第2話 休日出勤ですか!?
「相沢、ちょっといい?」
その言葉が背後から聞こえた瞬間、俺は椅子から跳ね上がりそうになった。
冷気をまとった低音ボイス。
視線を向けずとも分かる。如月さんだ。
「え、あ、はいっ!何か……俺、何かしましたか!?」
慌てて立ち上がると、如月さんは少しだけ眉をひそめた。
「別に責めてるわけじゃないわ。落ち着いて。応接室、空いてたら来て」
(……え? 応接室??)
一体なにが始まるんだ。もしかして俺、何か社内規定的なやつをやらかした!?
でも心当たりないぞ!? 昨日の報告書は2回見直したし、書類提出も間に合ってたし!
まさか——俺、クビ宣告されるのか!?
もう心臓が痛い。震える手でスマホの録音アプリを開きそうになりながら、指定された部屋に向かう。
******
応接室。テーブル越しに向かい合う俺と如月さん。
彼女はペンを指で転がしながら、一呼吸おいて口を開いた。
「……今週末、予定ある?」
「は、はいっ!!すみませんっっっ!!」
「……なに謝ってるの?」
いや、怖い怖い怖い怖い。
その質問の意図がまったく読めない。
予定って何だ?休日出勤? 急な地方出張? まさか俺だけ?
ああ、そうか、部署の負担を公平に分けるために、俺にだけブラック勤務を課す流れなんだな!?!
「……特に、何も……予定ないですけど……?」
とりあえず素直に答えると、如月さんは軽く頷いた。
「そう。ならいいの」
「……なら……いい?」
(え、それだけ?)
俺の戸惑いが顔に出ていたのか、如月さんが少しだけ口元を引き締める。
「雑談よ。悪かったわね。あなたには珍しかったかもしれないけど」
「い、いえっ!あの、俺が……変に反応しすぎて……」
(雑談!?これが!?これが雑談!?!?)
いや、無理があるだろ!!
“今週末、予定ある?”って、それ普通の会話だったらお出かけ誘う前提のフレーズだよな!?
それを如月さんが言うと、一気に尋問感が増すのなに??
口調と表情が重罪の匂い出してるんだよ……!!
******
応接室を出て席に戻る途中、さらに追い打ちが来た。
「そういえば」
「……はいっ!?!」
「最近、新人の佐伯さんと仲良いわね。よく話してるの、見るけど」
目を伏せず、じっとこちらを見つめる如月さん。
(はい、出たー!!“特定の個人名を挙げてくるパターン”!!)
いやいや、これ絶対なんか言われる流れじゃん!?
佐伯さんは配属されたばっかりだからフォローしてただけで——!
「い、いえ、特に深い意味は!ただ新人研修の引き継ぎがあって……!」
「あら。別に聞いてないけど?」
笑ってないのに目が笑ってるように見えた。
ていうか、目が怖い。睨んでるってほどじゃないけど、なんか“警戒してる鳥”みたいな圧がある。
(え、なに、俺そんな悪いことした? それとも……まさか――)
祐介の脳内が急速に回転し、出た結論はひとつ。
「完全に嫌われてる」。
他の人が女子社員と話してても何も言われないのに、俺にだけ圧が飛んでくる。
つまり、俺の存在が生理的に無理なラインに入ってる可能性ある。マジで。
……さっきの“予定ある?”ってやつも、たぶん休日出社チェックだったんだろうな。
部下のプライベートを監視しつつ、職務命令を差し込んでくるスタイル……さすが如月さん……!
******
終業後、俺は忘れ物を取りにフロアに戻る途中で、ふと聞いてしまった。
コピー機横の死角スペース。
如月さんが、例の新人・佐伯さんと話している。
「……あの、相沢先輩、いろいろ教えてくださって助かってます」
「そう。あの人、親切よ。でも」
少しだけ言葉を区切ってから、如月さんは続けた。
「……変な気、起こさないで」
(……え?)
一瞬、聞き間違いかと思った。
でも佐伯さんが「えっ……あ、はい」と気まずそうに笑っているのを見て、そうじゃないと分かってしまった。
そのまま如月さんは立ち去り、佐伯さんも困惑しながら休憩室に消えていく。
俺は柱の陰でこっそり息を殺していた。
(……マジで嫌われてる……)
もうダメだ。俺、職場で不用意に話しかける罪人としてマークされてる。
新人と話してるだけで警告受けるとか、もはや人権ない。
ついさっき「予定ある?」とか聞いてた人とは思えない豹変ぶり。
いや、そもそもあれがフェイクで、本性がこっちだったのか……?
“圧”って、怖い。“怖さ”って、刺さる。
もうこれ以上、如月さんと距離を詰めるのは無理だ。
俺は静かに自分の机へ戻り、前借りて選択したハンカチを引き出しの奥へ、そっとしまい直した。
******
〜凛視点〜
――その夜。
(……また、怖がらせたかもしれない)
ただ「週末空いてたら、どこか行けたらいいな」って思っただけだった。
ただ「少しだけ気になった」だけだった。
でも、あの子を睨むような形になったのは、たぶん本当にダメだったと思う。
「……はあ。ほんと、不器用」
そうつぶやいて、クッションに顔をうずめた。
ぎこちない恋は、今日もまっすぐ伝わらなかった。
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