視線が交わり、時間が止まったかのように、雨音だけが二人を包んだ。