寸劇「はっぴー☆ばれんたいん」①
【前書き】
バレンタイン回です。
FAを頂いた喜びと深夜のカフェイン、そして愛と勇気と執念の相乗効果によって総文字数が勢いあまってしまったので、だいたい七話に分割して投稿します。サブタイトル付きの回はだいたいそのキャラクターのキャラ回です。
◆セルビオーテ連合王国:エンブリア中央宮殿◆
「──おはようございます、少年! 朝ですよ!」
朝一番からけたたましい音を立て、盛大に部屋のドアが開かれた。
すやすや惰眠を貪っていたはずの俺は、その衝撃音によって突然叩き起こされる。
眠たげな瞳をこすりつつ何事かと音のした方を見やると、そこにはすっかり顔馴染みとなった青髪の少女──エルシェが、今日も今日とて元気溌剌といった様子で仁王立ちしていた。
いつものマントをバサリとはためかせ、彼女は誰も見ていないというのに一回転してポーズを取ってみせる。まるで舞台の上の役者だな……などと思いながらも、彼女のこの言動は至っていつも通りのことだ。
俺はため息をつきながら、騎士を自称する思春期真っ盛りの少女Lさん(仮名)に非難の意も含めたジト目を向ける。
「エルシェ? んだよ、こんな朝っぱらから……ふわぁ……何か用か?」
「む、なんですかその態度は。少年がいつまで経っても起きてこないからこうして私が自ら起こしに来てあげたというのに。以前から思っていたのですが、少年は私の優しさと偉大さを全然わかっていませんね」
「いや、わかってるよ、うん。あれだろ? レーヴェと連邦の平和とか秩序とかそれとかうんたらかんたら守るあれってやつだろ」
「適当にも程があります! なんですか、あれとかそれとかって! ちゃんと覚えてください! いいですか、私はレーヴェ、いえこの連邦全体の治安と平和を守る誇り高き、そして正義に徹せし素晴らしい──」
「騎士?」
「あー! なんで言っちゃうんですか、一番大事なところなのに! 締めの一番かっこいいところなのに! このっ、少年の鬼畜っ! 悪魔っ! 神もどきっ!」
「神なのか悪魔なのかはっきりしろよ……ジャンルが曖昧すぎるだろうよ……」
ぷんすかぷんすか怒りながら毛布を叩いてくるエルシェ。朝一番から元気いっぱいなようで何よりである。でもうるさい。できれば静かにしてほしい。二度寝したいから。
「ま、私のまるで大海の如き溢るる偉大さと優しさについてはまたいずれかの機会に話すとして、です……ほら、早く起きる! いつまで寝ているつもりですか、少年起きてください!」
「ちょ、なんだよ急に! やめろ、毛布を剥ぐな! 寒い! 起きたくない!」
ぐいぐいと毛布を引っ張ってくるエルシェ。
見た目はちんちくりんなこの少女だが、しかしその力は華奢な外見からはまるで想像が付かないほど強力である。俺程度が抵抗したところで、抵抗虚しく哀れに身ぐるみを剥がされるかその前に毛布が破れてしまうかの二択しかない。宮殿備え付けのおそらく最高級であろう毛布を破る前に、俺は大人しく両手を掲げて降伏宣言をした。
「わかったわかった、起きる! 起きるから! ったく、なんで急に……」
「やっと起きましたか。さ、早く着替えて顔を洗ってきてください」
「お前は俺の母親かよ……」
エルシェに急かされ、悪態をつきながら立ち上がって伸びをする。
もっとも、彼女にああはいったが俺自身は本当の母親の顔など覚えていない。一体どんな人だったのか気になるところではあるのだが、いずれ記憶を取り戻せば自ずとそれも明らかになるはずだ。
☆
一旦エルシェを部屋の外に追い出し、着替えやら洗顔やらの些事を済ませる。それから数分後、再び彼女を部屋に入れてやる(正直このまま締め出してやろうかとも考えたが、エルシェの場合扉を強行突破してくることも考えられるし締め出したことがレイナにバレたら怖いのでやめておいた)と、エルシェは備え付けのソファに腰掛けて脚を組んでいた。
俺を起こせたことがよほどご満悦なのか、ふんすとドヤ顔を浮かべるエルシェ。
そんな彼女の対面に座り、一息つくと声をかけた。
「んで、こんな時間から何の用なんだエルシェ。正直特に理由もなく、朝っぱらからお前に叩き起こされたとは考えたくないんだが……ふわぁぁ……」
「ふっふっふ、ふっふっふっふっ」
「……? 笑ってるな。なんか良いことでもあったのか?」
「少年、今日は何の日か知っていますか?」
「え? なんだよ、藪から棒に。えーと、2月14日? 特に何も……スフィリアにとって特別な記念日だったりするのか」
「いえ、特にそういうわけでは。ですが少年、私は昨夜宮殿のメイドさんから興味深い情報を耳にしたのです。それはもう、大変に興味深い情報を、です」
「興味深い情報……?」
興奮した様子で妙にテンションの高いエルシェの話に眉をひそめる。
果たしてそれは、朝っぱらから俺を叩き起こすほどの重要な情報なのだろうか。2月14日、俺の知りうる限りは特に今日特別なイベントがあるわけではない。
といっても俺はスフィリアにおける世間知らずなので脳内の辞書は恐ろしく薄いのだが……。
「ふっふっふ、無知な少年にこの騎士エルシェが教えてあげましょう。今日2月14日が、一体何の日なのか──一度しか言いませんからね、よく聞いていてください」
エルシェは勢いよく立ち上がり、俺をビシッと指差す。そして──目を見開き、告げた!
「なんと──今日は『ばれんたいんでー』ですっ!!」
……え? 何それ。聞いたことないんだけど。
「ばれんたいんでー……なんだそれ?」
「さぁ? 私も詳しくは知りません」
「え? お前も知らないのか?」
「でも、なんだかひどく語感がよくありませんか? 舌に馴染むというか、心が踊るといいますか」
「たしかに……初めて聞いた言葉のはずなのに、妙にしっくり来るな。胸がドキドキ……待て、なんかムカついてきたな。なんでだ……?」
試しにばれんたいんでーと胸の中で唱えてみると、なぜか懐かしいような、甘酸っぱいような、寂しいような不思議な感覚が俺を襲う。な、なんだこの言葉は。魔法の言葉なんじゃないだろうか。驚くべきことに、なぜだか湧きどころのわからない怒りまで湧いてきた。
なんだこの怒り……いや、嫉妬!?
ともかく不可解だ。理解ができない。なぜ俺はこんな感情を抱いているんだ。
「一体なんなんだ、ばれんたいんでー……!? はっ! この感覚、もしかして俺の記憶に関係することかも……!」
瞬時、頭に稲妻が走る。
あの神を自称する謎の少女シロや、謎に包まれた俺アオイの記憶に関するなにかがこの「ばれんたいんでー」に隠されているのではないだろうか。
仮にそうだとすれば──俺たちの旅に大きな進展が見込めるかもしれない。慌てて立ち上がり、エルシェに声をかける。
「エルシェ、その『ばれんたいんでー』って奴を教えてくれたメイドさんが今どこにいるかわかるか?」
「え? あ、はい。だいたいは、わかりますけど……どうしてですか?」
「その人に話を聞きにいこう。もしかすると、俺の記憶に関係することがあるかもしれない」
最初は困惑するように目を瞬せていたエルシェだったが、その言葉を聞くと事態の重要性に気がついたのか表情を変えてこくりと頷く。そして、「わかりました。付いてきてください!」と、部屋の扉を開いた。
こうして俺たち一行は謎の単語『ばれんたいんでー』の謎を解き明かすべく、宮殿の奥地へと向かったのだった。




