不満、そして
「聞いてないぞ」
少しばかり強い口調で抗議するが、相手は知らんとばかりに聞き流し、あげくの果てには「参謀本部に問いただしてください」とまで言ってきた。
「もしもし、こちら秋川。騎種が変わるなど聞いていないが」
参謀本部に艦内電話で問い合わせると、「向こうは爆雷撃騎が不足しているので、変えられる者は変えて欲しいと連絡が来た。暁星は戦闘も出来るから問題ないだろう」と回答をして一方的に電話を切られた。
ガチャン
「くそ! マジか」
腹立ちまぎれに受話器を電話に叩きつけるとしかたなしに暁星を取りに足を動かす。
怒りのために歩く速度が速くなっているのがわかる。
整備兵から乱雑にホウキを受け取ると、滑走路の始発点に進む。
荷物を懸吊し、靴の裏についているタイヤのロックを外す。
外すとスッとタイヤが滑りだし、まるで氷上を滑っているかのような感覚になる。
「秋川騎でます」
僚騎はいない。 しばしの一人旅だ。
ホウキに跨り発動機に火を入れる。
スチューザン王国の高級車メーカー、チャールズ・スロイの発動機、ヒッポグリフが鋭く反応をした。
(初めての騎体と発動機だし、雨も降っているから気をつけなくちゃな)
スロットルをゆっくりと解放しつつ姿勢を前のめりにし向かい風に備える。
速度が段々と上がっていく。
ふわりと浮いた感覚と共に、足から地面の感覚が失われる。
飛行速度が上がり、騎体の安定性が増してゆく。
「目標クィーンエレイン」
ほぼ並行に走っているので、上空到着まで時間はほとんどかからない。
「クィーンエレイン。こちら秋川騎、着艦許可願います」
通信を出すも、なかなか着艦許可が下りない。
(しばらく暁星の挙動を確認するか)
速度を出して旋回を繰り返す。
次に、ローリングを行う。
最後に一撃離脱を見込む動きをしてみる。
(格闘戦は無理だ。騎体が重すぎる。一撃離脱をするにしても青電より出だしが遅く反応がよくない)
暁星は複座があり、また魚雷や爆弾を積めるためそれらを搭載するとより重量が増し、今よりも挙動は悪化するだろう。
暗雲な気持ちになりつつ操作を一通り終えると、やっと着艦許可の連絡が来た。
「秋川、着艦します」
管制官にそう伝えると着陸態勢に入る。
進入角度を合わせてマントの帯を解く。このマントが空気抵抗となり速度を落とすのに一役買うのだ。人によってはこの一連の作業を『フラップを出す』といっている。
衝撃に耐えられるように前のめりに体を沈め、足を力強くのばす。
足裏のタイヤが地面を捉えると、ヒザを曲げて衝撃を逃しつつスロットルを絞り、ホウキの魔力噴出を抑える。
ブレーキと摩擦により速度を徐々に落としてゆく。
「やはり制動距離が長いな」
小さな空母では発着艦は難しいだろう。
甲板が濡れている分余計に長い。
(止まってくれよ)
ゆるゆると速度が落ちていき、残り僅かというところでやっと止まる。
「これからどうなることやら」
僚騎や複座手やら何も決まっていない。
「次、五番隊着陸許可します」
急いで安全な所に退避しないと衝突してしまう。
勝手の違う艦に戸惑いながらも艦橋の方へ移動し、案内をしてくれそうな人を探した。
(あ、あれは)
相手もこちらの視線に気付いたようで、少しばかり不快な表情を浮かべた。
それを見てこちらも腹をたてるも、感情を押し殺し笑みを作りながら話しかけた。
「やあ、ベアトリクス。整備兵はどこにいるかな。それとこれからどこに挨拶すればいいかな」
ベアトリクスは面倒そうに手櫛で髪を三度ばかり整えて、無言で指をさした。
軽く会釈をすると、感情を悟られまいと急いでその場を離れた。
甲板の整備用エレベーターに乗りこみ整備室に向かう、そこには翔陽の整備兵がすでに来ており、こちらを見かけると素早く駆けつけてきた。
「お疲れ様です。騎体は預かります」
てきぱきと暁星を受け取り、整備所へと運んでいこうとするが、伝え忘れたことを思い出したようで戻ってきた。
「着任の挨拶は、そこの階段を下りて、しばらくまっすぐ行った所にある士官室に来てくださいと言付けを預かっております」
お礼を言って階段に足を進めるも、先ほどの整備兵が近づき耳打ちをしてきた。
「この船、スチューザンの人は一筋縄ではいかないですよ」
彼の目を見て無言で相槌を打つと、彼も微笑み返してきた。
先ほどのベアトリクスを思い出す。
(なかなか大変なことになりそうだ)
心の中で愚痴りながら階段をゆっくりと下りて行った。
先ほどの整備兵の言葉通りに進むと、士官室と書いてある金属のドアがあり、ドアの向こうから聞き取れないほどの話し声が漏れてくる。
ドンドン
「失礼します」
ドアを開けると、中にいた数名が一斉に視線をこちらに向ける。
部屋の中はそれなりに広く、大小の机が三つほど、ソファーが一組、小さな椅子が数脚ある。
「こちらに本日付けで着任いたしました、秋川海です。よろしくお願いいたします」
挨拶と共に敬礼をし、周囲の反応をうかがった。
中にいた士官たちは、品を計るような眼を一瞬向け、再びそれぞれが行っていた作業に戻っていった。
大きな机で作業している人物が管理者だと見定めて歩を進める。
「おお、よくぞ来なさった」
白髪の方が多い初老の士官に声をかけられて、再度敬礼をした。
つけている階級章からみて大佐のようだ。
「ええっと、秋川中尉でしたかな。ほうほう祖父があの......。私はイアンと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
(また、じい様の話だ)
頭の中でため息をついた。
気を取り直し今後の事を伺うもまだはっきりと決まっている訳ではないらしく、しばらくの間自室で待機するように促された。
「そうそう、中尉と組む複座手もそこにいるので、仲良くやってください」
にこやかにそう言い終わると、イアン大佐は書類作成に戻ってしまった。
(しっかりと航法ができる複座手だと助かるんだが)
かつてはすべての国で、複座手や航空騎整備士は軍の航空騎関係の入学者で航空技能の選別で落ちた者が行っていたのだが、戦域が拡大するにつれて航空騎隊が不足しはじめ、急遽増員する必要に迫られる事となり、そこでまず基本訓練を行った複座手や航空騎整備士を急ぎ再教育して前線に送り出した。
が、すぐに不足し、民間の航空騎の人間から大学を始めとするグライダー愛好会、魔動車愛好会、しまいには体操部を始めとした運動神経が良い者で、航空騎の特性がありそうなものを徴用し訓練するようになった。
そこで複座手や整備士を新たに育成する必要に迫られたのだが、前に述べた理由から才能がある人間は使えず、どうせ使えないなら軽い方がいいと言い出す者が現れて、子供に一通りの射撃の訓練を施し複座手にするケースが激増した。
当然、子供たちは航法や通信などは出来るかどうかはその子次第となり、出来ないとなると操縦手が一切を行うこととなり戦闘騎と変わらないと嘆くこととなった。