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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
寸劇「はっぴー☆ばれんたいん」
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寸劇「はっぴー☆ばれんたいん」⑥騎士チョコ編

 レイナと別れた後、俺はようやく私室の前へと辿り着く。宮殿内を歩いていたのは時間にしてほんの数十分にも満たないはずなのに、色々なことがあったせいかひどく久しく感じる。時刻は昼下がり、もらったチョコを頂くにはちょうどいいおやつタイムの時間帯だ。

 せっかくだから美味しい紅茶と一緒に楽しませてもらおうとしよう。

 偶然、この部屋にはお誂え向きの茶葉もある。

「たしかこの辺に、レイナと同じ店で買った茶葉があったような……っと、あったな」

 数日前、色々あってレイナとエルシェと三人で街に繰り出した際に購入した茶葉を戸棚から取り出し、さっそくお湯を沸かす。

 コトコトと小気味よい音を奏でて沸くお湯を、俺は一人頬杖をついて眺める。

 ふふ、こういう時のために茶葉を使わずとっておいたのさ。

 とりあえずもらった三つのチョコを机の上に並べ、ティーカップとお皿にフォークを用意する。こうなれば後はお湯が湧くのをゆったりと待つだけだ。

 優雅なティータイムと洒落込もうじゃないか。思えばここ数日、寝る時以外になかなか一人になる時間がなかったからな。たまにはこういうのも悪くない。

 一人で、静かにのんびりと自分の時間を享受する。無音の部屋でお湯の音に耳を傾け、目を閉じて心安らかに──、

「ハッピーバレンタイーン!!」

 バァン! と爆発音みたいな轟音とともに、勢いよくドアが開け放たれる。ついさっきまで俺の部屋に広がっていた極上の優雅なリラックス空間がその風圧で跡形もなく吹き飛ばされるのを感じながら、扉の方を見る。

 そこに立っていたのはやはりエルシェだった。自慢のマントをはためかせ、くるっと一回転。それからポーズを決めると、俺を指差し目を輝かせた。

「バレンタインですよ、少年! ふっふっふ、どうせ友達の少ない少年は誰からもチョコなんて貰えないでしょう。一人ぼっちで寂しいバレンタインを過ごすであろう少年のために! この私が! 正義と誇り、そして慈愛の精神に満ち満ちた“騎士”──たるこの私が!」

 そこでエルシェは再度、くるりと回る。マントを翻し、一回転すると、

「──少年にチョコを作ってきてあげましたよ!!」

 と、満面の笑みでお皿を突き出した。皿の上には小さな丸形のチョコがいくつか乗っている。

「おお……! お前もチョコくれるのか!?」

「え、ええ。私は、騎士ですから……ええと、そのぉ……少年にも……」

 どうやらエルシェもチョコを作ってきてくれたらしい。感激しつつ皿を受け取ると、エルシェは途端にしどろもどろになる。先程までの威勢がまるで嘘のように、どこかソワソワした様子で部屋のあちこちに視線を右往左往させている。

「エルシェ?」

「ううっ……ですから! これ……騎士チョコです。どうぞ」

「騎士チョコ? 聞き慣れない単語だな。連邦にはそんな言葉があるのか?」

「いえ、特にそういう単語があるわけでは……いえ! あります。今作りました。騎士である私が作ったのですから、つまりこれは騎士のチョコ──“騎士チョコ”です!」

“騎士チョコ”とやらは別にスフィリアにおいて一般的な語彙ではなく、たった今エルシェが作った造語らしい。造語かよ……。

 とはいえ、こうしてわざわざ持ってきてくれたのだから感謝を伝えるべきことだ。

 なぜか頬を赤らめながら、エルシェはまるで弁明のようにまくし立てる。

「か、勘違いしないでくださいね! 別にこれは、そういうのじゃありませんから。単にいつもの感謝の気持ちに過ぎませんよ」

「ああ。ありがとうエルシェ、ありがたく頂戴するよ。ああそうだ。ちょうどお茶を沸かしたとこだが、お前も一緒に食うか?」

「お礼はいいですよ、何故なら私は誇り高いだけでなく優しい、そう天使のように優しい“騎士”ですからね! 可哀想な少年にこうして救いの手を差し伸べるのも私の大事な使命──って、んんっ? お前も、ってどういう?」

 得意げに興の乗った様子でべらべらと胸を張るエルシェ。だが、素っ頓狂な声と共に突如その口上が止む。いきなりどうしたんだろうか。

「し、少年……えっと、その机の上にある大量のチョコは一体……?」

「ああ、なんか宮殿歩いてたらさ、バレンタインデーってことで皆から結構チョコもらったんだよ。だから俺一人だと食べきれないかもしれないし、ちょうどこないだ買った紅茶もあるだろ? てことでお前も食べるか、エルシェ? あ、レイナも呼ぶか。あいつも今日珍しく暇してるみたいだし、一人にするのもあれだし」

 うん、我ながら良いアイデアだ。今日ばかりは珍しくレイナも宮殿内にいるようだし、彼女も誘ってお茶でもすることにしよう。エルシェは当然、この意見に諸手を挙げて大賛成してくれるものだろうと踏んで彼女を見ると──彼女は、真顔になっていた。

 普段やや激しすぎるまでにコロコロ変わる喜怒哀楽の色が全く見えない、虚無の真顔。

 あれ、様子がおかしいような……なんでそんなスンってしてるの?

「あ、あのーエルシェさん? 大丈夫ですか?」

「チョコ……貰ったんですか」

「う、うん。ありがたいことに、結構色んな人から」

「色んな人から貰ったんですか?」

「え、えっ? うん、そうだけど……エルシェ?」

「そうですか、それは良かったですね」

 エルシェはそう言って祝ってくれる。しかし、その表情は変わらずの虚無。

 先程までと何一つ変わらない真顔。こ、怖い。

「えっと、なんか怒ってる?」

「いえ、怒ってませんよ。別に、全然。へーきですけど」

 古来よりその台詞を口にする人はキレていると相場が決まっている。どうやらダメらしい。

「しかし、そうですか。チョコたくさん貰ったんですか、ふーん」

「たくさんって言ってもお前、たったの三つだぞ。三つだけ」

「三人なら十分ですっ!! 十分すぎますっ!!」

 な、なんか怒られた……エルシェさん、僕には『十分』の意味がよくわからないのですが。「しかし、想定外……じゃなくて、意外ですね。まさか少年にチョコが三つも……ええ、まさか三つも! 集まるだなんて。一体どこで女の子をたぶらかしてたんですか? メイドさんですか? それともエンブリアの雑貨店で少年が鼻の下を伸ばしていた店員さんですか?」

「たぶらかすとか人聞きの悪いこと言うんじゃないよ、アンタ。女の子つっても全員友達だぞ? ほら、これがソフィアで、これがラスタで、これがレイナ。全部さっきもらったやつ。美味しそうだろ」

「え? 三人って、その三人なんですか?」

 彼女らからもらったチョコを一つずつ指差しながら説明していくと、エルシェはぽかんと口を開く。

「他に誰がいるんだよ。こいつら以外に俺に知り合いなんていないだろ」

「……あ、そうですか。そうでしたか。ええなるほど、わかってましたけどね」

 なぜか安堵したように息を漏らし、途端態度を軟化させるエルシェ。意味がわからんが、まぁ機嫌が治ったなら良しとしよう。エルシェは一人でにうんうん頷いていたが、数秒後驚愕に叫んだ。

「というか、えっ!? レイナもチョコくれたんですか!? あの人が!?」

「そう、そうなんだよエルシェ! 信じられるか、あのレイナがだぜ? まさか俺にチョコくれるとは誰にも予想できないよな」

 レイナから貰った箱を眺め、俺はやや興奮気味に話す。この驚きを俺と共有できるのはこの世界にただ一人、エルシェだけなのだ。

「びっくりです……まさかレイナが、少年にチョコを渡すなんて」

「だよな。あいつもちょっとずつだけど、俺たちに心を開いてくれつつあるのかもな」

 レイナがチョコをくれた理由についてはあえて語らないでおくことにした。

 いくら俺が連邦での世間一般的な常識に疎いとはいえ、サプライズを台無しにする野暮な愚行は犯さない。せっかくレイナが歩み寄ろうと、勇気を出して買ったチョコなのだ。

 部外者たつ俺がしゃしゃり出る幕はないだろう。

「でも、やっぱ今でも受け入れがたいな……だってレイナだぞ? 基本的に無表情で、無感情で口を開けば容赦ない罵倒か皮肉しか飛んでこないあの人の姿した全身兵器みたいな奴がだぞ? いや、やっぱり驚きだよな」

 チョコを前についテンションの上がってしまった俺は熱に浮かされ、エルシェになおも続ける。

「レイナも普段はああだけど、案外普通なとこもあるみたいだよな、うん。あんな戦闘狂だけど一応は女の子だし。といってもやっぱ想像できないよな、クールで無愛想で紅茶狂いのレイナさんが真っ当に女の子してるとことかさ。いやー、見ちゃったら処刑されそうだよな、ははは」

「……」

「ん、エルシェ? どうした? ああ、チョコ食いたいのか? いいよ食べて」

「いえ、そうではないのですが……あの、少年?」

「だからどうしたんだよ。どこ見てるんだ、壁? 俺の後ろの壁になんかあるのか」

「ある、といいますか、いる、といいますか……すぐ後ろに」

「え? いるって誰が──」

「──ずいぶんと楽しくお喋りが弾んでいるようね。混ぜてもらっても?」

 ──その瞬間、俺は生物としての“死”という概念について、そして宇宙の真理について一瞬触れた。レーヴェで目覚めてから今日の朝ベッドに起きるまでの一連の記憶が呼び覚まされ、映像となって脳裏によぎる。

 ああ、色々なことがあったなぁ。劇的な日々だったなぁ。

 全部もう終わりだと思うと悲しいなぁ。もう──俺はダメなのかもしれない。

 いや、まだだ。まだ終わっていない。人生を簡単に諦めてはいけないのだ。

 俺は小さな望みを煌々と瞳に灯し、キラキラと光る目で振り返る。それが溢れんばかりの希望故に輝いているのか、あるいは単に涙が流れているのかは俺にもわからなかった。

「……違うんですよ。レイナさん」

「あら、違うとはどういう意味かしら。無学な私に説明してくださる? 簡潔かつ端的に」

「俺はレイナさんが何か誤解していると思うんですよ。ほら、自分で言うのもなんだけど俺たちって口下手でしょう? だから些細なことですれ違いが起こる。しっかり話し合って認識の齟齬をすり合わせていく作業が必要だと提言させてほしいのですが」

「なるほど。つまりは言い訳がさせてほしいということね」

「言い訳というか、弁明の公平な機会を希求させていただきたいというか」

「そうね。一方的に決めつけて、処分を言い渡すのはたしかに良くないわね」

「そうそう。だから──」

「では、“話し合い”をしましょうか。議題はそうね──誰かさん曰く、戦闘狂で無愛想な私が果たして本当に全身殺戮兵器なのかどうか、肉体言語での“話し合い”を通して確かめてみるなんてのはいかが?」

「あのー……レイナさん。発言よろしいでしょうか」

「ええ、構わないわ。何でも好きなだけ言って結構よ。どうせ最後だもの」

「命乞い、とか……受け付けてませんかね……?」

「ええ──」

 レイナは優しく微笑みながら、こくりと頷いた。

「──遺言はそれでいいかしら?」

 この後、数分間の記憶が俺にはない。

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