5『葦原はそういうところ』
この男の子可哀想だな〜と思います。
あれから葦原に居座って、長い間が経った。少なくとも半年は居たと思う。……いや、居ると思う。
すっかり私も向こうに馴染んで、寝巻きで街をうろつくことも無くなった。今日はお気に入りの可愛い小花柄のワンピースだ。
感触も更に感じるようになった。ただ、葦原に知り合いが居ないのが残念だ。あの厄介な男を除いて。あの男はすっかり姿を現さなくなった。私に初々しさが無くなったからだろうか。
……そんな事を言っていても、またいつか会うんだろう。そういう男だし。あの人は。
さて、美味しい照り焼きリブロースを食べていた私に災難が降りかかったのは今日の夜の事で。あんまりにも災難だったので、私はトイレで顔を洗っていた。口もついでに洗った。
どんどん、と何度も手洗い場を仕切る扉が叩かれる。好きに入ってくれて構わないのに髪の長い男の子はお姉さんお姉さんと呼んで何度も扉を叩く。
どうした、と言って出ると、五、六歳くらいの男の子が私の手を掴んで言った。
「ねぇ聞いて、僕ね。お坊さんにならなくちゃいけないんだって。」
「そうか。良かったじゃないか。」
「お姉さんは何か跡を継ぐ物は無いの?」
「そういうのは父が最後だったな。父が私が跡を継ぐのを止めたから、もうあの人が最後だよ。」
「ふぅん……。僕の事、羨ましい?」
「私は目指す先があった方が嬉しかったからなぁ。羨ましいよ。君は嫌なのか?」
「……分かんない。でも頑張ってなるよ!お坊さんに!」
「頑張るんだよ。」
手を掴んで言った男の子は、そのまま長い髪をたなびかせて走って行った。
「……でも此処に居るって事は、皆死んでるんだよな。」
いつかあの男が持っていた小さな矛を拳の中に閉じ込める。握り締めて、痛みで夢が終わるのを待った。