旅立ちの日に
「ほら、遅れるでしょ! 本当に、最後の最後の日までこの子は!」
「いってえなあ、余計遅くなるじゃん」
「いいから無駄口叩いてる間にとっとと準備しなさい!」
今日は小学校6年生の息子の卒業式だ。明るくて、風邪ひとつひかない元気な子だけど、ちょっと落ち着きがなく勉強はあんまりだし、いたずらも多い。今の子らしからぬ一昔前のいたずらっ子みたいなタイプなだけに、どれだけ振り回され、あっちこっちに頭を下げてきたことか!
だけどそんな小学校生活も今日で終わり、来月からは中学生。こんな様子で本当に中学生になれるのかどうか心配だが、なってしまうものは仕方がない。それに、上の学校に進むことで、ちょっとは落ち着いてくれるのではないかと儚い希望もないことはない。
どちらにしても、長かった小学校生活の一区切りの大事な日、そう思うとなんだか心の中が熱くなる。
「それじゃあ、お母さんたちも後から行くから、ちゃんと大人しく先生の言うこと聞くのよ!」
「わあってるって、じゃあ」
そう言って、時間ギリギリになって家を飛び出しながら、
「おおっと」
そう言って戻ってきた。
「何、何を忘れたの!」
「これだよ、これ忘れた」
そう言って、卒業式用にと今日おろしたばかりの上下揃いの服のポケットをあっちこっち探り、
「あ、いけね、あっちだ!」
そう言うと靴を蹴飛ばして家の中に走り込み、今日からはもう使わないランドセルに手を突っ込んで、ゴソゴソと何かを探し出した。
そうだった。昨日、ランドセルを背に家を出る姿を見て「この姿も今日で最後か」と涙がにじみそうになったものだが、思えばあのランドセル、よく6年間もったよねとそちらに拍手を送りたくなった。
小学校高学年にもなると、もうランドセルを持たない子も多くなったが、我が家はそれはさせなかった。今は亡くなった夫の両親が小学校の入学祝いにと買ってくれた青いランドセル、大事に卒業までこれを使うようにと言ったら、その約束を守ってくれた。これはちょっと信じたい出来事だったが、「じいちゃんばあちゃんのくれたもんだもんな」とそう言って、不思議なぐらい大切に扱ってくれて、小学生最終日まできちんと背負ってくれたんだっけ。
「これこれ、はい」
そんなことを考えていたら、息子はそう言ってぽんっと私の手の上にしわくちゃになった封筒を乗せた。
「何これ?」
「いいからいいから、俺の気持ち、じゃあ!」
そう言うだけ言うが早いが、学校へと向かって駆け出した。
「何それ?」
「分かんない、なんだろう」
夫が不思議そうに聞く。封筒を裏返してみると、そこには息子の名前、そして表には、
「お父さん、お母さんへ」
へと、相変わらずミミズがはったような字で書いてある。
「あ、あれか」
思い出した。
『6年生の生徒はご両親にありがとうの手紙を書いています。ぜひ式場でそれを読んであげてください』
「ふうん、そんなイベントやってるんだ」
「うん、結婚式の花嫁の手紙的なやつかな」
「家じゃなく卒業式会場で読むの?」
「そうらしいわ」
「へえ、感動の演出かな」
「他の家はそうだろうけど、うちの場合はそういうの期待できるかどうか……」
夫は私の言葉に苦笑するが、とりあえず持っていくことにするか。息子の手紙をバッグにしまい、夫と共に学校へと向かった。
会場につくと父兄席は半分ほどが埋まっていた。知っていた顔に軽く会釈しながら夫と共に適当な席につく。
今年は出席人数に制限がないからか、両親と祖父母が一緒に着席している姿も結構見かけた。うちは夫婦揃って親がちょっと遠方で、やはり遠出は心配なので来ないようにと言って夫婦のみで出席となった。下の娘は在校生の席にいる。
「今日一日大人しくしていてくれますように」
私が祈るようにそう言うと夫が、
「さすがに今日は何もしでかさないだろうさ」
と言うが、いやいや、何をしでかすのか分からないのが我が息子。
「そんな信用ないから」
ため息と共に私はそう言う。
「そういやさっきの手紙」
「ああ」
会場のあちこちで子供からの手紙を読んでいる親の姿を見かける。中にはハンカチで涙を拭いている人もいる。
「やっぱりうちの息子にはそういうの期待できそうにもないわ」
「まあそう言わず読んでみよう」
「まあねえ」
あまり期待せずにしわくちゃの封筒を開く。すぐに開けられるようにシールで軽く留めてあるだけだった。
「えっと、なになに……」
『お父さん、お母さん、いつも僕を育ててくれてありがとう』
「なんか変な言葉遣いね」
そう言いながらも「ありがとう」という言葉はやっぱりなんとなくうれしい。
『ぼくは今日、小学校を卒業して、4月からは中学生になります。なので小学校の間にお父さんとお母さんに言っておきたいことがあります」
「何かしら」
『まず、お父さんとお母さんのおかげで今日、小学校を卒業することになりました。ありがとうございます』
まあ、このあたりは先生が書けと言った言葉を入れてるのだろう。そう思いながらもそんな日が来たのだなあと、ちょっと胸が熱くなる。
『さて、いよいよ本題に入ります』
「なんだかもったいつけてるわね」
『お母さんが、新婚旅行で買ってきたぞうのこうろがなくなったと言っていましたね、あれは僕がこわしたので隠しました、ごめんなさい』
「はあ?」
確かにタイで買ってきて大事にしまっていた象の香炉、時々何かあると出してきてお香を炊いてるそれが少し前から見当たらない。てっきり引っ越した時にどこかに入れてしまったのかと思っていたのに。
『それから、お母さんが大事にしているたった一つ持ってるブランドバッグ、その中に落書きをしました、ごめんなさい』
「え、ええっ!」
私は急いで今下げている、手紙にあるようにたった1つだけ持っているブランドバッグを開いてみた。
「え、そんなものどこに、あっ!」
内ポケットの中、開かないとよくわからない場所に猿の絵が!
「ちょ、なにこれ! え? え?」
急いで手紙の続きを読む。
『それから』
「何よ、まだあるの!」
『床の間のがくのうらの壁にも穴が空いてます。ごめんなさい。わざとじゃなかったから』
「わざとじゃないって、ちょ!」
『卒業祝いに全部時効でゆるしてくれるということでいいでしょう?』
夫は隣で呆れ顔だが、私は怒りで顔が赤く染まるのを感じていた。
その時、
「卒業生入場」
そんなアナウンスが流れ、次々と今日の主役たちが会場へと入ってくる。
手紙を持ってわなわなと震えている私を見て、息子がウインクをしてきたので、
「いいわけ、ないだろうが!!」
思わずそう口から飛び出して、注目の的になってしまったことすら腹立たしい! きっとこの卒業式のことは永遠に忘れない!
※「カクヨム」の「KAC2023の第7回お題・いいわけ」参加作品2編の2本目です。
2023年3月16日発表作品になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は「カクヨム」にあります。
よろしければ読み比べてみてください。




