表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章後編《連合王国》セルビオーテ編
63/79

第62話『前哨戦』

【オズボーン邸:正面入口】


「……誰もいませんね。オズボーン卿は配下を連れて、既にどこかへ逃げてしまったのでしょうか?」


「油断しないでくださいまし、皆様。これも彼らの張った罠かもしれません。一歩一歩、慎重に進んでいきましょう」


「ああ、わかった」


「……」


 あれから数分後。

 玄関の古びた大きな扉は若干錆びついていたのか少々明けづらくはあったが、俺たち四人で力を込めて押すと扉はやがてぎぃぃぃ、がしゃんと音を立てて開いた。


 そうしてオズボーン邸に到着した俺たちは、正面の玄関から堂々と内部へと侵入した。当然これは、ラスタと彼ら───クラウス・クラインロートとオズボーン卿を追跡する目的でだ。

 故に屋敷の中に入った途端何かしらの罠が作動するものかと警戒を強めていたが、結果としては特に何もなかった。


 今は玄関を抜け、おそらくロビーに繋がるであろう廊下を全員で歩いているわけだが───端的に述べれば薄気味悪い場所である。


 一応の手入れはされているようで、床に敷かれたカーペットは一見清潔に保たれてはいるものの、ふと天井を見ればうっすらと蜘蛛の巣が貼っていて、埃臭い。


 壁一面には悪趣味な髑髏や悪魔? の絵がずらりと並べられており、なるほどこの屋敷の持ち主はなかなか普通の感性を持った人間ではあるまい。

 おそらくはオズボーン卿の趣味なのだろうが、なるべくお近づきにはなりたくないなと強く感じた。


 一歩一歩足を踏み進めるたびにギシギシと軋む床板が不快感と不安感を同時に煽り、緊張で張り詰めているというのもあるのだろうが───横を歩くエルシェやソフィアの表情も暗い。


 その点レイナさんは相変わらずで、顔色一つ変えずいつものお済まし顔で前をサッサと歩いていくのだから大したものである。

 こういう時ほど彼女の存在が心強く思えることはない。レイナさんだけで、わりと冗談抜きで百人力だ。


「しかし、全く人の気配がないな。不気味でしょうがない」


「ど、同感です少年……ここの絵とか、あっちの彫刻とか……心なしか、ずっと私達を見ているような気がします……うう」


「それは気のせいだと思うが……」


「なっ、なんですか急にはしごを外さないでくださいよ! ほら、あそこの絵も私達を見てますよ! ほら! ほら! 見てくださいよ!」


「おわっ、わかった! わかったから急に袖を引っ張るな! そっちの方がびっくりするから! 危ないから! ええい引っ付くな、離れろエルシェ!」


「嫌です! 少年が認めるまでしがみつきます! ほら、あの銅像も今にも動き出しそうですよ、ほら!」


「わかったっての! 怖いのはわかったから! 大丈夫だから! よく見てみろ、ただの作り物だ。なんにもしてこないから、な?」


「絶対にですか?」


「……それは保証できないけど」


「ほらー!! 証明できないじゃないですかっ!! じゃあ動きますよ! こっち見てますよ絶対!! 嘘でも見間違いでもないんです!!」


「なるほど、ホラではないということですわね、ホラーだけに。……ふ、ふふっ」


「……なんだか楽しそうね、貴方達……」


 先陣を切るレイナが振り返りざまに俺たちをジト目で見つめる。

 だが、こういう雰囲気でもしなければ正直怖すぎて進めない。


 ……それにしても、お化け? の類に、エルシェがここまで弱かったとは思わなかった。

 てっきり『ふんっ、お化けなんてこのスフィリア一の騎士である私にかかればちょちょいのちょいです! 一捻りです! ふふん、ふふん』とか言っていつもみたいに胸を張るのかと。


 まぁ、なんだかんだいってもエルシェだってまだ俺より年下(であろうと思われる)の女の子だからな。

 そりゃ年相応に幼い部分も……いや、幼い部分ばかりが目立つような気がするが。


「いだっ!?」


 そんなことを考えていると、ふとエルシェに横腹を小突かれた。見ればエルシェが恨めしい目つきで俺を見上げている。


「いきなり何すんだよ!」


「今、なにか失礼なことを考えていましたね」


「なんだエルシェお前、心が読めるのか?」


「やっぱり考えてたんですね!? ひどいです、私はこんなに丸くなって恐怖に怯えているというのに、この少年は! このっ、えいっ!」


「うわ、カマかけやがったなてめぇ! あとぽかぽか腹を殴るのはやめろ! 気が散る!」


 ていうか若干キャラ変わってないか? こいつ。恐怖でちょっと人格にブレが生まれているのかもしれない。


「このっ……このっ……騎士不幸者っ!!!!」


「騎士不幸者!?!?」


 聞いたこともなければ知識にもない全く新たな単語の登場である。

 一体全体どういう意味なんだい、それは。


「騎士さん、あとそこの人。水を差すようで悪いけれど」


「そこの人呼ばわり!?」


「そろそろ廊下を抜けるわよ。何かが仕掛けられてるかもしれない、気を付けなさい」


「───ッ」


 レイナの忠告に、その場の雰囲気が一気に変わる。


 ソフィア曰く伝統的なセルビオーテの建築であれば、廊下を抜けた先にあるのは大きなロビー。

 おそらく屋敷の中でも最も開けた空間であり───戦闘が起こる可能性が、最も高い場所。


 罠が仕掛けられていたり、ベスタやオズボーン卿の私兵が待ち伏せしているとすればそれはここであるとソフィアは言った。


 つまり、最も危険な場所でもあるわけだ。自然と身が強張り、冷たい汗が背筋を這う。


「まもなくロビーに入るわ。いつでも戦闘に入れるよう、準備しておいて」


 レイナの言葉に緊張した面持ちで全員が頷く。

 そして、これまで歩いてきた廊下を抜けると、そこには───、


「広い空間だな」


「ここがロビーですわね」


 おそらく屋敷のいくつもの部屋に通じているであろう、巨大なロビーが現れた。


 二階へと昇る階段を最奥に広がるロビーはハーツメルトの王宮で見た中庭くらいにはだだっ広く、絢爛なシャンデリアの備わった天井もだいぶ高い場所にある。


 例えるならそれはまるで、闘技場のような空間。

 湿った生ぬるい空気が満ちていることもあり、やはりなんとも言えない嫌な、不快な雰囲気が漂っていた。


「人の気配……は、あるか?」


 ゆっくりと階段に進みながら周囲を伺う。これだけ広い空間だ、どこかに人が隠れていても不思議では───その時、ヒュンと空気を切り裂く音が聞こえた。


「───少年ッ!」


 突然エルシェが俺に抱きつき、全体重をかけて押し倒す。急に何を───と言おうとしたところで、ほんの一瞬前まで俺がいた場所を、鋭い矢が真一文字の軌道を描き通過していった。


「っ!?」


「敵よ。気をつけて」


 今、弓が飛んできた場所。それは階段の横に配置されている、悪趣味な蛇の石像の影からだった。慌てて距離を取り、目を凝らすと。


「ちっ……ギリギリの所で避けやがったか」


 そこには、緑の頭巾を被った男───服装と状況から見るに、オズボーン卿の私兵であろう男がクロスボウを構えていた。


 いや、その男一人だけではない。反対側の石像の影からも。

 階段の下のスペースからも、階段の上にある扉からも。

 このロビーに繋がっている、ありとあらゆる扉や隠れられるような場所から───何人もの男がゾロゾロと現れる。


「オズボーン卿の刺客か……!」


「どうやらそのようね」


 例によって男たちは全員手に武器を携え、俺たちを見て舌なめずりしている。やる気、否、殺る気満々といった様子である。


「くっ、数が多いですわね」


 バラバラに分断されないよう、互いに背中を寄せて俺たちも武器を構える。すると、


「ふ、はははッ! これはソフィア王女様、よくぞ斯様な場所までおいでになられましたな!」


 上空───否、二階の階段の一番上から降り注いだ肥えた男の声。

 見上げると、貴族の服装をした小太りの中年男性が両手を広げている姿が見えた。


「ハリス・オズボーン……!! ついに現れましたわね!!」


「こうしてお話するのは今回が初めてですな。改めて、ようこそソフィア・アリス・セルビオーテ第四王女様、我が屋敷へ。手厚くおもてなしなさていただきますぞ」


「これはこれは手厚い歓迎に感謝申し上げますわ、オズボーン卿。けれど、来客に剣を向けろなどという随分と前衛的な礼式は我らが王国にはなくってよ?」


「ふ、ふふふっ……!! もう少しだ、もう少しであのガキはセラフィムとして完全に目覚め、クラウス殿の制御下に入る。それまで時間を稼ぐのが私の役割。ルフトヴァールでの計画は失敗したが、私の人生はまだ終わっていないのだ……!!」


「そう……やはり、ルフトヴァールでの事件はあなたが黒幕でしたのね」


「その通りだ、第四王女。それにしてもまさか王女が護衛もろくに付けずにノコノコ出てくるとはなんという好機。ここで貴様を捉えれば再び計画を練ることも……いや、王女を捕らえられずとも『赤の従者』さえ目覚めれば、私はクラウス殿の国に亡命できる……ッ!!」


「……ハリス・オズボーン。セルビオーテ第四王女として、国の平和を乱し私利私欲に走ったあなたを許すことはできませんわ」


「フン、この状況で身分を振りかざすことなどできぬわ。さぁお前たち、王女以外の生死は問わん。我が領地に侵入した愚か者共を、血祭りにあげてやれ───ッ!!」


 オズボーン卿の声と同時に雄叫びをあげた男たちが一切に立ち上がり、武器を持って襲いくる。


「はぁ……全く、貴方たちと出会ってからは人と戦わされてばかりね。行くわよ」


 ───こうして、オズボーン邸内部での戦闘が幕を上げた。


 ★


「はぁ……はぁ……っ、これで全員、でしょうか……」


「ぐ、ぐへぇ……」


「そうね、彼で最後。騎士さん、縄はまだある?」


「はい、まだまだあります!」


 ───十数分後。俺たちは激しい戦いの末に、ついにオズボーン邸のロビーを制圧した。


「ば、馬鹿な……そんな、はずは……」


 二階からやられた配下の姿を目の当たりにし、愕然とした表情を浮かべるオズボーン卿。


 まぁ、これだけ広い空間ではレイナの鞭が相当に活かしやすい。

 つまりほとんどの敵はレイナが倒したということである。


 メイスを持った俺、木剣を持ったエルシェ、槌を持った(どこから持ってきたんだ?)ソフィアは全員で固まり、近衛兵とともに戦った時同様に背中を預け合って敵を必死に攻撃した。

 そんな必死の奮戦とレイナの大暴れの甲斐あって、ロビーは今や完全に俺たちのものである。


 立ち尽くすオズボーン卿は今、起きていることがまるで信じられない様子で口をぽっかり開けていた。だが、ややあって自身の置かれた危機的状況に気がついたのだろう。


 くるりと背中を向け、「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」と情けない声を出して配下を置き去りにし、その場からの逃走を試みた。


 勿論、そんな真似はうちのレイナさんが許さない。ひゅんと鞭を向け、とことこ走るオズボーン卿の足に引っ掛けると「ぐへぇ!?」思い切り引いて転ばせた。


 転んだ表紙にオズボーン卿が懐にしまっていたらしき砂時計やら宝石やらがカーペットにぶち撒けられ、カランカランと音を立てて転がっていく。こいつ、宝石を持ち出して逃げようとしてたのか……。


「さて、と」


 転んで身動きが取れないオズボーン卿に、レイナとソフィアが近づいていく。するとオズボーン卿は目に涙を浮かべ、後退りしながら命乞いを始めた。


「ひっ、ひぃいいいいいい!? 頼む、許してくれ、どうか命だけは! 金ならやる! 望むなら職も斡旋してやるし……そうだ! 私が去った後この領地の利権をやろう! だから、だから……!」


「別に殺すつもりはないわよ、殺戮者ではないもの。私、そんなに人相悪く見えるかしら?」


 人相はともかく、雰囲気的にはただの殺戮マシーンにしかしか見えないぞ……と言おうかどうか迷ったが、そんな発言をすればオズボーン卿より俺の命が危なそうなので自重しておく。


「けれど、話は聞かせてもらいますわ。答えなさい、ラスタは一体どこに───」


 次の瞬間、突然二階から何かが───飛んできた。


「ッ!?」


「な、何事ですか!?」


 突如飛来した黒い影。それはまるで榴弾のように地面へと着弾し、地響きと衝撃を引き起こす。ロビーの中央で舞い上がった煙がもくもくと立ち上り、晴れていくにつれゆっくりとソレの輪郭が顕になっていく。


「まさか、この流れは……」


 知っている。俺たちは知っている。


 これとよく似た、少女の襲来の仕方を。


 思い返せばあの時もそうだった。こんな風に突然飛来し、地面をえぐり取って爆発を引き起こす。


 今回とほぼ同じだ。と、いうことは。


 俺たちはもう、ソレの正体が半ばわかっていて。

 煙が完全に晴れたころ───やはり、彼女はそこにいた。


 燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳。付けていたはずの眼帯はいつの間にか外されており、猫の瞳のように細められた赤のオッドアイが明らかになっていた。

 息遣い荒く、まるで獣の如き眼光で俺たちを見つめるのは───やはり。


「フーッ……フーッ……!!」


「やっぱりお前か、ラスタ……ッ!!」


『赤の従者』との戦い。


 本番は、これからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ