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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
寸劇「はっぴー☆ばれんたいん」
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寸劇「はっぴー☆ばれんたいん」③第四王女は知っている

「しかし、まさかエルシェに断られるとは思ってなかったな……どうしようか。一人で散歩も悪くないが」

 やけに広い宮殿の中を、俺は特に目的地も定めずぶらぶらと歩いていた。

 エルシェと一緒に散歩しようと思っていた目論見が外れたせいで調子が狂ってしまった。

 まさかあの子が、俺の誘いを断るとは……いや、別に自惚れているわけではない。

 ただ俺と彼女は連合王国に来てからというものの、どうしても行動をともにすることが多かった。基本的に猫みたいな生物のレイナさんはコミュニケーションどころかその場にいないことが多いので、必然としてあまりの俺たちが一緒になる時間は多くなる。

 どこかに出かけるにせよ雑談にふけるにさよ、思えば一日の大半とエルシェを過ごすようになっており、いつの間にかそれに慣れてしまっていたのだ。

 普段はわーわー騒いでなにかと胸を張ってくる彼女に、鬱陶しさを感じることがないと言えば嘘になるが──だからといっていきなりいなくなると、どうも孤独を感じてしまう。

 結局、俺は彼女に甘えてしまっているのだなぁ……と天井を見ながらしみじみ思う。

 俺はエルシェに、時にはレイナに、助けられてばかりなのだ。

 いつまでも彼女らに頼りきりのままではいけない。俺もまた、変わらなければならないのだ──レイナやエルシェと、いつまで一緒にいられるかの確証などないのだから。

 そんなことを思っていると、トレーニングのやる気が沸々と湧き上がってきた。

 トレーニングとは俺の持つ唯一の戦闘能力、『神格』を制御する特訓のことである。

 まだ旅は始まったばかりだ。きっと先は長い。

 旅を続けるとあればこの先、多くの場所に赴くこととなるのは必然。

 危険な場所もあるだろう。危険な目にも会うだろう。なればこそ、自分の身は自分で守れるようにならなければなるまい。ということで俺はレイナに頼み込み、彼女のスパルタな指導の下でトレーニングを行っている。

 この場にレイナはいない。だが、一人でもできる自主練のやり方を教えてもらった。

「そうと決まれば、早速部屋に戻って特訓だな……!」

 踵を返し、自室への帰路につく。このエンブリア中央宮殿は巨大な建物だ。

 ここから引き返すとなれば、ただ自分の部屋に戻るだけでも数分はかかるだろう。よし、ならちょっと走ってみるか──! と、無人の廊下を駆け抜けようと足を引いたその時。

「アオイ様?」

 不意に背後から声をかけられる。凛と透き通った声音に振り向けば、優雅なドレスを彷彿とさせる衣装を身にまとった少女が微笑みを浮かべていた。背後には重厚な甲冑姿の男たちが整然と整列している。

「ソフィア! おはよう、何してんだこんなところで」

「おはようございます、アオイ様。奇遇ですわね、私はちょうど公務に向かうところでして。アオイ様の方は何を?」

「そっか、朝からお疲れ様。あー、俺はちょいと部屋で筋トレでもしようかと思って。エルシェと散歩にでも繰り出そうかと思ったんだが、あいつ今日は用事があるらしくてさ。珍しく断られちゃったよ」

「あらあら、それは残念ですわね。しかし今日という日に『用事』というと、まさかエルシェ様は……いえ、このソフィア・アリス・セルビオーテ、神に誓って野暮なことは言いません。エルシェ様にはぜひとも頑張っていただきたいですわね」

 ん? 頑張る? 何を頑張るというのだろうか。頭に疑問符が浮かぶが、ソフィアはそれ以上エルシェの話題には触れない様子だった。

「そうでした、アオイ様。今日はバレンタインデーでしたわね。アオイ様はバレンタインデーをご存知で?」

「ああ、今朝メイドさんから教えてもらったよ。表層的な知識だけだけど」

「そうでしたか。では、説明は不要ですわね。どうぞ、これを」

 そうソフィアが差し出してきたのは小さな袋だった。

「え? あ、ありがとう……これは?」

「勿論、バレンタインデーのチョコレートです。もっとも手作りのチョコマフィンですが手作りですわ。ラスタはこれを気に入っていまして、毎年大喜びで食べてくださいますの」

 袋の中身を確認してみると、たしかに言われた通り拳程度の大きさのマフィンが入っていた。少し袋から開けただけで芳醇なチョコの香りが漂ってきており、思わずごくりと唾を飲む。

「俺がもらっていいのか?」

「勿論。アオイ様には本当に、様々な場面でお世話になりましたから。それにご迷惑をおかけしてしまいましたし、お詫びの意味も込めてどうか受け取っていただけると幸いですわ」

「迷惑だなんて、そんな……いや、ありがとう。大事に食べるよ」

 改めて礼を述べるとソフィアは「それでは、良いバレンタインを」と満足げに頷きぞろぞろ従者を引き連れながら廊下の奥へと消えていく。

「ああ、そうでしたわアオイ様」

 かと思えばくるりと振り返り、彼女は俺に一瞥をくれた。不敵な笑みを浮かべ、口を歪める。

「なんだ?」

「アオイ様のことですから、きっとそれはもうたくさんのチョコを頂くのでしょう。ですが、食べ過ぎにはくれぐれも注意してくださいね」

「え? あ、うん」

「あくまでも健康に害のない範囲で──そう、チョコはチョコっとずつ食べてくださいまし!」

「……」

 沈黙。

 ヒュウウウウウと宮殿の廊下に大吹雪が吹き荒れる。

 従者も、俺も、何も言うことができなかった。この場でただ一人ソフィアだけが満足げな笑みを浮かべて感慨深けに頷いている。温度差で体調を崩しそうである。

 ……これが言いたかっただけだな、この人。

「まぁ、うん……わかったよ。わざわざありがとう、ソフィア」

「いえいえ。それではアオイ様、素敵で甘い一日を送ってください」

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