21話
「間違い無いわね。ならここから撤退させて貰う」
私がシルフィに合図し、私とアランとハルディオス隊長に機動力向上を掛けさせようとするが、
「お姉様? わたくしは優位な状況にありますの。それを念頭にわたくしの頼みを聞いて欲しいですの」
「つまり、交渉、と」
一体何を求める? 私に出来る事が特に浮かばない。頼みと言う言葉を使った以上、私が逃げに徹すればシフォンが追い付けない事を把握した上で私をヘルツオーク教に入れる事は諦めたと思えるが。
「はいですの。まず、ハルディオス隊長をお返しして欲しいですの」
元々ハルディオス隊長はシフォンの部下だった事を考えれば極めてまっとうな要求だ。
しかし、まず、と言うのは一体?
「それは構わない。ハルディオス隊長、貴方の記憶を元にシフォンの命令に従いなさい」
「ハッ、フィア様仰せのままに」
交渉である以上、私にも何か利があるとは思うが、最悪ここから代償無しに逃げられればそれだけでも利である以上シフォンの要求に応じるしかあるまい。
出来れば近接戦闘が得意な人員としてハルディオス隊長は欲しかったけれども。
「流石はお姉様。賢明な判断ですの。わたくしからはこれをお姉様に委ねたいと思いますの」
シフォンは懐から15センチ程で黒い光沢を放つ鉄の様な金属製の棒を私に見せる。
一見大して役に立たなそうな棒で、武器として扱うなら例え近接戦闘でもハイリング・カノンの方が攻撃性能が高く感じられる位に心もとない様に見えるが、シフォンが私に対する交渉材料と考えるならば何か有益な効果があると思える。
「それは何?」
「冥鎌オプファー・ニッツと呼ばれる武器ですの。マギーガドルにてヘルツオーク教の拠点を作っていた際に出現した代物ですの。わたくしが試しに使ってみたところ、この武器で斬られた者の魂を吸収し成長するみたいですの」
「つまりは、優秀な近接武器ってところ?」
「そうですの。基本形態は鎌ですけど、状況に応じて好きな武器に切り替えられますの。優秀な博識の紋章を持つ人間が扱えるエンチャント・ウェポンの魔法、それを多種多様な武器荷反映出来るみたいな感じですの」
簡単に説明するシフォンだけど、魔力により魔法の剣や槍や斧を産み出すエンチャント・ウェポンは博識の紋章を持つ人間でも相当上の人間、恐らくは親衛隊クラスの人間がやっと1種類の武器を産み出せる訳で、それが複数種類の武器を実現化出来るこの武器は相当強力である事が伺える。
しかし、
「そんな優秀な武器、シフォンが使った方が良いんじゃない?」
「わたくしは、お姉様みたいに精霊を召喚し自身の基礎技能や身体の力を向上させる補助魔法を扱えませんの。勿論邪教徒の方々の中にはそれらの補助魔法を扱える者もいますけど、それ等の人と共に行動しなければならないだけでも不便ですの。その点、強力な補助魔法を自身で扱えるお姉様ならこの武器を有用に扱えると思いますの」
確かにシフォンが言う通り、誰かに補助魔法を掛けて貰って近接戦闘を挑むよりは、自分自身が補助魔法を掛けて近接戦闘に挑んだ方が手間も無く効率も良い。
けれど、そんな重要な武器を私に託す理由って? 私をヘルツオーク教に入れたがっているシフォンがどうして?
「そうね、確かにシフォンの言う通りだけど」
シフォンは私に近付き、冥鎌オプファー・ニッツを私の左手に乗せる。
左手のひらにひんやりとした感覚が伝わったかと思うと、私の魔力と干渉するような気がするけど調和している様な不思議な感覚が走る。
冥の属性と言う奴が私の聖属性と触れ合ったのだろうか? 仮にこれが邪の属性だったら私か武器かのどちらかが吹き飛ぶ事になるとは思うんだけど。冥属性の物自体に触れたことが無い以上細かい事は分からないか。
しかし、ここまで強力な武器を私に渡そうとするシフォンの意図が分からない。
「うふふ。お姉様? 察しが良いですの? 続いて、アラン様をわたくしのお傍に置かせてほしいですの」
シフォンから予想外の要求をされる。
どうしてアランを? 親衛隊長のハルディオスはシフォンの手元に戻したというのに?
私自身何だかんだ言っても騎士では無く魔法使いに該当する人間である以上出来る事なら剣技に長けた人間を傍に置きたいのだけど、だからこそ強力な近接戦闘が可能な武器を私に与えたという訳か。
「申し訳ございませんシフォン様。わたくしアランはセントラルジュ国にお仕えする騎士で御座います。邪教であるヘルツオーク教に加担する事は出来ませぬ」
私がシフォンに返事をするよりも早く、アランがシフォンに対し、深々と頭を下げ、詫びながら説明をする。
「そうですの。お姉様? 大事な大事な臣下が洗脳される様子を見たいですの? わたくしは見たいのです。ですが、最終的にお姉様がお決めになられました判断に従いますの。妹であるわたくしはお姉様に逆らえませんの」
にっこりと優しい笑みを浮かべながら、えげつない事を平然と述べるシフォン。
早い話、丁寧な口調で私を脅迫している訳で、シフォンからは段々と狂気を感じる上に思わず都合の良い時だけ妹面しないでと言いそうになる。
だからと言ってアランがシフォンの邪術によって洗脳される姿は見たくない。
それは事実で、シフォンから強力な武器を委ねられて私の近接戦闘力が上がった以上、近接戦闘が得意な臣下は諦めるしかない。
別に、アランがシフォンから殺される訳でも無いし。
今からシフォンの隙を突いて全力で逃げ出そうとしても、シフォンが扱う邪術の射程外に逃げられる保証は何処にも無い。
恐らく私は聖の魔力を使う事でシフォンの洗脳術を防ぎ切れる事は出来るけど騎士であるアランがそれを防ぐ事は、プリーストであってもシフォンの洗脳術を防ぐ事は不可能。
リスクを取ってハルディオス隊長に対して聖銃の性能を試した結果、武器の性能を把握出来強力な近接武器が手に入ったと割り切れば悪い話じゃないか。アランをシフォンに委ねる羽目になったのは少々痛いかも知れないけれど今の私に選択肢がない以上どうしようも出来ない。
「そうね。アラン、シフォンを守りなさい。私はセントラルジュ国復興の手を探しに行く」
「ですがフィア様お一人では!」
アラン。私に対する忠義が厚い事は良い事だけど、シフォンの話を聞いていたのだろうかと少し気になってしまう。
「シフォンの邪術を防ぐ事が出来ない臣下と共にするよりは一人で行動した方が動きやすいとでも言えば良くて?」
私は暗にアランは足手まといだという事を告げる。
「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに」
私の言葉の意味に気が付いたのか、唇を噛み締め悔しそうな顔を見せる。
「いいえ、貴方は良くやっているけれど、これから先の旅路はそれでも力不足なだけ。悔しいと思うなら、シフォンから魔術の勉強を教えて貰いなさい」
私はアランをフォローするが、
「申し訳ありません」
アランはもう一度私に謝罪をした。
「気にしないで。私はマギーガドル国に向かいナナリィ王女にセントラルジュ国陥落の件を報告する。落ち着いたらまたここを訪れるつもりよ」
これでは、まるでアランをシフォンから取り戻しに行くと思われても仕方ない言い方だ。別に強力な近接武器を手にした以上、アランに固執する意味と言うのはあまりない。
長年セントラルジュ国に仕えた騎士だけあり多少なりとも情があるとは言え、私の身を守る兵はナナリィ王女から提供される可能性も高いのに。
なんでそんな言い方をシフォンしたのか、よく、分からない。
「ええ、お姉様お待ちしておりますわ。御武運をお祈りしております」
懇切丁寧に言うシフォンだが、心なしかキツイ表情を見せ僅かながら殺意に近い気配を感じ取った。気のせいだろうか? 気のせいじゃないにしてもその理由は私には全く予測は出来なかった。
出来る事ならばシフォンを邪教の道から脱却させたいけど、何かが引っかかる。
シフォンは、水面下でモスケルフェルト国等他国にヘルツオーク教の拠点を構えている様な話をしていて、今回セントラルジュ国を襲撃させたのは彼等が恐らくそれ等の国の軍部を操って派兵させた。
けれどあの娘は、才能が無い事に対する劣等感を強く抱いていたけど、でもそれだけの事でセントラルジュ国家を破壊するの? 私には理解が出来ない。もしかしなくても、私が知らないけれどあの娘だけが知っている重要な情報がある? 何も分からない。
ただ、お父様もお母様も亡き今私があの娘を救ってあげなければならない事だけは言える。
ナナリィ王女が何か知っていればいいけれど、今は兎も角情報を手に入れるしかない。
私は、シフォンが教祖を務めるヘルツオーク教団のアジトを後にし、ナナリィ王女のいるマギーガドルへと向かう事にした。




