23話
「アラン様? わたくしの命令がお聞きになれませんの?」
シフォンが、悲し気な瞳を浮かべながらそっと囁くような小さな声で告げる。
しかし、甘さが漂う声とは裏腹に、命令と言う単語を使うシフォンは他者を支配したい欲求が高いのかもしれない。
「も、申し訳ございませんシフォン様! 如何にシフォン様と言えど私には心に留めたお人が御座います故、如何にシフォン様の御命令とあれどお受けする事は出来ません」
アランは深々と頭を下げシフォンに詫びの言葉を述べる。
シフォンは一瞬だけ表情を強張らせるがすぐ様元の柔らかい表情へ戻し、思案をする。
他国の侵攻によりセントラルジュ王都に住む一般人はまず生き残っていない。
地方に住む一般人は生き残っている可能性はある。
この場合、アランの想い人は故郷に住む女性。
邪教に染めて差し上げるか、それとも殺害するかその存在を消す事は容易。
けれど別の場合、つまりは王族である私の命令を拒んで迄貞操を守りたいと思う相手、それはつまり、お姉様。
「アラン様が心に留めたお方は故郷の村娘ですの? でしたらヘルツオーク教が持ちうる財の一部を提供致すかヘルツオーク教での地位を与えて差し上げましょう」
シフォンは、咄嗟に浮かべたアランの想い人である2つの可能性の内1つを潰す質問をアランに投げ掛ける。
「いえ、わたしの故郷に心に留めたお方は御座いません」
アランは、シフォンが質問した意図を考える事無くあっさりとその答えを口にする。
「そうですか。ならばお姉様ですの?」
恐らくこれが本命ではあるが、アランが本当の事は言わないと思いつつ心の奥底から溢れだそうとしている負の感情を抑え、シフォンは優しく問い掛ける。
「あ……」
シフォンの問い掛けに対しアランが顔を真っ赤にし、視線を大きく外す。
これでは誰が見てもシフォンの問いかけが真実であると言っている。
「い、いえ、平民の私がフィア様を心に留める事など」
再度シフォンの元に視線を戻し、ゆっくりと話すアランであるがその言葉を信じるというのは中々難しいだろう。
当然、シフォンもアランの言葉よりもその挙動から得られた情報を信じ、再度思案する。
アラン様が心に留めた女性はほぼお姉様。
お姉様は、神聖魔法の才能も王位継承権を奪っただけじゃなく、恋心を抱く殿方までも奪うなんて、許せない。
けれど、アランを洗脳し自分の手中に収めるという事はやりたくない、あくまで自分自身に好意を抱いて欲しい、お姉様に抱く気持ちよりも強い好意を抱いて欲しい。
だからこの場はこれ以上追及しない様にしよう。
もしも万が一、お姉様がアラン様に恋心を抱く様になったその時は、アラン様の存在を消してしまおう。自分自身が手に入れられないならば相思相愛にさせた上でその存在を消し、お姉様に対して最愛の人を失う地獄の苦しみをあたえてあげよう。
「そうですの。アラン様が心に留めたお人はわたくしやお姉様よりも素敵なお人なのでしょう。アラン様の恋がご成就なさる様ご協力いたしますの」
シフォンは、自分の肩に乗せていたアランの右手をそっと降ろす。
「いえ……シフォン様」
アランが呟くが、シフォンはその言葉を聞かないフリをして、姉の処遇について思案をする。
お姉様の精神を徹底的に破壊した後、邪神ヘルツオーク召喚の生贄にしてしまおう。
お姉様の高い魔力ならば1人だけでも下手をすれば一般人の1000人分の価値があるかもしれない。
若しくはマギーガドルを任せているヘルツオーク教司祭にお姉様の抹殺を頼むか、けれどその司祭の力では奇襲を仕掛けた所で勝てる保証は無い。
そう言えば、モスケルフェルトの司祭は使い物にならないと報告を受けている。
何でも、成すこと全てが脳筋であり指摘をしても改善をしない知能指数が低いと聞く。
モスケルフェルトを担当する司祭とマギーガドルを担当する司祭を入れ替え、お姉様と戦わせてしまえば良い。お姉様が始末できれば良し、無能の処分が出来てもそれはそれでよし、無能の魂を邪神ヘルツオークの召喚に必要な贄に使える。
「ふふ、細かい事はお気にならさ無くて良いですの、アラン様。アラン様のお部屋もご用意いたしていますの、案内しますの」
少しだけ姉に対する処遇の考えがまとまったシフォンは、先程脱ぎ丁寧に折り畳んだローブを再度身に纏い、アランを自身用の個室への案内に向かった。




