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小椋夏己の盛り合わせ  作者: 小椋夏己
2022年 7月公開作品
30/68

くだらない勇気・4本目

「ああ、卵が……」


 今日は土曜日、仕事が休みなので昼を過ぎるまでぐっすりと眠り、それからのそのそと起き出して空腹を満たそうと冷蔵庫をのぞいたら、賞味期限から3週間も過ぎた卵が2個見つかった。というか、食べられそうなものがそれしかなかった。

 本当は昨日、帰りに買い出しをして食料を買い込み、この土日は家に引きこもろうと思っていた。だが仕事帰りの仲間と「この暑さだから暑気払いに」とちょっと一杯引っ掛けに行って、深夜にヨレヨレで帰ってきたのでそんなゆとりがなかったのだ。


「うう、どうしようこれ……」


 卵の賞味期限は生で食べられる期間だと聞いたことがある。


「ってことは、火を通せば食べられるってことよね」


 だがそれにしても3週間はどうだろうか?


 捨てようかなとも思ったのだが、卵を見たら目玉焼きが食べたくなってきた。どうしても食べたいのなら買い物に行けよって話だが、今から出るのもめんどくさい。

 何しろ外は「命の危険があります、不要不急の外出は避けましょう」と言われるぐらいの暑さなのだ。言われるまでもなく、家から一歩だって出たくない。


「よし割ってみよう、それからどうするか考えよう。なんだって自分で確かめてみないとね」


 残った卵2つをボウルに割ってみたら、


「うん、崩れてない」


 そこにはもりもり盛り上がったとは言えないが、ごく普通に黄身が2つ、ぷるんとならんでこちらを見ている。箸でつんつんとつついてみたが、どちらも割れる様子もない。それなりにしっかりしているようだ。

 

 黄身が崩れた卵はもう腐ってるから食べるなと母に言われたのを覚えている。少なくとも崩れてはいない。


「大丈夫、だよね?」


 卵を入れた小さいボウルを持ち上げて今度は(にお)ってみる。


「臭くない、気がする?」


 多分何も臭いはしないと思う。少なくともツーンんとくる刺激臭とか、そういうものはない。


「よし、焼いてみよう。加熱して臭くなったらそれからやめても遅くない」


 フライパンを取り出し、温めて油を敷き、ボウルの卵をうつした。


 じゅううううううう


「うん、腐ってない匂いだ。おいしそうな匂いだと思う」


 塩コショウをして調理続行。


 念のためにしっかりとハードボイルドに焼き上げる。加熱したら食べても大丈夫ということは、半熟や半生は避けた方がいいということだ。


 お皿に移す。他に一緒に盛り付けるものは何もないので、某パン屋の春の祭りでもらった白いお皿のど真ん中に、黄色い黄身が二つ白いドレスをまとっておすまししているだけだ。


「大丈夫みたい」


 パックのご飯をレンジでチンして焼き上がった目玉焼きをおかずにし、なんとか空腹を満たすことができた。

 いや、正直満たされてはいないのだが、卵のその後のことが気になるので、とりあえずこれで食べるのをやめて様子を見ようと思ったのだ。


「一応体調に気をつけた方がいいもんね」


 そうして夜が来て、また朝が来た、


「うん、なんともない、大丈夫」


 なんだ、3週間期限切れでもなんともないや。これからも少しぐらいなら大丈夫だな。一人暮らしで10個入り買うと、ついこんなことになってしまうのよねえ。でも6個入りとかはなんとなく割高なので、つい10個入りを買ってしまう貧乏性。

 

 そんなことを考えていたら、電話が鳴った。


「もしもし」

 

 母だ。


「あ、おかあさん、聞いて聞いて」


 思わず卵の賞味期限について語る。


 と、


「ばか!」


 突然怒られた。


「なんでよ、なんでいきなり怒るの?」

「卵はね、当たると怖いのよ。下手したら死ぬよの」

「また大げさな~」

「おおげさなんかじゃありません!」


 大きな声でさらに怒られた。


「大阪のおじさんが入院したことあったでしょう」

「ああ」

 

 もう何年も前になるが、母の弟である叔父が東南アジアに出張して帰って、空港から救急車で病院に運ばれたと聞いたことがある。


「あれ、卵に当たったんだからね」

「え! な、なんで!」


 母が言うには、おじさんは仕事が終わって帰国する朝、ホテルのバイキングでトーストとスクランブルエッグをたべたのだそうだ。


「その卵に当たって機内で具合が悪くなったんだけどどうしようもなくて、それで関空から医大に運ばれたものの、もうちょっと遅かったら危なかったって」


 ぞぞっ!


「でもそれって、たとえば生水とかそういうのだった可能性ないの?」

「水はずっとミネラルを飲んでたし、その朝はあまり食欲がなくて、好物の卵しか食べてなかったらしいの。まあ、そういうことで体調が悪かったというのも原因の一つかも知れないけど、そのぐらい危ないんだからね、卵って」

「知らなかった……」

「どうしてか心臓の具合が悪くなって、一時はペースメーカーが必要になるかもって、そこまで言われたのよ」

「怖いなあ……」


 確かに海外では卵は生で食べない、食べるのは日本ぐらいだと聞いたことがある。でもスクランブルエッグということは、一応火が通ってただろうに、それでもそんなことになったりするんだ。


「でもここは日本だし、捨てるのもったいないと思ったんだけどなあ」

「あんたね卵、いくらで買った?」


 卵だけ単品で買ったわけではないのではっきりとは覚えてない。


「うーん、200円か300円ぐらい?」

「間を取って250円として、卵2個でいくらよ」

「50円」


 そのぐらいの計算はできる。


「その50円のことで死ぬかも知れないんだから、今度からはちゃんと捨てなさい」

「でも食べ物のない国のこととか考えると、食べ物って捨てにくくて、そんで勇気を出して食べてしまった」

「ばか!」


 また怒られた。


「そんな勇気捨てておしまい! そんなくだらない勇気! そんなもんのためにお腹下したらどうするの!」


 その後、かなりこってりと説教をされた。


「分かったわね? そういう場合は捨てる方が勇気、いいわね?」

「うん分かった」


 そう言った後でふと思いついた。


「くだらない勇気より(くだ)さない勇気よね、よく分かった」

「ばか!」


 ふざけた答えをしたために、母の説教がさらにヒートアップしたのは言うまでもない。


「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの(あだ)もない」


 茄子が咲いた花全部が実になるように、親の意見にも無駄がないということわざ。


 そんなことを思い出しながら、しばらくの間大人しく叱られ続けられていた。

※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第15回お題・くだらない勇気」の参加作品です。

同タイトル4本のうちの4本目で2022年7月14日発表作品になります。


ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。


「カクヨム」で元の作品を読むことができます。

よろしければ読み比べてみてください。

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