第二話[友達]
私が読んできた文学作品や、実際に体験してきたことなどから、お友達の作り方は簡単でもあり、難しくもあるものというのが分かっています。
難しいことを語るつもりはありませんが、最初に話しかけること(話すという行為がお友達という関係を保つために必要なことであるので、当然無限降下法的に、お友達ならば、遡って、お友達でない状態の時に初めて話しかける瞬間があったといえるので、お友達を作るには、お友達でない人に話しかけないとお友達になれないということ)がお友達を作るのに必須なことです。
まぁ、小難しい論理は必要ない筈なのですけれどね。友達の作成は合理ではなく心理ですから。
要は普通に話すことが大切です。
座ってゆっくりします。
早速、一人の女の子が話しかけてきました。
「だっこしてるきつね可愛い〜」
もふもふなきつねさんを抱っこして、天使系のゆめかわな服を着ている私は、この女の子にはとても魅力的に見えたことでしょう。
「この子はさっき森から歩いてきたときに付いてきた子ですよ」
「えっ! 森から」
森は、中心の広場は神聖不可侵な領域ですし、森の中や周辺を歩くということもまた大変に危険でもあるので、人間があまりすることでもありませんから、驚かれています。基本的に立ち入らないようにということが街の地図なんかにも載っていました。
不可能であるわけではありませんが、ただの女の子……に見える私がすることでもありません。それに、森の動物は珍しいのでしょう。
お友達になれそうな人に、私の正体を話すべきかという問題があります。
私の正体は、やはり人にとってあまりにも重要で大きいものですが、私としては積極的に気付かれに往くつもりもありませんし、重大だとは思いません。私が私であるという印象で接してほしいものです。だからといって、隠すつもりも特にはありませんが。
何かあったら言う程度にのほほんとしていましょう。
「森の子にしては、凄い懐いてるね〜! もふもふで羨ましい」
「撫でますか?」
膝のきつねさんに目線を向けると、きつねさんは女の子の方に寄ります。
「もふもふだー!」
恐る恐る撫でる女の子。そのまま座ります。きつねさんは、女の子の膝に乗っかります。
「そ、そうだ! お名前訊いてもいい? すっごい可愛いから思わず声掛けちゃった!」
「名前は……ミーアと云います」
特に由来はありません。後ろに本棚もなければ、思い入れのある何かもありませんから。因みに実は、先の「橘」は適当な何かです。覚えなくてもいいのですよね、あれ。
「ミーアちゃんって呼んでいい?」
「いいですよ〜!」
お友達になれるかもしれない子に、敬語表現を用いるのは、何かおかしいように思えますね。
しかし、私の母語は日本語だと思っているので、知覚者に伝える為の表現としての日本語で表現するとこうなってしまうだけで、実際は日本語で話しているわけではありませんから。結果として現れた日本語に違和感があるないこともないこともあるように感じられます。
実際は、即ちこの世界の言語表現活動的には、多少丁寧な表現を用いているだけです。私の理想世界に上下を分かつ敬語表現はありませんので。日本語の表現で言えば、丁寧語は使っても、謙譲語・尊敬語は使わない、ということでしょう。この文章とはまた別に。
抑、私のこの日本語が不可思議で間違っているという論には全くその通りと思いますが。
「私はリア! よろしくね!」
「よろしくおねがいします」
「ミーアちゃんて呼んでいい?」
「いいですよ、私も、リアちゃんって呼びますね」
「うん!」
リアちゃん。年齢としては、十五歳程でしょう。女の子で、獣人でなく、尻尾もありません(正しくは、小さな尾(骶)骨となっています)。金髪で、典型的なストレートなロングヘアです。服は、ラフですが、白と黒と薄い茶色の三色で、デザインのこだわりが見られるちょっとしたドレスのようなものです。メイド服のような要素ですね。
お話をするために、テーブルとそれを太陽(便宜上)の光から隠すようなパラソルを出します。勿論、魔法です。便利ですね。その魔法を便利にしたのは私ですが。
「えっえっ! ミーアちゃんすごい魔法使いさんなんだね!」
私達の座っている椅子は円形のテーブルに向かい合うように移動します。付いてきた狐さんは、テーブルの上からも見える位置に載せます。あくびをしていて可愛いですね。
「飲み物は何がいいですか?」
「えっ! 飲み物まで出してくれるの?!」
この驚きは、親切に対しての驚きもありますが、そんなことまでできるの?! という魔法の技術力に対しての驚きです。
自然科学的な何かで言うならば、原子レベルでものを操作することであります。魔法とは確かにそのようなことを実現できる夢のようなものでもありますが、ただ同時に、無理なものは無理だという有限の存在でもあるという、無茶なものではないということでもあります。魔法を扱えない人は魔法を扱えないのです。しかし、理論上不可能でないことは以外は、人間としての私には当然できます。一般の人が大規模な機械を利用する魔法も、それがなくともできます。そして、魔法とは一騎当千を実現できる世界の仕組みでもあり、魔法を勉強し続けたものは大きな機械なしに魔法を成し遂げることもあるので、故に信じられないものでもありません。
魔法は、使用者の能力に合わせて自由度もオーダー指数関数的に増えていくものです。あるいはそれ以上かもしれません。しかし、能力を上げること自体には経験が必要です。才能の方は、基本的には人数分用意されていますが、得手不得手・好き嫌いという多様性も同時に用意されています。努力くらいは必要ですが、後は個々人の思うがままです。その魔法が身近でありますから、研究する程は学んでいないという人が比較して多い社会では、本格的に魔法を使う人が凄い、というなんとなくの印象があるだけです。
それにあんまり魔法を行使しないであろう子には、私の魔法は驚きによって受け入れられるようです。
「何がいいですか?」
「う〜ん、ペルジャ!」
ペルジャ……これは、紅茶のようなものです。
ある植物から取れる茎の部分と水を合わせた、甘くも優雅で、少し渋みのあるような飲み物です。覚えなくてよいですよ。
しかし……文化・文明関連は、前世地球とは大きく違うなということを、改めてとても印象付けられましたね。いや、建物や獣人やこの広場や……違うと感じるところは多々ありましたけれど、お茶で実感を深めるとは……。
折角ですので、私も同じものを飲もうと思い、創造します。カップに入った温かい飲み物が二人の前に置かれます。ついでにきつねさんには美味しいご飯を置いてあげました。
リアちゃんが一口飲みます。
「すごく美味しい!」
高品質、一番美味しいものを提供しました。
お茶会のようなものは優雅な雰囲気で始まりました。
「きつねさん可愛いですね」
「ね!」
自然の子である筈なのにもふもふであるきつねさんを撫でながら、リアちゃんは言います。
神聖な森の動物さんたちは可愛く育つものですよ。
「森を歩いていた時は色々な子が付いてきていたのですが……この子だけは森を抜けても私に付いてきたのですよね」
「えぇ! そんなことをしてたんだ! その風景すごくロマンチックというかメルヘンチックというか、見てみたいな〜。確かにミーアちゃんからはそういうオーラを感じるよ。きみも、ミーアちゃんが可愛いから付いてきたんだもんね!」
きつねさんは、一つ鳴きます。
「ありがとうございます」
二人できつねさんを撫で、言い合います。
すると、そのきつねさんは、テーブルを少し歩き、再びリアちゃんの膝におさまります。私からはテーブル越しに見えなくなりました。
「このきつねさん、名前はないの?」
「そうですね、さっき出会いましたから」
「じゃあ名前付けていい?」
「名前を付けてもいいですか?」
私がリアちゃんの言を復唱するようにきつねさんに訊くと、うんと頷くような動作を見せます。透視です。
「付けていいそうですよ」
「やったぁ! じゃぁ、どんな名前にしようか……」
きつねさんを撫でながら考えるリアちゃん。
心地良さそうです。
「もふもふだから、フォルトくん!」
「フ」の音は、ふわふわした印象を受けるのは共通で、フォルという単語は、もふもふ、やわらかいというような意味を持ちますから、そのように名付けたようです。
リアちゃんが「フォルトくん」と呼びかけると、「きゃっ」或いは「きゅい」のように鳴いて反応します。あ、「コンコン」とは鳴きませんよ。先程も「きゅい」と鳴いていました。
「野生の子のはずなのに、すっかり丸まっていますね」
「私も、ミーアちゃんの神聖なオーラは感じちゃうよー、安心しちゃう感じ分かるよー」
もふもふを撫でて、もふもふに話しかけるリアちゃん。反応するようにフォルトくんも耳を動かします。
……まぁ、あの森は一般的な野生の環境とは相当離れていますから、そういうこともあるのでしょうか? 眼の前に実例がありますね。
「ミーアちゃんって、初めましてだけど、どのあたりに住んでるの?」
住処、住所はありません。
本当に先程、この世に現れたばかりで、強いて言えば広場が住処とも言えます(神聖で私以外には入れませんからプライベートが保証されています)。一応神の間なんかもあったりしますから。ただ、森が住処だと言うのも文明的には正答ではありませんし、私的にも違和があります。かといってどこか外に家を設けるつもりも特にありません。仮に家を建てるとしても森の中、広場の中でしょう。文字通り何でもできる自由は、究極のプライベート空間で行います。人間体ですので。
それに私は旅をするつもりですから、ここに毎日帰るという家は今後もないのかもしれません。
「家……というよりは、旅をしますから、どこか特定のここに住んでいるということはありませんね」
魔法がある世界で、自由な世界故に旅をする人が多いといえど、それでもいつ帰ってもよい安心できる家を必要とするのが人なので、異端な答えかもしれません。
「え! 旅をしてるの? すごい魔法使いさんはすごいね!」
既に常識外のことをいくつか見せていますから、耐性も付いているようです。尤も、常識なんてあってないようなものです。
「じゃあ、ここにはどれくらい居るの?」
可愛い子はお友達。そんなリアちゃんは、フォルトくんが居なくなることも、私が居なくなることも寂しがってくれているようです。まぁ私としては来たばかりで、すぐに離れる理由もありません。
「いいえ、当面は居ますよ、十年くらいは居ましょうか?」
「いやいやいや、旅をしてるのにそんなに引き止められないけど……暫く居てくれるなら嬉しいよ!」
私の時間に限りがないとはいえ、世界の時間に限りはありますからね。しかし、だからこそ、一期一会は大事です。
更に言えば、ここは世界で一つの、立ち入れない神聖な森と隣り合う街で、観光地のようなところが沢山あり有名でもありますから、暫く居たいものですね。
「リアちゃんは、やっぱりこの辺に住んでいますか?」
知っていることでも、簡単に分かることでも、聞いていなければ知らないことと同じです。人間にはコミュニケーションが不可欠です。
「そうだよ! お友達がほしいからよくここに遊びに来てるけど、おうちに来る?」
悪意のないこの世界において、悪いことをする人は存在しませんから、仲良くなってすぐにお家で遊んだりすることがあります。
状況的には、元の世界の歌舞伎町の有名な広場のよくある一幕の様ですが、悪意などを取ってしまえば学校の友達と同じことです。
という訳で、リアちゃんのお家に移動します。
私が魔法でぱっと物(机とパラソル)を消したのも少々驚かれましたね。
フォルトくんは、歩くときには私の横にぴったりでした。街歩く人は、それを不思議なものを見る目で、可愛いものを見つけたような目で見てきましたから、相当に目立っていましたね。
リアちゃんの家には、ご両親が居られました。
「こんにちは」
「はい、リアのお友達ね?! こんにちは」
挨拶をして、リアちゃんの部屋に行きます。
リアちゃんのお部屋には、ぬいぐるみなどが飾られており、非常に可愛らしい部屋となっていました。
ベッドの上のきつねさんのぬいぐるみに寄り添うように丸まります。
「仲間だねー」
これまでの行動からも分かるのですが、フォルトくんは頭が良いので、きつねに模したぬいぐるみ(もふもふ)だということを理解した上で、もふもふとその安心感に微睡んでいるようです。まぁ、言葉が通じるわけではないので、普通は分かるものではないのですが。
私とリアちゃんも並んでベッドに座ります。
すると、リアちゃんがカードゲームを行うことを提案してきました。カードの類は基本的に娯楽としては普及しやすい文化であり形態です。何しろ、素材と柄があれば作れますし、色々な遊び方ができますから。
そうしてリアちゃんが出したのは、カードという名詞(発音も違いはしますが、「カード」は小型の長方形の薄いもの全般を指す語でもあります)がそのまま定着した、トランプと殆ど同じものです。見た目こそ異なりますが、十二の数字、四つのマーク、特殊カードたるジョーカーが有り、概念として殆ど全く同じです。異なるところは、数字の最大が十二であるところですね。元の世界のトランプ・カードは数字が十三だったのですが、合計枚数の素因数分解が二・二・十三と二桁の素数があり、様々なことに都合が悪かったので、この数にはならず、充分な量で素因数分解が二・二・二・二・三と小さい素数の二と三が含まれていて扱いやすい合計枚数になりました。数字とスート(種類)と特殊カードという構成も扱いやすく広まりました。
さて、カードゲームをするに当たって、私は人間的に、「分かりえないものが分からない状態」になる必要があります。これを使える状態、使えない状態があるというわけではなく、概念的なものなのですが。まぁ、見えない手札は本来は見えないものですから。
これに限らず不自由になる自由(つまり交流や旅)によって得た不自由(今回の場合はゲーム)は積極的に享受していきたいところです。
第一戦はババ抜きです。基本的なゲームです。
リアちゃんが表情を変化させないようにする姿が可愛いものです。随分と分かりづらいので、最後の二対一枚が難しいです。二枚はリアちゃん。
ここで、私から見て右の一枚に手を翳すと渾身の変顔をして、左の一枚に手を翳すと固まったように真顔をするので面白いです。どちらか分からないようにしてきますね……。真顔の方から取ると、数字のカードで、私は勝ちました。
「んああぁ! 負けたあぁ!」
「私の勝ちですね」
随分と悔しそうにしながら「もう一回」と言った二戦目は、私があっさりと勝ちました。
更に悔しそうにして、別のゲームにしよ! と言うので、今度は別のゲームをします。
第二戦は、ヘルスです。この世界の語で、力という意味がそれとなくあります。
魔法が使える人が居るとできる、この世界独自のカードゲームです。リアちゃんはこのゲームを知っていて、魔法を使える私が居るからと提案してくれました。やってみたかったようです。
魔法を用意します。手札が半分づつ渡されます。そして強さを見て、「絶対に出せるカード組」と「確率高」「確率中」「確率低」の四グループに、選ばれる可能性の高い方に向かって少なくなるような定数(ルールとして予め定められた)枚づつを置きます。
次に、「絶対に出せるカード組」から一枚選ぶか、確率のカード組からそれぞれ三枚選ぶか、した上で、カードを同時に出し合ったりし、数字とスートによって勝敗を決するゲームです。確率のカード三枚から出すカードを確率に従って選んでくれるのは魔法さんです。量子力学が何とやらで、無作為性が保たれています。基礎はこんな感じですが、例えば確率操作といった細かいルールも入れてみたりすると発展する、一つのカードゲームの派閥ですよ。
やってみると面白いです。
「あ! 確率低いのに入れてたカードが、うまくいった!」
とか、
「なんでぇー! 低いはずの確率が今当たるの!!」
とか、
私も勝ったり負けたりと楽しかったです。確率はどれだけ頭が良くても悪くても、戦略が良くても悪くてもひっくり返すこともあったりなかったりと、面白いものを生みますからね。
そして、そろそろ夕暮れも過ぎようとし、夜の始まる暗いの時間となりました。
「ミーアちゃん、こんな感じの時間だし、そろそろ帰る(?)の?」
疑問符が付いたように訊ねられます。ホテルや宿や、そういうところに戻る必要などがあると思ったのでしょうし、夜は家族の時間でしょうから、私はリアちゃんの家を出ることにします。
フォルトくんがリアちゃんから離れて私の胸に飛び込んで来ると、リアちゃんは少し寂しい顔をしていました。
リアちゃんと、リアちゃんの両親に挨拶をして、リアちゃんの家を出ます。