7『拝啓 平行世界の私へ』
こんな夢を見た。
時期は年末。平行世界を探索する科学技術には長けた世界、それ以外は何も変わらない世界で政府から通知が来た。
『貴方が死ななければこの世界は滅亡します』と。
刻限は元旦、日の出までだった。死ぬほど悩んだ。ニュースでは連日実名を伏せた報道がなされ、ネットでは逸脱した議論が白熱している。親は好きな方を選べば良いという。それで、色々考えた。
私はこの世界を愛しているのだろうか。自然のことを言えば、確かにそうだろう。では人は?全てを愛しているとは言えないが、私には家族がいる。そして家族には私が死んでからも人生があるのだ(私が死ぬという仮定に沿うと)。友人がいる。彼らには生きていて欲しい。決めた。死ぬしかない。
年末、刻限の日まで私はやり残したことのないよう必死に遊んだ。遊び倒した。大晦日、家に帰ると母と姉がいた。母は必死に笑顔を作って、姉はどこか情緒がない。父親に限ってはいなかった。お昼ご飯を食べて、明日の夕飯を楽しみにするかのような会話をして家を出た。
世界線を正す為には、世界線に近い場所で死ななければならないらしい。それがこの政府が発明した鉄製の無機質なエレベーターだった。地上500kmを超える凄まじい高さ。これにカモフラージュの為の政府の役人と乗り込む。
ダミーとして女性が乗って、必死に泣いていたのを見ながら私は世界を見下ろした。まもなく夜明けを迎えようとする世界は美しい。これが最後の風景だというのなら満足だった。
平行世界を維持するため私が死ぬ必要があるのなら、私が生きている世界線もあるのだろう。だからその世界の私を愛してあげて欲しい、と家族に遺した遺書の中にそう書いた。悔しさの涙が溢れてくる。
どうして私だけ死ななければならないのだろう。
最上階から最後の階で、役人達が皆降りた。私に薬物と刃物を渡す。これで死ねと言うことらしい。
最期に何かありますかと言われたが、静かに首を振った。ご武運をと手を合わされ閉じられる。
動いて、開いた。表に出ると凄まじい風。そして雲、そして世界線を切り離す虹、そしてそしてそして、手の内に残る死。
地平線が明るくなっていく。最初は首にナイフを突き立てようとした、でもダメだった。頬を伝うのは後悔の涙だった。平行世界の私はこれを見る事が出来るのだろうか。それならどうか、幸せでいて。
……というところで目を覚ました。時刻は午前3時。就寝してから一時間半後に、えらい濃い夢を見たものだとトイレを済ます。ただふと、世界は観測することで成り立つのなら彼女の結末を阻止したいと思った。
物語の結末はこうだ。今死のうと思ったところに家族が上がってくる。彼らいわく私は死ぬ必要は無いと。政府があくまでも儀式的に行っているだけで、ここまで辿り着いた者ならもう市井に紛れて生きればいいと速達が来たという。
世界線を示す虹は消え失せた。他者がこの世界を観測したのなら、もう他の世界線を見ることは出来ない。それはつまりもう誰も死ぬ必要は無いということだ。迎えに来たエレベーターに乗って、温もりの中で眠くなる。時刻は元旦だった。私はおせちに夢を馳せながら、うとうとと手すりにもたれていたのだった。