2話
「アラン! オメェは王族をお守りしやがれ!」
王族を守る為に編成されている最後の部隊、セントラルジュ国親衛隊ハルディオスの怒号が周囲に響く。
セントラルジュ国親衛隊。彼等は神聖魔法や精霊召喚魔法の他にも近接戦闘にも秀でており、その実力は筋力に自信のあるモスケルフェルト兵やアンドロイド兵を相手にしても1体1の状況なら勝利を収められる。
親衛隊とは言え他国の一般兵より少し強い程度の実力しかないのかと言われれば確かにそうなのだが。しかし、セントラルジュ国民が持つ慈愛の紋章の弊害として生じる、筋力が付きにくいマイナス要素がある中ではそれ等の一般兵に討ち勝てるだけでも素晴らしい実力なのであった。
とは言え、我が国では猛者なのかもしれないが、敵と1体1の戦闘に持ち込んで辛うじて討ち勝つ事すら出来ない実力だけでなく、戦いに於いて重要な要素、兵の数。
迫り来る敵兵は凡そ200名。それに対し親衛隊の数は10。今の状況下ではこれすらも敵国に負けてしまっているのである。
親衛隊の背後には私達王族、お父様、即ち国王であるクロード・ラルジュ・フィルト。お母様、この国の女王であるマリアード・ラルジュ・フィルトに妹のシフォン・ラルジュ・フィルトが行く末を見守っている。
私達の背後は1枚のドアとそれに繋がる1つの部屋があるのみ。
追い詰められたと言われればそうなるが、左右背後からの敵襲に心配する事も無く目の前は人が2,3人通れる程の広さしかない狭い廊下が続いている。
敵を迎え撃つには比較的有利な場所とも言えるが、20倍の物量を凌ぐのは難しいだろう。
ハルディオス隊長を中心に武具に身を固めた親衛隊兵が左右に並び盾を構え、壁を作っている。
その背後から傷の治療を試みる兵が複数名いるのだが、彼等の高いとは言い切れない魔力量や敵兵の攻撃により一撃で死亡してしまう事を考慮すればその判断をせざるを得ない。
だからこそ、ハルディオス隊長は王族である私達を逃がす為の時間を稼ぐ事しか無いと判断し、私達が逃げる際の護衛として若き親衛隊員であるアラン・ハイリッドに対しこの場を離れる命令を下したと思う。
「しかし、隊長!」
アランが自分に下された命令に意を唱える。
自分の命を賭してでも私達を、この国を守る意思表示なのだろうか、17歳である剣のエリートが、己の精神を熱く煮えたぎらせている。
「うるせぇ! 俺達が食い止めるつってんだよ! それともなんだ? この俺様が信用出来ねぇってのか!」
アランの性格を、ハルディオス隊長は分かり切っている。
アランが、負け戦であると知りつつも命を賭ける男としての熱さを持つ事を分かっている。
だからこそ、ここはお前の死に場所では無い。生きて王族を守れ。
私にはそう聞える。
そう聞えるからこそ、隊長はアランを無理矢理最後の守備部隊から外す為一喝したのだろう。
「いえ、その様な事は御座いません」
アランもまた、隊長が自分に掛けた言葉の真意に気付いたのだろう。
悔しそうに拳を握りしめ、言葉を必死に紡ぎ出している。
「ならば行け! 陛下の元にな!」
「はい」
アランは踵を返すと、少しうつむきながら私達の元へ駆けだした。
「アラン!」
私は、自分達の元へと駆け寄るアランに対しその名を叫ぶ。
それは、今この場に近接戦闘を得意とする者が居ない、最低限自分達の身の安全を手に入れられた安堵から来たモノではなく、気が付けば理由は分からないが声を上げていた。
「フィア様! 申し訳ありません! わたくし達が不甲斐ないばかりにッ」
私達の元へ辿り着いたアランが深々と頭を下げ丁重な詫びを見せる。
ハルディオス隊長の命令もある。
それ以前に、近接戦闘が不得手なセントラルジュ国民の中ではよくやったと思う。
何故なら今回の敵襲はあまりにも急だったから。
セントラルジュ国はマギーガドル国と同盟関係にあり、戦闘用の兵力はマギーガドル国に出して貰う事で私の国は防衛力を確保している。
けれど、今回はその要請をする間もなく敵兵達はセントラルジュ国になだれ込んで来た。
私の国に常駐しているマギーガドルの兵も居るけれど、その数はあまり多くない。
多分、多少の応戦をしたところで討たれてしまったのだろう。
私達はセントラルジュ国で何が起きたのか理解出来ないまま、お父様の言われた通りお城の最深部で守りを固めていた。
だから、アラン及び親衛隊が悪いなんて事は無い。
「アラン。大儀であった。フィアとシフォンの事、お主に頼む」
私が、アランに対しねぎらいの言葉を掛けるよりも早く、お父様がアランに対しその言葉を掛ける。
お父様は、アランの肩を両手でしっかりと掴み、その瞳をじっくりと見据えている。
「まさか国王陛下!」
お父様の言葉と強い眼力から真意に気付いたのか、アランがハッとした表情を見せ、叫ぶ。
そう。お父様の言葉を考える限り、私とシフォンを生かす為自分達が犠牲になるのだろう。
私もアランと一緒になってお父様を止めたい。
そんな私の考えとは裏腹に、遠くから断末魔の叫びが聞こえて来た。
悲観的な声と同時に治療魔法を試みる声も聞こえる。
けれど欠片も歓喜を帯びた声が聞こえる事は無い。
アンドロイド兵の一撃により、即死したのだろうか?
私は、唇を噛み締め思案する。
私はこの国、恐らくこの大陸で唯一死者を蘇えらせる事が出来る魔法を扱える。
だから、自分とシフォン、そしてアランの身の安全を確保出来た後、敵をせん滅しお父様とお母様の遺体に辿り着き蘇生を試みる事が出来る。
しかし、それは一部でも良いから遺体が残ればの話で、例えばアンドロイド兵が持つ高火力な武器で全身を消滅させられた場合、多分蘇生は無理だろう。
同様に、一度身の安全を確保し、お父様とお母様の遺体を探しに再度狭い城内に入るとして、その際敵に見付かってしまった場合自分の命が危険に晒されてしまう。
多勢を相手にするとしても、開けた地ならば精霊の力を借りればせん滅は可能と思う。
でも、狭い城内では風の精霊の力を借り機動力を上昇させた所で逃げ道が無くなってしまえばおしまい。
確かに私は蘇生魔法を扱える、けれど、これがお父様とお母様との最後のお別れをしなきゃいけないかもしれない。
だからと言って、お父様の意思を尊重しなければ私達が生き延びる事は無理。
私は小さく深呼吸をし、覚悟を決める。
「お父様! そんなの嫌です!」
私が言葉を紡ぎ出すよりも早く、シフォンが大粒の涙を流しながらお父様に向け叫んだ。
恐らく、シフォンもお父様は自分の命を犠牲にしてでも私達を逃す為の時間を稼ごうとしている事に気が付いたのだろう。
再び親衛隊員が上げた断末魔の叫びが聞こえる。
私だってできる事なら泣きたいところだけど、親衛隊の皆が倒されるまでもう時間が残されていない現状でそんな事は出来ない。
私は、シフォンの手を引き突き当りにある部屋へ向かおうとする。
「フィアよ、シフォンを頼みます。我がセントラルジュの血は貴女とシフォンに託しました。アラン、貴方にはわたくしからも娘達の護衛を命じます」
お母様が女神の様な優しさに溢れた笑顔を見せ、私の両肩をポンと叩く。
「お母様!? お母様!? 嫌ですのーーーー!!!!」
お父様とお母様が敵兵により惨殺される姿を想像しているのだろうか? シフォンが半狂乱になりながらも泣き叫ぶ。
どうにかしてシフォンを冷静にさせなければならない。
「シフォン? フィアは神聖蘇生を使えるのよ、安心しなさい」
私が行動するよりも早くお母様が、半狂乱になっているシフォンをそっと抱き締める。
そう、使える、使えるんだけど、お父様とお母様の遺体に辿り着ける保証なんてどこにもない。
違う、そんな事はお母様も分かっている。
私がやるべき事は生きてここから脱出をすることだ。
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