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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章後編《連合王国》セルビオーテ編
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第58話『待ち望んでいなかった再会』

「レイナ!!」


 彼女───ベスタ専門の殺し屋にして俺たちの旅の道連れ、レイナはすたりと着地すると、鞭の先に括り付けた黒いダガーを外し、付着したベスタの返り血を振り払う。


「久しぶり……でもないはずなのだけれど、不思議と久しく顔を見ていなかった気がするわね。無事でよかったわ、騎士さん。それから……」


 そこでレイナはじっと俺の顔を見つめる。感情の読めない大きな赤色の瞳に真正面から射抜かれ、俺の動機が心なしかドクンドクンと早まる。


「……その、そこの貴方も」


「だからアオイだってば! もう何回も名乗ってるしこのやり取りももう何回目だよ!?」


「そう、そんな名前の貴方も」


「軽くいなすな! ……というか、ルフトヴァールで一緒に戦ったとき……」


「それで騎士さん、これはどういう状況なのかしら」


「人の話を最後まで聞けよ!」


「あ、えと、今私達はですね」


 エルシェさん? エルシェさんもなんか言ってくれていいんだよ? 優しい騎士のエルシェさん、俺のぞんざいな扱いに意義を唱えてくれるよね? ね?


 かくかくしかじか。


「……なるほどね。事情は把握したわ」


「ていうかお前、何も知らずにここに来てたのか?」


「ええ、ベスタの気配がしたから」


「へー……」


 こいつ、ほんとにベスタがいればどこにでも現れるのか?


「それはそれとして、まぁ、そういうことなら私はここでお暇しようかしら」


「え、行っちゃうのか?」


「前にも言ったでしょう? 私はベスタ専門の殺し屋。私が興味を持つのはベスタだけだし、私が殺すのもベスタだけよ。セルビオーテ王女の件については私も把握しているし、宮殿に戻るたび取り調べに応じているけれど」


「あ、一応捜査には協力してたんだな。てっきりそういうのも全部避けてるのかと思ってたけど」


「……」


「おい、その目はなんだ。その俺を蔑むような目は。やめろ! 一歩近づいてくるな! 怖いから! 下がれ!」


「はぁ、さすがの私でもセルビオーテ王家を敵に回す勇気はないわ。そんなことをしたらこの国に居られなくなるかもしれないし、今は宮殿に寝泊まりさせてもらってるわけだし」


「ふーん。ちなみにお前、宮殿で会ったことないけど日中はどこにいるんだ? レーヴェの時と同じような感じでまた?」


「ええ、シティ・オブ・エンブリアを中心にベスタの情報を集めたり、仕事相手と顔合わせをしたりしているわ」


「やっぱりか……ん? お前、仕事相手なんかいたのか」


「仕事相手というか、取引先のほうが正しいかもしれないわね。情報網として頼りにしてる商会からベスタ以外の仕事の依頼を受けたり、とか」


「ベスタ以外の仕事?」


「普段は受けないのだけれど。商会には世話になっているし、良好な関係は保っておかないといけないから」


 へぇ、レイナも色々大変なんだな。正直なところ、ただひたすらスフィリアを駆け回ってベスタを狩り尽くしているだけなんだと思っていたけれど。いや、実際そうなのだろうけれど。


 それでもそんな取引先への気遣いというか、根回しまでやっているとは意外だ。

 ずっと一人で仕事をやっているようだし、案外こういう処世術には長けてたりするのかもな。


「じゃあ、そろそろ私は行こうかしら。さようなら、次に会う時はベスタが出てきた時よ」


 次にも何もお前ほぼその時しか出てこないだろ。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 だがそこで立ち去ろうとするレイナを止めたのはエルシェだった。


「何?」


「今私達が追っているハリス・オズボーンという貴族は、どうやら自分が捕まらないようにこの領地にさまざまな罠や刺客を用意しているらしいんです。だから、もしかしたらこれから先の道や屋敷の中にも……」


「───そのオズボーン卿がベスタを待ち構えさせているかもしれない、と?」


「は、はい! それに、もしレイナが一緒にいてくれれば百人力です。だから……」


「……」


 レイナは立ち止まり、顎に手をやってしばし思案する。


 おおっ、エルシェ! ナイスだ! もしここでレイナが力を貸してくれるというのなら、これ以上心強い味方もそうそういまい。


「レイナ、俺からも頼む。オズボーン卿は何を隠しているのかわからない。それこそ、二体目三体目のベスタがこの領地に放たれていたとしてもおかしくない」


「……たしかに、この個体は殺したはずなのに……木々のざわめきが落ち着かない。それにこの気配。まさか……まだ、この近くにいる?」


 レイナは一人でぶつぶつと何かを呟くと、おもむろに頭上を見上げる。


「でも、この気配は普通のベスタとは少し違うような……さらに強烈な気配? この辺りのどこに別個体が───」


 そこでレイナは突然目を見開いた。


「───ッ!?」


 見たことのない、表情だ。一体何が……と、口にしようとしたところで、レイナが俺たちにハッとした表情を向けたと思えば、


「───伏せてッ!」


 爆発。


 突如として、俺たちの目の前で爆発が起こった。地の底から響くような轟音と、木々を揺らす衝撃が一瞬にして走る。


「う、わぁ───!?」


「おおおおお!?」


 砂煙が立ち上り、俺は突風で数メートル吹き飛ばされる。そのままコロコロと何度か大地を転がりようやく止まった。草むらだったことが功を奏したのか、地面に叩きつけられたことによる痛みはすぐに収まり、怪我はなかったらしい。


 な、何が起こったんだ───爆発? なぜ? いや、爆発といっても炎は見えなかった。火薬による爆発ではなく───まるで、上から何かが落下してきたかのような衝撃。


「レイナ、エルシェ! 大丈夫か!」


 とっさに起き上がり辺りを見回すと、少し離れた場所でマントを土まみれにして汚したエルシェが立ち上がっていた。


「だ、大丈夫です……! 怪我はありません。レイナは……そうだ、私達よりも前に立っていたレイナは大丈夫ですか!?」


 そうだ、レイナは俺たちよりも前に立っていて、もろに爆発を受ける位置にいた。


「レイナ!? おい、レイナ!? 大丈夫か!? どこにいるんだ!?」


 エルシェとともに前へ走っていく。爆発地点と思われる場所からもくもくと立ち上る砂埃で、周囲はよく見えないが───どこを探しても、レイナの姿はない。


 背筋が一瞬にして冷たくなる。彼女はどこに行ったんだ? まさか、この爆発に巻き込まれて、もう───。


「演技でもないことを思わないでもらえるかしら? 笑えないわ。貴方の冗談を聞いたのはこれが初めてよ。まったく笑いの才能があるのね、貴方は」


「ッ!?」


 不意に背中から投げつけられた声に振り返る。すると俺の思考を読み取ったらしいレイナが、相変わらずの済まし顔でこちらを見ていた。


「レ、レイナ……!? おま、どうやってそこに……吹き飛ばされたのか?」


「咄嗟に飛んで受け身を取ったのよ。安心しなさい、見ての通り無傷だから」


「え、ええ……」


 ……爆風とほぼ同時に飛び退いて受け身を取った、ということだろうか? そんなことが人間に可能なのか?


「その顔は何? 多少経験を積めば、このくらい誰でもできるでしょう?」


 半分引き始めている俺とエルシェを前に、レイナはかくんと首を傾げる。


「いや、できないと思うが……というか、俺が神格化してもできないと思うが……」


「今度試してみたら? 爆弾なら用意してあげるから」


 こいつ本当に人間なのか?

 あとレイナさん、どさくさに紛れて俺のことを爆殺しようとしていないだろうか?


「───それよりも。今注目すべきは、これでしょう」


 そこでレイナはびしっと俺たちの前方を指差す。そこではようやく砂煙が晴れはじめ、うっすらと爆発地点の場所が見えるようになってきていた。


 そ、そうだった。突如、まるで俺たちを狙うようにして巻き起こった、謎の爆発───それは一体、何によってもたらされたものなのか。


 目を細め、じっと砂煙の向こう側を注視する。

 だんだんと見えるようになってきた風景。どうやら地面にぽっかりと浅い穴が空き、クレーターが形成されているらしい。


 地面が焦げているようには見えないし、やはり火薬による爆発ではないのか? でもだとしたら、一体これは……。


「あ、あそこ、何か見えます……!」


 不意にエルシェが砂煙の向こう側を指差し、叫ぶ。


 砂煙が徐々に晴れていく中、クレーターの中央にやがて浮かび上がってきたのは───、


「あれは」


「人、影……なのか?」


 まるで手足の付いた人のような、謎のシルエット。やがてそれはうっすら見えるようになっていき、輪郭を得るようにして浮かび上がってきた。


 赤……? 赤い、髪の。───待て、赤い髪だと?。


「フーッ……フーッ……」


 聞こえてきたのは、まるで獣のような洗い息遣い。おそらくは、目の前のこの人物が発しているものだろう。


「誰かが……いますね。少年! レイナ! 気をつけてください!」


「ええ、わかってる」


「ああ」


 俺たちは各々の武器を構えると、警戒体勢に入り、晴れつつある砂煙を見つめる。


「フーッ……フーッ……!」


 間違いない、誰かがいる。おそらくこの爆発を起こした本人であろう人物が、そこにいる。


「……」


 そのまま数秒が経過し、砂埃が完全に晴れたことによってその人物の全貌が白日の下に晒された。


「おい、お前は……───ッ!?」


 誰だ、と現れたその人物にかけようとした声が、途中で止まる。


 なぜなら、この問いは必要なかったからだ。───彼女には。


 彼女は俺たちが、知っている人物で。


「なん、で……お前が、ここに……!」


 赤い髪の少女───身の丈ほどもある巨大な大剣を背負った『赤の従者』。

 ラスタが、そこにはいた。

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