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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章後編《連合王国》セルビオーテ編
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第61話『曇のち、雨のち』

「それが、私の生きる意味。私の人生。私の───復讐だから」


 ───復讐。それが、自分の生きる意味なのだと、彼女はそう言った。


「復讐、か」


「そうよ。何度も言っているでしょう、私は全てのベスタを殺す。ええ、白状するわ。世界のためだとか、全ての生命のため、生計を立てるためだとか───そんな事は結局のところ建前でしかない。ベスタを殺すのは私の個人的な目的のため。復讐のためよ」


 それは徹底的な秘密主義を貫く、レイナという人間の根幹に触れるものだった。


 彼女がなぜ、それほどまでにベスタを憎み、殺意を抱いているのか。

 彼女がなぜ、あれほどまでの身体能力───戦闘力を持っているのか。

 彼女がなぜ、これほどまでに人を避け、拒み続けるのか。


 そのあらゆる理由が、そこにはある気がして。気づけば俺は、彼女に問いかけていた。


「お前は……ベスタに、何をされたんだ? なぜそこまで、ベスタに執着する?」


「それは───貴方達が知る必要のないことよ。……いいえ、違うわね。きっと、貴方と騎士さんが知ってはいけないことよ。けれど、とにかく私はベスタを憎んでいる。だから、ベスタを殺す。だから、『黒い竜』を探し続ける」


 黒い竜。それは、レーヴェで部屋を共有していたときに彼女から聞いたことのある単語だった。と同時に、俺はふと思った。


 レイナはいつも、お馴染みの黒いコートを身に付けている。

 それから常に黒い手袋を手にはめ、黒いタイツを着ている。

 つまり、レイナの衣装からは極限まで露出というものが駆逐されていた。俺は今まで、それは単に彼女の趣味なんだろうと思っていたが───もしかすれば、あるいはそこにも理由があるのかもしれない。


 自分を隠し、人から遠ざける彼女なりの理由が。


 レイナは「……失礼、話が逸れたわね。気にしないで」と話を本題へと戻すと、


「───そこの王女様には悪いけれど、この際はっきり言わせてもらうわ。ベスタに言葉は通じない。ベスタに理屈は通じない。奴らは獣よ。たとえ上位種である『セラフィム』が人間と同様の知性を得て、人の言葉を喋っていたとしても、本質は何一つ変わらない」


 殺すべきだ、そうレイナは言う。

 たしかに、それも間違ってはいないのかもしれない───現状ラスタを元に戻す方法が見つかっていない、また見つかる見通しも立たない以上、限られた時間の中で決断しなくてはならないのだ。


 ラスタが罪を犯してしまう前に。ラスタが誰かを傷つけてしまう前に、彼女をできる限り楽に───間違っては、いない。


 だけど。


『だからね、だからねアオイ様。アオイ様も、頑張ってね』


『ラスタ、応援する。アオイ様の記憶、いつか戻るように』


 ───正しいとも、思えない。


 ラスタはソフィアの友人であり、従者なのだ。

 俺はラスタのことも、あの二人の関係についても詳しく知っているわけじゃない。けれど、少なくとも彼女らがお互いを大切に思い合っていることは一目でわかった。


 人見知りで、あわふたとせわしない少女だけれど、でも心の優しい子なのだ。

 彼女を殺すという決断は、俺にはできない。


 ふとソフィアを見る。彼女は相変わらず何も言わず、ただぎゅっと拳を握りしめて俯いていた。彼女も迷っているのだろう。

 レイナの意見もあるいは正しいと理解してしまっているからこそ、何も言えない。自分の口から彼女を殺すなどということを言葉にできない。


 その場の全員が黙りこくり、静寂が満ちていく。


 俺は───俺は、どうすればいいんだろう。


 ラスタを討伐したくはない。けれどこのままじゃ、ラスタはベスタとして目覚めてしまう。

 その前に手を打たなければならない。


 考えて、考えて、考えて、考えて。


 ───それから数秒か経った頃。俺はある考えに辿りついた。そして、決断した。


 顔を上げ、レイナと向かい合う。深呼吸してから言った。


「───けれど、だとしてもソフィアはラスタの友人だ。それは飛行船で、お前も見てきたよな」


「……友、人」


 ぴくりと、レイナが反応した。

 俺はこれまでの二人の姿を脳裏に思い起こしながら続ける。

 ラスタのことを楽しげに語ってくるソフィアの姿。ソフィアのことを照れながらも微笑みながら語ってくるラスタの姿。それはきっと、レイナも見ていたはずで───互いを友人と公言して憚らない二人を、彼女は見ていたはずで。


 レイナは腕を組み、刹那の逡巡を経て目を細める。それから俺を見ると、


「……そうね。けれど、彼女はもうベスタとして目覚めてしまった。覚醒してしまった以上、もうどうしようもないわ。殺す他に道はないと、貴方も分かっているでしょう」


「なら、もしも───」


「……?」


 そこで一度、間を挟む。

 レイナはそんな俺を怪訝な顔で見つめ、理解できないといった眼差しを向けた。俺はその瞳に若干ひるみつつも、息を吸い込んで続ける。


「───もしも、ラスタを正気に戻せるかもしれない可能性があるとしたら?」


「……」


「え!?」


「ッ!?」


 レイナは何も言わずわずかに眉を上げ。

 俯いていたエルシェは素っ頓狂な声をあげ。

 そしてソフィアは、大きく目を見開いた。


「どういうこと? 彼女をベスタから戻す方法を貴方は知っていると、そう言うのかしら」


「いや、あくまでも可能性だ。絶対に彼女を、元に戻せる保証があるわけじゃない。でも───このまま彼女を討伐するくらいなら、やってみる価値はあると思う。聞いてくれるか、レイナ」


 真正面から彼女の赤い瞳を見つめ返し、決意をもって問いかける。


 相変わらず、なんの感情も思わせないような冷たい表情だ。


 ───だが。

 だが俺には、心なしか───彼女が動揺しているような、葛藤しているかのような、そんな気がした。


 彼女はきっと聞いてくれる。

 その確信があったからこそ、俺はこうして切り出したのだ。

 レイナは、黙っていた。顔色一つ変えることもなく、ただ俺だけを見て。


 そして、ため息をついた。


「はぁ……全く、貴方も大した人間ね」


 どうやら俺も、少しは彼女のことがわかってきたらしい。

 それが肯定の意味だと判断するのに、もう時間はかからなかった。


 ★


「それで、少年。少年が言ってたラスタを元に戻せるかもしれない可能性っていうのはなんなんですか?」


「ああ。これは俺の推測でしかないんだが……あのクラウスという男がいただろ?」


 レイナ、エルシェ、ソフィア。全員の視線は、今や俺だけに注がれていた。


 そんな彼女たちの視線を一手に引き受け、俺は記憶を回想しながら続ける。


「あの紳士服を着ていた男ですわね。それで、彼が?」


「俺はあいつの持っていた黒い棒みたいなものに、ラスタのベスタ化との関係があると思うんだ」


 これまでの道のりを辿り、思い返しながら語る。

 あの男───クラウスが持っていた、怪しく発光する黒い棒。

 まるで鉱石を削り出して作られた指揮棒のようにも見えるあの棒が近づけられた瞬間、ソフィアの声によって正気へと戻りかけていたラスタは錯乱し、逃亡した。


 正気から、錯乱へと転じた───つまりはあの棒によって引き起こされた錯乱状態こそが、ベスタ化を進ませているということなのではないだろうか。

 少なくとも、何らかの因果関係があると見ていいだろう。


 クラウス・クラインロート。奴の指揮棒がラスタに何かしらの干渉を行っている。


「あの棒を近づけることによってラスタのベスタ化が進んでいるというのなら、だ」


「それを破壊、あるいは強奪することによってベスタ化を阻止することができるかもしれない、と……?」


「そういうこと」


「言われてみれば、あの棒は怪しいですね……あれを掲げられた途端、ラスタの様子はおかしくなった。あの男がなんらかの干渉を行っている可能性は否定できませんわ」


「レイナはどう思う?」


「……たしかに、あの棒は臭っていたわ」


「臭っていた? それってどういう」


「ベスタの気配が、よ。彼女との戦闘中は、彼女の臭いがあまりにも強くてわからなかったけれど……離れてみてわかった。あの棒からは、なぜかベスタの気配が臭っている。それも……彼女よりも少し弱いくらいで、そこらのベスタよりもずっと強い濃密な気配が」


「やっぱりあれが怪しいか。なら指揮棒を破壊できれば、ラスタが元に戻る可能性は……状態になにかしらの変化が起こる可能性は」


「……否定できないわね。やってみないとわからないけれど」


「じゃあ、協力してくれるか?」


「はっ、なぜ私がベスタを生かすためなんかに手を貸さなければ……」


 レイナは首を横に振り、吐き捨てるように拒絶の意を示そうとして───ふと、ソフィアを見た。

 ソフィアは何も言わず俯いている。

 耐えるような表情で唇を噛み締め、強く握りしめた彼女の手は、小刻みに震えていた。


「……」


 レイナはしばしそれを眺めていたが、彼女にもなにか思うところがあったのか───やがて肩を落とすと、ため息混じりに応えた。


「……わかった。手伝ってあげるわ。けれど、これも貴方への貸しだから。くれぐれも忘れないことね」


「ああ。ありがとう、レイナ」


「慈善活動じゃないもの。あとで貸しはきっちり返してもらうから、礼を言われる筋合いはないわ。けれど、一つ約束しなさい」


「ん、約束?」


「もしも、指揮棒を壊してもなお、あの子が戻らないようなら───その時は私が止める。勿論貴方の知っている私なりのやり方でね」


 俺の知っている、彼女なりのやり方。レイナは今、あえて言い方をぼかした。が、つまりは失敗した場合は自分がラスタを殺す、ということだろう。


「それが条件。いい?」


「ええ、構いません」


 俺が答えるよりも早く、前に出てきたソフィアがそう頷く。


 ソフィアは前を見据え、レイナを真っ向から見つめ返していた。

 そんなソフィアの視線を受けたレイナが無言で頷き、俺抜きでこの話は終結する。


「さて、と。それじゃあ話もまとまったことだし、行こうか」


「ええ。あの男たちとラスタは、オズボーン邸の方に逃げていきました。おそらくは───今もその中にいるのでしょう」


「なら急ぎましょう! ラスタがベスタになるなんてさせません!」


「……行くわよ」


 そして、ようやく俺たちは動き出した。

 目指すは正面。


 ラスタとクラウス、オズボーン卿が待ち受けているであろうオズボーン邸である。

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