油断
警戒をしつついくぶんか飛んだところで不意に上方に豆粒のようなものが見えた気がした。
(......)
キラリと星のように光ったかと思うとまた消え、消えた場所に目を凝らすと豆粒がかすかに見える。
(敵だ?)
「上方に敵騎発見」
右手指先を敵に向け虹色の矢印を出して味方に合図を送ると同時に通信で敵来襲を伝えながら高度計のメーターに目をやる。
(約四〇〇、相手の高度は八〇〇近くあるだろう)
周りの味方騎も迎撃のため皆グングンと高度を上げる。
後ろでは、発動機はリズミカルにエネルギーを放出し続けている。
スチューザン・エレクトリック製アロンダイトⅧ、以前の栄光より二倍近い出力がある上、故障しにくいというナイスなやつだ。
「海、このままいくと俺の勝ちだ。寄港したら酒奢ってくれよ」
三上は騎体を軽く揺らしながら茶目っ気たっぷりに言った。
「まだわからないだろう。戦闘はまだあるだろう」
こちらも茶目っ気を出して応戦する。
「次も俺の方が多いよ」
「?」
突如上を飛んでいた味方騎が血だるまになって一騎、二騎と落下してきた。
(敵の護衛騎だ)
急ぎ上を見上げると、斜め後方に回り込まんと敵騎が躍動し始めているのに気づく。
「敵きます」
言い終わるや否や敵の射撃が耳元を掠る。
右足につけた風の魔法の魔力値を高め、素早く右ロールで回避しつつチラリと横目で確認する。
JG192とかいうやつだ。
ヒュンヒュンヒュン。
魔弾の風をつんざく音が耳をかすめる。
再び右ロールで回避する。
敵騎は後ろにピタリと張り付いて振り切れない。
左足に魔力を集中し左に急旋回する。
先ほどまで飛んでいた場所に魔弾が撃ち込まれる。
「あぶねえ」
間一髪でどうにか躱す。
(まっすぐに飛んでいると喰われるな)
冷汗が背中を伝う。
「五・四・三・二・一」
つぶやきというには大きすぎる声でタイミングを取りロールを打つ。
ダダダダ
今度は真上からの射撃だ。
「別のヤツか」
再度左旋回をかけ様子を伺う。
これで何度目になるだろうか、後ろからの射撃が飛んでくる。
(荻野隊長や三上は無事だろうか)
ふと頭をかすめる。
次は右ロール。
相手に読まれぬようタイミングを変え、左右を変え回避を続ける。
(相手の魔弾が尽きるか、こちらの命が尽きるか)
どれくらい回避していただろうか、何十度目かのローリングの途中で追ってきていた敵騎が落ちていくのが見えた。
瞬時に何が起こったかを把握できず、友軍騎が助けてくれたと理解したのは、再び旋回を始めたときに味方騎を見た瞬間だった。
別の敵の事を考えて回避行動を緩めずに周りを伺うと、敵騎の影はすでになく、助けてくれた友軍騎は新たな敵を求めて悠々と去っていった。
その後姿をぼうっと見送る。
「隊長達はどうなった」
海はふと我に返り、辺り一面を探すが見当たらない。
「燃料は」
燃料メーターを見るとまだ半分ほど残っている。
燃料メーターは搭乗員のおおよその魔力を自動的に測定する装置だ。
小さなタンクの魔力では戦闘時の瞬間魔力消費を補えないので戦闘中は基本使わない。
燃料メーターはゼロになっても多少飛べることが多いとはいえ、何時もそうとは限らない。
発動機も問題なく動いている。
運良く致命的な被弾はしてないらしい。
「無事でいてくれればいいが」
とりあえず下がりすぎた高度を上げながら荻野騎と三上騎を探しはじめた。
「うっ」
とっさに日光の光を避けるために右手を出して遮断した。
太陽は完全に姿を現して、まばゆいばかりの朝日を投げつけてきていた。
「隊長・三上、応答願います」
通信を発信してみるも反応はなく時だけが過ぎ去っていく。
高度はすでに七〇〇mを指している。
「......」
と、その時一〇〇mほど下に爆弾を抱えた一団を発見した。
今にも急降下に入りそうな勢いだ。
「急降下爆撃機発見。敵騎数一〇。高度六〇〇」
海は焦りを押し殺すように淡々と通信を発信し、発信し終わると周囲を見回した。
(また背後から襲われるわけにはいかない)
爆撃隊と自分の他に周囲には誰もいない。
最後尾の爆撃騎目掛けてダイブを始めると同時に計器に目をやった。
(速度二〇〇、高度六七〇)
騎体を上手に起こし、斜め後ろの丁度いい高さに位置を合わせ、標準器を覗く。
(敵はまだ気付いてないようだ)
タカタカタカ
魔弾命中と同時に敵騎が落ちてゆく。
味方が落とされてやっとこちらに気が付いたらしく、敵の射撃手が弾幕をはりだした。
二騎目を落としたのとほぼ時を同じくして敵の先頭から急降下を開始した。
「落とさないと」
こちらもダイブをして追いかける。
相手の複座の魔銃を避けるために角度を取っているため、なかなか追いつくことができない。
その時、視覚外からスチューザンの国章をあしらった部隊が現れ、爆撃隊を攻撃し始めた。
「上手いな」
一騎また一騎と次々と敵を落としてゆく。
「おっと、俺も負けてられないな」
最後尾の騎に照準を合わせる。
「あと少し」
徐々に距離を詰め標準器を覗きこむと、敵騎が目いっぱいに映し出された。
「よし、今だ」
魔銃のリズミカルな音が敵の背中に突き刺さり落ちてゆく。
すべての敵を平らげた後、スチューザンの隊長騎がこちらに軽く挨拶をする。
こちらも挨拶を返しながら通信を開いた。
「助かりました。ありがとう」
「その声はさっきのヤツだな」
戦闘前に話していたノワルドだ。
三〇位だろうか、スチューザン人らしく背が高く彫が深い顔に綺麗に整った髭を生やしている。
「ホントに大丈夫なの? 私たちがいなければ空母が攻撃されてたじゃない」
「ちょっとベアトリクス」
ソフィアが慌てて止めに入る。
ベアトリクスは日に照らされてキラキラときれいな金色の光を放つ長い髪を、不機嫌そうにかき上げた。
戦闘後のせいなのか、青い目が一層吊り上がっている。
ソフィアは淡い栗色のショートカットの若い女性で、帽子の隙間からその髪が柔らかく揺れていた。
「ところで、元気な方はどうした」
「わかりません。敵に上からかぶられてそれっきりです」
そう答えつつ視線を泳がせると、もう一人中年というには若干若そうな男性がいることに気が付いた。
無口なのだろうか、それとも意図的に会話に参加しないのだろうか、冷えた目でこちらを見下ろしていた。
「大丈夫、生きているさ」
そう言うとノワルドは明るく笑った。